6話 ゴブリンの姫を助けてみた
ゴブリンは痛めた手を抱えて俺をにらみつけていた。
ただ、俺としても決め手は欠ける。
「俺だってこれからずっと攻撃されているのも嫌だからな。まあ、ここはプルを治してから考えるとするか。おい、プル」
「なあに?」
胸に短剣を刺したままプルはあどけない顔を俺に向けた。
「確かにあのゴブリンが持っていた短剣と同じデザインだな」
俺はプルの胸に手を添えて短剣をつかむ。
「ふにゃぅ」
「変な声を出すな……よっと!」
短剣を無造作に引き抜くと、黒く変色した体液がドロリと流れ出た。
「あやや……」
プルは不思議そうな視線を自分の胸に向ける。
「そのまま動くなよ。傷貼付塞」
俺は傷口に手を当てて治癒をかけてやった。
みるみる傷口がふさがり、出血も止まる。そもそもゾンビだから出血も勢いは全然なかったのだが。
「お、お前……いったいなにをしたギャ……」
俺がゾンビを治癒する様子を見て、ゴブリンたちが色めき立つ。
「見ての通り、お前の付けた傷を治したんだよ。ゾンビとはいえ女の子に短剣を突き立てるとか、お前ひでぇな」
「ギャ、ギャギャギャ……」
治癒の力を見て、ゴブリンどもはアゴが外れるくらい、ポカーンとしている。
「に、人間……お前傷、治せるのギャ?」
「まあな、治癒師だからな」
それを聞いてゴブリンは床にひざまずき、両手を伸ばしてそのままひれ伏した。
「どうか、どうかその傷を治す力、姫様に使って欲しいギャ!」
「なんだって?」
いきなり態度が変わった事で俺も少し驚いたが、まあいい。大柄な奴が背負っている小柄なゴブリン、やはりあいつが怪我人だったか。
その大柄な奴は、ボケッと突っ立っているが。
「なんで俺が襲ってきたお前らを助けなきゃなんねえんだよ。意味解んねぇ」
「そ、それは謝るギャ! だからその治すやつ、姫様に使って欲しいギャ!」
これで戦闘が収まるのならそれもいいかもしれない。俺だけじゃあ勝てはしないからな。
「ふーむ、やってやらん事もないが」
「本当ギャ!?」
「ああ。だが俺になんの得があるんだ?」
「とく?」
「そう。俺になにかいい事があるなら、やってやらんでもないぞ」
「ひえっ……」
細いゴブリンはひれ伏したままで後ろを振り返る。その様子を見て、背負われている小柄なゴブリンが口を開く。
「よい、ボヤング。ブリコ一家の至宝をくれてやれ……」
「姫様、それじゃあ……」
「構わん。一家を守る、あたしの命には……代えられん」
「判ったギャ」
細身のゴブリン、ボヤングと言われた奴は顔を上げて俺を見た。
「治してくれたら、ゴブリンの宝、ブリコの至宝をあげるギャ」
「ブリコの至宝?」
ボヤングは真剣な顔でうなずく。
「それってなんだ?」
「至宝は至宝、とっても大事な宝ギャ」
「ふむ」
こいつでは話にならないな。後ろの姫様とやらに話を聞くとするか。
「判った、話は後で聞こう。まずその怪我人を治してやるから、そこのテーブルの上に寝かせるんだ」
「やってくれるギャ!?」
「いいから早くしろ。手遅れになったら俺でも治せんからな」
「判ったギャ! ドンズル、早く姫様を寝かせるギャ!!」
ボヤングが大柄な奴に命令する。そいつは背負っていた小柄なゴブリン、姫様と呼ばれていた奴をテーブルの上へ仰向けに乗せた。
「ふむ……」
「どうギャ?」
俺はテーブルに近付いて姫ゴブリンに話しかける。
「剥くぞ」
横たわった姫ゴブリンが小さくうなずく。
ゴブリンとはいえ女だからな。一応了解は取った訳だが。
俺は傷口を確認するため衣服を剥ぎ取る。脱がすまでは面倒だからボヤングから短剣を受け取って衣服を切り裂いた。ゴブリン独特の緑色がかった肌があらわになり、小柄ながら成人女性の豊かなボディラインが見える。
「ひっ、姫様!」
「うるさいなあ。きっちり治してやるから黙ってろよ」
「ひぃっ」
ゴブリンは口元に手を当てて黙っている。
「そうそうその調子」
俺は改めて傷口を確認した。
「刃物……剣による刺し傷か。出血は酷いがどうだろう……」
小さい傷口は思ったよりも深手で、パックリと開いた傷口からじくじくと血がにじみ出てくる。心臓の動きに合わせて奥から鮮血があふれてきて、拭いても拭いても勢いが収まらない。
「この傷、もう少し大きかったら内臓が飛び出していたぞ」
「そ、そうか……」
血の気を失った顔で姫ゴブリンがうわごとのように返事をする。
「押さえていただけじゃあ治らない傷だ。俺に出会えて命拾いしたな」
「ああ……。会えてよかったよ」
「良いか悪いかは生き残ってから考えるんだな」
痛みを少しでも紛らわせようと話しかけるが、姫ゴブリンは返事もままならない。当然だろうがな。
「俺が魔法をかけるまで意識を飛ばすなよ」
「ふっ、努力しよう……」
俺は両手を傷口にかざして、精神を集中する。
「簡易治癒」
即効性のある治癒で傷口をふさぐ。血を拭いていないから見た目には判らないだろうが、腹に空いた穴は俺の魔力で接着した。傷付いた臓器も俺の魔力で機能を補っている。
俺の魔力が補助をしている内に、自分の回復力で治れば俺の魔力は必要なくなる。完璧ではないが、簡易的で応急処置が期待でき、怪我人にとっても俺にとっても負担の少ない魔法だ。
ただ、治りきるまで俺の魔力を常に注入していないと傷口が開いてしまうという条件はあるが。
「ほれ、終わったぞ」
傷口に付いた血を布でぬぐってやると、そこには穴はなくなっていた。
「こんなにも早く!?」
ボヤングが目を見開いて驚いている。
「姫様、姫様!」
「……あ、ボヤングかい?」
「姫様ぁ!」
ボヤングが姫ゴブリンの胸に顔をうずめた。
「なにをするんだいっ! このアホタンがっ!」
姫ゴブリンが起き上がってボヤングを蹴飛ばす。
鼻血を出しながら倒れるボヤングは、それでも嬉しそうな顔でヒクヒクしていた。
「寸劇は終わったか? なら報酬をもらいたいが、ブリコ一家のどこに行けば至宝が受け取れるんだ?」
俺は呆れつつも治癒をした姫ゴブリンを見ている。
「そなたはあたしの命の恩人。ゴブリンの宝、ブリコ一家の至宝を与えるのにふさわしい殿方よん」
「む?」
急に色目を使う姫ゴブリン。
「まさか……」
「さあ、ブリコ一家の至宝、姫ゴブリンのゴブリコ様をそなたに捧げるわん!」
両腕を開き、唇をとんがらせて目を閉じる小柄なメスゴブリン。
「お、おい、ゴブリンの至宝ってのは……」
「へい、ゴブリコ様の事だギャ」
ボヤングは目をキラキラさせて俺と姫ゴブリンの事を見ていた。