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キラキラ(自分を傷つけたら少し幸せになった)

作者: リープ

     1


 私は狂いたくて仕方がなかった。


 暗くなった部屋で私は独り。

 始まろうとしている感情を抑えきれずにいた。

 座敷においてある机に頬杖をつきながら、片手に握っているものを眺めている。

 手に持ったナイフはつけっぱなしのテレビの光りによってわずかに反射した。


「ふふふ……」

 私は緩む口元を押さえきれなくなる。

 さて、始めましょうか。

 ゆっくりとナイフの鋭い刃先は私の手首を割いていく。

 ナイフの刃先で綺麗な線を描きながら傷口は広がっていく。

 痛い。ジンワリと来るね。

 痛いけど……

「あはっ♪ ……ぎゃはははっ!!」

 なんだか嬉しくなって私はリストカットを繰り返した。

 興奮して何度も傷つける。

 やがて痛みなんてどうでもよくなった。


 手に汗を握っているからか、血が流れたせいか、ナイフを持つ手が滑ってくる。

 ああもう、わずらわしい。

 肩まで伸びた髪も、やせ細った体も、視力の悪い目も――

 この際全部引き裂きたい。

 いっそ傷に指をねじ込んで皮ごと引き裂いてやりたい!!

 私の気持ちが頂点に達した時ー―

 何度目かのカットで手首からぴゅるるとと血が噴出した。

「ああああぁぁぁっっ!!」

 私はビックリしておしっこを漏らしてしまう。女の子なのにハシタナイ。

 もう誰もとがめる者なんていないし、このまま垂れ流してやろう。

 手首だけじゃなくて下半身もジンワリ熱くなっていく。

 畳まで染みこんでいきますわ〜〜〜ぎゃははっ!

 あぁ、スカートをはいていて助かった。

 ズボンだったらまとわりついてしょうがないからね。


 ――現在の境遇。

 両親はあっさりと事故にあって死んでしまった。

 引きこもりである私を捨てて。

 なんで死ぬんだよ。私はどうでもいいのかよ。

 でも、もう『働きに行け』なんて怒鳴れないね。

 お前等は息できないんだからなっ!! ぎゃははっ!!

 悔しかったら起き上がってみろ!

 できねえだろうな!

 もう死んでるから♪


 机上ではどんどん血溜まりができて、端から滴り落ちる。

 そこへ顔をうずめて口を開いたり閉じたりすると、吐き気をもよおしたよ。

 別に嘔吐したって怒られないよ。もう胃液しか出ないけど。

 なんて自由なの! なんて幸せなの!

 私は……幸せだ!

 奴等が死んで私には自由も幸福も手にいれた!!

「はああぁっ、はあああ……」

 手に入れたのに……

 幸せなハズなのに口から漏れてくる言葉は……

「……嫌」

 は?

 私は何を……

「独りは嫌」

 今なんて言っ――

「独りは嫌、嫌だ、嫌だ、嫌だ……」

 なんで?

 なんでなの?

「嫌だあああああああぁぁぁぁっ!!! うああああああああぁぁぁっっ!!!」

 叫んだところでもう怒鳴り込んでくる人間なんていやしない。

 あぁ、血のねばねばした口ざわりで言いづらい。

 でも言わなきゃ、私が救われない。


 ――何もできなくて、死にそう。

 両親が死んで収入源が断たれた。

 お金も底をつき、いずれこのアパートからも追い出される。

 成人してから数年たってるのに、何もできないクズ。

 こうやって手首切って死のうとすることしかできない。

 なんで私だけこんな羽目になるの?

 私だけが、私だけが、私だけが不幸だ!!

 こんな世の中すべてなくなってしまえばいいのに!!


 あぁ……救われたい。

 救われたい。

 誰か助けて……もう……

「消えてなくなれ」

『それがアナタの願いですか?』

「――え!?」

 私がつぶやいた瞬間、どこからか声が聞こえてきた。

 慌てて顔を上げると、私の周りは真っ暗になっている。

 自分さえ認知することができないくらいの暗闇に私は呆然とした。

 でも確かに声は聞こえた。すごく頭に残る声で。

 しかも私の呼びかけに答えてくれた。


 誰かいるの? それとも私の幻覚?

 じゃあ何でこんなに暗いの?

『こちらです』

 声が聞こえた方向に目をやると、光の点が浮かび上がり、徐々にその大きさを増していった。

 暗闇の中の光なのにそれほど眩しくない。柔らかな光。

 なぜだか自然に口から言葉が漏れていました。

「救ってください、救ってください、救って、救って、救ってください!!」

 いつの間にか私は光源に向かって必死に拝んでいました。

 すると光からとても心が落ち着くような声が聞こえてきました。

『わかりました。あなたの願いかなえましょう』

 私は何度もその光りに頭を下げた。

 段々寒くなって体が震えだす、やがて自分では制御ができなくなる。

 私、どうなるんだろう……


 ――死ぬの?


     2


 暖かな光りが私の頬へ当たっているのか、温もりを感じていた。

 すごく心地いい。こんな感覚いつ以来かな?

「ん……」

 私はゆっくりと目を開けて顔を上げた。

 目を開けるとまぶしい光が私を包む。朝ってこんなに眩しかったっけ。

 最近お昼過ぎに起きてたからわからないや。

 時間が気になったから携帯をとろうと手を伸ばす。

 すると手首に強烈な痛みを感じて、手を引っ込める。

 そうだ。私、昨日死のうとしたんだ……


 でも、生きてる。

 それだけで気が滅入った。

 手を引き寄せ、傷口を確認する。

 手首には痛々しい切り傷とキラキラした粉がついていた。

 あぁ、病院行かなきゃだめかな? 傷口が開いちゃってるし。

 それにこのキラキラした――粉!?

「何これ!?」

 すると一気に目が覚める。

 うつ伏せになっていた机をみると一面に黄金色した塊が撒かれている。

 さらに頬へ手をやると、昨日あれだけ気持悪い感触だったのに、机と同じ黄金色した薄い塊がはりついていた。頬をなでるとかさぶたが取れるようにボロボロと落ちていった。


 ……なんだか口の中がざらざらする。

 唾と一緒に吐き出すとやはりキラキラした塊のが出てきた。

 血の塊? それにしては光っている気がする。

 まるでこれ砂金みたい。


 まさか。なんでこんなところに砂金が?

 っていうか私の体調が悪くなって血が固まっただけだよね。

 私、病気……正気?

 ……でも、この塊、キラキラし過ぎじゃね?

 キラキラしている塊を一つ摘んで眺めるとなんだか気持が落ち着いた。

 まるで昨日夢見たあの光りみたい。

『わかりました、救いましょう』

 まさかね。ホントに神様がいるわけ……

 だけど、もし本当に私を救ってくれたのなら。

 私を生かしてくれたのなら……

 

 私は立ち上がり適当なビニール袋を手に取ると、机にあったキラキラした塊を集めて袋へ入れた。

 その後、ネットで砂金が売れるような場所を探して持ち込むことにした。

 しばらく人と話していなかったので、かなり緊張しながらお店に入る。

 店内には頭のてっぺんまで禿てる小太りのおっさんが座っていた。

 私が店に足を踏み入れると店主のおっさんがこちらをするどく睨む。

 ここはお前の来るところじゃないぞといわれた気がしたが、勇気を出してビニール袋を差し出し、買い取って欲しい旨を伝える。

 ため息をつきながら店主が「金色だからって金とは限らないからね」とか言って、砂金を入れた袋を受け取ってくれた。さらに身分証明書等を見せて砂金を鑑定してもらう。

 鑑定するのに時間がかかるというので、二日後再び来店することにした。



 約束の時間に再びお店に訪れた。私が店に訪れると前回同様に店主が睨みつけるようにこちらを向いた。

 おどおどと店内に入る私に開口一番、店主は怪訝そうな表情でたずねた。

「これどこで手に入れたの?」

「えっ……」

 まさか自分で搾り出しましたなんて言えない。

「えっと……近くの川で」

「……ホントに?」

「は、はい……」

 変な間が私達を包む。さすがに嘘がばれたかな。

 後ろ手にした両手が震えだす。

 謝ろうかな……(なぜ私が謝るのか意味はわからないけど)

 と私が思い始めた頃……

「ふぅん……」

 と言って店主は話を切り上げ、私にお金をくれた。

 相場はよくわからないけど、まとまったお金が入ったことになる。



 こうして私は飢え死にという状況からは救われた。

 その足で私はファミレスで食事を取った。

 お腹が一杯になって少し幸せな気持になった。

 しばらくは働かなくてもこの方法で暮らしていける。

 やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。

 本当に私を救ってくれたんだ。


 でも、冷静に考えれば、自分の血が砂金になるなんて考えれられない。

 病気かな? 変な(金だけに?)菌が私の体を蝕んでいて……とか。

 病院行ったほうが良いかな?

 だけど本当に病気だったらお金が必要だろうし、色々モルモットにされそう。

 ――面倒くさっ。

 まぁ、いいや。こんな体になって困るどころか助かってるんだから。

 治療されでもしたら大変なことになる。

 お腹一杯になったし、考えるのも面倒くさいや。


 ……あれ?

 救って欲しかったのって空腹だったっけ?

 別に満たされていたらそれでいいや。

 それにうるさい親がいなくなっただけじゃなく、さらに働かなくてもお金が入るようになったんだからね。


 ただ、少しだけ気が引けることはファミレスの帰り、近くの川沿いで砂金を買い取ってくれる店主を見かけたことだった。

 私はその近くを早足で通り過ぎた。


     3


 初めて現金を得てから数週間。

 砂金を売って現金に換える生活を始めて、私はホントに自堕落になったと思う。

 昔は親にうるさく言われて就職先を探さなくちゃいけないなんてプレッシャーを感じていた。

 今ではすっかり焦るという気持はなくなった。

 昔は重圧から逃げるために創作と称して無意味な生産活動と称する逃避行為に執着し、そのくせ何をしていても無職が気になって真剣に取り組めない状況だったけど、それもなくなった。

 今では物事に執着することもなくなった。

 労働も恋愛も興味がない。きっと満たされたからだろう。


 衣食住にはまったく困らない。

 衣はネットで注文して買った。

 食も宅配で食料を注文していた。

 でもしばらくして飽きてきたので、私は外食するようになった。

 私が外出するなんて親が生きていた頃は考えられない。

 きっと生きる自信がついてきたのだろうと考えた。

 住だってこのアパートがあるので困らない。


 でも、自傷行為だけは止まらなかった。

 もちろん血を流して砂金を作らなければならないという理由もあるけど、必要以上に自分を傷つけなければ気が済まないのだ。

 理由はわからない。満たされているのというのに……

 お陰でお金は貯まった。

 さらに血が金になる体質についてわかった事がある。

 それは自傷行為でなければ、血は金にならないということだった。

 きっと私の業は金になるんだろう。


 自堕落な生活が続くと、ぼんやりと色々と考える時間が増えた。

 そこで出た結論。

 私は選ばれたんだ。

 世間という流れに乗らなくても人生楽しめる権利を神様から得たんだと。



 今日も換金してもらうために店へ足を運ぶ。

「いらっしゃい♪」

「どうも……」

 初めて砂金を換金して以来、店に訪れると店主は愛想よく迎えてくれるようになった。

「今日も川で見つけたの?」

「……はい」

「へぇ、何時ごろだい?」

「えっと……夕方?」

「ふぅん……」

 今日も店主の質問に答えながら、新しい嘘を重ねていった。

 どうせ本当のことを言っても信じてもらえないし。

 お金を受け取ると店主の話を振り切り、私は店を出た。


 店を出てからは私の散歩タイムが始まる。

 散歩は楽しい。特に平日の日中に散歩するが大好きだった。

 平日外を歩くと皆、何かに一生懸命になっている。

 仕事、学校、家事、すべて私には関係ない。金があればどうにでもなる。

 優越感に浸りたることが出来る平日最高!

 反対に休日は楽しげな人が沢山いて気が滅入る。

 最近、散歩にはメインイベントがある。

 それはは一生懸命ザルのようなものを使って、川底の土をさらっている砂金買取の店主を見ることだった。

 店主に生暖かい視線を送ったあと、家路につく。


 家に着くとベッドへ寝転ぶ。

 深く息を吐き出すと私は自然に呟いていた。

「あぁ、今日も楽しかった」

 でも……それだけだった。

「私、なんで生きてるんだろう」

 生活の不安もない。

 うるさく言う人間もいない。

 でも……

 この不自由ない状況で、生きる意味を問いかける言葉を吐くとは夢にも思わなかった。

 なぜか全てが停滞している、そんな気がした。

「生きる意味……」

 言った後、少し恥ずかしくなったけど、やがて考えがまとまりつつあった。

 私は神様に選ばれた人間なら、『なにか行動を起こすべきなんだろう』。

 だけど、私に出来ることってなんだろうね。

 私にできること……血を金に換えること?

「……あっ」

 良いこと思いついた。


     4


 数日後、私は繁華街へ外出することにした。

 引き篭もっていた私が人の集まる場所へ行くなんて今までは考えられない。

 街の行きすがら川の近くを通ると砂金買取の主人が今日も懸命に砂金を探している。

 そういえば、昨日『最近は朝、砂金を探している』なんて話したっけ?

 今日の目的は店主を眺めることではないので、立ち止まることなく通り過ぎた。


 繁華街にでると、大通りではなく、細い路地を歩く。

 すると、ホームレスがあぐらをかいて座っているのが見えた。

 服はすそが着古したせいで、ボロボロだ。おまけによくわからないシミが点在して異臭を放っている。

 さらに目は焦点があっておらず、空ろな様子が見て取れる。

 ホームレスの目の前には空き缶が一つ置いてあり、小銭が少し入っている。

 こんな細い路地で施しを期待して――いや、期待なんてもう無いんだろうな。

 ちょうどいい獲物だ。

 私はゆっくりとホームレスに近づく。

「ねぇ、おじさん」

「……」

 返事はなかった。

 もしかして男じゃないとか?

 ホームレスは性別の区別がわかりにくい場合があるからなぁ。

 私は一つため息をついてしゃがみ込んで目線を合わせる。

「すいません、ちょっといいですか?」

「……」

 私の言葉と同時に血走った目がこちらを睨みつけた。

「――ひっ!!」

 あまりの視線の生々しさに少しのけ反ってしまう。

 ちょっと……いや、かなり怖い。

 私の心音がやたら耳に響くし、呼吸も荒くなる。

 ホームレスの視線はまるでこの空虚な時間を邪魔するなと言わんばかりだ。


 何もする気は無いくせに……

 大丈夫だ。きっと上手くいく。

 私は選ばれた人間なんだから……

 立ち上がって呼吸を整え、ホームレスを見下ろした。

「おじさん、今日は収穫が少ないね」

 空き缶に入った小銭を指差して、薄笑いを浮かべた。

「……」

 ホームレスは私を無視するように横を向いた。

 成功だ。視線を反らしたのは私へ注意が向いた証拠だ。

「神様は不平等だよね。大通りでは金持ち達が高級車に乗って生活を謳歌しているのに、かたやこのざま。ねぇ? これって格差社会の縮図なの?」

「……」

「ねぇ? ホームレスにも希望ってあるの?」

「――っ!」

 一瞬だけ横顔のままで、視線だけが私を睨みつけた。

「希望、あるよね? 今の生活を続けるための言い訳程度には」

「……クソガキが消えろ」

 話しかけてくれた!

 私はすかさず、一歩踏み出して微笑む。


「私ならアナタを救える」

「あ?……」

「信じて無いでしょ?」

 そこで私はポケットからナイフを取り出して、大袈裟に前へ突き出す。

 ホームレスのわずかに腰が浮く。

「……ガキ……どういうつもりだ?」

「こうするのよ」

 私はナイフを自分の腕に当て、そのまま下へと振りぬいた。

 振りぬいた腕にはくっきり切り傷ができ、ゆっくりと血液が流れ出す。

 ホームレスは私の腕から視線を外せない。

 流れ出した血液は肘を伝い地面へと落ちる。

 丁度地面には空き缶があり、血液がその中へと吸い込まれていく。

 と同時に甲高い金属音が空き缶から聞こえる。

「てめぇ! 大事な金が汚れるじゃねぇか!!」

「私からの施しよ。空き缶を見なさい」

「ふざけるな!! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!! この空き缶を……んっ!?」

 ホームレスは空き缶を掴み、私へ投げる仕草をするが、異変を感じたのか動作は止まったままだ。


 私は勝利を確信し、わざと偉そうに口角を上げた。

「なんだ……これ、手品か?」

「違う。これは私の施し。本物の砂金よ。売ればそこそこになるんじゃない?」

 腕からの血液はその後も一滴ニ滴と落ちると地面につく頃には金の塊となっていた。

「キラキラとして綺麗でしょ?」

 ホームレスは地面に落ちた砂金を摘んで、じっと睨んでいる。

 しばらくすると、金を眺める目は空ろになっていく。

 でも、さっきの空虚さはない。金に魅入られているようだった。

 まるで催眠術にかかるように……これが金の魅力というやつかな?

「確かに……キラキラしてる」

「これで今日は良い物が食べられそうね」

 私の言葉に反応するようにホームレスの喉はゴクリとなった。

 さらにホームレスは這うように、地面へ落ちた砂金の塊を一心不乱に拾いだし始めた。

 まるでゴキブリみたい♪

 私は面白くなってその辺りをスキップする。

 すると肘から流れる血液は飛び散り、砂金の塊もあちこちへ飛んでいく。

 その後をゴキブリが這うように追いかけるホームレス。

 今までに無い高揚感が私を包む。何これ? 胸のワクワクが止まらないよぉ。

 でも、時間が経つと血が止まってしまい、楽しい遊びは終わった。


 ホームレスは砂金を集めて満足げな表情を浮かべている。

「どう? 私の施しは?」

「なんでオレなんかにこんなことを?」

「言ったでしょ? 救ってあげるって」

「あんた一体……」

 私はホームレスの問いには答えず、努めて優しげな表情を浮かべた。

「明日もまたくるね。施しが欲しければここにいなさい」

「ちょっと待ってくれ!」

 私はホームレスの言葉を無視して後ろを振り向かずにその場を後にした。

 やっぱりここへ来て正解だったと確信する。


     5


 もう私の能力を自分の中にとどめておくことは出来ない。

 私の自傷行為から流される血は尊いものなのよ。

 みんなに知ってもわなきゃ。褒めてもらわなきゃ。

 そのためには一番私を必要とする場所へ行くのが一番だからね。

 以前のような親に依存する人間じゃない。

 仕事がないことについて劣等感を感じる人間じゃない。

 むしろ私は困った人を助ける人間じゃない?

 変わったのよ私は。

 選ばれたのよ私は。


 次の日、同じ場所へ行くとホームレスが十人ほど集まっていた。

 私はそれをみて笑いがこみ上げてくるのを押さえることが出来なかった。



 そして今日も繁華街に行く前に換金するために店に急ぐ。

 相変らず、店主はしつこく砂金の採れた場所を聞いてくる。

 私は面倒になったので、適当に答えた。

「ねぇ、そろそろ川のどの辺で採れたか教えてよ」

「えっと……橋の真下ぐらい?」

「橋……川の真ん中ぐらい……っと。あの辺水深がかなりない?」

「だからいいんじゃないですか」

「おおっ、なるほど!」

 店主は懸命にメモを取っている。

 前は「ふぅん」なんて言ってたくせに。調子のいい人間だ。

 私は次第にこの店主を軽蔑するようになった。



 初めてホームレスに施しを行なってから数ヶ月。

 施しを続けている間にホームレスの人数は百人近くになっていた。

 ここまで来ると私が現れる時間は細い路地がホームレス達の異常な熱気に包まれる。

 みんな口々に「キラキラ」と言っている。

 理由を言ってしまえば、私が自分の名前を名乗らないことで、ホームレス達から「キラキラ様」と呼ばれるようになっていたからだ。

 なんとなく間抜けな気もするが、特別な人間には別称が必要と考えると悪くない。

「キラキラ様の施しが始まる。順番に並んで円滑に砂金を受けるように!」

 大声をあげてホームレス達を指揮しているのは最初に施したホームレスだった。

 頼んだわけではないのだが、この指揮のお陰で百人集まってもそれほど混乱が生じていない。


 私はゴミ捨て場から拾ってきたと思われる机の上に立つ。ホームレス達の視線が集まったところで、自傷行為での傷だらけになった腕を振り上げる。

 と同時に、ホームレス達の歓声が聞こえ、私は高ぶる気持を満喫した。

 十分に自分への歓声を感じた後、いつものようにナイフを取り出し、新たな傷を作ると腕を振り回す。

 するとホームレス達は数列に並び、順番どおり一列ずつ前に出て飛び散った血めがけて飛びつこうとする。

 他には飛び散った血を掴み取ろうと腕を伸ばす奴、必死に地面を這い回り砂金の塊を拾い集める奴もいる。

 すっかり私はホームレス達の中では神様のような存在だった。

 実際、私の血が砂金に変化する様を初めて見たホームレスの一人は急に拝みだし、「神様!!」と叫んだこともあった。

 やはり私は何かを成すべき人間だったんだ。

 疑問は完全に確信に変わり、自信へと変わっていった。

 私もよく百人分の出血をしても平気なんだろう?

 まぁ、いいか。気持良いし。


 その夜、家路へ向かう道すがら橋の上で人だかりが出来ていた。

 野次馬の話では川で溺れたおっさんがいたとか。

 そのおっさんは必死にザルのようなものを手から離さなかったらしい。

 私は思わず顔がほころんでしまった。

 私が下した審判によって天罰が下ったのだと。


     6


 これ以上無いと思われた施しもずっと繰り返すとつまらなくなる。

 私はホームレス達を喜ばせているけど、私はホームレス達からは何ももらっていない。

 あなた達は享受するだけなの? なんて傲慢な人間達だ。

 しばらくして、普通の施しに嫌気がさした私は、ある余興を思いつた。

 いつのも集まり。ホームレス達は、すでに三百人は超えたと今日報告があった。

 私は机の上に立ち、腕組みして周りを睨みつける。

「これだけの人数じゃあ、私の血が足りなくなるよ」

 ホームレス達は黙って私の話を聞いている。

 まるで信託を受ける信者の様に。

 私は深くため息をつきながら、めんどくさそうに答えた。

「とりあえず、二人一組になって殴り合ってよ。勝った方に砂金をあげる」

「……えっ?」

 私の提案にホームレスはざわつきだした。

 周りの顔を見渡して不安げな表情になっている。

「砂金いらないの?」

 私の一言にホームレスは無言になる。

 

 沈黙が続く中、突然鈍い音が路地に響く。

 と、同時に人だかりの真ん中で倒れこむ人が見えた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 息を荒げ、拳を震わせている一人のホームレスが私へと向かってくる。

「お、俺の勝ちだ。砂金をくれ」

 ホームレスの目は血走り充血していた。さらに口を震わせて何か口走っているように聞こえる。

「キラキラの……砂金」

 勝ち名乗りをあげたホームレスが私の前に立つと、周りの人間の視線が集中した。

 私はニコリと作り笑いを浮かべ、砂金を手渡す。

 その瞬間、いくつかの叫び声が同時に聞こえ、これを合図に大乱闘が始まった。

 本当に人が殴られる重くて鈍い音。

 一発殴って吼えている男。

 相手が倒れているのに勢いづいて馬乗りになり殴り続ける男。

 女だって男の急所めがけて蹴りを入れていた。

 皆、必死だ。

 私の施しを受けるために必死なのだ!

 やはり私は神だ!

 私は興奮しすぎて体中の震えが止まらなかった。



 今日のも街へ行く前に習慣となった換金へと向かう。

 救急車騒ぎの後、店主はしばらく休んでいたが、数日して店を再開していた。

「ねぇ、いい加減教えてよ。本当は川で砂金を採ってないよね?」

 そういえばコイツのことを忘れてた。

 無い砂金をいつまでも追いかける愚か者。

 また、嘘を答えるは考えもの。

 考えてみれば、神に近い私がこんな奴に嘘をついて誤魔化す必要はないもの。

「そうね。アナタにも教えていいかもね」

 私はポケットからナイフを取り出し店主へ見せ付ける。

「あわわわわっっっ!!」

 店主は座っていた椅子から転げ落ちて、腰を抜かしている。


「お、襲うつもりか!?」

「まさか」

 私は店主に見せ付けるように指先をナイフで傷つけ血液を一滴机に落とす。

 すると血は砂金の塊へと変わっていった。

「な、ななななんだこれは!?」

「あの川に砂金があるなんて嘘だよ。まんまと騙されちゃって馬鹿みたい」

「だ、騙したのか!」

「騙したって……アナタが勝手に私の話を真に受けて川へ探しにいったんでしょ?」

 店主は腰を抜かしたまま、震えた手で私を指差して非難する。

 私には非難の言葉は届かない。下衆な男の言い訳は醜い。

「欲深い男」

「ぐっ……」

「あなたの血は金になる? 私みたいになりたかったら神様にでもお願いしたら? じゃあね」

 私はすがすがしい気持で店を出た。

 それにしてもなんでこんな下衆男の店で換金してたのかな?

 次からは別の店で換金しよう。


     7


 ホームレス達を戦わせてお金を与える宴は楽しくてしかたなかった。

 私の血液のためにホームレス達は殴り合いを繰り返す。

 やはり暴力と言うものは怖くはあるけれど、一人でいた時とは違う生命力を感じずにはいられなかった。

 今度はもっと生命に迫るようなことをしよう。

 例えばより高いところから飛び降りた人に金をあげるとか、上手く盗みが出来た人には金をあげるとかね。

 それにしても、この支配してる感覚。

 たかが砂金のために何してるの? この大人たち。

 私の血、私の金、私の業がそんなに欲しいの?

 もらうことでしか生きることができないの?

 自分の運命を自分には託せ無いの?

 ……うん。自分に託せないから命を削ってでも私に頼るんだ。

 あぁ、なんだかこのまま行けば、世界征服も夢じゃない気がする。

 そんなこと半分本気で思っちゃう。

 だって私は特別なんだから。



 いつもの路地へ行くと、すでにホームレス達は集まっていた。

 さすがに人数は減っていたが、百人ぐらいはいそうだ。

 周りを見渡すと皆、一様に顔のどこかにアザを作っている。

 私が現れたことで手を合わせて拝んでいる人間。

 すでに今日の相手を探すべく周りをうかがっている人間。

 自分の怪我をやたら手でさすりながら、周りへアピールしている人間。

 くだらない人間ばかり。


 私がいつもの机に上ると、すぐにまとめ役のホームレスが近寄ってきた。

「今日の施しはあまり派手にしないほうが良いかと……」

「どうしたの?」

「実はあの後、騒ぎを聞きつけた警察がやってきて面倒なことになりまして……」

「ふぅん……」

 警察?

 まぁ、ホームレス達が一斉に殴り合っているんだから、警察も動かざるを得ないよね。

 ――でも。

「それがどうしたの?」

「……は?」

「私の施しを受けたくなければ集まらなければ良い。実際、今日は人数減ってるじゃない」

「それは……」

「集まらない人間は救えないわ」

 ホームレスは黙って私を見つめると、やがて目を伏せた。

「……はい」

「さぁ、戦いなさい。私を楽しませて」

 私が腕を振ることを合図に緊張感が一気に高まるのを感じた。

 ――これ。これが欲しかったの。

 すると誰とはなしに殴り合いを始めた。

 ホームレス達が暴れて土煙が舞う中、人間が人間に殴られ、蹴られてのたうちまわる。

 倒れた人間が、何度も暴力によって無抵抗に揺れる様を見ると私の胸が高鳴る。

 私が男なら射精していたかも。

 下半身がうずきだすような興奮を覚えたそんな時。


 ――怒号のなかから一際大きい声が響いた。

「おい、しっかりしろ! おい! おい!」

 しっかりしろという声から土煙が止み、辺りはくっきりと視界が開ける。

 するといつの間にか二人のホームレスを囲むように輪が出来ていた。

 殴り合っていた一人のホームレスが倒れたまま動かなくなったのだ。

 辺りは一気に静かになる。

 さらに私へと視線が集まる。

 私は深くため息をつく。

 ――面倒くさいなぁ。

「その辺に寝かせておけばいいでしょ?」

「でも……」

 年齢にして五十代後半ぐらいのホームレスがなにか言いたそうに私を見つめる。

 ……なに? 私に逆らうとでも?

「加減をしらないあんた達が駄目なんでしょう?」

「――っ!?」

「あなた達世代はケンカのやり方をわかってるんでしょ? 加減の方法を知ってるんでしょ?」

「いや……」

「人間の底辺には加減なんて関係ないか」

「っ!!」


 私の言葉が引き金になったのか、ホームレス達は一斉に私へ非難するような視線を送ってくる。

 まるで睨んでいるかのよう。

 重苦しい空気にこの場の誰もが動けなくなっていた。

 ……動けば、何かが起こる。

 私は何故だか急に足元が浮いているような感覚が走る。

 誰かに持ち上げられたわけではない。

 ……私は不安に感じている。

 怖いの? 

 じわじわと頭が空回りを始める。

 一つの言葉が何度も繰り返される。

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!!!

 まるでゴキブリを叩き潰したはずなのに内臓が漏れた体を引きずって自分へ向かってくるような、生理的な嫌悪感を抱くような生命力の怖さを感じた。

 これが生きるためのプライドなのだろうか?

 人生を潰された人間達の見せる不気味さが私に襲い掛かる。


 ホームレス達から受けるプレッシャーに一歩、また一歩と私は後退する。

「――えっ!?」

 後退した足が机から外れ、私は上から転げ落ちてしまった。

 腰を地面へ打ちつけ、痛みに歯を食いしばる。

 ナイフで傷つけた時より痛い。

 誰も私へ近づくものはいないし、動くことも無かった。

 腰を摩りながら立ち上がる。

 冷ややかな視線が私に向けられているのを痛いほど感じた。

 この時だけ私は腰の痛みを忘れた。

「もういい、あんた達は救わない……」

 私は歩き出そうとしたけど、足首も捻ったらしくまともに歩けない。

 足を引きずりながら、自分が発した言葉にため息が漏れた。


 ――救って欲しいのは誰だったの?



 帰りにいつもの橋を通る。

 辺りは薄暗くなっていた。

 いつものペースで歩けば、今頃家に帰っていただろう。

 橋の上からふと川を見下ろす。

 今日はあの馬鹿店主いないんだな……

 どうしたのかな? あんなのでも居ないと寂しいもんだ。

 ――あっ。

 そうか。私が金の秘密をバラしたからいないのか。


 自嘲気味に私は鼻を鳴らすと痛めた足をよろつかせながら進んでいく。

 前から車が来たので私はゆっくりと端へ進み、車をやり過ごすために橋の欄干にもたれかかる。

 すると車の速度が遅くなり私の横で止まった。

「……え?」

 私が首をかしげたと同時に車のドアが開き、いくつかの人影が飛び出してきた。

 何も反応できないでいる私を大きな人影が三人で私を取り囲む。

 さらに、両脇を抱えるように持ち上げた。

 すぐに両足も持ち上げられる。

 一気に私は担がれた。

「――んぐっ!?」

 必死に暴れるけど、三人の力には敵わず、私は車の中へ放り込まれた。

 車は急発進し、私は車内のどこかへ体をぶつけた。

 さらに手足をガムテープで巻きつけられ、さらにタオルのようなもので目隠しされた。

 車内は無言だけど、荒い息遣いだけが私の耳へと伝わってくる。

「あが……あっ……が……」

 声を上げたかったけど、体が固くなって声が出ない。

 怖い! 怖いよぉ!

 誰か助けて!

 ホームレスども!

 馬鹿店主!

 お父さん!

 お母さん!

 ……誰もいないや。


     8


 それからどれぐらい時間がたったのかわからない。

 目隠しはしままだけど、どこかの建物の中に連れて行かれたのは雰囲気でわかった。

 ドアを開けた音が聞こえ私は部屋の中へ入ったことがわかる。

 部屋から数歩歩いたところで無理やり座らされる。座り心地からベッドだとわかった。

「なぁ、こいつか?」

 初めて声が聞こえた。声は大人の男だとわかる。

 低くてお腹に響くような声、一体この人達なんなの?

「は、はい! こいつです!」

 っ!? この声!

 もしかして――

「見ましたよ! コイツが俺の店で自分の血から砂金を作り出してましたよ!!」

「へぇ……だといいがな」

 あの馬鹿店主の声だ!!

 次の瞬間、私の目隠しが外される。


 やはりと言うか、目の前には砂金を換金していた店主の姿があった。

 私の顎を店主の指が突き上げる。

「よくも今まで騙してくれたな……俺を馬鹿にしたツケは払ってもらうからな」

 店主は下劣そうな笑い顔を見せて私を見下ろしていた。

 立場が逆になったとでも? 馬鹿店主だと思うと私は俄然勇気が涌いてきた。

「騙した!? 私が!?」

「な、なんだよ。逆らうのか?」

 けっ、この下衆が。女にチョット言われただけで怯えやがって。

「逆らう? 馬鹿じゃないの? 嘘を真に受けて川に溺れる馬鹿のく――」

 私が話し終わる前に横から平手打ちが飛んできた。

 平手打ちは私の左顔半分に衝撃を与える。

 そのまま私は吹き飛んで、ベッドへ倒れこんだ。

「黙れよ。金づる」


 耳が痛い。甲高い音が頭に鳴り響く。

 後から頬が染み入るように激痛が走る。

 男の人に本気で殴られたことなんかなかった私は一気に頭がパニックになった。

 わずかに横にずらした視界には薄笑いを浮かべる店主と高そうなスーツを着た体つきの良いサングラスのの男がたっていた。

 サングラスの男はベッドへ乗りかかり、私の髪の毛を掴んだ。

「――痛いっ!」

 口の中が痛みが走る。さっきの平手打ちで口の中を切ったらしい。

「なんだ、血が出てねえじゃねぇか」

 サングラスの男は私の髪をさらに掴み上げ、私の半身を無理やり起こす。

「痛いっ、痛いって!!」

「あ?」

 半身を起こした瞬間、今度は私の顔面に男の裏拳が飛び込んでくる。

「んぐっ!!!」

 私の鼻頭へ今まで味わったことの無い激痛と振動が走る。

 またベッドへ倒れこむ。ベッドへ私の体が激しく跳ね上がった。

 鼻の激痛に手を当てたかったけど、縛られているので私は芋虫のように体をのたうちまわらせることしか出来なかった。

「あ、あ゛――っ……」

 熱い、鼻が熱くて痛いよぉ……唇や頬に何かが流れているような感触があった。

 鼻血が止まらないよぉ……痛い、痛い、痛い……

「おい、普通に血が出てるじゃねぇか」

「え? そんな馬鹿な……」

「お前、俺達に大した金にもならない女を拉致らせたのか?」

「い、いや、そんなハズは……」

「――おい!」

「んぐぅぅっ!! ごめんなさい、ごめんなさい」

「ああぁぁ!!?」


 人を殴る鈍い音が響く。店主の短く唸る声が漏れてきた。

 店主は倒れこんだのか、ガシャガシャと食器が割れるような音がした。

 私は店主の悲鳴や哀願が聞こえるなか、頭の中が真っ白になったまま寝転んでいた。

 なんで私がこんな目にあうの?

 良いことしたじゃない。

 ホームレス達を救ったじゃない。

 神様、これじゃぁ、あなたの役に立ってない?

「あうぅぅ……確かにその子が自分の指を切って、血が砂金になるところを見……」

「自分で?」

 サングラスの男は振り返り、今度は私へと近づいてくる。

 来ないで、来ないで、殺される!!

 私の視界は涙で歪んでみえた。

「おい、女。お前、自分でやらないと砂金にならないのか?」

 もしかして、助けてもらえるかも。

 私は懸命に何度もうなずいた。

 するとサングラスの男は顎に手を当て少し考えているように見えた。

 視界が涙でよくわからないけど……


「じゃあ、見せてみろ」

「……え?」

「お前の血が金に変わらなかったときはあの男と一緒に殺す」

「わ、わかりました。あの……ナイフか何かを……」

「馬鹿か? 自分で切ればいいだろ」

「え? 自分で?」

「早くしろ!!」

「……はい」

 私は思い切り爪を立てて腕を掻き毟った。

 やがて引っかき傷からにじみ出るように血が出てくる。

 ある程度血が集まり滴り落ちると、赤い液体は金色の塊へと変わっていった。

「マジかよ。金だ……」

「ううっ……」

 私はあまりの激痛で傷口を押さえるように腕を掴んだ。

 自分を傷つけることがこんなに苦しいなんて……

 砂金の塊を掴んだサングラスの男はじっと観察をしている。

「ほう……本当にキラキラしてるな……」

「これで私を助け――」

「じゃあとりあえず、今日搾り取れるだけ出してもらうか」

 私は背中に冷や汗が走るのがわかった。

 手の震えが止まらなくて、この震えは全身へと波及していく。

 サングラス男の向こうで店主は自慢げに笑いながら私を見ていた。


     9


 それから明るくなって暗くなって、また明るくなってを何回か繰り返した。

 私は何度か殴られ、蹴られ、その後、自分を傷つけた。

 腕には無数の引っかき傷ができている。

 ナイフの傷と違って治りも遅く、目立つ痕が残る。

 さらに目の周りが殴られることで腫れて視界がハッキリしない。

「コイツが居ればもう組の金を使い込む必要もねぇな」

「っ!?」

 自然に私はベッドのシーツを鷲づかみしていた。

 胸からこみ上げる感情を必死に抑えた。

「あはははっ、一生、オレ達を食わせてくれよ」

 一生……このまま?

 もう、逃げられないの?

「なぁ、コイツの子供を産ませたら、そいつも金出すんじゃね?」

「いいねぇ〜」

 急激な精神的な閉塞感が私を襲った。

「――うっ、うああああああああああぁぁぁぁっっ!!」

 笑い声が聞こえる中、私は声をあげて号泣した。

 男達がうるさいと言って私の横腹に蹴りを入れる。

 一気に息がつまり、私はわき腹を押さえ、転げまわった。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 死なせて。死なせて! 死なせて!!

 もう嫌だよぉ……消えたいよぉ……

 これ以上暴力を受けるのは嫌だから、私はベッドで顔をうずめて声を殺して泣いた。



「うっ……うっ……ううっ……」

 どれぐらい泣いただろう。

 時間の経過がまったくわからないけど、いつの間にか寝てしまったらしい。

 辺りも真っ暗で……って、何か様子がおかしい。

 いつか見たような自分さえ確認できないような真っ暗闇。

 これは夢だって感覚だけが確かなものだった。

 もしかして……と私はわずかな希望にすがりつく。

 私は『もう消えたい』と呟いた。


 『それがアナタの願いですか?』



「なんだ! お前らは!!」

 どこからか聞こえた叫び声で私は目が覚めた。

 最初は自分に向けられたものかと感じ、身を固くする。

 だけど、いつまで経っても私へ危害が加えられることはなかった。

 それどころか、物音が大きくなって、男の叫び声も聞こえてくる。

 目の前で何かが起こっているのはわかるけど、実態がわからず体が震えた。

 怖い、怖い、また殴られるの!?

 緊張が頂点に達した時、ドアが開けられる音が聞こえ、数人の男が飛び込んでくるのが見えた。

 私はベッドのシーツを被ってみないようにした。

「キラキラ様、早くお逃げください!!」

「…………え?」

 ゆっくりとシーツの隙間から顔を覗かせる。

 そこには……


「あぁ、こんなに顔にアザを作って……」

 視界に入ったのは最初に施しをしたホームレスだった。

 出会った頃と変わらずに着古された薄汚い服を着ているけど、その表情は笑顔に見えた。

 信じられずには私は何も言えず彼の顔をまじまじと見てしまう。

「う、嘘でしょ?」

「本当ですよ。私以外にも皆来ています」

「こ、こんな事って……私、あなたたちにあんな酷いことを……」

「私達にはアナタが必要だったってことですよ」

 彼の言葉が終わらないうちに私は涙があふれ出すのを止めることができなかった。

「ふぇ……ふぇ……あぁ……うあああああっ!」

 私は彼に飛びついて泣きついてしまった。

 そんなことは小さい頃母親に泣きついて以来だと思う。


「……ひっく……ありが……と……ありがとう……」

「さぁ、泣いている暇はないですよ」

「てめぇ!! 大事な金づるに何しやがる!!」

 彼の背後にはあのサングラス男が立っていた。

 私は力を込めてホームレスの彼を抱きしめる。

 人の温もりを感じ、抱きしめた感触に安心感を覚える。

 人間を感じたのはいつ以来だろうか?

 でも彼は私を引き離し、ドアへと押し出した。

「早く逃げて!!」

「う……うん!!」


 私はドアを急いで開けると廊下へ飛び出した。

 どうやら私がいた場所はビルの一室だったらしい。

 しかも、周りを見渡すと一階ではないみたい。

 まずはとにかく下へ向かい、外へ逃げるんだ!!

 懸命に階段やエレベータがないか走り回った。

 でも、やっと見つけた通路は進むことが出来なかった。

 下へ向かうエレベータや階段には騒ぎを聞きつけた男達の騒ぎ声が聞こえきたからだ。

 こうなったら屋上へ逃げて人を呼ぶしかない。

 私の荒い息遣いと階段を駆け上る音だけが耳に入ってくる。

 こんなにも人生で必死になったことはないだろう。

 生きてるんだ! 私は生きてるんだ!!

 

     10


 数分後、何階駆け上ったのかわからないけど、屋上らしきドアが見える。

 ドアのノブを掴み、少し力を入れると簡単に開いた。

 少し強い風が吹いたと思うと、屋上へ出ればそれも感じなくなった。

 久しぶりの空はすでに夜で、周りのビルのイルミネーションが目に付く。

 早く人を呼ばないと!

 私は屋上の柵へと急いだ。

 すると聞こえきたのは街の雑踏ではなく……

 歓声のような大声。

 自分の背より少し高いぐらいの金網越しに見えたもの……

 それは囲むようにビルにつめかけているホームレスの姿だった。


「あぁ……皆……」

 こんな私を助けに来てくれたの?

 ありがとう! ありがとう! ありがとう!!

 私は金網にもたれかかる様に膝をついた。

 もう涙を止めることが出来なかった。

 ごめんなさい、ごめんなさい……

 私……私……こんなにも愛さ――

「――奪い返せ!!」

 え!?

「――は俺達のものだ!!」

 何?

「金だ! 金よこせっ!!」

 ――!?


 私が聞こえてきた声に対して耳を疑っていると、屋上のドアが開く。

 ドアの向こうからは私を助けてくれたホームレスの姿が見えた。

 顔面は血だらけで、表情も読み取れない。

「……助けたんだから」

「え? ……うん」

「俺が助けたんだからな!!

 ゆっくりとホームレスは前に進むけど、数歩で床に倒れこんだ。

 それでも私へと手を伸ばす。

「……だからくれよ」

「――!?」

「金だよ、金……」

 伸ばした手はそのまま床に下ろされ、ホームレスはそれ以上動くことはなかった。

 私はもう何も考えられなくなってくる。

 嘘だよ……こんなの絶対嘘だよ……


 そんな私に耳に聞こえてくるのは外からの大声。

「あの女を奪い返せ!!」

「金は俺達のものだ!!」

「金をくれ!!」

「毟り取れ!! 奪い取れ!!」

「あれは俺達の金だ!!」

 「あれ」って……私は「あれ」呼ばわりなんだ……

 私何やってたんだろう。

 不思議な力を手に入れて、好きなことをやってきたはずなのに……

 残ったものは――何もなかった。

 結局、伸ばした手はなにも掴めず空をきったのだ。


「ねぇ、貴方達は私を受け入れてくれるの?」

 私は独り言を呟きながら屋上の金網を上っていた。

 金網の上まで行くと、外へと体を移動させる。

「……そんなわけないよね。自分から向かっていかなきゃ」

 ビルの縁へ立つと下を見下ろす。

 すると何人かが私に気づいたのか騒ぎ出した。

 何を言っているかわからないけど、とにかく『金』『奪え』『返せ』という単語が聞こえてくる。


 涙は出なかった。

 もういいや。

 終わっても良いや。


 何気なく入ってきた視界に見覚えのある姿が飛び込んでくる。

 あの馬鹿店主だ。何か叫んでいる。

「俺がお前らに教えたんだからなっ!!」

「分け前は俺が一番多いはずだぞ!!」

「金よこせっ!! あの女から金を巻き上げろ」

 やがて湧き上がってくる粘着質などす黒い感情。

 私が死んで、こんな人間達が生き残るの?

 そんなの。

 そんなの……


「ゆるさない」

『それがアナタの願いですか?』


 ビルの縁を蹴り上げて勢いをつける。

 私は店主に向けて飛び降りために。

 「ああっ!!」という声と悲鳴が聞こえる中、私は店主にどんどん近づく。

 店主は驚くと言うよりは恐怖を感じている表情みせて逃げようとするけど、人が多くて身動きが取れない。

 私と周りを交互に見ながら慌てふためく店主に私は微笑んだ。

「そんなに欲しけりゃ、くれてやるわよ」


 私は店主の肩口に頭をめり込ませる。

 大きな骨が折れるような音がして店主はくの字に倒れていく。

 私は数人を巻沿いにしながら地面へと転落した。

 全身に強烈な痛みが走る。

 涙目になった視界には骨が突き出てる自分の腕が見えた。

 瞬間的に地面に手を突いたのだろう。

 その時、折れた腕からは、ぴゅるると砂金が飛び出た。

 飛び出た砂金を合図に私へとホームレス達は群がる。

 近くで倒れている店主やホームレス達が踏みつけられている様は滑稽だった。


 私の体中から吹き出す金粉。

 それをつかもうとみんなが手を伸ばす。

 私の体が蝕まれていく。

 でもキラキラと金粉が舞い、なんとなく綺麗。

 キラキラ綺麗。

 私はキラキラの中で死ぬんだな。

 もう息もできない。

 口から金粉が吹き出した。

 とうとう口にまで手を突っ込まれる。

 それじゃあ苦しいよぉ。

 苦しい

 苦……

 もう私は死……ぬ……の?


     11


 とある日本の地方都市。繁華街にある貸しビルの前で騒ぎが起こっていた。

 二十歳過ぎの女性が倒れている。

 その周りを取り囲むようにホームレたちが集まっている。

 皆、一様に砂金の塊を握り締め嬉しそうに笑っていた。

 

 女性は数分前にビルから転落し、数人を巻き込んで地面に叩きつけられた。

 流れ出した血液を見ると一斉にホームレス達が女性に集まる。

 その後、ホームレス達が食べ残しの獲物を貪るハイエナの様に彼女へ群がった。

 流れた血液を必死にかき集める者。

 折れた女性の腕を数人で奪い合いながら血液を集める者。

 女性の体へ手を突っ込み、臓物を引きちぎってでも血液を掴み取ろうとする者。

 彼らが掴んだ血液はやがて金色に変色し、塊を成していく。

 やがていくつかの赤色灯の光りとサイレンが鳴り響くとホームレス達は蜘蛛の子を散らすようにその場から居なくなった。


 取り残された女性の体がわずかに動く。

 どうやら人にぶつかった事で多少のクッションとなり、まだ絶命はしていないようだ。

 女性はわずかに残った手のひらの砂金を見て、微笑んだ。

 しばらく彼女の口が震えるように動いていたが、やがて動かなくなり、完全にその生命は幕を閉じた。


 丁度その頃、ダンボールハウスに駆け込んだ一人のホームレスの男。

 息を切らしながら拾ってきた懐中電灯の明かりをつけ、砂金を眺めをニヤついていた。

 しかし彼女が絶命した同時刻、掴んだ砂金は血へと元通りになった。

 ホームレスの手は彼女の血によって真っ赤に染まる。

「金が!! 金があぁぁっ!!」

 どうなったのかわからないままホームレスは手を洗うために公園の手洗い場に急いだ。

 すると同じように手や服を血に染めたホームレス達が集まって必死に汚れを洗い流していた。


 最初はお互いの状況を話していたホームレス達。

 やがて被害者報告会が怒鳴り声へと変わっていく。

「お前、俺の金を何処へ隠した!!」

「隠してねぇよ!! お前こそこの血まみれの体どうしてくれんだ!!」

「しらねぇよっ!!」

 疑心暗鬼に陥ったホームレス達が暴れ始めた。

 殴られた一人のホームレスの口から血が一筋流れ、地面に落ちる。

 地面に落ちた血液は地面に落ちるとやがて金色に変色し、塊を成す。

「……砂金?」

 ホームレス達の動きが止まる。周りの状況がハッキリとしたからだ。

 鼻血が砂金へと変わっている男。額が切れて流れる血液がキラキラ光っている女。

 いつの間にか自分達は血液が砂金になってしまう体質になってしまった事を認識した。

 やがて彼らは動き始める。お互い血液を奪うために。

 公園は一面に暴力の現場と変わる。錯乱、狂乱、混乱した。

 彼らに自分の血を使って砂金を作ろうという気持はなかった。

 他人から奪うことが前提なのだ。

 この混乱を傍観していた金に興味ない人も、狂乱の人に血を塗りたくられて虐殺される始末。



 砂金をめぐる暴力は伝染し、やがて公園から街一体、街から国、世界をまたがる争いに変わって行った。

 他人の血液から生成される砂金をめぐってとある国の指導者が国民の大虐殺を始めた。

 他の国の砂金を巡って国と国が戦争を始めた。

 大量殺人兵器は使わずに血で血を洗う地上戦。

 狂った人々。

 生き地獄。

 後々、血液が砂金に変わってしまうのはウィルスの仕業だと判明した。

 感染すると金をめぐって分別なく人々が殺しあうことからウイルスの名前は「キラーキラー」となずけられた。

 そして世界はウイルスの伝染によって滅亡の危機にさらされた。

 お互いのキラキラを奪うために。


     完

解説


「リープの作家生命を絶ってやる」

米谷陽一ごはんエロス



 すぐれた文学作品に解説なんているだろうか。解説なんて無駄ではないだろうか。

 言葉にするほど嘘くさくなっていくような気がする。

 しかし、本作は別にすぐれた文学作品ではないので解説を書く。



 まったく腹の立つ文章だった。一応、解説書いてるけどね。牛丼おごってもらったから。

 でも、生卵つけてくれてなかったら、オレ、原稿ビリビリに破いてるぜ!

 だって、みなさん。これ読んで面白かったと思ったみなさん。

 冷静に考えなさい。頭をオホーツク海につけて考えなさい。

 血が砂金になるわけないだろ!!!!

 そんなことは中学生でも精神障害者でも内閣総理大臣でもわかることです。



 さらに内容が重い。主人公が手首を切るのだから軽いわけがない。

 もし幼稚園児が本作を読み、真似して手首を切ったら作者はどう責任をとるつもりであろう。腹立たしい。

 児童を強姦するよりひどい。強姦しても精神障害は起こすかもしれないが死にはしない。

 しかし、手首を切ったら出血多量で死ぬのである。

 昔、アトムの真似をして屋上から飛び降り死んだ子供がいた。手塚治虫は生涯悔いていた。

 しかし、手塚は漫画を描くのをやめやしなかった。

 より過激により面白い作品を死ぬまで量産した。



 当たり前である。昨今、巷にあふれる毒にも薬にもならない作品を見よ。

 誰も感動させることができない。きっと作者自身も適当に書いているのであろう。

 だが、本作は。本作は違う。読んで真似して死ぬ子供が続出するかもしれない。

 しかし、一方で闇をさまようちびっこに光を与えるかもしれん。

 今まさにリストカットを繰り返す少年少女に勇気が沸いてくるかもしれない。

 生きる勇気。



 さらによく読めば、いやよく読まなくても、ユーモア感があふれている。

 なんでしょう。この不思議な感じは。

 内容が重くて暗いのに読んでると思わずうふふと笑ってしまう。



 とはいえ、私は作者リープと裁判で戦います。最高裁までやります。

 だって、うちの息子がこれ読んで真似して出血多量で死んでしまったもの。

 私は他人の子供のためには戦わないが、自分の子供のためには断固として戦います。

 リープの作家生命を絶ってやる。



<おまけ>

実録!!「リープはこうやって『キラキラ』を作った」



 2044年。この年は44という数字でもわかる通り、最悪の年であった。

 株価は暴落し飢饉が起こり全国では労働者一揆が暴発した。年金制度もこの年、廃止されている。

 さて。本作の作者リープこと権林与作(ごんばやしよさく)氏は、文章だけでは食っていけないため、ポルノ男優を副業としてやっていた。正直、あまりもうからない。あまりの不況のせいで、DVDが二枚セットで五百円とかそんな有り様なのだ。

 仕事もロクなのがない。ある時、おばあさんとエッチすることになった。



「へえ。お種さん。もう五年もポルノやってるの?」

「だってしょうがないじゃろが。年金もらえないんじゃもの」

 リープは大変だねぇとため息をついた。

「およねさんなど毎晩リストカットをしておるぞ」

「ええっそいつはひどい。政府のアホめ」

「違う。違う。およぬさんて血を流すと不思議なことに血液が砂金に変わってしまうんじゃ。それで生活しとるのじゃ」

「ええっなにそれ」

 リープのモノカキ魂に火が着いた。

「そのお話、詳しく聞かせてもらえませんかね?」




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[一言] はじめまして。 感想上手じゃないので「申し訳ありません」とあらかじめ謝っておきます。 リスカを扱う作品って、非常に重たい、暗い、精神的にちょっとあれになる……。そんな作品が多くて、正直好き…
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