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魔女ジルルキンハイドラへの一冊の本

深い森の奥に一人の魔女が住んでいた。

魔女の名は、ジルルキンハイドラ。

その姿は幼女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その知識は海よりも深く、ありとあらゆる妙薬の知識をもっていた。

そして、遠くを見渡せる千里眼をもち、彼女の知らないことなどこの世にはないとさえいわれている。

俗世を嫌い、一匹のペットと暮らしている。

ペットの名はトットルッチェ。

人語を解する稀有な黒いライオンである。

ある日のことである。

一人の商人が訪れた。


「本、本~。本♡本~♡」

「すみません、ジルルキンハイドラ様。今回はジルルキンハイドラ様のご依頼の品は無いのです」

「・・・本・・・ない・・・」

商人の言葉にがくりと膝をつくジル。

「残念だったね、ジル。で、おじちゃん。だったら僕が頼んでいた球形の磁石はあるって言うことだよね」

「それがトットルッチェ様のご依頼の品も無いのです」

「えっ?・・・無いの?・・・」

商人の言葉にがくりと頭を垂れるトットルッチェ。

何とかジルは椅子を杖代わりにして立ち上がる。

「それでは今日は何か違う用向きで来たのですね?」

そして、商人はジルの言葉にうなずく。

「はい。実はこれを学者達からジルルキンハイドラ様に見てもらいたいという依頼がありまして」

「これは?」

それは一冊の本だった。

「あるじゃん、本。だったら磁石もあるんじゃ・・・」

「すみません、トットルッチェ様。磁石はありません」

「そ、そうなんだ。それにしても何でおじちゃんにその学者さん達は頼んだの?自分達で来ればいいんじゃないの?」

「それが、学者達が言うには、ジルルキンハイドラ様にお会いするのは恐れ多いと」

「たんにジルが怖かっただけじゃん」

「けれども学者達の気持ちも分からないではないのです。かくいう私も先代からジルルキンハイドラ様への商売を受け継いだ時には、それはもう怯えたものですから。しかし、会ってみたら・・・」

「全然そんなことは無かったと」

「はい。こんなに気さくな方だとは思いませんでした。もっと意地悪で、偏屈な怖いイメージでしたから」

「何かジルの悪口言ってるよー」

「ま、待ってください。トットルッチェ様!私はそんなつもりで言ったのでは・・・」

トットルッチェと商人がワイワイとやっている間、ずっとジルは渡された本を見つめ黙っていた。

「ジルルキンハイドラ様?どうかなされたのですか?」

「へ?あ、うん。大丈夫。これを訳して読めるようにすればいいのね?」

「はい。お願いできますでしょうか?」

ジルは少し悩み、一つの提案を商人にする。

「もしよければ、この本買い取りたいんだけど」

「買い取るのですか?」

「だめ?・・・かな?」

「さあ、その様な提案をされるとは考えてもみませんでしたし、学者達に相談してみないことには、何とも言えません」

「そうか・・・だめか・・・」

「ジル、その本、何かまずいことでも書いてあるの?」

「そういう訳じゃないんだけど・・・」

とは言うもののジルの顔はさえない。

そんなジルの様子を商人は見て、一つ手を打つ。

「では、このようなのはどうでしょう。ジルルキンハイドラ様に今回の件を依頼したところ、激昂したジルルキンハイドラ様はその本を火にくべてしまった。というのは」

「えっと。おじちゃん、いいの?そんなことしたら、おじちゃんの立場が悪くなるんじゃ・・・」

「大丈夫です。もし文句があるなら、直接ジルルキンハイドラ様に会いに来いと言われているとでも言えば、なんとかなりますから」

「何かジルの扱いって化け物の扱いと変わらないね?」

「それは、言ってはいけません。トットルッチェ様!」

それからジルは商人に感謝を述べ、代金を払い、商人を見送った。


「ねえ、ジル。その本の内容聞いても良い?」

「別に楽しい内容じゃないと思うけど」

「うん。でも、知りたいかなー」

「そう。じゃあ、読むね」


魔女の力に支えられたローデンフロートという国があった。

魔女は王をその知謀で助け、国によく仕えた。

けれども、繁栄は永遠には続きはしない。

衰退は免れなかった。

台頭していく周辺諸国、悪化していく国内情勢。

その中で魔女は孤軍奮闘する。

もし魔女がその時人間に愛想を尽かしていれば、あの悲劇は生まれなかっただろう。

リリィロッシュの悲劇は。

リリィロッシュと呼ばれるその盆地でおきた戦争は、明らかにローデンフロート側の敗北で終わるはずであった。

しかし、終わってみればローデンフロート側の勝利で終わる。

その代償は大きなものであった。

その地はもう人の住める地ではなくなっていた。

果たして魔女がどんな手を使って、あの地獄を呼び寄せたのかは私には分からない。

けれどもあの黒い霧の中で敵味方もなく、苦しんで死んでいく姿を見れば、彼の死翼の魔女の二つ名も頷けるというものだ。

ここに生きているのが不思議なくらいに、あれはひどいものだった。

あの悲劇から魔女の姿は消えた。

けれども私は忘れない。

あの魔女が犯した罪を、あの悲劇を。

忘れる訳にはいかないのだ。

死んでいった戦友のためにも。


「ね、楽しい内容じゃないでしょ」

「うん。そうだねー。それにしてもこの死翼の魔女さんは可哀そうだね」

「え?・・・そうかな?・・・うん、可哀そうだね」

「もっとジルみたいにいい加減に生きればいいのにねー」

「うん。そう。私みたいに・・・って誰がいい加減に生きてるって~」

「わっ、ジル。暴力反対!」

その写本は歴史の一節を語る。

けれどもそれが事実かどうか知るものは、ごく限られた者だけ。

少なくともその場にいた魔女には昨日のように思い出せるのだろうが・・・


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