第3話「人生いろいろ」
<<side:担任の先生>>
教師となってはや10年。それなりに経験を重ねて、多くの生徒を卒業まで見守ってきたつもりでいる。
そして、目の前にいる担当クラスの生徒、城ノ戸宏実と葉山千春の2人が前代未聞の相談を始めようとしていることをこの時の私は知らなかった…。
◆◇◆◇◆◇◆
今朝のホームルーム終了後、城ノ戸くんが相談したいことがあると頼んできた。もちろん承諾し、放課後に時間を取るので面談室に来るように伝えた。
そして放課後、先に面談室で待っていると。
コンッコンッ
(思ったよりも遅かったな。何か準備する事でもあったのかな?)
「どうぞ」
「失礼します」
まず、最初に驚いたのは面談室に訪れたのは城ノ戸くんだけでなく、葉山さんを含めた2人だったことだ。この部屋に入ってきた時点で恐らくそうなのだろうが、一応聞いておく。
「相談は葉山さんも一緒でいいのかな?」
「はい、主に千春のことについてなので」
(千春のことについて!? いったい何があったの!? いじめ? 事故?)
(確か、この2人はクラスでもずっと一緒に居る印象があるな。もしかして…できちゃったとか? いや、真面目な城ノ戸くんに限ってそれはないと思いたい)
「先生は千春の病気について、ご存じですよね?」
「えぇ勿論。確か、ご家族の方以外とは会話が出来ないという、前例のない特別な病なのでしょう?」
この病を患っている事をご家族から聞かされた時は耳を疑った。だが、その証拠に家族と話している姿を見て納得をするしかなかった。
「その通りです。実はその病気の突破口となりえる方法が見つかったんです」
「それは本当なのか?」
「はい。ですが、その検証にあたって必要になる事で先生に頼みたいことがあって」
(頼みたい事? 一体何だろう。私に病気のことについて相談されても、文系教科の教師なので医学に精通しているわけでは無いし、その分野の人のコネクションがあるわけでもないので、力になれる事なんて限られているが…)
「この指輪を見てください」
そう言って、城ノ戸くんと葉山さんはお互いに広げた左手の甲を私に向けてきた。
(ゆ、指輪だと! まさか、頼み事って結婚の相談!?)
(確かに、学生結婚は共有できる時間が増えたり、人生設計を早期に組み立てられるというメリットがある反面、やはり経済的な負担であったり、就職活動に悪い影響が出たりとデメリットが大きい)
(そもそも学生結婚は普通の結婚に比べて離婚率も高く、子供にとっていい家庭になるかも不安だ)
(先生として生徒の将来を守る為、どうしてその経緯に至ったのか、しっかりと考えた結果なのか、聞かなければ…)
「この指輪を付けている間は僕と千春は話すことが出来ます」
(……なにそのファンタジー設定)
「え……本当に?」
「なのでこれを承諾してほしくて」
城ノ戸くんが出したのは予想外にも異装届だった。これは、学校内で校則に定められていない服装をする場合に許可を求めるためのものだ。
落ち着いて考えてみれば、2人はまだ高校1年生。そもそも結婚できる年齢にない。
「い、異装届?」
あまりに予想外過ぎて思わず、確認してしまった。まあ、私の予想があまりに的外れなものからくる驚きなのだが。
「はい、そうです。無理なお願いなのは重々承知です。ですが、もしかしたらハルの病気の原因の究明のきっかけになるかもしれないんです。…お願いします」
そう言って2人は頭を下げた。
「なるほど、分かりました」
「ありがとうございま…」
「でも、許可は出来ないわね」
私の回答に驚いた城ノ戸くんは思わず顔を見上げた。
「どうしてですか?」
「大きく分けて理由は2つある」
「1つ目ね。まず、学校として装飾品を身に着けることを許可していないの。2人にとってそれは装飾品以上の価値を帯びているのはわかるわ。ただ、他の事情を知らない生徒からしたら只のアクセサリーに見えるのも確か。例外を作ってしまったら、他の生徒のアクセサリーの着用も許可を求めてくるかもしれない。それが学校にとって良くない事なのはわかるよね?」
「2つ目は君たち2人を守るため。確かに、葉山さんの病を治せるかもしれない方法を検証したい気持ちもよく理解できる」
「だがね、客観的に結婚指輪を嵌めている男女高校生を見てどう思うかな? 私は少なくともいい印象を抱かない人が多いと思う。加えて、指輪を見て、クラスメイトはどのような反応をするか考えましたか? 他意は無いにしても、高校生は思わず口を滑らせてとんでもない事を言うなんてざらにあるかもしれない。そして、その言葉が葉山さんを、もしくは君たち2人を傷つけるかもしれない」
「その時は、僕が千春を守ります」
「それを言い切れるのは城ノ戸くんの長所でもあり、短所でもあるね。その言葉がどれだけのリスクを背負っているのかちゃんと理解している? もし、葉山さんを守れなかったとしたとしたら…。 完璧な人間なんていないの。城ノ戸くんも葉山さんも例外じゃない。私は葉山さんを守るためなら城ノ戸くんが傷ついてもいいとは思わないよ」
「でも、そしたら…」
そしたら、葉山さんの病を治す手がかりが探せなくなってしまう、と言いたいのだろう。
「きっと、君たち2人が傷つく可能性のない方法があるはず。君たちは小学校の頃からの幼馴染なのだろう? お互いに信頼しているのなら出来るはずだ。と、先生は思うよ」
(すまない。2人とも。教師としてはこう言うしか無いんだ…)
「…はい、すみません先生。時間を取らせてしまって」
城ノ戸くんは立ち上がり、面談室の扉へ向かっていく。
「ちょっと待て。これはあくまで先生としての意見よ、あんまり言っちゃいけないかもだけど、私としては2人が学校だからといって、縛られていて欲しくないの」
私は彼を引き留めた。これは、衝動だったのだろうか。だが、後悔はしていないし、言うべきなのだろう。
「今回の相談は聞かなかったことにしましょう。そうですね……、城ノ戸くんと葉山さんは将来について相談しに来た。ということにでもしておきましょう。あながち間違いでもないでしょ?」
「2人でせっかく見つけた手がかりなのでしょう? バレないようにね」
2人は私の言葉を聞き表情が明るくなった。
「はい! ありがとうございます!」
「失礼しました!」
城ノ戸くんと葉山さん、出ていく2人の背中に不安を感じることは無かった。
◆◇◆◇◆◇◆
学校の帰り道。ハルとヒロは家に向かって一緒に歩いていた。
「ハル、ごめんな、交渉失敗しちゃって」
ヒロは申し訳なさそうに言う。
「いいの、いいの。気にしてないから。それに何となく分かっていたんだ。あの先生なら、ああいうんだろうなって」
「2人で助け合っていくべきだって言っていたでしょ。私ね、あの言葉の通りだと思うの」
「ヒロはいつも一人で抱えこみすぎなのよ、困ったら私に相談してよ。お互い様でしょ? いつでも相談にのるからさ」
やっぱり、ハルは凄いとヒロは感じた。病に苦しみながらもこんなにも前向きに生きているのだから。むしろ、助けられているのは僕の方だと、ヒロは思った。
「そうかもな。ありがとう。ハル」
「どういたしまして」
◆◇◆◇◆◇◆
「……本当、人生いろいろだな」
コーヒーを啜りながら、ふと呟く。淹れたてのコーヒーが食道を通り、体の芯にしみていく。
心がポッと温かくなった。
人生何が起こるか分からない。
生徒がいきなり結婚指輪を見せてくることもあるし。
その指輪を学校で着用する許可を求めることもある。
突然起こるその事態に私は先生として生徒を導くような言葉を選び、見繕い、紡げなければならない。
私の言葉は、彼らが思う幸せにちゃんと導いてくれるだろうか。
いきなり目の前にこんなファンタジー設定の高校生が来たらと想像してみてください。私だったら信じられないし、隠しカメラが無いか探すと思いますww。ドッキリかもしれないからね。
あなただったらどんな言葉を彼らにかけますか?
お読みいただきありがとうございました。
お目汚しになりますが、ブックm(以下略)
それではまた次回も良ければよろしくお願いいたします。