第7話「恋バナモンスター」
今回は長め
《side:葉山千春》
体育の授業終わりの女子更衣室にて、ハルは早く逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「ねぇねぇ。葉山さんって、城ノ戸君と付き合ってるの?」
「わかる! それウチも聞きたーい!」
「いっつも一緒に居るもんねぇ」
彼女たちの圧に思わず後ずさりしてしまう。
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
事の発端は、クラスの男子の評価について彼女たちが話していたからだ。
何人か名前が挙がり、その次にヒロの名前が挙がった。
ヒロは女子人気が結構高いらしく、恋人が居るのか知りたがっていた。
登下校を含めいつも一緒に居る私がヒロと付き合っているのではないかと疑っている訳だ。
「しかも幼馴染なんでしょ? それに加えて、あんなに仲が良かったら付き合っていてもおかしくないよね」
「マジそれ。葉山さん、教えてよー」
私は首を横に振って否定する。
私とヒロの関係は付き合っていると、いえるのだろうか。
付き合うの定義によると思った。
もし、デートつまり、男女2人で遊びに行く事が定義なら、付き合っている事になるだろう。
ヒロと2人でデートなら、小学校1年生の時からしている。
しかも、ヨシキだって当てはまってしまう。
そしたら私は二股をかけている大罪人だ。
私は告白なりで互いの了承を得ることだと思う。
ヒロは歯が浮くような恥ずかしいセリフなどざらに言うが、告白は無かった。
ヒロは私に少なからず好感は抱いてくれていると思う。
けど、それは友情、恋愛感情にはほど遠い。
それに、付き合うなんてあり得ない。
だって、私なんかがヒロとつり合う訳がないから。
ヒロは本当に優しくて、悩んでいる時には欲しい言葉をくれる。
だからいつも甘えてしまう。
私はヒロが居なければただの弱虫な駄目人間だ。
それに、たまに考えてしまう。
私が居なければ、ヒロの傍にはもっと素敵な女性がいるはずだったと。
だから、私とヒロが付き合っているなんて事は決して無いのだ。
「なんだ、付き合って無いのね」
「葉山さんは狙ってる男子とかいるの?」
「被ってたらどうしよう。葉山さん可愛いからなぁ」
私はまた首を横に振った。
それにしても彼女たちのマシンガントークは凄い。思わず圧倒されてしまう。
私もあんな風に沢山の友達と一度に話せたらと羨ましく思う。
「ほら、葉山さん困ってるでしょ。次、移動教室なんだから早く行きなさいよ」
「もう、ユイっちは真面目なんだから」
私があたふたしていると永原さんが助け舟を出してくれた。
用具の片付けで後から来たみたいだ。
助かった。
これでやっと落ち着けると胸をなでおろす。
彼女たちは既に着替え終わっていたので、先に行ってしまった。
周りを見ると他の子も居なくなっている。
完全に油断していたその時だった。
ポトッ
スカートのポケットから指輪が落ちてしまった。
甲高い金属音を鳴らしながら床を転がってゆく。
運の悪い事にユイの足まで転がって、止まった。
「何これ? 指輪?」
私は心の中で絶叫した。
先生に指輪は見つからない様にと、あれほど言われていたのに。
迂闊だった。
「確かこの指輪って、この前、葉山さんがカラオケに来た時、付けてたわよね」
「それに城ノ戸君も同じものを付けていた気が…って事は」
ユイの記憶力の良さに驚く。
何故、そんな事まで憶えているのか。
しかし、不味いユイにバレてしまうかもしれない。
「ふーん、そういう事」
そういう事って何!?
その指輪から何が分かったのか。
記憶力だけでなく、洞察力もあるのか永原さんは。
額に冷汗をかく。
「葉山さん、今日の放課後付き合ってもらえる? もちろん城ノ戸くんには内緒でね。これは返しとくわ」
コクッ コクッ
永原さんの有無を言わせぬ表情に私は頷く事しか出来なかった。
永原結衣、いったい何者なの…。
◆◇◆◇◆◇◆
放課後、私は永原さんに連れられて彼女のバイト先のカラオケボックスに連れていかれた。
「ここなら誰にも聞かれる心配はないわね。ドリンクは適当に頼んでいい?」
『大丈夫です、何でもいいです』
筆談ノートに急いで書いて見せる。
誰にも聞かれたくない事を話させ、その情報で脅すつもりなのだろうか。
何にしろ、警戒しておかねば。
うっかり口を滑らせたら不味い。
「筆談なら隣同士の方がいいわね、お隣失礼するわ」
ち、近い…。
いざとなったら逃げようと思ったけれど、これじゃ腕を掴まれてお終いだ。
まるで詰将棋。
じわじわと追い詰められている。
『あの、永原さん』
「ユイでいいわ」
永原と書いた部分に斜線を引き、書き直す。
『あの、ユイさん』
「"さん"は要らない。敬語も使わなくていいわよ、先輩でも無いし。それとあなたの事、ハルって呼んでもいい? あなたの友達はそう呼んでいるみたいだから」
『ハルでいいよ。ユイ』
うぅ。物理的にも精神的にも一気に距離を詰められた。
友達なんだから教えて、と情報を引き出すつもりか。
やはり、ユイは只者じゃない。
「単刀直入に聞くわ。あなた、城ノ戸君と付き合ってるでしょ?」
『?』
へ? 何を言いだすかと思えば…。
更衣室で否定していたと思ったのだけれど。
「まぁ、隠したい気持ちも分かるわ。打ち明けるのは恥ずかしいものだし、秘密の恋ってのも燃えるわよね」
ユイは腕組をしながら、うんうんと頷き語る。
『はぁ』
「でも私にはお見通しよ。ズバリ! あなたと城ノ戸君は恋人同士よ! どう、図星じゃない?」
ビシッと私に指を差し、ドヤ顔をしているユイ。
というか、いきなりテンションが上がり過ぎではないのか。
しかも、残念ながら、1ミリも掠っていない。
『なんでそう思ったの?』
「そんなの見てたら分かるわよ。入学式直後のあなたと最近のあなた全然違うもの。最近のあなたは見てるとずっと楽しそうにしてるわよ」
「それに、城ノ戸君に対する態度も同じように変わっている。最近になって距離が近づいてるようにも見えるわ」
『それでも根拠になるには弱いんじゃ…』
確かに、ユイの言っている事は実感している。
最近は毎日がより楽しみになってきている。
その小さな変化にユイが気付いてくれるのは単純に嬉しかった。
「決定的な根拠はあるわ。しかも、2つもあるわ」
「1つ目は、あなたと城ノ戸君が休み時間を人目につかない所で過ごしている可能性が高いこと。委員会の仕事で城ノ戸君を探してたとき、どうしても見つからなかった。その時には大抵、あなたも姿を見かけなかったわ。つまり、学校の見つからない場所でイチャコラしてるんじゃないのってことよ!」
まぁ、休み時間は奥の空き教室にいる場合が多いけど。その時にはヒロだけじゃなくて、ヨシキもいる。
全然イチャコラは無い。
『2つ目は』
「そう2つ目が決定的なのよ。あなたが更衣室で落としてたあの指輪、城ノ戸君もお揃いのモノを着けていた。カップルでお揃いにする事はよくあるわ。目立ってしまう、カバンに付けるタイプのキーホルダーじゃなくて、見つかり難く、身に着けやすい指輪を選んだ。違うかしら?」
「これらの理由と私の第六感を照らし合わせると…あなた達が恋人同士となる証明になるのよ!」
もしかして…。
ユイって恋愛とかの話になると結構ポンコツなのだろうか。
かなり自信たっぷりに解説していたが、もはや1ミクロンも掠っていない。
でも、指輪の事を誤魔化して説明するのは結構難しいかもしれない。
なら、上手く話を逸らすしかない。
『全然違うし、付き合ってないよ』
「またまた、往生際が悪い事を」
『私の眼を真っ直ぐ見て、本当に嘘だと思う?』
ユイと見つめ合う。
「え…。本当なの? 残念、当たっていると思っていたのに」
危なかった。ユイの顔を見つめ合うとき、先程のポンコツ演説を思い出して吹き出しそうになった。
『もし、付き合ってたとして、その後に何を聞きたかったの? 今日はそれだけを確認するつもりじゃ無かったんでしょ?』
「うん。実はね私…」
実は? 何をカミングアウトするつもりなのか。
ユイがあれほどヒロと私の関係性を聞いてきたって事は…。
まさか! ユイはヒロの事が好きなの!?
「あなた達を題材にして、作曲したかったの!」
さ、作曲?
「私、ボカロPをやってて、バイトは機材とかPCを買うためにしてるの。カラオケでボカロ曲とかを歌うときにも社割で安くなるし。まあ全然、再生数伸びてないんだけどね」
「1回だけ、恋愛系の歌を出したときは結構反応が良かったの。でも、もう1曲創ろうと思っても、イメージ出来なくなって、何を伝えたらいいんだろうなって」
「だから、恋愛経験者の人に聞いてみようって思って」
なるほど。そうだったのか。
『でも、なんで私たち? ユイの周りにはそういう人は居ないの?』
「それが、いい人たちが居ないの。居たとしてもチャラそうな人ばっかりで」
「あなたも別に付き合ってるって訳じゃないみたいだし、迷惑だったわね。ごめんなさい」
『大丈夫。気にしてないから。それと、その作曲のお手伝い出来るかもしれない』
「本当?」
『別に両想いだけが恋愛じゃ無いでしょ?』
もしかしたら、私の中にあるヒロへのモヤモヤしてむ胸を締め付けるこの気持ちを表現できるかもしれない。
「ありがとう! ハル!」
◆◇◆◇◆◇◆
友達が増えた…私にとって大きな進歩だ。
振り返ってみると、自力で友達になったのはユイが初めてかもしれない。
高校に入ってから不安もあったりしたけど、少し心が軽くなった気がする。
それからというもの、私はユイと放課後カラオケで打ち合わせをするようになった。ユイが実際に使っているボカロの操作画面を見てみると、とても複雑で私には到底扱えそうにもなかった。
ただ、隣で操作しているところを見ていると段々と何をしているのか分かるようになった。たまに、ユイに質問をしたり、提案をしたりした。そうしていく内に私とユイの音楽談義は盛り上がっていった。
初めて出来た女子の友達。筆談で戸惑ってしまったり、会話のテンポが悪くても彼女は受け入れてくれた。とても優しい子。
友達と女子トークをしたり、恋の相談をしたり、音楽について語る。一見みんなからしたら、直ぐに手に入る様に思えるそれも、私にとってはとても遠かった道。ユイとの楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
『ちょっと聞きたいんだけど』
「いーよ。何でも聞いて」
『ヒロって結構モテてる?』
「気になる? そーだね。結構モテモテかもね。城ノ戸君って仲の良い人をとっても大切にするでしょ。その大切にされる感覚ってのをみんなは羨ましがってる訳」
『ヒロはみんなに優しいと思うけど』
「女子だけじゃ無いよ。男子でも城ノ戸君と仲良くなりたそうにしてる子は結構多いよ? もちろん友達として」
『でも、高校になってからあんまり友達は増えてない気がする』
「そりゃ、隣に彼女みたいなハルが居たら、みんな邪魔しちゃ悪いって思うでしょ」
『そっか…』
「駅まで送ってくれてありがとうね。それじゃ」
ユイが手を振って、駅の改札を通り過ぎていく。
どうしてヒロは高校になってから友達が増えていないのか、よく考えてみれば不自然なことだった。
ヒロは小学校中学校ともに、クラスの中心的な人物だった。よく話題に上がるとか、何とかで1番だったとかで人気だったわけじゃない。ヒロの溢れ出る優しさが気づかぬうちに、みんなを魅了し、尊敬の念を抱かせていた。
なのに、高校では目立つ所を避け、身内とよくいることが多い。
…もしかしたら、私はまたヒロの選択肢を狭めているのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆
悶々とした感情のまま、時は過ぎていった。今日はユイと一緒につくった曲をネットに投稿する日だ。私とユイはいつものカラオケでパソコンのキーボードを眺めていた。
「…ついにだね」
『うん』
「…それじゃあいくよ」
カチッ
ユイの細い指がキーボードを叩く。画面の表示が変わり、アップロードが完了したと知らされる。
「ぷはぁ。何度やってもこの瞬間は緊張するわ」
私はタイミングを見計らって、ユイに打ち明けようとしていた事をノートに書く。
『相談があるんだけどいいかな?』
「うん。どうしたの?」
『私、ヒロと距離を置こうと考えてる』
これを見せた途端、ユイは目を疑った。これまでヒロのことで相談していたのは一体何だったのかと。
「ハルはそれでいいの? 城ノ戸君の事好きだったんじゃないの? 何かされた?」
『ううん。嫌なことはされてないし、今でも好きなのは変わらない』
「じゃあ、どうして?」
『…私はこれまで、ヒロの優しい所に甘えてきた。ヒロはそれでいいって言ってるけど、私はヒロの気持ちを尊重したい。ヒロは優しいから、自分の懐にいる人たちをみんな傷つけないようにするから。でもそれじゃあ、ヒロはずっと受け入れて守るだけ。私はヒロが本来いるべき、ヒロの居場所に彼を戻してあげたい』
ユイが読み終わると、しばらく私と見つめあった。
…ハルは本当にそれでいいの?
そう目が語っているようで、どうにも耐え切れず視線をそらした。
その場にいると、ユイに説得されそうな気がした。私はカラオケのお金を置いて、部屋から飛び出てしまった。思考を加速させながら、走り続けた。
辺りはすっかり真っ暗で、人の気配を感じられない。
なんだか、世界に私だけしかいないようだった。
暗闇の中、一人ぼっちで、走り続ける。
何度も、何度も、何度も考えた。けど、やっぱりヒロに幸せになって欲しいから。私が将来、私とヒロが出会ったせいで、ヒロの可能性を奪ったと思いたくないから。
走り続けていたらいつの間にか、昔にヒロやヨシキとよく一緒に遊んでいた公園の目の前にいた。
…そういえば、ブランコの乗り方を教えてくれたのもヒロだったっけ。
なんだか懐かしくなって、ブランコに腰かけた。
…今度、ヒロに会ったら打ち明けてしまおう
そう思うと何だか涙が出そうになって、辛かった。
キーコ、キーコと古びた金属の擦れる音が夜の公園を支配した。
面白かったら、アレとアレよろしくお願いいたします。