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追い剥ぎ事始め


 宿屋の主人であるバーカーは昔なじみのスクイーズから呼び出されて、彼に貸している一室を訪れていた。開口一番、今までも何度か聞かされた儲け話になる。

「頼みたい仕事は二つ。夜の間に下の酒場で目星をつけた奴らの部屋の戸口に時間差で手紙を差し入れて欲しいのと、戦利品の処分だ」

 そう言って見せられた羊皮紙は二枚あり、それぞれ「日付が変わる頃、森の入り口で待つ」としか書かれていない差出人不詳の手紙だった。この手紙で呼び出された奴がどうなるのか、想像するのは難しくない。せいぜい自警団へ駆け込まれて手が後ろへ回るだけだと思うのだが、その辺りの仕掛けを聞くつもりもなかった。

「戦利品の処分だけならまぁ、やらんこともないがなぁ……これでも今は真っ当な宿屋経営者なんだがな」

「宿屋経営者の前身は、俺たちと同じだろうがよ。こいつが起こる可能性の高くない儲け話であることは理解できるだろ? 毎度毎度お前の宿に都合の良い標的がいる訳じゃなし」

 バーカーの理解は追いついていた。しかし、わからない振りをしておく。

「だったら尚更、止めた方が良いだろう。ウチばかり被害者が出るのも良くない」

「そこはバラけさせるように仕込んでるよ、お前だけじゃない。誰かは聞くな」

「聞きたくもないな、そんな話」

「細かいことは話さねぇよ、そこまで引っ張り込むつもりはねぇ。だが、ある程度は知ってもらわねぇと話が先に進まねぇ」

「結局、引っ張り込みはするんじゃねぇか」

「で、どうするよ?」

 急かすスクイーズへ、少し間を開けてから答える。

「……細かい絵図次第だな。戦利品の方だけなら喜んでやるよ、どうとでもなる」

「いいだろう。手紙の方も、よく考えといてくれ」

 話はそれだけか、と言い置いてバーカーは席を立つ。スクイーズが持ってくるのは大体が儲け話ではあるのだが、堅気の商売へ転身したバーカーにとっては再び道を踏み外すようなものばかりでもあった。スクイーズが引き止めなかったので、バーカーは部屋を出た。


 自室に戻ったバーカーは一人で考え込んでいた。人数は少ないが、それでも人を使う立場となった今のバーカーが、スクイーズの持ち込む怪しげな話へ足を踏み入れる理由は、ほとんどない。昔の放埓な生活が懐かしい、とは少し思う。と同時に今の生活と雇い人を守らねば、とも思う。

 故買だけならば伝手はある。スクイーズに限らず、大っぴらに販路が確立できない品物を持ち込む旅人や冒険者は少なくない。副業程度の、あまり割の良くない伝手を頼る分にはギルドも見逃してくれている。

 バーカーは過去、盗賊であった。ただし遺跡の盗掘専門で、持ち主のはっきりしている品物に手をつけたことはなかった。遺跡探検家を出し抜いてお宝を横流ししたことなど、一度や二度では済まない。

 その方面で一度だけ、ギルドの上役も目を剥くほどの莫大な儲けを叩き出し、その時の上納金を手土産にバーカーはギルドから足抜けしたのだ。上納金を収めてなお、手元には次の事業に手を出せるくらいの金が残った。売りに出ていた宿屋を買い取って簡単な改装を施して、この「バーカーズ・イン(バーカーの宿屋)」を開業すると手元に残った金は四分の一程度になっていた。

 資金繰りに余裕があるか、と問われれば、ないこともない、という答えになるだろう。決して左団扇で暮らせるほどの余裕はないが、小銭稼ぎに汲々とする必要もない。汲々とはしていないが日銭程度の客入りを掴むことにも成功しており、バーカーの一国一城は出来過ぎなくらい機能していた。

 スクイーズに過去を暴露されたとしても、バーカー本人にはそれほど大きな影響はない。しかし宿は違う。元盗賊の宿との噂が流れれば、あまり良い状況にはならない。スクイーズがどこまで強請ろうとしているのかはわからないが、大っぴらに喧伝しないとも限らない。付かず離れずが良いだろう、とバーカーは判断した。判断したところで、扉の外から呼ばれた。

「バーカーさん。そろそろ厨房の方、一息入れていいかい?」

「あぁ、構わないよ。ゆっくり休んでくれ」

 扉を開けずに応対する。やはり、この宿は守らなければ。





「インヒビット、お前が要になる。幾つかの宿屋に渡りはつけた。他は心当たりがあれば、そいつらを引き込んでいく。誰かいるか?」

 バーカーが部屋を出てしばらくした後、スクイーズの部屋には女の来客があった。スクイーズの言葉に渋面を作りながら、インヒビットと呼ばれた女が答える。

「まさか、まだアンタとアタシの二人だけ、って話じゃあないだろうね?」

「違う。俺の言うことなら何でも聞く愚図が一人いる。荒事にゃ使えねぇが、治癒術士だからお飾りでもいるだけでいい。最低でももう一人、動ける奴がいれば助かる、って話だ」

「じゃあ、いるねぇ。金払いさえ良ければ何でもやるのが。ダンマリで愛想のない奴だからアタシは好きじゃあないけどさ」

「一回、顔を合わせておきてぇ。取り分に納得しないようなら放り出しゃいい」

「わかった、話つけるよ。にしても確認したいんだけどさ。本当に自由に呪術を使っていいんだろうねぇ?」

「お前が使えるって言ってた、酩酊の術だったか? それがいい。あとは痕跡が残るような呪術は勘弁してくれ、証拠が残っちまう」

「いいよ、嫌いな呪文じゃないしね。他の呪文も使えそうなら使ってくさ。まぁ、傷やら跡やらが残らない、ってのは呪術の得意分野だしねぇ」

「なんにせよ酔っ払いを仕立て上げられるなら、それでいい。証拠が残らないなら、多少の怪我なんかは歓迎だ」

「いいねいいね、そういう話が聞きたかったのさ」

 インヒビットは口の端を陰湿に歪めながら笑った。


 ソリッドと呼ばれる男に会ったのは、インヒビットが話をつけた三日後だった。スクイーズは幾つかの宿屋を転々としながら話を進めているため今回は「バーカーの宿屋」ではなく、宿として似たような質の「ネスト・ボックス(巣箱)」という屋号の宿屋だった。

 インヒビットが言っていたように、ソリッドは静かな男だった。

「……取り分は今のところ、その都度で六分の一。割り切れない半端は、獲物の情報を寄越した奴と戦利品を売り払った奴に手数料として流す」

 ソリッドは短く頷いた。

「取り分については関係する人数で変える。今のところ、お前を入れて六人になるから六分の一だ。こういう話で他に使えそうな奴がいれば紹介してくれ。ただし、その分だけ取り分は減るぞ」

 今度は首を横に二度、振った。そういう決め事でもしているのか、ソリッドは必要がなければ徹底的に喋らない。

「ところで、お前。まさか喋れねぇ、ってことはないよな?」

「無駄口を叩きたくないだけだ、これで満足か?」

 ソリッドの肉声に、無言でスクイーズが頷いた。


 翌日、同じ「巣箱」のスクイーズの部屋で、巨漢の男がインヒビットとソリッドに引き合わせられていた。巨漢の名前はベアリシュ。しかし体は大きくとも気は小さいようで、一から十までスクイーズの指示に従っていた。

「こいつがベアリシュ。挨拶しろ」

「治癒術士のベアリシュです。よろしくお願いします」

「スクイーズ、本当にコイツ使えるんだろうねぇ?」

「俺の言うことなら何でも聞く。借金を棒引きにした俺には恩があるからな。

 な?」

「はい、スクイーズさん」

「ふぅん、デカい図体して何だか頼りないねぇ。アタシは呪術士だよ」

「戦士」

「いいか、ベアリシュ。基本的にお前の出番はねぇ。俺たちが怪我なんかをするまではな。それでも俺たちから離れず、怪我やなんかは即座に治せ。いいな?」

「はい、スクイーズさん」

「よし、ベアリシュ。お前は自分の部屋に戻ってろ。俺はこれから、この二人と話がある」

「はい、スクイーズさん。失礼します」

 ベアリシュは唯々諾々としてスクイーズの命令に従い、スクイーズの部屋を出て自分が借りている部屋へ戻った。「巣箱」はベアリシュが泊っている宿屋だった。

「ということで、お前たちにも宿屋暮らしをしてもらう。何かあれば俺があっちこっち動くから、お前たちはなるべく宿屋から動かずに待っていてくれ。ただし、同じ宿屋は駄目だ。全員が違う宿屋に泊まる」

「ずっと動かないってのは、いざという時の時間稼ぎかぃ? ちょっと気に食わないんだがねぇ」

「そうでもあるが、言ってる意味はわかるぜ。そういう意味だと違う。全員で順番に泊まる宿屋を変えるのさ、一斉にな。何かあったとき一網打尽にされないように。次に移る宿屋は俺がその都度、指示する。毎晩、集合する酒場も込み、でな」

「この話を聞かせない、ってことは、あの見掛け倒しは見捨てるんだね?」

「助けるつもりはねぇよ。だが切り捨てるとすれば、俺は街を出るつもりだ。義理で縛っているから俺との繋がりを白状しないとは思いたいが、いざとなったら全部しゃべるだろうからな。もしそうなったら、お前たちも街を出た方がいいぜ」





 それから二十日もの間、スクイーズたちに動きはなかった。顔合わせから三日ほどで朝が来たことも理由としては挙げられる。しかし、それでも五日ほど投宿したところで宿屋だけは変えていった。

 これが馬鹿にならない出費と感じられるのに、二十日という時間は十分だった。しかし今日の夕方には五日ぶりに夜の帳が下り、この二十日の内で三度、街は夜に包まれた。

「そろそろ暇で暇で、どうしようもなくなってきたねぇ」

 実際に暇でもあるのだろうが、インヒビットは意味ありげに呟いた。スクイーズが当然のように掬い上げる。

「頼んでいる宿屋で小競り合いみたいなものはあるようだが、時間的な条件に合うのがなかなか出ない。もう少しだ。今晩は『ドリンカーズ・ネスト(飲兵衛の巣)』で」

「その飲み代も、そろそろねぇ……いつまでこんな生活、続けさせるんだぃ? 獲物が引っかからないから真っ当に冒険にでも出ましょう、なんてのはイヤだね」

「そんなつもりは俺にもねぇ。だから、もう少し待て。だが飲みすぎるなよ。いざ、おっぱじめようってときに潰れられてても困る」

「はいはい、もういきなよ。他の面子も『飲兵衛の巣』に集合なんだろ?」

「そうだ。じゃ、後でな」

 スクイーズはインヒビットがまた余計なことを言い出し始めないうちに、次の宿屋へと急いだ。


 スクイーズが足を使って仲間を集めた「飲兵衛の巣」に姿を現した。他の三人は、もう卓を囲んでいる。ソリッドなどは寡黙さと裏腹に、鶏の手羽先へ豪快に齧りついていた。手元の皿には鶏の骨が累々と転がっていた。

「よぅ、待たせたな。飲んだくれはいねぇな? 仕事だぞ」

 スクイーズは他の三人に顔を合わせると言い放った。インヒビットは伏せがちだった顔を喜色満面に勢いよく上げ、ベアリシュは逆に顔を伏せる。ソリッドは食べている手羽先が最後の一本であることを承知して、急ぎ気味に詰め込み始めた。

「やっとかぃ! いよいよだねぇ! アタシゃ待ってたよ!」

「……本当にやるんですか」

 予想はしていたが、インヒビットとベアリシュで真逆の反応があった。ソリッドは指まで舐めて鶏の油を楽しんでいる。そのまま放っておけばもう一皿、注文しそうな勢いだった。

「決まってるだろうさ! ほんとにやる気ないねぇ、オマエは」

 そう言ってインヒビットは卓の下でベアリシュの足を蹴飛ばした。痛そうな様子で足をさするベアリシュだが見かけほど痛む訳ではないような素振りなので、インヒビットも本気ではなかったのだろう。

 一方でソリッドはまだ手羽先を咀嚼こそしていたが目線はスクイーズへと向けられ、既に準備ができていることを伝えていた。スクイーズがソリッドへ頷くと、その様子を見てインヒビットが立ち上がる。

「アタシも準備は万端さね。打ち合わせながら、行くよ!」


 インヒビットは士気も高く宣言した。この仕事の要でもあるので、士気の高さはスクイーズとしても助かる面が少なくない。何よりベアリシュの後ろ向きな言動を打ち消して余りある。しかし危地に追い込まれてなお、この女はこの調子を続けられるだろうか、とスクイーズは密かに値踏みした。

「そうだな、道すがら必要なことは伝える。行くぞ、ベアリシュ」

「……はい」

 ベアリシュは最初の顔合わせ以降、公衆でスクイーズたちの名前を呼ばないようスクイーズに言い含められていた。それがどういう意味を持つのかまではベアリシュもわかっていたが、自分の名前だけが呼ばれ続けていることにまでは気が回っていなかった。

 ソリッドも無言で席を立つ。注文が通るたびに支払う形式であるため、追加の支払いなどは発生しなかった。スクイーズが訪れたのは注文と注文の隙間だったようで、卓に残されたものは何もない。綺麗に食べ、飲み尽くされていた。

 最後にベアリシュが席を立ち、「ありがとうございましたぁー」という間延びした声に押されて四人は連れ立って「飲兵衛の巣」を出る。残された卓には早速、給仕の女が取りついて食器を片付け始めていた。


 四人は一団となって急ぎ足で歩きながら、スクイーズがこれからの手順を手早く確認した。

「手筈は前に話したとおり俺と戦士で相手の注意を引きつつ、呪術士の酩酊の術で酔っぱらわせる。うまく寝るところまで酔いが回りゃ上出来だが、最低限、前後不覚になりゃいい。一切合切をかっさらって、その日のうちに売り払う。

 術士二人は森の入り口からすぐのところで隠れろ。見つかるような隠れ方はするな。呪術士は術に集中、治療術士は治療と荷物運びだ」

 ソリッドとベアリシュは言葉なく頷き、インヒビットは口の端を歪める。最初から乗り気のインヒビットは今にも踊りだしそうな様子であるし、先ほどは渋っていたベアリシュも覚悟を決めたようだった。

 刻四半(十五分)も歩かないうちに森の入り口が見えてきた。ベアリシュが喉を鳴らして息を呑む。緊張の度合いが一番大きいようだ。他の三人は平静だったり喜色満面だったりと三者三様だった。

 森の入り口には、まだ誰の姿も見られない。羊皮紙がやんわりと指定した時刻まで、まだ二刻(二時間)ほどの余裕があるはずだった。さっそく四人で森の中へと入り込む。森の中で陽動の二人はすぐに出られるよう比較的、手前の茂みへ隠れ、術士の二人は更に奥の茂みへと隠れた。

 一刻(一時間)ほど、そのまま待機していると四人が待ち焦がれている獲物のうち片方が現れた。





 獲物の片方が森の入り口に着いてから、スクイーズたちは声を潜めて更に半刻(三十分)を待った。手筈では獲物の人数が揃い、陽動の二人が時間稼ぎを始めてからが酩酊の呪文の出番だが、一人しか来なかった場合はスクイーズの指示で呪文を行使するか否かが決まる。

 インヒビットは焦れながらも、辛うじて指示を待つだけの忍耐を発揮する。それは暗がりの向こうに二人目の獲物と思しき人影を見つけたから、でもあった。先に着いていた獲物も人影に気づいたようで、片手を挙げて自らの存在を示す。その所作と連動するかのように、スクイーズから出た指示も「待て」であった。

 獲物の二人が合流すると、何事かを話し始めた。つい先ほどまで諍っていた二人である以上、内容が聞こえなくとも想像はつく。獲物たちの身振りが少し大きくなってきたところで、スクイーズはソリッドへ「出る」と指示を飛ばした。ソリッドは指示を読み違わずにスクイーズと呼吸を合わせ、得物とシールドを構えて夜の街へと躍り出た。

 スクイーズとソリッドが姿を現すと、さすがに獲物の二人も警戒を新たにした。もともと夜の森の入り口まで呼び出されて警戒を怠らないような者は少ないが、いるとすれば間違いなく考えなしである。

 その点でスクイーズの眼前にいる獲物の二人は順当な警戒心を持っていた。この状況に置かれてもなお武装しない者は、最初から武装すべき装備を持たない者だけである。その点、獲物の二人ともにレザーアーマーを着込み、背には円盾(シールド)を背負っていた。

 今や獲物とされた二人とも円盾を背から外し、最初に来た獲物はショートソードを、後から来た獲物はブロードソードをそれぞれに構えていた。ブロードソードの方はレザーヘルメットまで被っている。油断なく二人はスクイーズたちへ向き直っていた。


 小剣(ショートソード)を持っている方から誰何の声が飛ぶ。

「何者だ、あんたら」

 スクイーズたちは答えず、獲物たちへの距離を詰めた。スクイーズの得物はスモールソードにマンゴーシュ、ソリッドの得物は獲物の一人と同じく(ブロードソード)に円盾であった。着ている防具も共に革鎧(レザーアーマー)革兜(レザーヘルメット)であるため、武装の上で両者に優劣は見かけられない。

「俺は革兜、お前は小剣だ」

 スクイーズは獲物の二人を無視して、ソリッドへ指示を出す。ソリッドは頷きもせず、小剣の男へと正対する。その様子を確認すると、スクイーズも革兜を被った男に正対した。ただし酩酊の呪文の範囲に入らないよう獲物たちを中心に据える形で、スクイーズはソリッドの反対側へ移動することを忘れなかった。

 口火を切ったのは、剣を持つ男だった。踏み込んでスクイーズへ斬りかかる。この一撃をスクイーズは左手用短剣(マンゴーシュ)で難なく受け流した。受け流されたことで反撃を警戒して剣の男が円盾を構えるものの、スクイーズは攻め込まない。

 スクイーズたちの役目は、あくまでインヒビットが呪文の行使を完了するまでの時間稼ぎであるため自ら攻め込む理由は薄い。これはソリッドも同じで、円盾で小剣の連撃を受けこそすれ攻め込む様子は見せなかった。

 酩酊の呪文の完成まで、どれくらいの時間がかかるのかスクイーズは知らなかった。「なぁに、すぐだよ」とインヒビットは嘯いていたが、まだ目の前の獲物たちに何らかの変化は見られなかった。

 あまり防戦に徹しすぎていても怪しまれることから、スクイーズも相手に合わせて適度に円盾めがけて突きを放つ。対してソリッドの方は剣こそ構えているものの、どうやら一合たりとも斬り結ぶつもりはないようだった。


「おい、プレイ! こいつら何か企んでるぞ、気をつけろ!」

 ソリッドが相手をしていた男が叫んだ。スクイーズは表情を殺したまま、プレイと呼ばれた眼前の男が構える円盾へ突きを放ち続ける。こちらの意図に気づかれたことを悟り、目の前の男から何事かを準備する余裕を奪い取るつもりだった。

 ソリッドも今までの防戦を覆すかのように、叫んだ男へ向けて剣を振るい始める。小剣の男もソリッドの慌てた攻勢に対応して円盾で受け流し始めた。スクイーズは心の中で、まだか、とインヒビットを急かしていた。

 変化は先に小剣の男へと現れた。小剣や円盾を構える手が徐々に下がり、どうやら脱力が止まらない様子を見せ始めた。見れば目つきもぼんやりし始めている。明らかに何かに耐えている様子が窺えた。何かとは、つまり酔いだ。やっとインヒビットが術を使ったか、とスクイーズは少しだけ安堵した。

 プレイはスクイーズの安堵を見逃さず、己の剣を左手用短剣に強く叩きつけようと更に力を込めた。その一撃を受け流し損ねたスクイーズは重心を崩す。体勢の崩れたスクイーズへ追撃しようとプレイの剣が大振りになったところで、プレイの動きが止まった。切っ先が震えたかと思うと、あろうことか剣を手放した。

 手放した剣を追いかけるように、プレイ本人も地に崩れ落ちた。肝を冷やしたスクイーズの視線の先には、崩れ落ちたプレイと同じように地に伏している小剣の男がいた。ソリッドは既に警戒を解いており、剣の切っ先を地面に向けている。

 こうしてスクイーズが企図した追い剥ぎ業は、どうにか成功裏に終わった、かのように見えた。





 実際のところは問題が噴出していた。

 まず二人の獲物から装備品を剥ぎ取るには、それなりの時間と手間が必要となった。四人がかりで一刻半(一時間三十分)ほどかかったが、剥ぎ取りの途中から森の入り口へ二人を引き込んで隠れながら作業を進めたため、その場で作業を続けていればもう少し早く終わった可能性はある。第三者に見つかる可能性と天秤にかける必要があるため、スクイーズの中では反省点として残った。

 使い古しの革鎧二着と円盾、小剣に剣と、プレイと呼ばれた男が持っていた財布など持てる限りを奪い去りはしたものの、四人では運べる量におのずと限界が生じる。短い時間での戦利品の厳選についてはスクイーズの目利きが頼り、という状況であるため、この点もスクイーズの反省点、というより精進すべき課題として浮き彫りになった。

 他人の上前を撥ねるだけ、と簡単に考えて始めた追い剥ぎ業だったが、課題はまだあった。羊皮紙の回収に手間取った。プレイは羊皮紙を持って待ち合わせに臨んでいたが、小剣の男は部屋かどこかに置いてきていたようで、少ない荷物や懐の中をいくら探しても見つからなかった。

 証拠であり小道具でもある以上、でき得るならば回収しておきたい。「バーカーの宿屋」との故買交渉をソリッドに任せ、スクイーズは羊皮紙回収に奔走せざるを得なかった。具体的には、話をつけていた宿屋「コンフォート・ベッド(快適なベッド)」の主人に羊皮紙の回収を依頼して断られ、最終的にはスクイーズ自らが獲物の部屋へ忍び込むことを黙認させることで話が落ち着いた。スクイーズもある程度は盗賊稼業で経験を積んでいるため回収の実作業そのものは、それほど問題もなく終わらせることができた。


 しかしスクイーズが毎回、盗み出す訳にもいかない。この点は「協力してくれる宿屋」に頼むことが一番の近道ではあるものの、当然のように分け前の引き上げ交渉が発生するだろう。今のところ金で繋ぎ止めている実働部隊のソリッドがどう反応するか、切り出してみなければ正確なところはわからないが、前向きな反応を期待することはできなかった。

 良い面も、あるにはあった。戦利品の換金が、ほぼ即座に行われたことだ。故買の伝手を持たないスクイーズは事前に想像できなかったが、最低でも数日は寝かせる必要があるのだろう、と理解していた。

 しかし実際は需要の高い装備品であったため、出所が怪しくとも喜んで引き取る業者はいるらしい、とは後日に聞いたバーカーの「お前の鎧は新品か?」という一言からの推測だ。このことを受けて、スクイーズの中で一つの方針が決まる。それは「旅人や新米冒険者が手を伸ばしそうな装備に的を絞る」ということだった。

 今回の成功が薄氷を踏むような賭けの上に成り立っていたことに、遅まきながらスクイーズは気づいた。しかし止めるつもりもない。回数を重ね小さな失敗を重ねて、それらを修正していけば必ず儲かることも証明されたからだ。故買の売り上げから六分の一に減った後であっても、二十日を飲み歩き続けることが苦にならないほどの額が手に入ったのだから。

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