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第1話「男の約束」

「すごい! ヒロと話せてる!」


 ハルが嬉しそうに言う。 


「そうだね。夢みたいだ」


 僕とハルは確かに()()している。

信じ難いこの現象を目の当たりにして、僕は混乱していた。


 ハルは生まれた時から病を患っており、家族以外に声が届かないはずだ。

なのに、どうして今、ヒロにハルの声が聞こえたのか。


 時間はさかのぼること数時間前…。


◆◇◆◇◆◇◆


 玄関の呼び鈴が鳴る。今日は来客も宅配便が来る予定もないはず、と頭の中で予定を確認する。若干不安に思いながらも開けることにした。


「はーい」


 玄関を開けると、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべているハルがいた。ハルが僕の家に来るときは、たいていメールで連絡がはいる。今日はその連絡がなかったので、てっきり来ないものだと思っていた。


「ハルじゃん。どうしたの?」


 すると、ハルは筆談ノートを取り出す。


『実は…鍵を忘れちゃって、家に入れないんだよね』


「とりあえず上がったら?」


『ありがとう』


 ハルから詳しく話を聞くと。

 先程まで友達と遊んでいて、帰ろうとしたところ、鍵を置いてきた事に気付いた。近くのカフェに行って暇をつぶそうと思ったが、あいにく持ち合わせも心許ない。図書館に行こうにも今日は休館日。携帯電話の充電も少ない。そこで、同じマンションかつ無料でwi-fiも使い放題、冷暖房完備の所があると思いついたという訳だ。


 他にも探せばいくらでも暇をつぶせる場所などありそうだが、結局は僕の家に来た。

信頼されているのか、いいように使われているのか、どちらなのか。


 小学校のころハルとは毎日、日が暮れるまで一緒に遊んでいたが、中学校に上がるとお互いに部活動や勉強で忙しくなり、ぱったり途絶えてしまった。今も学校では同じクラスで顔を合わせているし、たまに遊びにだって行く。ただ、前と比べ少し距離を感じていたのは確かだった。


「お父さんとお母さんは?」


『夜に帰ってくるって』


 ハルが家に来るのは久しぶりで、僕は内心動揺していた。

動揺していたのは、部屋が片付いていないからでもあるのだが。


「お茶でも淹れてくるよ。ちょっと汚いけど適当に座って」


『これで()()()()汚い?』


 僕の部屋は足の踏み場に困るほど物が散乱していた。

2人分座る所を確保するので精一杯だ。

僕はまとめて片付けるタイプで、年に何回か部屋にあるものを取り出して整理する。


「はいお茶。冷たいけど大丈夫?」


 春や秋は、暖かいお茶と冷たいお茶でよく迷う。今日は陽気で気温も少し暑いぐらいだったので冷たいお茶にしようと思った。


『いろいろありがとう。悪いね』


「どういたしまして。…その、一応言っておきたいんだけどさ。いつもは奇麗な方だからね?」


『本当かなぁ? 昔はよく遊んだままで片付けしないから怒られてたけど?』


「いやいや、昔もちゃんと片付けしてたし」


『それは私が一緒に片付けてあげてたからでしょ』


「ぐぅ…」


 ぐうの音しか出ない。


『片付け手伝わせてよ』


「いやいや、ハルがそこまでやらなくてもいいよ。直ぐ終わるし」


『2人でやった方が早いよ。家に入れてもらって何もお礼出来てないし』


 ハルは食い下がる様子がなさそうだ。他にする事もしたい事も特に無かったので丁度良かったのかもしれない。


「…そこまで言うなら。お願いします」


 返答にハルは満足気に頷きながら、やる気を満々に腕まくりをする。


『まずは、作業スペースを確保するよ!』


「おう…」


◆◇◆◇◆◇◆


 部屋の掃除は着々と進み、終わりが見えかけていた。


 僕は廊下に出した家具や本などの搬入を担当。

 一方、ハルは廊下で必要な物と不必要な物の選別をしてくれている。


「そうだ。ハル、選別しにくいものは分けて置いておいて…ってそれは」


『これ、懐かしくない?』


 廊下に積み上げられた未選別のDVDの束の中から1枚取り出して見せた。そのDVDには「結婚式」と書かれてある。確か両親の結婚式のビデオだったと思う。小学生の頃、親に内緒で一緒に見たことがあったと思う。


「懐かしいな。確か小学生の頃に見つけて内緒で一緒に見たな」


 ハルが頷く。そして筆談ノートをめくりペンを走らせる。


『誓いの言葉のシーンのあの光景。今でも覚えてるなぁ』


「そうそう。家にあるものでブーケやドレスの再現をしたな」


 今ならハルを意識してしまって、到底出来ないだろうと内心呟く。


『…あの時だよね、声が一瞬だけ届いたの』


「うん。だけどどうしてだったんだろう」


 そう、あのビデオを見終わった直後一瞬だけハルの声が聞こえたのだ。

しかし、その後すぐに聞こえなくなってしまい、結局僕の気のせいということになった。


「ん? どうした、ハル」


 ハルがなにかを思い出し、記憶をたどっているようだ。

その後、一心不乱に筆談ノートに何かを書き込んでいる。

書き終わると、僕の目の前に筆談ノートを広げた。


『もしかしたらの話なんだけど、あの時、指輪をつけてなかった?』


「たぶん付けていた気がする。プラスチックのおもちゃのやつ」


 ハルがページをめくる。


『私の病気は()()以外に声が届かないというもの。だけど、あの時だけは例外的にヒロに声が届いていた』


 僕は頷き、ハルも頷く。ハルがまたページをめくる。


『それは、指輪を付けていたから、結婚している判定になってヒロが家族だと認識されたからじゃない?』


「…確かにそう言われてみれば、そうかもしれない」


『これなら辻褄があってる。他に思い当たる理由もないでしょ』


 ハルはページをめくりきったらしく、僕の反応を見ている。

 これ程の推理を即座に書き上げるとは。さすがだと感心する。


「マジ?」


 思わず疑ってしまう。


『そう。マジかもしれないの』


「そうだな。せっかくだ、やってみるか。ちょうど親が昔に付けていた指輪があるはず。探してくるから待ってて」


 もし、その説が正しければハルの声が聞ける。


 しかし本当にそんなことで実現するのだろうか。



 でも…もしかしたら、と僕の頭の中で期待が、少しずつ大きく膨らんでいく。


 しばらく、部屋を捜索していると。


「あった!」


 僕とは違い、両親はまめな性格で奇麗に片付けられていたため、すぐに見つけることが出来た。


「ハル、見つけたよ!」


 ハルに報告すると、彼女はよくやったと称賛する表情を浮かべながらサムズアップをした。


 ハルはソファーに座りながら待っていた。

隣に座ると、僕は今までにない程、気が張っているのを感じた。


 運命的瞬間を迎える事からか、はたまた幼馴染に結婚指輪を渡すことの気恥ずかしさからか、きっとどちらも当てはまるだろう。


 箱の中には、2つの大きさの異なる指輪があった。その輝きは少しくすんできているものの十分に2人をつなぐものだと主張していた。


「はい、これハルのほうの指輪」


 ハルには母さんの指輪を渡し、僕は父さんの指輪をもつ。


『せーのって声を掛けてね』


「うん。わかった」


 ごくりと息をのむ。緊張の瞬間だ。


「…じゃあ行くよ」


 ハルも深く頷く。お互いに真剣な表情をしている。


 僕はこんな重要な時に、もしかしたらと考えてしまった。


 本当にもしかしたらの話なのだが、本当にハルの声が聞こえたとして、今の関係でいられるのだろうか。


 もちろん、僕はハルの友達を辞めるつもりなど到底ない。だがその反対、それ以上の関係を求めてしまったら、どうなるのか分からない。


 あの時の親友の言葉が頭をよぎった…。


◆◇◆◇◆◇◆


 空が澄み切ったある日のこと。今日は学校の屋上で親友の望月善記(もちづきよしき)と2人で昼食をとっていた。いつもは、僕とハルとヨシキの幼馴染3人組で昼食をとっているのだが、今日はハルが所属している委員会メンバーが校務の手伝いで出払っていた。


 ハル抜きの2人で昼食をとっているとヨシキが話しかけてきた。


「ヒロとハルって本当に仲がいいよな」


「なんだよいきなり。ヨシキだって仲がいいし、長い付き合いだろ?」


 ウインナーを飲み込んだヨシキが続けて言う。


「確かにそうだけど、おまえらみたいな特別な空気感は俺にはないんだよな」


「特別な空気感って?」


 ヨシキの予想外の発言に思わず聞き返す。


「なんて言えばいいんだろうな。信頼し合っているというか、息がピッタリというか、そうだ! 熟年夫婦みたいな感じだ」


「誰が熟年夫婦じゃ」


「本当だって。ずっと見てきた俺が言うから間違いない。それでさ、おまえはハルの事をどう思ってんの?」


 なるほど、そっちが本題か。

珍しくヨシキが真面目な話題を振ってきた時から、そんな事だろうと思っていた。

ヨシキはこの類の噂話や内緒話をしたがるのだ。


「別に、ただの幼馴染としか思ってないよ」


 うそである。ちゃんと異性として意識しまくりだ。

だが、ハルが自分をどのように思ってくれているのか図れず、自分の気持ちにも整理がつけられずヘタレになっているのだ。


「ヒロ、俺さ…」


 ま、まさかヨシキ…おまえもハルのことが!?


 緊張の瞬間。


「さっきさ、特別な空気感って言ったよな。きっと、ヒロとの友情がハルにとって、とても大きなものだからだと思うんだよ」


 ヨシキの予想外な真面目な口調に襟を正す。


「もし、その関係が薄くなったり、壊れたりしたらハルはどうなる?」


 関係が壊れるなんて、そんなことはない。

と言い切りたいところだが、何が起こるか分からない人生、保証はできない。

事故なんかで僕が死んでしまえば一瞬でプツンと切れる。


「……わからない」


「ハルはあの病気のせいで孤独になった。閉ざされたハルの心をヒロが救った。でも、その傷はきっと一生、残り続ける」


 ヨシキが続けて言う。


「きっと、ハルの気持ちを一番近くで寄り添ってあげることが出来るのは、ヒロなんだ。だから、頼むよ、ハルの事」


「わかった。約束する」


「あぁ男の約束だな、ヒロ」


 …助けた人を放り投げるまねなんかするものか。ましてや、初恋の幼馴染だ。


 ……僕がハルを守る。そう心に誓った。


◆◇◆◇◆◇◆



 例え、声が聞こえようとも、関係が変わろうとも、僕の意志は変わらない。ハルを守る。それだけだ。



「……せーのっ!」



 お互いに指輪をはめた次の瞬間だった。




「城ノ戸宏実くん。私の声が届いていますか?」




…春の声が聞こえた。

お読みいただきありがとうございました。

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