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第1話

 性別、年齢、肌の色、生まれた土地、世界にはたくさんの境界があり、線があり、壁がある。

 誰になんの権利があってそうしたのかは知らないけど、そんなもの少なくとも私は望まない。

 世界がそんなだから、新たな境界が今日もどこかで生まれているんだ――





 小学校の人権学習で先生は言った。


 差別やいじめはやってはいけないことだと。


 周りの子は良い子の振りをして行儀よく先生の話を聞いていた。時折、先生の質問に対して思ってもいないであろう綺麗事を、本心のように手をあげて発表しては真剣に授業に取り組む振りをするのだ。


 私はこの時、世界一無駄な時間だと思った。


 そしてその日の放課後、[また]私の靴が下駄箱から消えていた。

 私は確信した。いじめがなくなることはないのだと。

 先生達がいくら頑張ったところで、いじめの存在すら認識できていないのが現実だ。認識できない問題を、解決するすべなど存在しない。


 私は、早く大人になりたかった。

 せめて、早くこの学校という檻から解放されたかった――




 あれから数年が経ち中学生になった私は、呆れていた。

 世界は今日も平和らしい。


「頭おかしいよ皆……」

 ため息のように零れた言葉は、紛れもない本心だった。


 私が何をしたのだろう。

 私の物を隠して、壊して、汚して、それで何が生まれるの?


 何かが、壊れそうな気がした。




 靴を隠されたのは久しぶりだった。

 人権学習をしたあの日のことを思い出していた私は、靴を探すこともせずあの日と同じように上履きのまま帰宅を開始した。


 校門を出てしばらく歩くと、知らない女性に声をかけられた。


「ねえ、ちょっとあなた靴は?」

 振り返ると綺麗なスーツ姿の大人の人だった。

 私もいつか、この人のようになれるのだろうか? ふと、そんなことが頭に浮かんだ。

 面倒だと思ったが、私はとりあえず質問に答えることにした。

「靴を隠されたみたいで、探すのも面倒だったので上履きで帰ろうかと思いまして。どうせ問題になるのが恐くて明日には下駄箱に戻してあるんです。きっとどこかで私を見て笑っているんですよ。いつもそうなんで」

 求められた答えを残し私は再び歩き始めた。

「それでいいの?」

「え?」

 質問の意味がわからず思わず振り返ってしまう。すると彼女はこう続けた。

「私も、そうだったから。あの頃の自分が現れたのかと思っちゃった。あなたは、今のままでいいの? ホントは、変わりたいんじゃないの?」

 何かが崩れるような気がした。それが怖くて、私は強がる他なかった。

「意味がわかりません。では」

 私は、何に怯えているのだろう?


 気付けば歩調はいつもより早く、少しでもあの場所から遠くへ逃げようと早足になっていたのかもしれない。


 どうやったって私は、何からも逃れられないのに。


 濁り淀んだ現実が、呪いのようにまとわり付いてくる。


 クラスのあの子みたいに泣きわめけたら、少しは楽になるのだろうか。

 あの人の言葉を聞いてから、珍しく感傷的になっている自分に気づく。


 帰宅し、食事などを済ませベッドに潜ってからも、私の頭の中では先程のやりとりが何度も何度も繰り返し再生されていた。



「それでいいの?」


 その言葉が、いつまでも私の中に強くこだましていた。



[つづく]

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