4話 ゾンビ少女を治してみた
俺はゾンビ犬を抱えて歩き、ゾンビ少女が後を付いてくる。脚に添え木を付けて歩く程度はできるようにした。痛みがなければそれで十分だろう。
俺たちはバイスの町の中でも人通りの少ないスラムに場所を移した。
「所詮は廃墟だ、適当に家を借りるか。雨風をしのげればいい」
スラム街は人気がない。いたとしても足を失ったりボロをまとった奴が地べたに座ってうずくまっている程度だ。物乞いすらいないのは、このスラムでそれがどれだけ無意味か知っているからに過ぎない。
「ここらでいいだろう」
少し広めな家の前に立つ。昔ここは宿屋だったのだろうが放置されてかなり経つようだ。看板は朽ち果てて窓どころか壁にも穴が無数に空いている。屋根も大きな穴が空いているんだろう、部屋の中にも天井から日の光が入ってきていた。
「先客もいない……みたいだな。よし、入ってこい」
俺は入り口を調べた後でゾンビ少女のプルに声をかける。
プルは手を口元に近付けながらおどおどとした表情で宿屋の中に入ってきた。
「まずはこの犬からだ」
俺は適当なテーブルを見つけて上に乗っかっている木の皿や木片を腕で払ってゾンビ犬を乗せる。
まだ息はしている。かろうじてだが。
ゾンビ犬の呼吸っていうのも、なんか変な感じだ。
「ケルちゃん……」
「まあ診てやるから」
俺はゾンビ犬の身体をさすってみる。
「いろんな所の骨が折れているな。それよりなにより、この腹が破れている所。中から腸が飛び出しているぞ」
「治るの?」
「そう急ぐなって。とりあえずゾンビって治癒が効くのかだよな……」
俺は折れた肋骨に手を添えた。
「身体再生。壊れた体組織を復活させてみる」
俺の手から小さい光がゾンビ犬に浴びせられる。
その光が肌に触れたところで肉がグズグズと崩れていく。
「あ、駄目だこれ。やめやめ!」
俺は手をパタパタさせて治癒の力を発散させる。
「な、治るの?」
「ちょっと待て」
荷物の中に放り込んでおいた奴隷商人の死体を取り出して身体から適当な骨を取り出す。
「これをあてがって……傷貼付塞。これで傷口をつなぎ合わせて塞いでみよう」
むき出しになっている犬の骨と奴隷商人の骨をくっつけて折れたところを補強する。
これは治癒と言うよりは修理に近いかもしれないが……。
「お、くっついた。そうかあ、変に治癒で肉体を復活させようとするよりは他の素材で穴埋めしてやるのがよさそうだな。アンデッドに関しては、だが」
素材をくっつければ、それが黒く変色してゾンビ化する。穴埋めとしては十分そうだ。
いくつか素材を足してやると、ゾンビ犬は元気に立ち上がる事ができた。
「ケルちゃん!」
プルが喜んでゾンビ犬の首元にしがみつく。ゾンビ犬のケルはプルの顔を生臭い舌でベロベロとなめる。
そういやあ感情的になったゾンビを初めて見た気がするな。喜んでいるゾンビ犬も初めて見るが。
「ゾンビも気持ちがあるのかなあ。それも研究してみたい所だ……。そうだ、傷貼付塞ならゾンビでも傷が埋められるみたいだが、おいお前……えっと、プルって言ったな?」
ゾンビ少女はゾンビ犬のよだれでベショベショになりながら俺の方を不思議そうに見る。
その左目は潰れているし周りの肉は腐ってただれていた。
「さっきその犬にやった事と同じだ。お前にも使える肉をあてがえば治す……というよりは形を整える事くらいはできるぞ」
「そ、そうなの……?」
「この奴隷商人の死体から取れる分を上手く使えばな。例えば目とか」
「え……」
俺は死体から奪った眼球をプルの顔に近付ける。
「ん……」
「少し我慢しろよ」
プルの左目はまぶたもなくなっているから眼球を埋めるだけだ。
そして犬に施したように傷貼付塞で視神経をつなぎ、傷を塞ぐ。
「ほら、目を開けてみろよ」
「あ……」
「見えるか? まあ、ゾンビの視力がどれくらいかなんて判らんが」
プルは目をパチパチさせてみて、だんだんと驚きの混じった笑顔になっていく。
「み、見える……左目も見えるよ……」
「それはよかった。この商人も生まれ変われて喜んでいるだろう。部分的にだがな。よし、他も治せる所はやってしまうか」
「えっ?」
「ほら、服」
「ふく……?」
「脱げって。着たままじゃあ治せる所も治せないだろ」
「あ、うん……」
プルは特に気にする様子もなく服を脱ぎ始めた。
思春期前の子供だったのだろう。身体はまだこれから大人の女になり始めようとしていたのか、身長はそれ程低くはないが胸の膨らみはまだ小さく体型も子供じみていた。
「問題なのは傷と腐っている所だな。よし、やってみるか」
ゾンビ犬を修理した事で調子に乗った俺は、プルの身体で欠けた部分を奴隷商人の死体で補ってやった。
これでプルの折れた足も元通りだ。折ったのは商人だからな、治す素材に使われて地獄で喜んでいるだろう。余った素材は適当に暖炉に火を入れて処分してしまえばいい。
「すごい……こんなに身体がキレイになったの、初めて……」
プルは身体のあちこちを見て喜んでいた。とりあえず大きな傷や欠けた部分がなくなっただけでも今までとは大違いだろう。
そして足下辺りからくぐもった低い声がする。
「まったくだ、我もここまで醜い部分が消えたのは久方ぶりよ」
「えっ!?」
ケルが口を開けていた。
「しゃべっている!?」
「なにを言うか人間。我はケルベロス、地獄の番犬であるぞ。人語くらいは当然使えるわい」
「た、ただのゾンビ犬じゃねえのかよ!?」
「誰が我をゾンビ犬と言った?」
そう言えば誰もそんな事は言っていないか?
「いやいや、そんなのどうでもいいけどさ、お前がケルベロスだって!?」
「然り」
ゾンビ犬、いやケルベロスは口を広げて笑ったような顔になる。
「そしてプル様は死者の女王となるお方ぞ」
「はぁ!? アンデッドを束ねる女王だって」
このゾンビ少女がか。
プルはまだ嬉しそうに自分の身体を眺めて喜んでいた。