2話 奴隷商人を助ける事にした
それなりに広い通りからスラム街に近い所の小道に入って進む。
ここは王国の地方都市バイスと言って、交易で賑わっている町だ。
情報や道具が入りやすいという利点もあって、ここを拠点にする冒険者も多い。
俺はそのバイスの町を奴隷商人のスレバールに引っ張られて歩いている。
手錠をかけられ、奴隷の首輪につながっている鎖をつかまれた俺は町を散歩させられる犬みたいだ。
「なあ、どこに行くんだ……」
「うるさい!」
スレバールがつかんでいる鎖を振ると、鞭のようにしなって俺の肩に鎖が当たる。当たった部分の皮膚が裂けて血がにじんできた。
「一旦お前を倉庫に持っていって、そこで競売にかけるための準備をするんだよ!」
また売られるのか。絶望的だ。
「買い手が付くまで飯はないからな。せいぜいいいご主人様に見つけてもらうんだな」
下品な笑いをするたびにスレバールの腹の肉が揺れる。
「キャンっ!」
よそ見をしているスレバールが道にいた犬でも蹴飛ばしたみたいだ。
「ケルちゃん!」
倒れた犬の飼い主だろうか、顔色の悪い少女が犬の側でしゃがんでいた。
「チッ、靴が汚れちまった。これだから近道だからってスラムが近いと……」
スレバールは靴に付いた汚れを雑巾みたいなハンカチで拭いている。
「おじさん、ケルちゃんが血を出してるの……。助けて……」
少女はスレバールの足にすがりつく。
左目に包帯をしている所を見ると、なにかの病気なのかもしれない。
「汚らしいスラムのガキめ! 近寄るなっ!」
「あぁっ……」
少女の手を振り払おうとしてスレバールが足を上げると、丁度少女の腹につま先がめり込んだ。
「げふっ!」
少女の口からどす黒い血が出てスレバールのズボンを濡らす。
「なんだこのガキ! クソッ、人の服を汚しやがって!」
スレバールは奴隷用に持っていた鞭で少女の背中を思い切り叩いた。
「う、ぐうっ!」
少女はうめきを上げながらもスレバールの足から離れない。
「ケルちゃんを……ケルちゃんを助け……」
「ええい、うるさいガキだっ!」
俺はこの様子を見ていられなくなり首に力を入れて思いっきり引っ張る。
鎖を持っていたスレバールは俺が引っ張った事でバランスを崩して尻餅をついてしまう。
「くそっ、こんな所で、服が汚れ……いだっ! いだだだ!」
わめいていたスレバールが急に痛がりだす。
「ケルちゃんを……ケルちゃん……」
「こいつ、このガキ! 噛みつきやがった! ちくしょう!」
スレバールの左足に少女が歯を立てていた。血走った目でスレバールをにらみつけながら。
スレバールは空いている右足で少女の頭を踏みつけるようにして蹴る。
「ぎゃっ!」
たまらず少女は吹っ飛ばされて倒れた。それに構う余裕もなくスレバールが足を押さえて叫ぶ。
「奴隷、お前治癒師なんだろう!? 治せ、足を!」
スレバールが俺の鎖を引き寄せる。
「女の子が噛んだくらいで大袈裟な」
「だっ、だまれっ! とっとと治すんだ! お前のご主人様が誰か忘れたのかっ!」
スレバールは自由の利かない俺を鞭で叩く。
「そんな事をされて素直に治癒を施すとでも思ったか?」
「なにをっ! 奴隷のくせに……いたたた……」
思ったよりも傷が深いのか。それともただの痛がりなのか。
「分かった。治そうじゃないか。だが今ここで治癒を使えるのは俺だけだ」
「だ、だからなんだ、早くやれっ!」
「そんな口を利いていいのか? 俺が治さなくても……まあそれくらいの傷なら舐めておけば治るだろうがな」
「なっ、だったら倉庫に戻ったら覚えておくんだな! い、いたた……」
痛がるスレバールの向こうに見えた光景に俺は息を呑む。
「おい商人」
「なななんだっ! 奴隷の分際で」
「やはりお前は今俺に治癒をしてもらった方がよさそうだぞ」
「なんだと?」
「見ろ」
俺は手錠をされたままの手で少女の方を示す。
「あ、あのガキが……」
ゆるくなった包帯の隙間から見えたのは、崩れた顔の肉と潰れた左目。
蹴っ飛ばされて倒れた時だろうか、右足が関節のないところで変な方向へ折れ曲がっていて、それを気にせず足を引きずるようにして近付いてくる。
「この子……ゾンビか……」
俺のつぶやきにスレバールが過剰な反応をした。
「ゾンビ!! なんでこんな、スラムだから!? ゾンビ!?」
混乱しているスレバールは俺にすがりついて泣きわめく。
「ゾンビに噛まれた! ゾンビになっちまうのか!?」
「ああ。間違いなくな」
「嫌だ、死にたくない! 助けろ! いや助けて、助けて下さいっ!!」
涙と鼻水でぐしょぐしょにしたスレバールが俺に頼み込む。
「助けてくれたらなんでもする! します! いくらでも払いますから! そうだ、奴隷からも解放する、解放奴隷にするから! どうかたしゅけて……」
「ふむ……」
奴隷商人も必死だ。まあ放っておけば勝手に死ぬんだが、それだと俺は奴隷のままだ。解放奴隷としてこの忌々しい首輪が取れるなら、助けてやるのもいいかもしれない。
「判った。やるだけやってみよう」
「そ、それで、お前はゾンビ化を止める治癒はやった事があるのか?」
「いや」
「えぇ~!?」
スレバールは絶望的な顔で俺を見る。
「だが方法はいくつかある。それでもいいな」
「うんうん」
「よし」
俺はスレバールの治癒を開始した。