第5話「私を見つけて」
今回は千春視点になります。
<<side:ハル>>
千春は家族としか話が出来ない。家族以外の人には声が聞こえないのだ。生まれた時からそうなのだという。千春の話し相手はいつもお母さんだった。お父さんは仕事の関係で家にいない事の方が多く、家でお母さんと2人きりになるのは当たり前だった。逆に言えば、お母さん以外とはあまり接したことが無かった。
幼稚園に入園したが馴染めず、友達は一人も出来なかった。千春はいつも一人で遊んでいた。そのうち、幼稚園に行かなくなった。
寂しかった、悲しかった、孤独が嫌だった、私もみんなと一緒に遊びたい。
……けれど、私の事を誰も受け入れない。みんなと違って普通じゃないから。
自分の運命を憎んだ。どうして私だけが苦しまなければならないのかと憤慨した。
……でも、その声すら誰にも届かないなんて。
みんなに私の思いに気付いてほしい。こんなにも苦しいのに。
家族以外、誰一人として向き合わない。
私を見てよ…。
誰でもいいから…助けて。
心の中で叫んでも結局誰も気づかなかった。
結局、世の中こんなものだ。みんな、自分自身の事で手一杯。私に気を掛ける余裕なんてない。病気だから、仕方ない。頑張ったって無駄に終わるだろう。諦めよう。運が悪かったのだ。
強がって、お母さんにも平気なふりをして、一人で泣いていたりもした。明日は小学校の入学式、今度は幼稚園のように休み続けることもできない。
「小学校…嫌だな…」
千春にとって入学式という新生活の始まりは苦痛だった。
◆◇◆◇◆◇◆
入学式当日、桜は満開で千春は少し陰鬱な気分になった。
「千春、本当に大丈夫?」
お母さんが心配そうに聞いた。
「大丈夫だよ、お母さん。私うまくやるし」
また、強がりをした。行きたくない。またつらい思いをするなら行きたくなんかない。どうしたって、幼稚園でも小学校でも私の居場所が無いことなど確定事項だ。
お母さんは気付いているのだろうか、私の強がりに。気づいていたとしても関係は無いだろう。なぜなら、私がいくら変わろうとも、誰も私を見ない。きっとそういう運命なのだ。
「いってきます」
その声は弱々しく玄関にひっそりと響いた。
下の階へエレベーターで降りた。エレベーターを降りた先のマンションのエントランスには同じ小学校の子供らしき人が何人もいた。既に仲が良さそうな人たちもいた。
私はその光景を見ても何も感じない。幼稚園の入りたての頃であれば、仲が良さげな同級生たちを羨望の眼差しで見ていた事だったろう。けど、今はあの子たちのような関係は私には手に入らないのだと知っている。
小学校に行くまでの道のりには桜の並木通りがある。
「桜、きれいだね」
お母さんが呟くように言った。「そうだね」と相槌を打つ。
「千春、お母さんに隠し事してるでしょ?」
お母さんが聞いてきた。私は図星をつかれて、目が合わせられなかった。
「本当は学校嫌なんでしょ?」
「…うん」
「やっぱり、そうだと思ったのよ。千春の事なんでも分かるんだから」
お母さんは気付いていた。私の強がりなどあっさりと見抜かれていた。
「…でも行かなきゃだめだよね」
本当は行きたくないけれど、行かなかったらきっとお母さんが悲しむ。私の事で悲しむお母さんを見るのはもう嫌だ。
「千春がどうしてもって言うなら休んでいいんじゃないの?」
お母さんは優しい慈しみを含んだ笑みを浮かべて私に言った。
私の本心は何なのだろう。
友達が欲しいなら学校に行くべきだ。普通になりたいのなら学校に行くべきだ。お母さんに心配を掛けたくないのなら、学校に行くべきだ。
ちゃんと理解しているのに私は学校に行く事を拒んでいる。
もし、受け入れられなかったらどうしよう。普通とは違うことを突き付けられたら。また幼稚園の時のようにになったら、私は耐えられるのだろうか。耐えられなかったらお母さんは心配するだろう。
これ以上苦しむのなら、行かない方がいいのかもしれない。
「千春はどうしたい?」
「私は…怖いの、行くのが、みんなに嫌われちゃったらどうしようって」
私はわからなかった。行きたい気持ちもあるし、行きたくない気持ちもある。心の中が2つの気持ちでいっぱいになっていた。
「大丈夫。千春はいい子だから、きっと千春の良い所に気付いてくれる友達が出来るよ」
「けど、私みんなと違うし。一緒におしゃべりも出来ないし。きっと私といて楽しくなんかならないと思うの」
この病気は私を呪っているようだ。どこに居ても馴染めない。居場所を奪う呪いのようだ。そして、1人にする。お母さんだけなのだ。私を見ていてくれているのは。
今、この会話も周りにいる人たちには私の声だけ聞こえていない。お母さんが一方的に話している様に見えるかもしれない。もしくは、私が無視をし続ける悪い子供のように見えるかもしれない。母親の躾がなっていないと思われるだろう。私といるとお母さんまで変な目で見られる。それが嫌だった。
いくら勇気づけられても、決心はできなかった。
「お母さんは千春に期待しているの。千春は色んな可能性に溢れているのよ。何でも出来るし、何にでも成れる」
(私は本当に変わることが出来るの? でも、変わったところで…)
「このまま学校に行かなかったら、ずっと家という殻に閉じこもるままでしょう。それが良いなら私は止めない。いつまでもあなたの居場所になってあげる」
(そっちの方が楽だ。けど、嫌だ。別にお母さんといる事が嫌なわけじゃない。変われない自分に嫌気が指すのだ。自分を今より、もっと… 変えたい…)
「けどね、諦めることも辞めることもいつでも出来るわ。でも、頑張って変わっていけるのは今しかないのよ」
(いつでも出来る… 今しかない… それなら…)
「千春なら出来る、私はそう信じているわ」
(ありがとう、お母さん。私の全てを知った上で信じてくれて。なら、私は…)
「千春はどうしたい?」
行くのか、行かないのか、お母さんの言葉を聞いて私は決心がついた。
「…行くっ! 絶対に変わってやるんだっ! 友達いっぱい作ってやる!」
私の声は桜の並木通りに響き渡るほど大きかった。だが、その声はお母さんだけに届いている。それが、今だけは都合が良かった。
変わり続けよう。成長し続けよう。私の良い所にみんなが気付いてくれるまで。諦めるのはその後でいい。
「頑張ってね。千春」
お母さんはそう言って私の頭を撫でた。
「うん! 頑張る!」
今度は失敗しない。大丈夫、お母さんがついている。
でも、どうしても考えてしまう。
もし、また駄目だったら。
友達もいない、孤独で悲しくて、泣きそうな日々に戻ってしまったら。
誰も私を見つけてくれなかったら。
その時はきっと…
私は…
壊れてしまう。
お読みいただきありがとうございました。いかがだったでしょうか。少し暗めだったと思います。ただ、この物語の根幹にかかわる心理描写が多いのでじっくりと、行間を埋めるように読んでいただけると幸いです。
(以下定型文)
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