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雪紅  作者: 秦地 唐花
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 彼女と知り合ったのはネット上で、具体に言えばWeChatで、コロナ禍が出始めた年だった。

 ある日のこと、チャット画面の下部に赤いバッジ①の標識が出た。それをクリックしてみると容姿端麗な白人女性のキャラクターが出た。所謂羊頭狗肉、ネット上では日常茶飯事なのでまったく気にしなかった。まあ、皆欧米人が好きだもの!もしかするとほんとうは向こうは足指を弄んでいる巨漢であるかもしれない!その名前も面白くて大文字のアルファベットの二文字、「XH」だった。会話内容を見てみると英語での「hi!」だけだった。画面を上にスクロールしても過去の会話記録はなくていつどこでこの人と繋がったのかは思い出せない。

 「もうどうでもいい、誰だって遊びじゃない?」

 そこで先方同様、彼もこの「hi!」で返した。おまけに普段遊び心がいっぱいでいたずらが大好きな彼なので、向こうからまた話をしてくるとすべて英語で応酬してわざと外国人であるという相手の自己設定に合わせた。目的はその役を扮し切れなくなったその時の相手の有様を見てみたいところにあった。しかし相手はいい加減にはせずに終始英語での交流を保った。「あれれ・・・・・・」彼は心で呟いた。 まじ外国人?外国人留学生のそれ、自分同様コロナ禍でここに無理に止め置かれていたわけ?うん、以前自分は北京、上海出張でホテルに泊まる時、夜はすることがなくWeChatの「近くにいる人」の機能を活かして当てもなく出た人を仲間入りにしたのか?そう、それ、「金糸猫」だったのか——少なくはない留学もしくは旅行に来ていた売春をする東欧人女性のことを業界でそう呼んでいた――といろいろ考え巡らわした。

 しかし、初めの一か月間は実にまったく味気のない交流だった。味気ないどころか、まず第一に、言葉数自体が少なかった。時には、一、二行の会話でおしまいになったりして、彼から相手に声をかけることは絶対にしなかった。彼の中では、いくら相手が扮しても最後に必ずや哀れで美しい物語を醸し出し網掛けは始まる。相手が入れば網掛け終了する。常套だった。しかし彼に無用。そういう手に乗らない!彼はベテランだった。ましてやネット上で彼は見知らぬ者と無駄喋りなどは一切しなかった。

 ネット上で見知らぬ者との交流に、彼としては決して揺るがない幾つかの鉄則があった。

 一つ、雌即ち女性のみを相手に、雄の男性を相手にしないこと。至って簡単。でなければ、話をする気はない!

 一つ、相手が自ら言わない限りでは、絶対相手に名前は何、家はどこ、結婚しているか、家族構成及びどんな仕事に従事しているかなどは聞かないこと。これも簡単、必要ないもの。こちらはそちらのことを聞かないから、そちらにこちらのことを尋ねるのも許さない。交流が始まる前に断っておくが、守れないなら始まらない。お互いに簡単、あっさりしている。もうこのこと一つでほぼ九十九パーセント何かを企んでいる者を門前排除ししてしょんぼりと敗走させた。いくら方法があっても何もできない。それでは、何を交流するのということになるよね。そう、それ。

 ひとつ、体のみ、そう、物理的存在としてのその体だ。身長、体重、スリーサイズ以外、体に属するものなら、どの部位でも交流――深く交流してよい。愚にも付かないおしゃべりはしない。空虚、抽象、内面的なものは完全ノータッチ。高次元のもの嫌いというわけではなく、相手の君にそんな位ではない。ぶりっ子ばかりで千万もいても本物一つすら出食わない。当面の君、大確率でその類を逃れなく故にそちらの交流はしない。当然、まったくいなかったのでもない。鳳凰の羽毛、麒麟の角のようで極めて少なかった。ほとんどは「柔道チーム」に帰する。俺ら、もうそんな時間の無駄遣いは止そう。あっそう、もう一つ交流してもいいやつがある。つまり、お互いの趣味、愛好だ。これはどれだけ喋ってもよい、喋れば喋れるほどよい。体と趣味のことを除いてのお喋りは皆無駄。彼は敢えて糞抗日神劇を見ても無駄喋りはしない。無駄喋りは退屈!どうしても退屈でしょうがないなら糞抗日神劇を見に行けばよい!

 一つ、喋っていい範疇のものと言っても、お互いの体、趣味を喋ってもビデオカメラでなければ決して深く喋らない。

 このような交流スタイルで一週間維持するのも容易なことではないのに、彼女は保てた。彼女は彼のルールを受け入れる。最初は塀を隔てて銃眼から鉄砲が出てパーン、パーンと一二発撃ってきたようだけど・・・・・・。

 例えば、始め雌かと彼女に聞いたらはいと返事してくれる。同時にそなたは雄かとこちらに聞き返してきた。すると双方お互いににこっと笑いのステッカーを送った。で、そのまま終了。それからいつの日かにまた突然再開になり、例えば彼女のハンドルネームでからかったりして「あなたのこの『X』は欧米ではそういう意味、この『H』は日本ではそういう意味だけど、どちらもとてもよい」と言うと、相手も便乗してきて、彼のハンドルネームのkindで揶揄ってきた。「じゃ、慈悲深い主よ、さっさと持って行きな、それのどちらかを!」と全くユニークだった。

 こうしてまるで並んで歩いている二人の歩行者のようで速くもなければ遅くもない。同じ歩幅、同じ歩速で行進していく。双方ともお互いに塀の向こう側は相手だと知り合いながら見えない、お互いに相手の存在を感じ合って相手のことを見たいけれども意地を張って黙り続けて、どちらかが我慢しきれずに、先に口を利いてくるのを待つばかり。

 相手の速くもなければ遅くもない、しかし決して放棄しない姿勢に彼はわけが分からなくなった。「これはどんな人?」と一度会ってみたいという思いがしてきて、ふと気が付いたらぶるっと心の中で身震いをした。予感があった。この人とやっていけば、大吉と出るか、さもなければ大凶だ。

 転機はその一か月後に来た。

 多分到底こちらから切り出すことがないだろうと悟ったのだろう、ある日、突然向こうから添付ファイルの形で長詩を送信してきた。彼女が書いたもので一度目を通して批評してくださいと。こりゃ面白いと目を通した。よいとは言えないがとても才能があり、特に外国人が書いたことを思うと余計そんな気がした。作詩も作文も才能ある人の作品は、それほど精巧でなくても人の心を掴む。一二行で粗々のタッチのやつでも印象に残る。幾多の本を読み、幾多の技を磨いた上でのことでなく、ついでに書いてみるとそうなったと。彼女のことはこれだ。そこで思ったことを、良い点も悪い点も隠さずにすべてそのままストレート出して見せた。相手はとても喜んだ。お互いは近くなった。こうなると今度は詩の外にたくさんの文章も送られてきた。どうせコロナ禍でどこにも行けず、時間なら腐るほどあるので二人はそれに夢中になった。時にはふと気が付いたらもう夜半過ぎだったこともある。実に楽しい!意気投合して心を分かち合えたからか、彼女はまた学校や新聞社などのプロたちが彼女の同一作品へ書いた評論も送ってくれた。少なからぬのはもう発表されていたものだとそれで分かった。ただ、彼女はやはり彼が言っているほうが筋が通っていて、学校や新聞社などが良いと思った作品は、よくないと思われた別の作品に及ばなかったと思うようになった。当然これは見る角度の問題と言える。しかし一つの普遍に見られる傾向が現れる。美しくできたものは即ちよいものだと。しかしこうなるとまた大きな問題が生じる。つまり、この手のやつは往々にして手に取って読めば「いや、いいね、美しい!」と感じてくるが、時間を置くと「あれ、さっきのそれ何を書いた?」と思い出せない。これこそひたすら美を追求した結末、美に酔って酸欠となった!内容を変えずに作者を誰に変えても同じ人と感じるのだ!カラーは一緒でも肝心なあなたはどこだかは見出せない。掴めば手に余るのだがあなたというものは一つもない!即ち凡作、美しい凡作だ。

 そこで彼女はやはり中国人だと思った。もし外国人ならこりゃさぞたまげたもんだ。

 そうしているうち、二人は親しくなってきた。すると彼女は彼のことを「樹洞先生」と呼んだ。「どんな話でも聞けるしどんな話でも聞きたい。どんな質問にも答えてくれて的外れなしにさっさと辿る」からなのだ。

 二人はもう話せない話はないまでになった。しかしまだお互いに相手の顔は知らない!当然、彼女はキャラクターを持っているが、しかし終始それはどうして外国人なのかと疑っていた。


 やっとその日が来た。二人が知り合って三か月が経ち、今や毎晩必ず連絡し合うまでとなり、一日でも取らなければ落ち着かなくなる。そんな時、夜に相変わらず遅くまで喋っていてもう惜しくてもそろそろ今晩の話を終わらせなければならないと思ったその時、忖度しながらかのように、「あの、えぇーと実は、 まだ一つ相談したいことがありますというか、まあ、あなたにお願いしたいことですわ」と彼に言った。彼はクエスチョンマークの「?」を返しながら警戒した。「来るやつがとうとう来たのか」と心の中で呟いた。

 「わたしのために書いてほしいものがありまして・・・・・・」

 話は一旦止まってこちらの反応を見てから続けようとする感じ。

 「ほ、俺を射手にならせること?論文それとも何?」

 「いや、違います。私の物語です。書いてほしいの、そう、それです。よろしいですか。」

 「ん?ん?ん?」

 頭混乱気味。

 「あなたが書けばいいじゃん、自分のことだし!」

 「いや、あなたが書く、あなた風に書くのです!」

 「俺風に書く?どんな風よ、俺のことを知ってんの?」

 しばらくして向こうから「うん」と一文字の返答が現れた。

 ?????

 こちらではクエスチョンマーク頭の中一面。

 「ええ、そうなんです。試しに何回も書いてみましたが、何かあなたが言うように、自分のことなのに書き出してみたら他人事を言ってるようで、弛んでいて書いているそのうちにだんだんつまらなくなってきました・・・・・・」

 彼女は説明しようとして続けて言った。

 「いいように書こうと思えば思うほどうまく書けません。何か加工しているような気がして・・・・・・それで、あなたのみたいに、喜びにしろ悲しみにしろ、いや、痛くてもズドンズドンと人の心に打ってくるそれ、それで・・・・・・」

 「うん、そう言うなら少し分かってきたようだ。色付けするのは不得意だが本来姿通りの素描ならまあいける。しかしそれでもやはり『では、何故この俺に?』ということに説明が付かない。」

 しばらく沈黙の後、

 「あなたのもの、あたし、読んだことがあります・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・

 今度彼がしばらく沈黙した。

 「何故かもう最初からこちらのことを知っているような気がするけど」

 「まあ、そう言われるなら・・・そうですね。」

 釣糸は遠く深く伸びていくのが目に見えたようだ。一体どんな脚本なん?こう苦慮しなければならないとは。

 「じゃ言ってごらん、どんな物語?」

 「先にご了承を頂きたいです。物語は、教えます。その日がいずれ来ます。」

 「うん、もし了解というなら?もしものことだけど。」

 「もちろんただでやって頂くつもりではありません。」

 「しかし、俺、金なんか要らないけど。」更に語尾に狡いウインクのステッカーを付けた。

 「えっじゃ、何がほしいですか。」

 「ヒトだ!もしそのキャラクターが君本人であれば。」口裂けて笑いのステッカーを付けた。

 相手を追い詰めた。本人じゃなかったらどう済ましてくれるのかと。

 しかし、「いいとも、もちろん私です!」と

 彼女はすんなり応じてくれた。

 「しかしそれには鑑定が必要だけど。」

 「いいですけど。どう鑑定なさるのですか。」

 「身体検査。」

 「ほ」

 「うん」

 「ふ—」

 「カメラでの身体検査だよ。」ウインクのステッカーを送った。

 「はい。ではいつですか。」

 「そちら決めて。」

 「はい、では明日に!」

 「明日に!」

 話をしているうちになんと鉄の約束となったようだ。


 明くる日、携帯電話はぷるぷる震えると彼女が来た。夜中の十一時に。

 「今からスタート?」

 「はい」

 携帯電話は再び震え出した。ビデオ電話呼び掛けの信号です。受け入れた、そして気を吸った。

 彼女が出た。キャラクターの通り本人そのもの!

 小顔、高い鼻筋、亜麻色の髪は光っていて両目はきらきらしてこちらに向けてきた。目が凹んでいないのを除いてその他の身体特徴はすべて白人そのもの、容姿端麗、いや、絶色美女と言っても過言ではない。

 彼女は口を利いた。「私ですか」と笑顔に得意色は隠せない。

 彼女が言ったのは中国語だ。

 「うん、ちょっと立って下さい。いいですか。」

 指示通り彼女は立って後退りした。

 「ほ、背高!」

 案の定、手足長く、胴短い西洋人の身体構造だ。

 「あなたって身長どれぐらいあるの?」

 「当ててごらん!」

 「ん・・・・・・少なくとも170以上だね!」

 「もっと当ててごらん!」

 「えっ、高かった?それとも低かった?」

 「足りません!」

 「あっそう、じゃ172!」

 「後少し!」

 「173?」

 「もう後少し!」

 「えっ174!」

 「うん。」

 「嘘・・・・・・俺とそう変わらないやん!

 「あなたは?」

 「174.5.」

 「一緒じゃ!」

 「一緒じゃない、君より0.5センチ高い!」

 「ふ-」

 「ふ-」


 「脱ぎます?」

 「もちろん!」

 上から下へ彼女は脱ぎ始めた。上半身ブラジャーだけになると、体を後ろに回して背後からブラジャーの鉤を外した。そこで両手を前に覆うままでまた体をこちらに向けた。両目はやはりきらきら輝いていた。

 彼はその道の達人だった。彼は彼女に言った。「右手を開いて人差し指を立ててごらん!」

 指示通りしてくれた。片一方の白く大きい乳房が現れた。

 「ちょきのサインを出して!」

 してくれた。

 ほんとらしい、録画ではないと彼は判断を下した。

 脱ぎ続け始めた。全体の彼女が彼の目の前に現れた。

 素っ裸な彼女は両足の間に隙間一つもなくまっすぐに立っていて体の全部を彼に見せてくれた。彼女の白い体が閃き、なかなか直視できなかった。しかし赤裸々に彼女の視線をこちらに向けてきた。そして口を利いた。

 「よく見てください!後でお使いになる時があるので。」

 落着くように心構えをしながらじっくりと彼女のスリーサイズ、特に骨盤をチェックした。骨盤は十分に広くて性転換してきたニューハーフのそれでないと絶対確信が持てた。

 「うん、よし!じゃ、ちょっと歩いてごらん。」

 猫の歩みを始めた。ゆったりとした足取り、揺らめいた腰、見詰めてくる目付き、彼の心を揺らし下部を衝動に走らせていよいよ抑え切れそうになく際どくなってきたので、しばらく見ていて視線を彼女の体から外してみた。その繰り返しをした。

 しかしこういう時彼女は言った。「部位を見ますか。」

 挑発する目付き。

 当然彼は弱気を吐かなかった。

 「はい、順番に!」

 すると展開順次開始。

 息を吞んだ。

 必死に抵抗した。こちらが必死に我慢していることを彼女も知っていて挑発を止めなかった。ポーズを取って彼女は「この中も視察するのでは?」と聞いてきた。腕白な顔付。彼は「視察はもうよろしい、将来体験するわ」と答えるとアハハと二人は笑った。


 二人は遊びに耽った。お互いに相手の体、趣味以外のことを触れなくても十分楽しくて、まるで水中を戯れる二尾の魚のようだ。ある日の夜中三時、相手はもう熟睡していると思うその時に、突然彼女を揶揄おうとする気になったので振動を付けたウインクのステッカーを送ってみた。目が覚めた彼女は何か急用ありと思って慌てて「どうかしました?」と文字を打ってくれた。「いや、別に、君が寝たかどうかを知りたくて」と歯を剥き出したお笑いのステッカーを付けて返信をすると、しばらく経って「もう、気違い!寝たところなのに」とのことだった。彼は笑った。気分爽快。しかしそれに対するそっくりな報復はまもなく来るのは思いも寄らなかった。数日後夜中の二三時、やはり彼が寝付いたところ振動に伴うウインクのステッカーは送られてきた。どうかしたと聞くとあちらも「別に、寝たかを知りたくて」との返事だった。彼女の報復だと分かって「もうー」と一言、腹が立ちながらこちらも笑った。こうして定期的にしばらく経つと同じプログラムが二人の間で繰り返された。二人は厭わずそれを楽しみにしているうちに、決まった習わしにになって、たまに一回遣り損なえば気が済まなかったほどだった。

 遊びで彼らは親族となった。遊びは思う存分で果てもなく続き二人は大人というよりむしろ二人の腕白な子供のようだ。こんなのを愛人と捉えていいかどうかは分からない。愛人というに何か違う気がする。何だろう?強いて言えば、愛人に子供を加えるそれで、「愛人子供」にでもしよう。彼女を見たいとさえ言えば、彼女は裸になってきちんとする猫の歩みを見せてくれて、まるでほんとうにT字ランウエーを歩いているように、揺らめきながら向こうから漂ってきて目の前に来ると一ウインクして身を変えてまた漂っていった。彼女の見せてくれたそのきちんとした振りを見て笑いたくてしようがなかった。尚、別の形に変わった時もある。様々なヨガの仕草だった。あれだけの長身でもまたあんなに柔軟!彼女の体は少しも難しくなく後ろに巻き付くと今度頭は股の下から伸び出た。以前見たサーカスのそれのようで言葉が失せるほど驚いた。

 彼女は実に美しい、実にセクシーで生れ付きの尤物だった。彼らの将来はどんなものになるのかは知らないが、しかしどうになっても彼女のことは忘れられない。まだ彼女から離れていない時、事実上まだ一度も彼女と一緒にいたことはないのに一緒にいたようで、となると一緒にいたこととなり、まだ相当長い日が経ってから彼女から離れることになるのに、もう何回も何回も彼女との別れが思い浮かび、まだ彼女から離れていない時に、もう何回も何回も彼女から離れた後彼女のことを思い出した時、彼女の姿を想像した。部屋はわりと広くてあたかもファッションのT字台のようで各角度からの光を放っていた。バックライト、ムービングライト、スポットライト、彼女が歩き出すと明るかったり暗かったりして美しい姿は揺らめいて来て、揺らめいて行った・・・・・・

 項垂れると「これって、愛なん?」と


 もう彼岸にあるそちらの国に戻らなければならない時だ。飛行機がしばらく震えながら滑走して轟く爆音に伴い斜めに空を衝いたその時、彼は目を瞑り合掌して祈った。「有難うXH。この間の憂鬱な道程に一緒になってくれたことを有難う。」


 秋分、河辺散歩、彼岸花が咲いている。高遠な西の空を眺めて心は静まる川の流れのようだ。それぞれ自分の生活があり二人はお互いに連絡を取らないままもう半月も経った。正に流水悵然とするこの時、携帯電話がぷるる震え出した。久しぶりに彼女から連絡が来た!

 「会いませんか。」と彼女は言った。

 「ええ、しかし、俺、日本にいるけど。」と彼は言った。

 「うん、私も日本にいます。」とまた彼女は言った。

 しばらく彼は無言だった。

 「君?」

 「はい、私。私と会いたくない?」

 「いえ、会いたい。」

 「じゃ来て。案内を送るから!」

 「そっちもこちらに来たのかこれとは?何か事前に伏せておいた一つの設定みたい!」

 彼は心の中で呟いた。

 しばらくしてちりんと電子メールが一通届いた。開けてみると招待状だった。清秋ファッションウィークで開催日と開催場所を記載して落款は関西ファッション協会だった。その招待状を収めるとこちらはもう読んだと量られたようにメッセージが届いた。「車は使わずに来て下さい!」と。分かる。酒飲みありということ。


 会場は三階建てのある劇場の二階に設けられている。ふだん彼は時間厳守だが今回はわざと少し遅れた。混雑を嫌うのと万が一の知り合いとの出会いを避けるためだ。電子招待状を読み取られ入場、後列の席に行こうとすると蝶ネクタイを締めた係員が笑顔で彼に付いて来てくださいと指示した。劇場のモジュール式舞台はT字台にされ、それを囲んでいるように開催側と来賓側の出席者はU字型で向かい合って陣を取った。一般客は後ろの席だった。VIP席に案内された。視線を下げて見てみると背凭れに「樹洞先生」と書いている紙が貼ってあった。驚いた。なんとVIPにされた!慌てて着席してさっと左右両側に目を回したが彼女はいなかった。ところが目にした人は皆背広にネクタイの正装で彼だけがカジュアルな服装でスニーカーだった!でも構わん、これで行け!ショーは盛り上がっているところだ。音楽のリズムにゆらゆらモデル、屈んでカチャカチャと撮影する雑誌社のカメラマン、彼は彼女を探し続けた。

 コロナ対策で一人を隔てて席を設けた。再度ぐるりと左右を見渡したがVIP側席にやはりいなかった。後程また捜そうと頭を前向けに戻したら、空中目と目がぶつかった。習慣で自然に目線を避けたとたんまたそれが引き戻された、否応なしに。見慣れている目付き!絶えずに流れているのは、他になく彼女の目付きだった。向かいになる開催側の審査員席のど真ん中――審査主席の席に着物姿で顔の輝かしく光っている中年の婦人が座っていた。確か相手は自分のことが分かったのが確認できると一旦目線をT字台に戻したがしばらくしてまた彼のほうに向けてくれた。きらきらと光るその目付きが一旦集中して、ないようなあるような一笑いをちらっとした。まだそこでぼうとしている彼に「間違いなく、私です!」と教えた。そして目線を離した。彼女だった。彼女の前のテーブルの中央に置かれた名札に「関西ファッション協会会長」と書いてあった。真正面向こうに会長の身分を審査主席と担うこの方は、頭から足の爪まで体の隅々彼に熟知されていない箇所は一寸もなく、延いては、彼女の恥部に黒子一個あったのも知っていた。なんとその彼女だ!

 揶揄われたと感じた。いや、揶揄われるところで済むことでないかもしれない。知っていた。この業界に携わるのに、往々にして闇社会の背景を持つ、いや、そもそもその自身が闇社会の組織であることを。この種の泥水には足入れしてはいけない!

 急遽退出することに決めた。我慢して和装部と洋装部のショーをそれぞれ一回見て次のショーが始まるまでの隙間に、お手洗いに行くふりをしてそうっと席を外した。

 会場を出ると大きく息を吸った。それから速足で駅に向かう。すると手に持っている携帯電話はぷるっと震えた。心臓もそれに付いてぷるっと震えて一つのメッセージが届いて彼の足を止めた。「えっ、逃げるの?私を恐がってるの?」「君、俺を揶揄ってる!」「あなたのルールでした。あなたはもう船上ですもの!」「いや、私たち、契約してないし何かあったこともない!」「あれ、あんまりあなたみたいじゃないね、一諾千金のあなたは?」「・・・・・・」 「まあいいでしょう、行くなら行っていいですよ、でも私を恐がりましたね。」「バカ!君を恐がってるかい!」「じゃ、場所を教えるから来る度胸がありますか?」「此畜生、 そんなないのはワンバーダン(馬鹿野郎)なのだ!」「はい、これでよろしい!」お笑いのステッカーが付いていた。

 もう捨て身にでも名声を落とさせることはない!

 ちりんと時間と場所の情報の入ったメッセージが届いた。


 二時間後、時間通り言われた場所に足を止めると、どこからか黒いベンツが出てきて彼の前で弧線を描いて音も立たずに止まった。カッタと車の後ろドアが開けられ後列シートに上下黒い衣装で黒いマスクを着けていた女がサングラスを下げて彼女の目を見せてくれた。「彼女だ!」車に乗った。車のドアがまたカッタと軽い音がして閉まった。やはり全身黒の服装で角刈りの運転手は目で左右を確認して車を出した。真白な手袋で鋭い目付き。

 彼女は彼の手を取った。彼はぱっと手を抜き出して体をまっすぐにして目線を前方にして動かなかった。音もなく彼女は笑った。体もそれにつれて何回か揺れた。

 車は山中に入った。暮れかかるごろ、両側とも幽深なる林木、地表に白い熱気が溢れていて明らか温泉地帯だ。前方は暗くなると車はするっと巨大な蓋のような岩の下に滑り込んだ。二人は車から降りて前に進んでいて運転手はその場に佇んで二人の後ろ姿に深く一お辞儀をした。前方は鍾乳洞のようで中に入るとぽたっと水滴の音がしてくる。しばらく歩くと道が塞がって横からもう一本の道が見えてきた。壁に取り付けられた電灯に従ってひたすら上に登っていくと地表に出た。もう鍾乳洞から出た!足元から一本の小道が竹林の中をくねって伸びていく。その突き当りにさらさらとする水の流れの音とくねくねと漂っている煙に囲まれ別荘が浮かんできた。彼女に付いて中に入ってみると完全に原木を活かした色付けしない自然風の建物だった。その一周に窓が作られ風通しが良くて三百六十度に視界を遮るものがない。気を取られ近づけてみるとぽつんと山頂に位置していて周りは視野が広くて鳥語花香を聞いたり嗅いだり日月の昇降を見たりすることができる。ここにいれば、即ち自然裡、天地宇宙裡にいることだ。

 「一緒にお風呂に行きます?」と後ろから彼女が聞いた。

 「いや、あなたが行ってて!」と振向きもせずに彼は返した。

 すすっささっしゅる背後から服を脱ぐ音がしてしばらくしてまたじゃぶじゃぶと水の音が流れてきた。彼は窓の前に佇んでじっとしていた。夕日は天辺にあり。


 後ろに人がいる気がして体を回すと彼女はそこに立っていた。

 バスタオルは身に纏われ彼女は両手でそれを胸の前に握った。ところが二本の長い足は大分露出され、細長い足は拇趾と示趾を少し開けて爪の甲に塗られた赤紫色の小さい点々が微かに光った。視線を上に伸ばしていくと彼女は髪がシャワーキャップに収められ突起の形となり目付きが潤っていて落着き、右口元にないかあったような笑いを起こして彼に小さい時の思い出の中の母親を思い出させた。もちろんこのような目付きと容貌はこの間Wechatのビデオ電話でもう何回も見たが、実際真正面に対面すればやはり一緒ではなかった。これは初認識。知らずに彼は手を挙げ始めそして彼女の胸の高さまで挙げてきた。彼女はちっとも目は瞬かずに彼をじっと見詰めて顔の表情は一つも変わらなかった。しかし彼の手挙げが止まり一保って下した。彼は体を横回転して後ろへ一歩下がった。彼女も彼の転換に連れて体が彼に向けるように体の方向を転換して目で目を見詰めて相手と対峙となり、そしてそのまま手を放した。バスタオルは音もなく滑り落ちた。雲は裂け一片の光体が飛びかかってきた!一メートル先彼女は裸で向かいに立って体も目も光っていた。彼は直視できなくて無意識に手を挙げ阻止しながら顔を避けた。しかし身を変えてかつてみせてくれたように彼女は猫の歩みを始めた。一片の白い光体は揺らめきながら漂っていって突き当たるとぐるり身を回転してぱっとポーズを取ってそこに止まった。彼の目線も引っ張られ追っていってその止まりに止まった。彼女の肌は雪よりも白くまたその光沢は滑らかで玉のようで目は炯炯たる光を放っている。そこへ、彼女は片手で頭のほうを一触れてシャワーキャップを取った。だらっと滝のように亜麻色の髪の毛を肩まで垂らして彼女は片手を胸の前、片手を腹の下に置き体一面夕日に一抹の薄赤を塗られ、縁が光っていて海上誕生のビーナスを彷彿とさせる。見惚れた。するとその赤みの掛かった白い光体は再び動き出した。星のように輝かせる目は決して彼の目から逸らさずに彼に漂ってきた。

 光体は彼の前で止まった。


 思わず両手を輪にして後ろから光体を抱えた。まるで彼女の目付きに操られたようで。彼女の目は一瞬きもせずに彼の目から離れなかった!彼女は彼の服、ズボンを脱がせ始めた。彼はそのままじっと立っていてそれに従った、思考力を失ったよう。脱いだ服は無造作に床に置かれて最後身に付けるものは三角のパンツのみに残った。彼女は片足を跪けて両手掴みで下に一引っ張ればそれを足首まで下した。そうしてまた彼の片足を掴んで上へ挙げると言われたみたいにその通り彼はその足を挙げた。彼女の口元に一抹の笑いが浮かんだ。

 二人は赤裸々、一糸纏わず、同じ高さで顔と顔、体と体が向き合いに立った。

 彼女は半歩前に進んだ。二人は顔と顔、体と体が上下で張り付いた。彼女の後ろで輪になった彼の両手はずれ落ちて彼女の丸いお尻に止まった。すると思わずそれをこね始めた。締まっていて弾力がある。左から右、右から左へ彼女は首を相手の首に交えひゃっとひゃっと湿った唇で彼の後ろ首に半円の輪を描いた。そうして肩まで垂らした長い髪も彼の胸、背中、左右の肩と手を擦れつつあってしばしば彼の鼻も彼女の髪の中に埋まった。むんむんと彼女の髪の毛の匂い、体臭は昇り立って彼の鼻、脳、血液、骨髄に浸み込んだ。自発にしろ受け身にしろ当然触覚も同じ進行方向に辿っていくがしかし両者の進行速度の差は甚だ大きい。触覚のほうは秒単位で起爆とされるなら嗅覚のそれはミリ秒にも足らず一瞬に起爆してDNAに刻まれた人類の繁衍する動物的本能意識が目覚めたわけ。彼の硬さはふかふかとした彼女の柔らかさに突き当てた。首交えの動作を止めて彼女は彼の顔を両手に持った。目は瞬かずにじっと見てくれた。顔も目も光っていた。すると顔を横にして鼻と鼻をずらして口で彼の口を探してきた。我慢の限界に今度また口を重ねてきたらもう行ってしまうのだろうと。危機一髪のところに一プッシュで彼女を押し退けた。「いや、いい、俺らはいい、話をするだけで、もういいです!」と言いながら頻りに強く頭を振った。そうしてできた痛みでじわじわと体から湧いてきた快感を抑え込もうとした。一瞬ぼうとして彼女は笑った。「ほ、じゃ、何を話します?」 「君の物語!俺を呼び寄せたのは君の物語を書かせるのじゃなかったの?」「うん、そうです。おっしゃる通りそのためです!」「じゃ、君の物語を言おう。」重荷を下ろしたように彼は息を吐いた。突然彼女は両手で彼の肩を掴んで彼が自分の目を見詰められるような形にして決まり切った口調で彼に言った。「先に私と寝て、それから言ってあげます!」「いや、しかし、無理。もうちょっと俺に触れるともう堪らない!」やむを得ず彼は正直な事情を言ってしまった。彼女は笑った。

 『しぱしぱ・・・・・・』と彼女の手に持っていた中半分までぐらい氷の入ったジョッキに水を入れられ激しく氷の砕けていく音を鳴らしながら湯気が立っていた。氷水を大きく一口含んで彼女は片足で跪いた。それを噴き出してくるかと思うとそのまま彼を含んだ。寒流が巡る。一口の氷水は一本の寒流に、一口の氷水は一本の寒流に、何回か口での水浴に彼は大人しくなった。水は彼女の頤または首を伝ってぶら下がっている乳房からだらだら滴って床に溜まった。

 手で何回か彼を握って彼女は立ち上がった。二人は再び向かい合って立つようになった。再び彼女の両手は彼の肩に掛けた。そうして自分の額を彼の額に当てて彼女は優しく聞いた。

 「今日、今、見てた実際のあたしと今までビデオ電話で見てたのと、同じですか。」

 「うん、同じ。」

 「じゃ、同じでないとこがありますか。」

 「うん、今日のは、熱がある。」

 「後は?」

 「ある。今日のは、匂いがある。」

 「助兵衛!」”

 少し止まって「助兵衛それこそ、好き!」

 彼に向って彼女の体は掛けてきた。がっちりした彼女の乳房は彼の胸に当たった。二人は顔に顔、体に体、上上下下一つにくっついた。彼女は目で彼の目を見詰めた。そして知らず知らずのうちに鼻と鼻を横に交えると口と口はくっついた。強くてしなやかな一筋の肉を前に一強く送り出すと濡れたままつると中に滑り込んで二本の舌がぬるぬる絡んだ・・・・・・下で彼は立ってきた。彼女は手でそれを握った。

 「うん、私たち、背が一緒ですね。」

 「君は174㎝。」

 「うん。」

 「しかし、俺、174.5㎝だけど。一緒じゃない、君より0.5㎝高い!」

 「相変わらず生真面目ですね。」

 「まぁ、誤差の範囲だけど。ハハハ・・・・・・」

 「それ、言いましたね。私たち、立ったままでもできると。」

 「うん。」


 柔らが堅強を陥れて二人は一人に合体。


 竹ベッドの左右に一人は横になって一人は座っていた。横になっているのは男で左手の肘を曲げて枕みたいに頭の下に敷き顔を右に向けていた。座っているのは女のほうで座っているためちょうど男の腰の位置だった。彼女は膝を抱いて座っていて屈めている足に乳房が乗っていた。月の光が入ってきた。冷たくて静かで水のようで彼の体は照らされ足の産毛は一本一本すっかり映し出されぴんと立ち並んだ。同じく月の光はまた彼女の体をも照らした。ふわふわとして円やか。ざっざっ、ぼうっと一輪のバラ色の炎が立った。彼女はマッチ棒を擦って火を立てた。そしてそれでタバコに火を付けた。

 「えっ、あんた、タバコを吸ってた?」

 「前、あなたとの時、嫌がれると思って我慢したの。」

 「ほ。」

 「しかし、今話をする時吸いたい。」

 それを見た。彼女の頬はぐいと凹むとタバコの先端の赤い一つの点がぱっと明かりが付き両目もそれに付いて光った。それも水のようで冷たくて静かで思いにつれて脈々と深遠に流れていく。

 蒼茫たる往事。


 彼女は中国DTの出身だった。これで彼女の白人彷彿の容貌を持っている理由が分かった。彼より丸一巡年下だが見掛け上でもっと若かった。実に若く見える。正面から実際の年齢より十歳ほどだが後ろからなら丸二十歳も若く見えた。実に天性の麗質で絶色なる美女だもの。

 ところが、彼女の人生は正に又それで美しく辛いものとなった。美しいため苦しく美しければ美しいほど苦しい。まったく慨嘆に堪えない

 彼女の物語は当然一二回の話で終わらせるものではない。本人の代わりにそれを代筆すると彼は承諾した。彼はそうしたい。金銭、利益またはその他の何かのためでなく、ただ、彼女その人だけのためだ。彼女は彼のことが好き、彼も彼女のことが好きだからというもの。


 今日の分の彼女の物語の話が終わった後、二人は二番戦を行った。今回長かった。面白いことに、年では彼女は下、彼は上だが、しかし諸々の物事を進めるには、逆に彼女は上、彼は下のようですべて彼女がコントロールした!彼の上に跨って彼をリードしながら共に登頂に向かわせた。もう我慢できないと知っていて彼がそろそろ登頂する寸前にぐいと体を伏せて両手で彼を後ろから抱き締めてまたぐいと彼を引き起こしてそのまま力いっぱい自分のほうに寄せた。彼女のお乳はぴたっと彼に当てて上に出張るお尻は背中ともっともきつい夾角をなした。こうして彼女はきつく彼を自分の懐に抱締めていた。そこで彼は爆発した。ずどんずどんと彼が猛烈に射撃しているその時、彼に応じているみたいにオーオーオー・・・・・・と声を出してまるで大人が子供をあやしているようだ。もう射精が終わったのに彼女はやはりお尻を出張らせたままぎゅっと彼を抱締めてずっと放さなかった。そこで彼女の肩を超えて背骨の曲線を下って彼女の出張っている雪白の大きなお尻がきれいな弧線を描いたのが見えた。


 仕事後とても疲れていたが同時にとても気持ちがよかった。そしてとても眠くて堪らなかった。しかし彼女はもう行かないといけない。行く前に彼にくっついて側に座った。彼の頭を摩りながら自分にも聞かせるように彼女は言った。「疲れた?よく寝てて。人は皆、いつも私の心がほしいと言うが、ほんと望んでるのは私の体だけ!あなたはね、私の心がほしいとかは、一度も言わないが私の心を持って行ったわ。」慈しんで優しい声で憐愛無限。更に何回か彼の頭を摩って近付けて彼の額に一キスをした。そして顔と顔をくっついて大人が子供に言い聞かせたように、「目が覚めたらいつ降りても下で人が待っています。直接おうちまで送って下さるので心配は要りません」 と言った。そうしてようやく彼女は立ち上がった。しかし我慢できず再度身を伏して彼にキスをした。今度立ち上がっると彼に向けてちらっと笑いを見せ手を振って「行くよ」と小さな声で言った。彼女のその一笑いにとても美しいと感じ彼は彼女を止めた。「もう一回笑ってくれる?」と頼んだ。顔に笑みが綻んだ。唇が赤く歯が白く、目に潤った和悦の光が湛えられ慈しみ優しくて母性愛を輝かす目付きだった。うとうと今にも寝てしまいそうな彼は「君って、ほんとに美しいな・・・・・・」と呟いた。


 その日の夜、彼は目が覚めると彼女の秋分の日の日記内容の記されていたメッセージがもう届いていると気が付いた。その日に彼女は彼と会うことにした。

 日記ではこう記されていた。

 今日秋分の日、彼岸花が咲く頃。

 彼岸花はまた曼殊沙華と言い、無尽の愛を表しているが最後結局傷心別離に終わってしまうことで、茎一本で実らないもの。

 しかし、私はこんなのは気にしない!私こそこんなのは気にしない!私は髪の毛を垂らして鏡の前で手入れするのだ。

 ふふ、ふと詩みたいな言葉が浮かんだ。鏡の前容作れば鬢雲の如し。うん、私は髪の毛を高く結い上げて長い「雪の頸」を現したほうがいいか、それともそのまま髪を垂らして野性的ロマンを呈したほうがいいか、それと、眉は少しカーブを付けて細く描いたほうがいいか、それともそのまま跳ねている眉尻を保たせて英気を現したほうがいいか、唇なら、やや明るいカラーの口紅を付けたほうがいいか、それとも付けずに潤う状態が保てればそれでいいかと、これ、あれ、様々・・・・・・

 おや、あなたは今日どうしたの?こんなに嬉しくて、またこんなに不安で。「女は己を悦ぶ者のために容作り」と、あなたって、こうなっているのは、自分のことが好きな誰かのためだろうか。

 そうだ。今日私が決めたわけだ。私の「樹洞先生」と会うことにだ、そして、彼に会ったらまた彼に教える。いつも人揶揄いのネタとしてきた「XH」は人の名前の大文字アルファベットの短縮であり、人の名前は「雪紅」というのだ。

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