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第九話 アミュロン

 鐘が鳴ってから半日が経ち、持ち場は交代となった。

 結局、戦闘に参加したのは、わぁと咲々音と十六夜の三人だけだった。


 気絶したまま目を覚ますことがなかった初衣は、音苑に看病してもらっていた。

 看病とはいっても、音苑はゲームをしながら片手間に様子を見ていただけだけど。


 育文はこの世界のことが気になるのか、ゴブリンの対処法から始まり、最終的には子供の遊びの種類まで、片っ端からスリマールに質問していた。

 スリマールが草臥(くたび)れているのを見ると、大量の質問があったことは明白である。


 霊螺は皆に時々話しかけたり、スリマールに質問していたものの、特に目立った行動は起こさなかった。

 ただ、スリマールに魔人を解体する場所を聞いていたのが気になった。

 恐らく、ギフトの[骸骨生成]に関わることなのだろう。



 仕事が終わったわぁ達は兵士と共に、食堂へ向かう。

 基本、昼食はないため、持ち込みはできるが、そんなに量は持てないらしく、全員食堂に殺到する。


 いくら兵舎事に食堂があるとはいえ、流石に全員が座れるほどの場所はないので、部屋での食事になるそうだ。

 その分、おかわりは自由。


 まあ、わぁ達は肉料理は相変わらずゴブリン肉だったので、魚をメインに食べた。



 ※※※



 夜、寝る前になって音苑が部屋を尋ねてきた。


「ちょっといいか?」

「大歓迎だよ」


 話を聞くと、音苑のギフト[商品売買]についてだった。

 通信販売みたいなもので、購入したいものを一覧から選ぶとこちらに一瞬で届き、販売したいものを専用の箱から入れると、一瞬で売れるらしい。

 売買の際に必要になってくるのが、そのスキル内のみでの通貨である〇。

 円とでも丸とでも読めるので、音苑は円と読んでいる。


「結構便利そうだけど?」

「人身売買できる上に、核兵器とかも買いたい放題なのにか? 〇はかかるが手に入れられないことはない。遊鈴は10億〇だな。」

「結構いい値段? お願いだから売らないでね。いまいち価値が分からないけど」

「全宇宙のこのギフトを持った者達によって、市場が築かれているから、どの世界の通貨を持ってしても価値は計れないだろうな。なんせ住んでいる世界が違う」

「未知の物とかたくさん売ってそう。参考までに人って何〇くらい?」

「人によって価値が違う。1〇の死にかけのやつもいれば、1兆〇の遊鈴以上の才色兼備が揃った救世主立っている」

「なんで救世主が売られてるんだろうね」

「さあな」

「ゴブリンは売れないのー?」

「生きたままならむしろこっちが〇を払わなければ引き取って貰えない。解体すれば10〇程度の価値はつく」

「高く売れるのは?」

「俺らでも手にできるとなると、新鮮な死体か」

「急に物騒になってきたねー。まあ、それは後で考えるとして、音苑自身は武器になりそうなものはある?」

「日本なら銃と答えられたんだが、魔物には効かないよな。いや、魔銃もある。魔力を伴ったレーザービームもあるな」

「魔器もあるよね」

「あるがそこそこするぞ。兵士に配るのはやめておけ。〇が足りないし、利用されるのがオチだ」

「まあ、そのあたりは音苑に任せるよ」

「何か欲しいものはあるか? 対価は払ってもらうが」

「個人的な要望としてはトラックが欲しい」

「遠征か?」

「うん。まあ、トラックで行ける場所かは分からないけどね」

「そうだな」


 音苑はあっさりと部屋から出ていく。

 ギフトをわざわざ教えてくれてたことに感謝するけど、要注意人物にもなってしまった。


 わぁは寝転びながら、[商品売買]について考えていたら眠れなくなってしまった。


 夜風に当たろうと窓を開ければ、周りの様子を伺う人影が。

 気になったわぁは、こっそりと兵舎を抜け出し、こそこそしていた男の元へ向かう。


「ねぇねぇ、お兄さん。どうしたのー? そんなに人の目を気にして」

「おわっ! ……なんだ、英雄様かい。なんでもねえよ。英雄様は明日から本番だろ。今日はゆっくり休みな。あばよ」


 男から出ているもやもやは薄い赤色。

 急いで立ち去ろうとしている男を、わぁは尾行する。


「英雄様。寝床はこっちじゃねえよ」

「ありゃりゃ。もう見つかっちゃった」


 本職の兵士には、わぁの初めての尾行はあっさりバレるか。

 しかしここで引き下がるわけにもいかない。

 この兵士が行く場所は、わぁの快楽中枢を刺激してくれそうな予感がするのだ。


「子供が遊びに行くところじゃないんだ。勘弁してくれ」

「えー、けちー。行き先教えてよー」


 わぁは兵士の腕に抱きつき、上目遣いで懇願する。

 さっきからわぁのショートパンツから覗く太腿をちらちらと見ているから、効果はあるだろう。


「分かった分かった! 教えりゃあいいんだろ。娼館だよ娼館! 女が行く場所じゃねえんだよ。分かったなら、さっさと帰れ」

「わぁは男だから興味あるんですー。とっとと連れてい行きやがれですー」

「はぁ!? 男だとっ!?」


 兵士は、わぁを上から下までじっくりと見定めると、鼻で笑った。


「嘘ついてまで行きたいってんなら連れてってやるよ。こっちだ」

「お兄さん、ありがとー」


 わぁの腕を振りほどいた兵士は、兵舎と兵舎が入り組んでいる細い道を通って、地下への階段を下りる。


 別世界だった。

 眩い光に目を細め、人の喧騒により気分が強制的に盛り上がる。


「どうだ? ここには酒も金も女も全部揃ってる。まさにこの世の楽園だ」

「おおー!」


 地下とは思えないほどの大規模な大人のアミューズメントパーク。

 手前の方では酒場で、顔を赤くしながらだべっている人や寝込んでいる人、腕相撲している人など各々で楽しんでいる。

 奥の方では、賭事らしきことを開催しており、一喜一憂する様子が見えた。

 さらに地下へ続く階段付近では、露出の多い衣装を着た女性が、男性の腕に抱きつきながら、階段を下りていく。


 いずれにせよ、人類が滅亡寸前であるということが信じられない光景である。


「じゃあ、適当に楽しめよ。俺は俺で楽しんでくるからな」

「あっ、ちょっ!」


 わぁが引き留める間もなく、兵士は階段を下りていった。


 わぁは置き去りにされ不満に思いつつも、あっちへこっちへふらふらと彷徨い歩く。


「嬢ちゃん! こっち来て酒()いでくれねえか?」

「いいよー」


 酒の場に入って行ったら、速攻で声を掛けられた。

 こっちも色々聞きたいことがあるから、良い機会だ。


 樽が真ん中を占めた木製のテーブルに、三人の男が身体をふらふらさせながら、目線はわぁの太腿に集中している。


 わぁは酒をジョッキに注ごうとしたが、肝心の酒瓶がない。

 もしかしてあの樽の中だろうか。

 背伸びをしてなんとか樽を覗き込んだ。


 樽の容量の半分以上入っている酒に、お玉が沈んでいた。

 お玉で酒を掬って注ぐのだろう。

 それがわかったところでわぁの身長では、お玉まで手が届かないわけだけど。


「俺が持ち上げてやろう」

「わわっ」


 有無を言わさず脇を持ち上げられて、お玉に手が届いた。


「嬢ちゃん、胸が無いわりにはいい弾力してるな」


 持ち上げられた手の指でさわさわと動かされ、鳥肌が立つ。

 そもそも男の胸筋触ってそんなに嬉しいか。


「胸と尻はイマイチだが、顔は完璧だし、太腿のモッチリ感は気持ちよさそうだ。もう少し脂が乗って欲しいとは思うが、まあ妥協しよう。それで、いくらだ?」

「わぁは娼婦じゃないのー。それにこう見ても男だよ」

「男? 男か」


 テーブルを囲んでいる三人の男は仕切りに頷いた後、盛大に吹き出した。


「そのなりで男っていくらなんでも無理があるだろ!」

「ガチならこの世の大半の女が絶望しそうだな!」

「男ってんなら裸になって見せろよ」


 わぁは、男達が好き放題に言いまくるのを聞き流しつつ、持ち上げられたまま、お玉でジョッキに酒を注いでいく。


「わぁの性別がどうであれ、わぁはここに遊びに来たんだよ。だからここのルールとか教えて欲しいなー。あの階段を下りるのは無理だけど、こうやって話すのは大丈夫だから、いっぱいお話しようよ」

「お触りはっ!?」

「いやらしくなかったらいいかな?」

「あっ、手が滑った」

「おしりはダメだってばー」

「見せつけるのはあり、と」


 そう言って急に脱ぎ始める酔っ払い。


「なしだからー!」

「酒っ!」

「うわっ。もう飲んだんだー」

「当たり前だぁ。俺は酒豪だぞぅ」

「ぶはは! 真っ先に酔ってるやつが何言ってやがる」

「嬢ちゃんこっちも! ついでに名前も」

「遊鈴だよ」

「ユーレイちゃーん! 500イーマでどう!?」

「だから娼婦じゃないから、酔っ払いどもー!」


 わぁは酒を注ぐ度に持ち上げられる。

 恐らく、こうやって持ち上げて胸を触るまでが酒を注がせることの一連の流れなんだろう。


「ユーレイちゃーん! 女の子にモテたいー!」

「髭を剃れ、髪を整えろー。猫背になるなー。いやらしい目を表に出すなー」

「めんどくせぇなぁ。もっと簡単か方法教えろよ! 催眠とか」

「楽な道に逃げるなー!」


 言い合いながら、なんとか会話の主導権を握ろうとするわぁ。


 しかし、中々制御出来ず、この地下のルールや遊び方を聞き終え、外に出た頃には、山から朝日が顔をのぞかせていた。


 わぁは兵舎の間の道をふらふらと通りながら、やっと泊まっている兵舎に着くことが出来た。

 夜更かしは美容の敵なので、あまりしたくはなかったのだけど、今回ばかりはしょうがない。

 地下施設『アミュロン』の営業時間は二十四時間体制らしいので、夜更かししない程度にまた行こう。

 ルールを聞いただけで終わってしまったのがなんとも悔やまれる。


 わぁは兵舎の部屋まで辿り着き、そのままベッドに倒れ込んだ。




 ※※※



「遊鈴さん! 朝ですよ!」

「んー」


 ドアを叩く音で意識が浮上する。

 わぁは鉛のように重い瞼を動かして、凝り固まっている身体を解す。


 そしてそのままベッドに横たわり目を閉じた。


「失礼しまーす。遊鈴さん、遊鈴さん。もうみんな食堂に行ってますよ」

「あー、ごはんー。でも、ねるー」


 咲々音に肩を揺すられるも、朝帰りした体は少しも動こうとはしない。

 酒を飲んだせいもあるのだろうけど。


「昨日と同じ時間に貴防壁に集合ですから、遅れないでくださいねー!」


 ドアが閉まる音がし、再び意識が落ちていきそうになるが、寸前で留まる。


「仮でも団長が遅れるのはまずいよね」


 ベッドの上を転がり落ち、メルキュテルムを装飾品にして装着しながら、タイヴェールを引き連れ、ふらふらと食堂に向かって歩いていく。


 昨日水浴びしてないから臭いかな。

 顔も洗ってないので、兵舎内にある井戸に寄り道した後、食堂に入る。


 わぁの倍くらいの皿に料理を取っていく。

 基本的にバイキング形式だけど、二回目に取りに行くのはいけない。

 居座られても食べ続けられても、食料にそこまでの余裕がない今、非常に迷惑なための処置。


 皿の半分にも満たない量をのせたわぁは、空いている席を探す。

 咲々音達はもう食事を終えて、返却口に戻しているから隅っこの方で食べるか。


 いや、それはちょっとつまらない。

 どうせなら、さっきからこちらに強い悪感情を抱いている三人グループに混ざることにしよう。


「この席空いてるー?」

「ああ? 英雄様かよ。悪いがそこは空いてねぇ。別を当たってくれ」


 もやもやを見る限り嘘だろうが、万が一にも嘘をついていない可能性も考慮して、隣のテーブルから断って椅子を持ってくる。


「邪魔するよー」


 断られる前に強引にお皿のスペースを確保すれば、上司に向かって今から退けとは言い難いだろう。

 余計嫌われるかもしれないが、こうでもしないと何も話す機会がないだろうし。


「わぁねー、昨日アミュロンに寄ったんだけど、賑やかで楽しいところだね。今日も戦争後に行くから一緒に行かない?」


 同じテーブルの三人とも無視し、黙々と食事を取り続けている。


「君達って兵役何年目? わぁは入ったばかりで右も左も分からないから色々教えて欲しいなー」


 もやもやが濃くなった。

 苛立ちが増している。

 ……焚き付けた方が早いな。


「ベルグも酷いよねー。こんな素人に仕事押し付けるなんてさー」


 我慢の限界がきたのか、胸倉を掴まれた。


「黙って聞いてりゃあ、ごちゃごちゃとうるせえんだよ! ベルグ五千人長がどれだけの思いでその座を見ず知らずのやつに明け渡したと思ってるんだ! それをアミュロンに遊びに行った挙句、何も分からないだと! 冗談も大概にしろよ、この糞ガキがァっ!」

「さすがに不味いって」

「気持ちは分かるけど落ち着けよ」


 怒鳴り散らしている人に、他の二人がかりで宥めにかかるが、一向に止まる気配がない。


「その舐め腐った態度も腹が立つ! お前がとっとと死んでくれれば、またベルグ五千人長が戻って元通りになる!」


 わぁはメルキュテルムの一部を針の形にし、いつでも攻撃できる準備を整えておく。


 この人の地雷源はベルグか。

 尊敬しているのだろう。

 悪いことをしてしまったけど、五千人長の席を取ったことにわぁの責はないのだ。


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