1話 治癒師は奴隷に落とされた
「攻撃力無しってゴミカスじゃん。おめーもうイラネ!」
冒険者パーティーを取り仕切る勇者のシドニアが俺に言い放つ。
「ど、どういう事だよシドニア」
俺はリーダーであるシドニアに食ってかかる。
「てめぇクアズ、様を付けろよ様をよ!」
シドニアは俺の顔に蹴りを入れる。俺は蹴られる瞬間にガードの魔法を使って衝撃を緩和させた。
「なにガードなんて使ってんだよ! 素直に殴られとけよ、クソが!」
シドニアは俺に向かって蹴りを繰り返すが、さっきかけたガードが効いていて俺にダメージは来ない。
「シドニアおもれぇ~、今のは蹴りだからな、殴ってねーし! ワハハハ!」
俺とシドニアの事を見ているパーティーメンバーは娯楽の一つとして見物している。シドニアの暴行を誰も止めようとしない。
ここは町の中でもそれなりに人通りのある場所だが、町の人はこの蛮行を見て見ぬ振りをして通り過ぎていく。
それもこれも、俺に掛かっている奴隷の首輪があるからだ。
主人は奴隷に対してなにをしても許される。たとえその命を奪っても罪には問われない。
「や、やめてくれよ……シドニア……様」
ガードを使っていても衝撃でダメージは来るし痛い。俺は必死になってこの攻撃の嵐が過ぎ去るよう頼み込んだ。
「シドニア~、いくら奴隷で買った奴でも二年はパーティーにいた仲間なんだからさあ、もう少し丁寧に扱いなよ」
周りにいたパーティーの連中がはやしたてる。
「そうそう、それに追放するにもさ、奴隷商に売る時、傷物だと買いたたかれちゃうじゃん」
奴隷商? 売る?
「判った、判ったから、邪魔だったらごめん、パーティーから抜けるから、だから奴隷にはしないで……」
奴隷には戻りたくない!
あんな、常に空腹で病気になって、なにもできずに鞭で叩かれて……。
俺の脳裏に過去の消し去りたい記憶がよみがえってくる。
「ああん? 元々おめーは奴隷だろ? たまたま治癒師の能力を持ってるってんで使ってやったけどな、戦闘になってもぜんっぜん攻撃できねーし、しょっぼいヒールしか使えねーじゃんか」
「ヒールって、あれは効率よく瞬時に展開できるように、常に魔力を張り巡らせて……」
俺は奴隷でいた時、鞭で叩かれた傷を自分で治そうとして少しだけ治癒ができるようになった。その能力を見込まれて、この冒険者パーティー「無敵艦隊」に買われたんだ。
「んな講釈垂れてんじゃねーって!」
俺がなにか言おうとするとシドニアの蹴りが飛んでくる。これでは反論もできなくなってしまう。
「今度俺らはよ、市民様になるためになぁ、奴隷のいないキレイなパーティーになんだよ。攻撃もできる聖職者を仲間に入れてよ。これで今まで連戦連勝だった無敵艦隊も更に強くなれるって話だろ!?」
「でも、それは俺が治癒師で攻撃を受けた時に回復を……」
「そんなんは誰でもできんだよ! それに俺らだってすっげー強くなってんだ! おめーなんかのしょぼヒールなんかなくったって無傷でいられらぁ!」
またしても蹴りが飛んでくる。俺は吹っ飛ばされて道の脇にあった藁束の山に突っ込んだ。
「あーあ、派手にやっちゃって。シドニア~、いっくらなんでもやり過ぎじゃね?」
「いーんだよあれくらい。治癒師だって言うなら怪我しても自分で治しゃあいいだろが」
「ま、それもそーだな。ワハハハ!」
ガードの魔法が切れた俺は口から流れてきた血をそででぬぐってどうにか立ち上がる。
そこへ差し伸べられる手があった。
「え?」
「さあ、つかまりなさい」
俺に手を差し伸べているのは口ひげを伸ばして腹の大きい、いかにも裕福そうな格好をしている中年男だった。
「あ、ありがと」
俺が礼を言い終える前に手錠がかけられる。
「え?」
なにが起きたのかを俺が理解できないまま、奴隷商はシドニアと話し始めた。
「勇者様、この奴隷を払い下げいただけるのですよね」
「ああ奴隷商か。おせーぞ」
「申し訳ございません、こちらもなにかと忙しいので」
「てめーの都合なんて知らねーよ。それよりどうだ、その奴隷。一応治癒師の能力は持ってんだけどよ、高く買ってくんねーか?」
「ほほう、奴隷でも治癒師ですかい。どれどれ……」
奴隷商は俺の事を上から下までなめまわすように見ていた。
「そうですなあ、これくらいで……」
「おいおい、それじゃあ少ねーなあ。もうちょっと積んでくれよ。俺らがパーティーに奴隷を連れているなんてレベルじゃなくなったってのに、足下見てんじゃねえの? これから俺らは市民様になるんだからよ、仲良くした方がこれからも得なんじゃねーの? ん?」
シドニアは奴隷商の肩を組んで交渉する。
「いや参りましたなあ。それではちょっとこれくらい足して……」
「んー、まあいっか。俺らの飯代くらいにはなるかな。いいよおっさん、奴隷クアズは二万リョウで売ってやるよ!」
俺が、二万リョウ……。パーティーの宿代にもならない金額で……。そんな金でも俺がいなくなればいいと思っているのか……。
呆然としている俺にパーティーメンバーの一人が近寄ってきた。
「クアズ、聞いたか? はした金だけど殺して処理する方が面倒だからな、まだ奴隷で生きていられるだけマシだと思いな」
なんだこいつ、優しい言葉でも投げかけていると思っているのか。
そんな事今の俺には関係ない。
俺はまた奴隷に逆戻りだ。
冒険者として奴隷だった俺がパーティーの役に立つように、それこそ血を吐きながらそれを治癒して、また血を吐くくらいの修行をして治癒をして……無限とも思える苦行の末に得た治癒能力と魔力を、これだけ注いできたのに。
こいつらは俺を飯代程度の金で売り渡してしまうんだ。
今まで尽くしてきた事が認められなかった上に、追放されて奴隷商に売られてしまうなんて。
「お、こいつ泣いてるぞ!?」
シドニアが茶化すが俺の目からは涙があふれて止まらない。
こうして俺は、連戦連勝の冒険者パーティーからただの奴隷に落とされた。