3話 解放奴隷がゾンビ少女と出会ってしまった
スレバールのはただの噛み傷だからたいしたことない。問題はゾンビに噛まれたという事だ。
「ゾンビに噛まれた……ゾンビになっちまう……」
「うるさいなあ。少し静かにしてくれよ」
俺はスレバールの口に丸めたハンカチを突っ込む。さっきスレバールが使っていたやつだ。
「むぐっ、むぐぐっ」
しゃべる事ができなくなったスレバールは自分の左足を見ている。
噛まれた所は左足のスネ部分。
まずは脚の付け根に鎖を巻き付けて血の流れを止め、麻痺の魔法を局所的にかけて痺れさせる事で痛みを止める。
「どうだ、痛くないだろう?」
俺の問いに涙目でうなずくスレバール。
「いくぞ」
「い、いひぃ……」
俺はスレバールの持っていた護身用のナイフを使って噛まれた傷をえぐった。あふれる血は墨のように黒かった。
「見ない方がいいぞ」
皮膚は真っ黒に変色している。切った先の肉もどす黒くなっていて既にゾンビ化しているようだ。
「これは骨ごと行くしかないか……」
ゴリゴリと骨を削るその振動で、痛みはないはずだがスレバールは意識を失ったようだ。
まあこの方がこっちとしては楽にできる。
「中まで来ているか」
骨の髄まで黒い染みが広がっていたのだ。
俺はため息をついて方針を変えた。危ないところを削るのではなくまだ大丈夫なところを残す。
「切り落とすしかないな」
俺はスレバールの左足を膝下で切断し、まだ大丈夫な足首も切り落とした。
「駄目なところは捨てて、脚の再生力を活性化させる……簡易治癒!」
再生力向上の魔法を使って失った部位の骨と肉を生やし、膝と足首をつなぎ直すことにする。
切り口から骨が生えだし、その周りを肉がモリモリとできあがっていく。膝と足首の骨がつながり、ミミズのようにのたうち回る筋肉組織と神経がその周りを覆っていった。
肉をカバーするように皮膚が造られ、あっという間に簡易治癒を使った治療が終わる。
「ふむ、これでよし!」
脚の付け根を縛っていた鎖をほどき、スレバールの頬を叩く。
「起きろ、終わったぞ」
反応のないスレバールを思いっきり殴りつける。
「はっ!?」
「どうだ、目が覚めたか」
「あ、ああ……頭が痛い……いや、足! 足は!」
「悪い箇所は全部切り取った。ゾンビ化している部分はもうないよ」
「そ、そうかぁ……本当だな、ゾンビにならないんだな!?」
「また噛まれたりしなければな」
「はぁ~」
スレバールは大きなため息をついて自分の左足をさすっていた。
「傷痕がまったくないなんて、お前、すごい治癒能力だな……ん?」
スレバールは膝と足首にある大きな傷痕に気が付く。
「ここ、なんでこんな傷が……それにスネの所、毛が一本もない……」
「ああ、一旦足を切り落としたからな。そこから再生力向上でつなぎ直した。キレイにくっついてるだろ?」
「ひいっ!!」
スレバールは切り落とされた自分の足だった肉片を見つけた。そして再生されたばかりのつやつやなスネを見る。
「なっ、なんて事を、足、足を切っちまうなんて」
「でも元に戻ったし、ゾンビにもならなかっただろう?」
「そそそ、そんな事は聞いてない、聞いてないぞ!」
「別にいいじゃないか、無事だったんだし。さ、それじゃあ俺を解放奴隷にしてもらって、後は金だ」
「なにを言っているんだ!? そんな金なんて」
目を白黒させていたスレバールは、急に眉を寄せて怒った顔になった。
「俺が治癒を使う時に言っただろ、いくらでも払うって。とりあえず手持ちの金全部出せよ。それと早くこの首輪と手錠、取ってくれ。手錠しっぱなしで治癒やるの大変だったんだからな」
「なに勝手な事を! そんな口約束、誰も……それに足を切り落とすなんて余計な事をしやがって! 逆にお前を過剰治癒で訴えてやるくらいだぞ!」
なんだよ過剰治癒って。治しすぎって事か? まったく意味が解らん。
スレバールは急に威勢がよくなって俺に食ってかかる。
「ちょっと待てよ、俺がやらなかったらお前、死んでいたんだぞ? それかよくてゾンビだ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
スレバールが腰の小袋に手を入れてなにかをまさぐっていた。
「これでいいだろう、奴隷には十分だ!」
俺の足下に銅貨が三枚落ちる。
「なんのつもりだ?」
「いや、正式な契約はなにもない! 奴隷が主人の命令を聞いて治癒をやった、それだけだ!」
「お前、自分の命が銅貨三枚、三百リョウだって言っているようなもんだぞ」
「銅貨三枚だって多いくらいだ!」
こいつ、自分の価値が銅貨程度なんて、どうかしている。
いや、自分が助かったと見て金が惜しくなったな。なんだかんだ言って踏み倒すつもりだ。
「最後にもう一度だけ言う。俺を解放して、有り金全部置いていけ」
俺は声をなるべく抑えて言う。
「ふっ、ふざけんなっ! 誰が奴隷の言う事など聞くかっ!! さあ行くぞ! こんな所とっとと……」
「判った。それならこちらも魔力を停止するだけだ」
「へっ!?」
俺は治癒に使っている魔力の供給を止める。
「あ、い、痛……」
スレバールが斜めに傾く。左足のスネ部分、接いだ所の肉がぐずぐずと崩壊し始めた。その奥にある骨も徐々に形を失っていく。
「な、なんで?」
膝から大量の血があふれ出て地面を赤く塗らす。
「俺がやっていた治癒は応急処置でな。完治まで魔力を注ぎ込んでいる必要があるんだよ。魔力で安定している間に身体が自分で修復して本来の状態に戻る、そこまで補助するのが簡易治癒の力なんだが。その魔力を今止めた」
「ど、どして……」
「最後の警告を無視するからだ」
「しょ、しょんなぁ……」
情けない顔で足から大量の血を流しながらスレバールが倒れる。
自分の作った血だまりに突っ伏したスレバールは、既に息をしていなかった。
「だから言ったのになあ……」
俺の言葉はもう聞こえていなかったかもしれないが、別に構わない。
「実際にやってみた事はなかったが簡易治癒で魔力供給を止めるとこうなるんだな。それに、死んでからもゾンビにならない所を見ると、治癒は上手く行っていたと言う事だ。うん、いい実験になった」
俺は血まみれの小袋から鍵を取り出し、手錠と首輪を外す。
「ふぅ、結果として治癒を行ったし俺も奴隷から解放された。それと……」
もう一つ、取り出した袋には金貨がいくらか入っていた。
「報酬ももらえたからな。途中思い通りに行かないところはあったが、初めての生体実験としては十分だろう」
俺は犬の側で座り込んでいるゾンビ少女の側に行く。
「なあお前」
悲しそうな顔で俺を見る少女。
「その犬も見た所ゾンビのようだけど俺が治そうか? 丁度近くに新鮮な肉があるんだ。今死んだばかりの、な」
「でも、プルはお金、ないの……」
俺と奴隷商人とのやりとりを見ていたのだろう。俺の治療には金がいると思ったらしい。
「お前の名前はプルと言うのか。その犬は確か、ケルって言ったかな」
プルと言ったゾンビ少女は震えながら小さくうなずいた。
「そうだな、金が無ければ治療はしないつもりだったが……なにか一つ大切な物をもらおう。治癒の対価となるようなものを」
「プル……なにを上げたら……」
「なにを、か」
俺は顎に手を当てて考えてみる。
「ならプル、お前たちを治す代わりに、お前とケルちゃんの身体をもらおうか」
俺の言葉にプルはきょとんとした顔をしていた。
「な、治してくれるなら……」
「いいだろう。交渉成立だ」
お前たちの身体を実験に使わせてもらうぜ。