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一章 「戦場、魔女、ティナエルジカ」 -2-

「まさかこうしてまたティナエルジカ様にお会いできるとは思いませんでした」

「呼び立てておいてそれは無いんじゃない?」

「それもそうですが、本当に来ていただけるとは思わなかったもので」

 そう言いながらアトレイアは一冊の古びた本を取り出す。

「フォーナスクの写本。こちらで間違いないですね?」

「ええ、たぶんそれがこの世界に残る最後の一冊」

 ティナは本を取ろうとして空を掴む。

 お預けを食らったティナはアトレイアを睨みつける。

「これを受け取っていただけると言う事は、手紙に書かれてあった契約、成立、という事でよろしいのでしょうか?」

「・・・ええ」

「では、どうぞお受け取りください」

 アトレイアから本を受け取ったティナは早速中身を確かめる。

「間違いない」と呟くと、ティナは魔女の試練の項目が書かれてある紙にチェックを入れる。

「ティナエルジカ様。魔女の試練を達成するのに他人の手は借りないと・・・」

「仕様がないじゃない、ナージャ。あとこれ一冊しかないんだから」

「それはそうではありますが・・・」

 道半ばで今まで突き通してきたポリシーを歪めるのもしゃくではあったが、それよりもナージャには目の前でほくそ笑む男の存在こそが気に入らなかった。

 嫌な感じがする。

 それは動物の本能のようなものかもしれなかったが、今主人を置いてこの場を逃げると言う事も出来なかった。

 本能に従うならば、この場で牙を突き立て、始末するのが筋ではある。

「では、早速お願いいたしましょうか?」

「何?もう目星がついていると言う事?」

 アトレイアは首を振る。

「そうではありません。ティナエルジカ様にお願いするのは、この手紙をジルルキンハイドラ様に届けて欲しいのです」

「ちょっと待ちなさいよ!それは契約内容とは違うじゃないの!それとももしかして私じゃ力不足だと言いたいの?」

 アトレイアはクルリン髭を伸ばしながら肯定する。

「冗談じゃないわ。私は絶対にジル姉のとこに行かないわ」

 踵を返すティナ。

 そんな彼女にアトレイアは言い放つ。

「既に目的の物はティナエルジカ様の手に」

 その言葉にティナの歩みが止まる。

「魔女の契約とは・・・それほどまでに軽いものだったとは」

 ティナは殺気立ってアトレイアを睨みつけるが、怖じる様子は無い。

「知りませんでした」

「・・・いいわ。行けばいいんでしょ」

「それは助かります。それでは早速馬を用意いたしましょう」

「結構よ。私にはナージャがいるわ」

「いえ、ナージャ様にはこちらで少し休養していただきましょう」

 アトレイアの合図と共に入ってくる兵士達。

 その手には武器を持っており、その矛先をティナとナージャに向けた。

 恐らくはナージャを人質にという腹であろう。

「では、旅の無事を祈っております。お気をつけて」

 刹那、ティナの煉獄の瞳が煌めく。

 アトレイアの髭が片方だけ一瞬にして灰になり、掴もうとしていた手は所在を無くした。

「ええ、行ってくるわ」

 そして、眉根が歪むアトレイアの顔を見て、少し満足したようにティナはテントを出るのだった。

「待ってなさい、ナージャ。すぐに帰ってくるわ。絶対に貴方を見捨てたりはしないから安心して」

「御意」

 安心してと言われ、余計に不安になるナージャ。

(よし、隙あらば我一人逃げ出そう。そして、あわよくばあの馬鹿女からも)

 とナージャは心に決める。

 ここにナージャの嫌な予感は見事に的中することとなった。

「全く恐ろしいお人だ。しかし、なまじ力がある分挑発し易くて助かる」

 ティナの立ち去った後を見つめ、アトレイアは残った片方の髭のカールを伸ばす。

 そして、ナージャはアトレイアの忍び笑いに背筋に寒いものを感じるのであった。

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