魔女ジルルキンハイドラへの知恵比べ
深い森の奥に一人の魔女が住んでいた。
魔女の名は、ジルルキンハイドラ。
その姿は幼女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その知識は海よりも深く、ありとあらゆる妙薬の知識をもっていた。
そして、遠くを見渡せる千里眼をもち、彼女の知らないことなどこの世にはないとさえいわれている。
俗世を嫌い、一匹のペットと暮らしている。
ペットの名はトットルッチェ。
人語を解する稀有な黒いライオンである。
ある日のことである。
一人の若者が、彼女の元へ訪れた。
「すみません。どなたか、いらっしゃいますか?」
「ふぁ~~~い」
呼び出されたジルは机の上に本を並べて、次に読む本を決めていた。
横着して椅子の上で体をひねって玄関を見たので、ジルは倒れそうになる。
「はわわわわわ」
そして、倒れた。
「大丈夫ですか?」
「ううう。痛いです~」
「あのジルルキンハイドラ様はいらっしゃいますか?」
「はい。私がジルルキンハイドラですが」
「貴方が。そうですか。あの、ぶしつけなお願いなのですが、私と知恵比べをしていただきたいのです」
「はへ?知恵比べ?」
「はい。実は私、王立の学校を首席で卒業し、その知識は国において一、二を争う自負があるのです。ですが、私がどんなにすごかろうと国の人々は私を認めようとはしません。どんなに頑張っても誰にも認められないのです」
「はあ、そうなんですか~。大変ですね」
若者は眼鏡をくいっと上げ、遠くを見つめる。
きっと何かを思い出しているのだろう。
若いのに大変そうだな~とジルは思う。
「なぜなら国の人々はジルルキンハイドラ様以上の知恵の持ち主はいないと信じているからなのです。ですから・・・」
「なるほど、そこで私と知恵比べですか」
「はい。無礼は承知の上ですが、なにとぞお願いします」
ジルは少し悩み、答える。
「申し訳ないですが、申し出をお受けできません」
「そうですか」
うなだれる若者。
そして、ジルは微笑んで続ける。
「なぜなら私は私以上の知識の持ち主を知っていますので。だから、私と知恵比べをしてもあまり意味がないと思いますよ。私に勝ったと言ってもその人にしてみたらドングリが背比べしているようなものですから」
「そ、その方は一体?」
若者は目を丸くしていた。
まるで山を登って、やっと頂上に着いたと思ったら、まだ先があったという風である。
「私の師ともいうべきウルばあちゃん。ウルリカロナエルザという女性がいます。今からその方あてに手紙を書きますから、そちらで知恵比べをされた方が良いかと」
「・・・はい!ありがとうございます。今からすぐにでも出向いてみます」
早速ジルは紙にペンを走らせ、一枚の手紙を書きあげる。
そして、手紙を若者に差し出す。
「頑張ってください」
それから若者はジルから手紙を受け取り、足早に駆けていった。
「あれ?ジル。誰かお客さんが来てたの?」
「ああ、お帰り。トットルッチェ。うん。さっき私と知恵比べしたいって人が来てたよ」
「ふーん。で、どっちが勝ったの?」
「ううん。勝負してないよ。ウルばあちゃんを紹介して、それでお終い」
「ふーん。もしかして面倒くさかっただけとか」
「ち、違うよ~。ちゃんといろいろ考えてそうしたんだから」
「ふーん」
「絶対信じてないでしょ。もう、知らないんだから」
数ヵ月後、若者がまたジルの元に訪れた。
「すみません。ジルルキンハイドラ様はいらっしゃいますか?」
「おーい。ジル、お客さんだよー」
仕掛けを作るために爪の先で器用にねじを巻いていたトットルッチェ。
蔵書を陰干しするために整理していたジル。
「は~い」
「お久しぶりです。ジルルキンハイドラ様」
「えっと、誰?」
玄関で出迎えたジルであったが、その若者の変わりように目を丸くした。
細かった腕は丸太の様になり、肌は浅黒く焼け、無精ひげが顔を覆っていた。
「数か月前に知恵比べをお願いに参ったものです。その節は失礼いたしました」
「ああ、うん。そうだね。そうだったね」
「ごめんね。もうジルも歳だから物忘れが激しくって」
「ちょっと、トットルッチェそれは無いでしょ~。確かに私歳は食ってるけど、そんなにモウロクしてないんだから」
「で、どうだったの?知恵比べしてきたんだよね」
自分に振り下ろされる拳を避けるため、すかさず話題を転がすトットルッチェ。
「はい。あれからウルリカロナエルザ様のところに行ったのですが、そこでも違う賢人を紹介され、結局世界中をたらい回しにされて、またジルルキンハイドラ様の元にやってまいりました」
「あちゃー、皆ジルと一緒かー」
「ですので、今日こそはジルルキンハイドラ様と知恵比べを絶対にしていただきます」
ジリッと迫る若者。
その迫力はジルをもたじろがせるほどの迫力である。
そして、ジルは少し悩み、紙にインクを走らせた。
そして、書きあがった紙を若者に渡す。
「これは?」
「えっと、多分もう私よりも知識も知恵もあると思うので、白旗です」
紙には『この者、賢者なり。この者、ジルルキンハイドラが認める者なり』と書かれてある。
「そ、そんな!まだ何も勝負していません!」
若者は顔を真っ赤にして、ジルに訴える。
「いいえ。貴方はこれまで世界を巡っていろいろな事を体験し、様々なものを見たはずです。それはここで遠くから眺めているだけの私よりも優れているとは思いませんか?」
「そ、それは・・・」
「きっとどんな本を読んでも体験できなかったことが多くあったはずです。自信を持って良いと思いますよ。誇って良いと思いますよ」
ジルは微笑み、若者に諭す、若者は複雑そうな表情で、ジルを少しの間見つめていた。
しばらくして若者は涙を浮かべ、ありがとうございましたと馬鹿でかい声で叫んだ。
そして、ジルに頭を下げ、若者は去っていった。
「何か可哀そうだねー。あの人」
「な、何でよ~」
「だってジルにうまく丸め込まれたって感じ」
「そんな事無いよ~。初めからこうなるって思ってたんだから」
「ほんとー?」
「ホントだって~。嘘じゃないって~」
「ふーん」
「その顔は絶対信じてないでしょ。もう、知らないんだから」
その後、その若者は自分の国に帰り、その知識を活かし、国に大きく貢献したという。




