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魔女ティナエルジカへの試練

各地を神出鬼没に現れる一人の魔女がいた。

魔女の名は、ティナエルジカ。

その姿は妖艶な女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その美しき相貌に煉獄の瞳を持ち、炎を操る獄炎の魔女と恐れられていた。

そして、彼女は落とし穴を見れば落ちずにはいられない性である(本人に落ちる意思はないのだが)。

きっとその胸に栄養を取られて、脳みそがスカスカなのだとは彼女のペットの言である。

ペットの名はナージャ。

人語を解する稀有な紅い豹ある。

ある日のことである。

ティナエルジカはどこかで高笑いをしていた。


「リリヌの花。ソーカロイトの結晶。そして、今回のコルバトロイアの卵。これでもう半分ね」

ティナエルジカは一枚の丸められた紙を広げ、高笑いしていた。

「まだ半分、でありましょう。全く先の事を思う時が遠くなりそうでありますな」

「なによ。これまでの私の苦労も知らないで・・・」

「それにしても一人前の魔女になるための試練とは。つくづく魔女というのも大変なものなのですな。こんな辺ぴな所まで来て、卵探しとは。全く嘆かわしい。獄炎の魔女の名が泣きますな」

そこは切り立った岩が林立する。

不安定な足場に、岩と岩をつなぐいつ作られたかも分からぬ吊り橋。

赤茶けた風景に風が吹き抜け、叫びをあげていた。

「分かったわよ。だったらさっさと目的のもの集めればいいだけの話でしょう。さあ、行くわよ」

フンと鼻を鳴らし、ティナは歩を進める。

「主よ。そこのつり橋、ロープが腐っております故、慎重に・・・」

「大丈夫よ♪ホント心配性なんだか・・・」

ブチッ。

「きゃあああぁぁぁぁーー」

目の前で落ちていくティナの姿を見て、ナージャはいつもの事ともうため息しか出ない。

そして、取り残されたナージャは頭を抱え嘆くのだった。

「何故、我はあんなのを主としたのだ?」


「主よ。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何?もしかして私が何故あんなに高い所から落ちても平気かってことかしら?それはね・・・」

「いえ、そんな事はどうでもよいのです。お聞きしたいのは主の姉君、ジルルキンハイドラ様の事です」

「ジル姉の事?」

「ジルルキンハイドラ様は主と違ってもう一人前の魔女なのでありましょう?」

「そうね」

「でしたら、ジルルキンハイドラ様に試練について何かご教授願えれば、もっと円滑に事が運ぶのではないかと」

「だめよ。ジル姉は。だってジル姉は自力で試練をクリアしてない」

「と言いますと」

「ジル姉は早くウルばあちゃんの所から出ていきたかったから、手段を選ばなかったのよ。目的の物を持ってくれば何でも願いをかなえてみせるとふれ込んで、他人に試練の品を集めさせようとしたのよ。もちろんそれは違反では無いわ。要は試練の品が集まればいいもの。でも、試練に書かれている品は全て手に入れるのが困難な物。見返りが良くても手に入らなければ意味はない。きっとうまくいかないと私も思ったわ」

「しかし、ジルルキンハイドラ様は全てを集めきった」

「そうよ。それも一人の男の手によって。きっと彼がいなければジル姉も今頃まだ半人前かもしれない。そのくらい試練の品を手に入れるのは困難なものなのよ。本来は」

「こんな苦労を六回も。正直我は遠慮したいものですな。そこまでして何かを叶えたかったのでしょうか、その男は?何だったのでしょうな。その男の願いとは」

「さあ?私は直接その男の願いを聞いた訳ではないから知らないわ。でも、彼はその後国を興し、ジル姉もその彼が死んでからもその国に仕え続けた。その事を思えば何となく願いごとの内容は推測できるけど・・・」

「・・・」


大きな岩のジェラートをスプーンでくりぬいたような穴だった。

穴の中には血管の様ないくつもの小さな穴が開いている。

一体その先には何処へ通じているのだろうか?

「あったわ!」

苔むした巣の床では二十センチほどの大きな卵が鎮座していた。

「思ったよりも大きいですな」

「そうかしら?緋竜の卵にしては小さい方よ」

「ひ・・・緋竜?」

「そうよ。コルバトロイアは緋竜の中でも珍しく脱皮して大きくなる種で、卵が小さいの。別の普通の種だと卵でも貴方ぐらいの大きさはあるわよ。知らなかった?」

ゆっくりコクリとうなづくナージャ。

それにそうとそっけない返しをするティナ。

じとりとナージャの体毛の中に汗が染み出る。

そこにある血管のような無数の穴に強い風が吹きこまれると、まるでその穴は楽器のように音を鳴らし始める。

「何か嫌な予感が・・・」

例えば、そう大きな翼で巻き起こる風とかが起きると。

「空耳であったなら・・・」

穴は盛大に不協和音をあげていた。

「あら、親が戻ってきたみたいね♪」

ナージャは動揺してクルクルとその場をまわりだす。

「ど、どうすれば。我だけでもすぐに逃げなければ。いや、どうしたら、どうしたらよいのです?主よ」

「大丈夫よ。あんなの一瞬だから♪」

煉獄の瞳が緋竜を捕らえる。

刹那、緋竜は一瞬にして炎に包まれる。

だが、緋竜は咆哮一つ。

炎をものともせずに穴の中に降り立った。

地響きが穴の中を轟く。

「あら、結構丈夫なのね」

「あー、あれぐらいの炎、緋竜に効く訳がないであろう。駄目だ。我の生涯もここまでか」

「もう、大丈夫って言ってるでしょ。今度はもう少し熱いのお見舞いしてあげるわ♪」

頭を抱え込むナージャにティナは余裕たっぷりにウィンクして見せる。

その様子にまだ十分な余力があるのだと確信したナージャは一転、見る見ると表情が晴れていく。

「ふはっはっはっは、トカゲ風情が生意気に。さあ、刮目せよ!体に刻みつけろ!我が主の真の実力を!」

ティナは静かに目を閉じ、そして一歩前へ踏み出す。

「きゃあああああぁぁぁぁーーー」

そして、足元が崩落し、どこかに落ちていった。

どうやらティナの足元は下が空洞で、さっきの緋竜の降り立った振動で崩れやすくなってしまっていたようだ。

「・・・何やってやがる!あの馬鹿女!!」

ナージャは悪態をつくが、それを返す者の姿はそこからすっかり消えてなくなっている。

自然ギロリと緋竜の目がナージャを捕らえる。

「いやー、あの、何と言うかだね。貴方様の卵をかっさらおうとしたのは先程の馬鹿女で、我はそれを必死で止めようと・・・」

「グゴガアアアアァァァァァーーー!!」

緋竜が咆哮する。

ナージャはその声に全身の毛を逆なでして、走り出すのだった。

「ふぎゃー、た、助けてー」

そして、ナージャは散々緋竜に追い回され、命からがら逃げ出すのだった。


「全く散々でしたな。これならいっそジルルキンハイドラ様に倣って・・・」

「やあよ。私はジル姉みたいに何かに縛られて生きるのはごめんよ」

「そうでありますか・・・そして、その自由のために我が苦労せねばならんという訳か」

その後、その小さな嘆息を耳にしたティナにナージャはシッポを焼かれ、のたうちまわるはめになるのだった。


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