8話 勇者たちを撃退してみた
侵入者で残ったのは勇者とシーフの二人。
「くそっ! 後衛がやられた! どうするシドニア!」
「ど、どうするったって……ちくしょう! このやろう!」
シドニアはプルに斬り掛かるが、ガツンガツンと当たってもプルは少しのけぞるだけ。
「なんでこんな、ゾンビごときに! 俺は市民になる勇者だぞ! こんなザコ倒せなくてどうする!!」
言う事はすごそうだが、目の前のゾンビ娘ひとりも倒せず、シドニアはジリジリと後退していく。
「ギャーー! シドニア、たすけ……」
シーフがケルベロスに首を噛まれている。
逃げ足の速いシーフの回避力よりもケルベロスの方が速さで勝っていた。
「フン、この人間ども、ご大層な物言いだからどれくらい楽しめるかと思ったが、この程度では地獄の門も開かんなあ」
口を血で真っ赤に染めたケルベロスがあざ笑う。
「ケルベロス、お前速くて強いのな。俺はただのゾンビ犬だと思ってたよ」
「だから我は地獄の番犬ぞ。まあ、この地上で肉体があそこまで朽ちてしまっては、その力も発揮できなかったという所だが……そこはおぬしに感謝するぞ」
横柄な態度に似合わず、ケルベロスは俺に頭を下げた。
「ひぃ……なんで、無敵艦隊と呼ばれた俺たちが、どうしてこんな低級モンスターどもにやられるんだ……」
シドニアは剣を振って俺たちを牽制するが、もうそれが何の効果も持たない事は誰の目にも明らかだ。
部屋の隅に追いやられ、もはや逃げ場はない。
「そうやって見下すから、足をすくわれるんだよ。市民にすらなれない、スラム街のエセ勇者め」
「くっ、くそぉっ!!」
シドニアは涙目になって俺をにらみつける。
「あー、忘れてた。俺が前にかけた治癒の魔力な、あれの供給、実はまだやってたんだよな」
「へ?」
唐突に俺が治癒の話をしたから、シドニアはあっけにとられていた。
「なんか魔力が漏れるなあって思っていたんだけど、お前らに使ってた魔力だったな」
「え、それって……」
「ああ。お前らがそれから自分たちの力で回復していたら傷はふさがっていると思うけど、結構深い傷は安静にしていないと治らないレベルだよな」
「あ、え……」
俺を見るシドニアの顔が見る間に血の気を失っていく。
「忘れてたけど、もう止めたから」
「はにゃ、にゃにを?」
「魔力の供給」
俺が指を鳴らすと、シドニアの全身から血が噴き出してきた。
「あぎゃぁ! いたい! いたいいいいい!! 血が! 傷が開いた!?」
「開いていないよ。元々ふさがっていなかったのを、俺の魔力が無理矢理つなぎ止めていただけだから」
細かい傷から血を流しながら、シドニアは俺に情けない顔を向ける。
「な、クアズ! 治せよ! いや、魔力の供給、もう一度やれって!」
全身血だらけになってわめくシドニア。
「はあ? なんで俺を殺しに来た奴に俺の貴重な魔力をやらなきゃならないんだよ」
「え、でも、俺が退治しにきたのはゴブリンどもだけであって……」
「ゴブリンのついでの俺も殺そうとしただろう? ここで見つけたってだけで」
「でも、だって」
シドニアは痛みにこらえながらしどろもどろになってこの場を切り抜けようと考えているんだろう。
「クアズ、いやクアズさん、奴隷商人に売ったりして悪かった。な、奴隷から解放して市民になるように俺も手伝うから、な? 痛い……痛いんだよ、これ、治してくれないか……」
両手を合わせて俺に懇願するシドニア。
「そんな事言われて助ける訳が……って思うけどさ。まあ、昔馴染みだし、治してやらなくも……」
俺がそこまで言うと、シドニアがほっとした表情を見せる。
「なんてな。お前に治癒なんかかけてやるかよ、バーカ!」
「ひぇっ!?」
「俺を売って新しく引き入れたヒーラーにでも頼めばいいんじゃねえか」
「そ、そうだ、ヒーラー……」
シドニアは振り返って仲間の姿を探す。
「あたしにご用かしら?」
ヒーラーが立ち上がってシドニアの所へと動いていく。
「ああ! 頼む、治癒を! 傷がふさがったらこんな奴ら俺の大剣で滅多斬りにしてやるから! 早く治癒を!!」
「ふふふ、あたしはもう死んじゃってるけどね!」
ヒーラーの身体は後ろから大柄なゴブリン、ドンズルが支えているだけで、その脇からボヤングが声色を使って話しているように見せかけたのだった。
ヒーラーは死んでいた。光を失った目が、無理矢理天井辺りを眺めているようにも見える。
「残念だなあシドニア! 俺より頼りになるはずのヒーラーは、もうゴブリンたちのおもちゃになっているみたいだぞ!?」
俺のあざ笑う声にシドニアはうなだれてしまう。
「く、くそっ……」
大剣を握りしめるシドニアは、小さく悪態をつく。
「俺たちは無敵艦隊だ。今までだってこんなピンチはいくらでもあった……」
シドニアの目から涙があふれ出た。
「俺の剣でこのザコどもを蹴散らして、無敵街道をばく進するんだ!!」
血だらけになっても泣いていても、剣を構えて立っている。
「偉そうな事を言うだけあるな、その姿勢は立派だよ。性根は腐っているけどな」
「くそっ、勝利宣言かクアズ!」
「別に勝ち負けは俺の中ではどうでもいいんだよ。たださ」
「ただ?」
「復讐してざまぁみろって言いたくてさ。そうしたらこの心のモヤモヤも少しはすっきりすると思うんだよな」
「復讐……?」
「そ、復讐。だってシドニア、お前俺にすっげぇひでぇ事してんだもんな」
「だ、だがそれは……」
俺は少し落ち着いて周りを見た。勇者を包囲しているのは、俺とゾンビ娘のプル、ケルベロス、そしてゴブリコたちゴブリン三人。
本来なら勇者単独でも倒せそうな戦力。
まあ、ケルベロスは別格かもしれないけど。
それに手を焼いているのだから、戦闘は甘く見ちゃダメだ。
「いいだろう、俺を治さないというのなら、俺の剣でこの場を切り抜けてやる!」
「お、勇者らしい」
「黙れクアズ! もう泣いてわめいても許さねえからな!!」
「泣いているのはお前じゃないか。まあいい、判ったよ。戦いを収めようじゃないか」
俺はあきれて椅子に腰をかけた。
「お、判った? 判ったんならさっさと治しやがれこのグズが」
「はあ? なんか勘違いしてないか? 俺が判ったのは、お前の汚さだよ。魂の汚れだ」
「なん、だとっ!」
「だからとっとと戦いを終わらせようとしているんだよ」
「て、てめぇ!」
俺は足を組んでシドニアを見る。
ボロボロで体力もそう残ってはいないだろう。勇者の気概、気力だけで立っているのかもしれない。
「確かお前、前に首を切り落とされていたよな?」
「なっ、なにを今さら」
「あの時は大変だったよな。切られるのと同時に俺が治癒を最大限に最速でかけてやって、相手の剣が首をすり抜けるまでに治癒は完了させていた」
「そ、それがどうした!」
「あれはさ、もう完全に治っちゃっているから、俺の魔力は消費しないんだけどさ」
「ま、まさか……」
俺はシドニアに向かって指を鳴らす。
「古傷再開。これ、治癒した傷に対してかける魔法なんだがな、使い方によっちゃあ古傷を開いちまう魔法なんだよ」
「え、も、もう治った傷は……」
「攻撃魔法じゃないからな、傷のない所には使えないし、本来は体内に入ったままの矢尻を取るとか、毒で腐った肉を取るために治った傷も開くってやつなんだが」
「そ、それを……俺の首の傷に……?」
俺は大きく、わざとらしくうなずく。
「それ、俺が治癒してやった傷だからなあ」
「へ……あれ? 俺、立っているのに……なんで急にクアズ、お前の事を見上げて……は、か……」
転がって床に落ちたシドニアの首が恨めしそうに俺を見る。
なにかをしゃべろうとしているが、もう肺からの空気がないから声が出ない。口をパクパクさせるだけ。
「残念だな勇者様。俺を売らなければ、市民になれたかもしれないのに」
シドニアは何度かまぶたをパチパチさせるが、あふれる血の勢いが少なくなると共に、動かなくなっていった。