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第一話 二人の転校生

白井しろいあむです」

黒井くろいモル、よろしく」


「転校生二人? うちのクラスってそんな少なかったっけ」

「やば、二人ともめっちゃ可愛くね?」


四月十二日。

二年四組に突如転校生がやってきた。


僕は隅の席で頭を抱え、ガタガタと震える。


「これ、ほんとに現実なのかよ……」












「はぁー……」


部屋につくなり、僕はバッグを力いっぱいベッドに投げつける。


「……ごめん」


どうも昔から八つ当たりしたものに謝ってしまう癖がある。

バカだと思われるかもしれないが、日本にはアニミズムという文化があるのだ。

そんなことも知らない世間のやつらは僕をやばいやつだと敬遠する。

自分の愚かな知識不足を棚に上げて。


早く大人になって社会に出たい。

金があるからなのか、経験の差なのか、大人の方がある程度どんな人間に対してもしてもゆとりがある。

……と思う。


『いやいや、そんなことないって。むしろ大人の方が頭が凝り固まって柔軟な対応なんてできねーの! 老害って知ってる?』

『こんな戯言に耳を傾けてはいけません。あなたの言う通り大人というのは心の豊かな人のことなのです。つまりあなたは学校の中でも特に心が豊かなのです。周りの人間はまだ心が育ち切っていないのです。寛大な心で許してあげましょう』

『聞いた? 心が豊かな奴が大人なんだってさ。ってことは社会に出ても心は貧しいままの子どもがいっぱいいるってことだぜ。だりーよな』


小さいころからそうだ。

僕、渡辺一馬わたなべかずまは想像が得意だった。

両親が仕事人間で幼いころから一人の時間が多かった僕にとって、空想の世界がすべてだった。

友達も、遊び場も、何もかも。

親の方針で幼稚園にも保育園にも通わず、家でシッターと勉強をするだけ。

今思えばクソみたいな幼少期だな。


当然コミュニケーション能力はゴミクズのごとく成長せず、勉学だけにポイントをバカ振りした頭でっかちが誕生したわけだ。


……少し話がそれたな。

とにかく僕は妄想が得意で、いつからか声が聞こえるようになった。

雑に扱ったバッグの怒りに満ちた声や、一度かごに入れてからやっぱりいらないと棚に戻したお菓子の泣き声が。


その中でも特に輪をかけてうるさい声がある。


『大体常に悪いほう悪い方へと考えるのがいけないのです。世界はそれほど汚れ切ってはいません』

『は? 世界は汚れ切ってんだよ。お前がきれいな白に見えてる部分は実はグレーで、周りの景色が真っ黒黒だから澄んで見えるだけ。つまり少しマシってだけ。 えのきだけ。』

『あまり上手じゃないのにたとえツッコミを使うのはやめた方がいいと思います。騙せるのは厨二病のバカだけですよ』

『おめーの理解力がねーだけだよ。生まれつきの厨二野郎が』


……。


まあ多分、天使と悪魔ってやつだ。

誰だって見たことあるだろ?

漫画やアニメでよく見る、善と悪の二択を迫る心の中の存在。


いつも僕の悩みを解決しようと意見を出してくれるが、結局最後は二人で口論するだけで何の解決策ももたらしてくれない。


さすがの僕も、これが僕の妄想が作り出したモノだと思うと鳥肌が立つ。


『で、今日はどうしたんだよクソガキ。いつにもましてイライラして』

「ついに自分の妄想に悩みを聞かれる時が来たか。僕も来るとこまで来たな」

『うるせーな、早く言えよ』


姿かたちこそ見えないが、まるですぐそばにいるかの如く明朗に声が聞こえる。

そりゃそうだ、妄想だしな。


『口に出すだけで気持ちが軽くなったりしますよ』

『解決はしねーけどな』

『することもありますし、口に出すこと自体が解決策だったなんて可能性もあります』

『だとしたらそんなことで悩むなよ、下らねーな』

「わかった、わかったよ! 言うからちょっと静かにしてくれよ」


はぁ、一人で何やってんだろ僕は……。


僕は深いため息をつき、最近会った出来事を少し声に出してみた。


「実は今日さ、委員会決めがあったんだ。二年の四月だからね。僕さ、文化祭実行委員になったんだ」

『おお、陽キャやん』

「違うんだ、勝手にされたんだよ。確かに実行委員系はすごく人気があるんだけど、文化祭実行委員だけは異常に働かされる上に毎日居残り、話し合いのまとめ役にもならなきゃいけない。陽キャ連中もやりたがらないブラック委員会なんだよ。それを無理やり押し付けられて……。あいつら、僕が強く出られないのを知っていて」


今思い出しても腹が立つ。

一軍のやつらがへらへらしながら僕の名前を黒板に書き散らすさまを。

歯ぎしりが止まらない。


「それだけじゃない。昨日はロッカーの中にゴミが詰められてたし、おとといは教科書取られたし、その前はガムテですね毛はがされて、その前は……」

『いや、もういいわ』


僕の不幸話は悪魔すら引かせるらしい。


「でもいいんだ。僕は他のやつらより大人なだけなんだよ。僕はあっち側に立ったって何にも楽しくないし、それに僕が我慢すれば、ほ、ほかにつら、つらい人も、でき、でき」

『悔しいのですね』

「グスッ、うっ」


僕はゆっくりと首を振った。


当たり前だろ。

誰が好きでいじめられるって言うんだ。

本当はぶち殺してやりたいんだ、あいつらなんか。


『そうですか。では、あなたにその機会を与えましょう』

「は? うわっ!」


次の瞬間、部屋の中を強烈な光が覆った。

まばゆい黄色の閃光が鮮やかに室内をペインティングする。


「さぁ、顔を上げてください」


僕はとてつもなく嫌な予感がした。

いや、もしかしたら天使の福音だったのかもしれない。


ゆっくりと顔を上げると、そこには二人の女性が立っていた。


一人はすらっと背が高く、白いはごろもを羽織っている。

茶色い髪を内巻きにしたミディアムヘアと白い肌が見事にマッチし、全身から神々しさがあふれ出ている。

優し気な目と柔らかな表情、両目の下の涙ボクロとやわらげな胸部が妖艶さを引き立てる。


その隣には紫がかったボブカットの毛先を遊ばせ、真っ黒いワンピースを着た死んだ目の乙女が頬杖をつきながら片膝を立て、地べたに座っている。

一人目の女性とは違い、何かとげとげしい雰囲気を漂わせている。

あと胸部は薄い。


「おい、失礼なこと考えてるだろ」

「え! いやいやいやいや!」

「しようがないことです。彼女の胸の小ささは天下一品ですから。誰だって驚くでしょう」

「どうやらぶち殺されたいようだな」

「ちょっ、ちょっと待って!」


現れた途端ににらみ合いを始める二人。


というかなんだ?

これは一体何なんだ?


「ま、待ってよ! 突然僕の部屋に現れて、な、なんなんだよ君たち!」


二人は顔を見合わせ、ため息をつく。


「私たちはあなたの中の天使と悪魔」

「正確には全然違うけどな」

「あなたの人生を手助けするためにこの世に舞い降りたの」

「ほんとは暇つぶし」

「やられっぱなしは美徳ではありません。あなたの人生を変えていきましょう」

「倍返しってやつ?」


「よし、病院行こ」

「ステイ」

「なんだよ、今から僕は精神科に行くんだ」

「ストレス疾患なら心療内科だぞ」

「えっ、そうなの? じゃなくて、こんなにくっきり、はっきり、幻覚が見えてるんだ。声も聞こえる、実物にしか見えない!」

「終わってんな」


その通りだよ。


「まあまあ、明日になれば分かりますから」










そして時間は最初に戻る、というわけだ。


なんだあむとモルって。


誰だ。


そんな名前だったのか。


天使と悪魔じゃなかったのか?


つーかどうやって入学したんだ?


いきなり同級生だし……。


頭の中が様々な思いと、複雑な感情で支配され、複数の考え事を並行して処理しているようでその実何も処理できていない。


自己紹介を終えた二人がゆっくりと僕の横にくる。

そして天使、いや白井さんが耳元でフッとささやく。


「ねっ、現実でしょう?」


今までたくさんひどい仕打ちを受けてきた僕だが、この時ほど背筋が凍ったことはないだろう。


彼女のほほえみはどこか冷たく、死人が笑ったような不気味さを感じさせたのだ。


傍から見れば確かに美少女だ。


『今日くらい勉強しなくてもよいのです。あなたは毎日頑張っています』

『今日サボったら明日もサボるぞ。そして唯一の長所も失われるんだ、残念だな』

『一日休んだくらいで失う長所は長所とは言いません。彼の勉学に対する思いはそんなものではないでしょう』

『だったら今日もやれ』


でもこの二人。


『おつり、多く受け取ってしまったんですね。でもしようがありません。気付いたのは店を出てからなのですから』

『出てすぐなら、返せるだろ』

『相手のミスでもあるんですから気にしなくて構いません』

『そうそう。お前が今悩んでんのはこの金返せば自分の罪悪感減るかなーってことだから。それなんて言うか知ってる? 偽善者』


僕の頭の中にいた時は。


『つらかったですよね。身に覚えのないことで怒られるなんて。でもあなたはよく耐えました』

『反撃する勇気無し』

『あなたの心が寛大だからできたことです』

『理不尽を跳ね返すには抵抗しなきゃだぜ? ガンジーしかり、らいてうしかり。暴力に出なかっただけ、抵抗する姿勢と勇気は不可欠なんだよ』


事あるごとに口論していた。


『親がいない環境は確かにあなたの人生に負の影響を及ぼしましたね。しかし、世界にはもっと恵まれない人たちがいます。あなたは何不自由なく生きられるのですから、これは恵まれたことです』

『世界と自分は関係ないよな。だったらなんで毎年毎年自殺者が出るんこんだけ出るんだって話。やたらでかい規模の話を持ち出してくる奴はうそつき。これマメな』

『五体満足、金銭的余裕、教育が受けられる環境、これ以上に何を望むのでしょう』

『だから何だって話だよな。こういう奴が人を鬱にするんだよ。おー、こわ』


確かに彼らは正体がわからないし、不思議な力で僕に何かをもたらしてくれるのかもしれない。


『生きててえらい! 素晴らしい!』

『そうかもね。生きててえらい』

『言葉に棘を感じますが』

『皮肉だからね』


それでももし二人が、僕の知っている二人が具現化したというのなら。


『あなたの努力はいつか報われます。来る日のために研鑽を積みましょう』

『頑張ってるやつに限って報われなかったりする』

『しかし頑張らなければ何も為しえません』

『成功したやつしか言えないセリフキタコレ』


もしこんな奴らに強大な力が備わっているのだとしたら、僕に復讐を望むのだとしたら。


『いいのですよ。一人くらい殺したって」


「おしまいだ……」


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