第六話 期待を背負わされるパレード
馬車が待機していたところは、城の入口から正門に繋がる石畳の道から少し外れた芝生の上。
城の周りにある庭として丁寧に管理されていたようだけど、人力車の車輪で踏みつけてよかったのだろうか。
それに車夫も居心地が悪そうだ。
「聞いてはいたけど、馬車じゃないんだ」
「この国に家畜はいないらしいからな」
咲々音の呟きに、律儀に答える厨二君。
「よく知ってるね」
「伊達に本読んでたわけじゃねえよ」
厨二君は照れくさそうに目を背けた。
他の人には当たりが強いわりに、咲々音と会話する時だけは得意げになる。
感情が見えるわぁじゃなくても、咲々音のことをどう思ってるかわかりやすい反応だ。
当の本人は気づいていなさそうだけど。
「第六兵団の英雄殿と勇者殿はこの人力車にお乗り下さい」
ここに集まっている人力車は二種類に分けられている。二人用と、七人用だ。
二人用の方は、木製でできたリアカーである。
七人用の方も、二人用と構造に大した違いはなさそうだけど、取っ手のところが三人分あり、飾り付けがとにかく派手。
乗るところには赤い敷物が敷かれており、人力車の側面には宝石で彩られている。
わぁ達が乗れとベルグに言われたのはド派手な七人用の人力車。
座席は一番前に一席あり、その後に二席ずつが三列並んでいる。
わぁは一番前の席に座らされた。
残りの席はわぁのグループで埋まる。
他の七人用人力車も同じように、先頭に英雄を、他の座席に勇者を座らせていた。
「すみません。失礼ながらお名前はユーレイ様で合っていますでしょうか?」
「うん。合ってるよ」
「ありがとうございます。後ろの方も、お名前を伺いたいのですが」
「藤下音苑」
「僕は山本育文です」
「山田霊螺よ」
「御厨十六夜だ」
「私は水島咲々音です。こっちの寝ているのが火野初衣です」
「ご協力ありがとうございます。第六兵団の方は入場が最後になりますので、少々お待ち下さい」
誰か分からないまま答えてしまったが、耳に残る声だった。
鎧を着ていたから、兵士だと推測できるけど、その割には強そうに見えない。
「あの者はスリマール。私の副官です。これから会う機会も増えるでしょうから、以後お見知り置きを」
「渾名はスリムだったり?」
「よくご存じで」
ベルグの副官か。
腕が立つのか、頭が回るのか。
魔法がある異世界で見た目は当てにならないようだし、情報も少ない。
ただ、少なくともわぁと同じで筋肉がつきにくいタイプなんだろう。
話しが合いそうな気がする。
それはそうと、これから何をするのか気になる。城の敷地内で豪華な人力車に乗り込み、正門を出る時には順番があり、勇者が戦場に行く前にやることといえば何となく思い浮かぶものはある。
「ベルグ。出陣式でもやるのー?」
「その通りですが、如何されましたか?」
「予め言っといて欲しいんだけど」
「それは申し訳ございません。英雄殿なら察しがついているとばかり」
「心の準備ってものがあるのー」
「英雄と呼ばれるからには泰然自若な態度で居てもらわないと困ります」
うぎぎ。
サラッと流しやがって。それが大人の余裕ってやつかコノヤロー。
歳をとっている人は、感情が変化がなだらかになっていくから、ムキになりにくい。
だから、突っかかってもこのようにさらりと受け流されてダメージをおわされる。
「出陣式のパレードが始まるようなので、正門を出た瞬間からご起立ください。出来れば、国民に手を振っていただけると幸いです。私は持ち場に着きますので」
ベルグとスリマールは二人用の人力車に乗るようだ。
「遊鈴さん。ずっと気にはなっていたんですが、その左手に持っている筒の中に入っているものはなんですか?」
待っている間暇だったのか、わぁの後ろに座っている育文が水銀もどきのメルキュテルムに目をつける。
てっきり誰も謎の液体を疑問に思わないから、珍しいものではないのかと思った。
「武器かな」
「確かに人に飲ませたら殺せそうですもんね」「飲んでみる? 意外と美味しいかもしれないよ」
「そんな事言われても、飲みませんから!」
「残念。わぁは飲むけどねー」
筒の蓋を開け、メルキュテルムのほんの一部を掬い、口に入れて飲み込む。
メルキュテルムは喉に浸透し、頭の方へ入り込もうとしている感じがする。
「な、何してるんですか!?」
「遊鈴さん!? 早く吐き出してください! ペっですよ、ペっ」
「どんな味なのかしら?」
育文と咲々音は常識人だけど、咲々音に幼児扱いされるのは納得いかない。
何の理由も無しに飲み込まないって。
「金属味だね。美味しくはないかなー」
「そう。飲み物は美味しいものに限るわ。フフフ」
二人とは反対に、心配せずに味を聞いてきた霊螺。
美味しかったら飲む気だったのだろうか。
わぁが飲んだのは、この武器の所有者の登録とメルキュテルムを操作する為である。
宝物庫にあったメルキュテルムの説明書には、飲み込むだメルキュテルムの一部は脳に張り付き、脳からの信号を受信して操作できるようなるとの記載があった。
「えーっとこうやって操るのかな?」
「遠隔で粘土を捏ねているみたいだな」
「感覚はそれに近いかなー。頭の中で捏ねている感じだよ」
メルキュテルムがうねうねとスライムのように変形する。
しかし、なかなか思い通りの形には出来ない。
分裂させたり、固形化させたり、空中に浮かせたりすることも出来たけど、実践するにはまだまだ要練習といった感じか。
武器といえばもう一つ。
着替えた際にポケットから入れ替えたタイヴェールもそろそろ試してみないといけない。
登録方法は確か、レンズが埋め込まれている所を目に近づけるのだったか。
虹彩認証かと思いきやいきなり眼球に何か射出された。
「わわっ」
目を覆うようにして広がっていく感覚。
わぁが同様している間に、タイヴェールは独りでに動き出し、もう片方の眼球にも同じものを射出した。
「さっきから何しているんですか」
咲々音の冷めた声。
傍から見たら、わぁは危ないものを飲み込むで、よく分からないものを目に入れている変人だ。
自覚はあるけど、この武器の登録方法なんだからそんな目で見ないで欲しい。
無事所有者を登録できたタイヴェールを早速使ってみる。
視界を切り替えるように意識すると、わぁの視点からタイヴェールのカメラ視点に移る。
うんうん。いつも通りの儚げな美少女顔がくっきりと見える。解像度問題なし。
パレードが始まる前にボールを上空に飛ばす。
観客から点のように見える位置まで。
これで色々面白いものが見えるかもしれない。
「これは当たりかな」
結局わぁが使ったことない武器を選ぶしかないなら、誰も使ったことがない武器を選んだのは間違いじゃなかった。
どの方角を向き、どのくらいの速度で、どの辺を映し出すのか、全て意識したら思いどおりになる。
くるりと回転させたら、城が見え、海が見え、細長い塔が見えた。
「何あれ?」
「角笛だと思いますけど」
「ごめん。そっちの話じゃない」
今、タイヴェールの視点だから、わぁの視点先で角笛を持った人がいても見えていないのだ。
それよりも細長い塔が見えたが、塔というには細長すぎるし、上端部分が高すぎて果てが見えない。
天国に繋がっていると言われたら、納得しそうな程だ。
「そろそろ始まりますよ」
育文の声で、タイヴェール視点からわぁの視点へと意識を戻す。
「開門!」
角笛が鳴り響くのと同時に、正門がゆっくり開いた。
人力車が通る道の脇に観客が大勢いる。
ほぼ女性。男性は戦場にいるのだろうか。
まだ正門から出てもいないのに騒がしさがここまで伝わってくる。
第一陣は武王のところから開始された。
正門を出た瞬間、歓声が響き渡る。
武王の後を盗賊、アルテ、シャルちゃんが続き、最後にわあの順。
先にベルグとスリマールが乗っている二人用の人力車が正門に向かい、わぁ達が後に続く。
「第六兵団五千人長の英雄、遊鈴様。並びに勇者様のご登場ー!」
わぁは立つ。
石畳の上を走っているとは言っても、立ってしまうと、バランスをとるのに一苦労。
勿論、サービス精神旺盛に両手をぶんぶん振ってわぁの存在をアピールする。
「うわー、有名な遊園地のパレードの規模までは行かないけど、それに近いものがありますね」
「わぁからすれば凄い多さだよ」
「幽霊は田舎モンだったのかよ。はっ」
「御厨君! 人を馬鹿にするのはいけないから」
「……わあったよ」
「全然気にしないから大丈夫」
大人数の歓声で声が聞き取り辛いが、耳には届く。
「うわわ、凄い人の数。よく遊鈴さんは堂々と手を振れますね」
「これから先、長い付き合いになっていきそうな人達だからね。せめて親しみを持って頂かないと」
「追い詰められてるからもっと暗い表情かと思っていたんだけど」
「生活に必要な最低限のものは揃ってるんじゃない」
「海が近いから魚が取れるんだろうね」
「家畜がいないから肉はどうしてんだろうな」
「魔物の肉とか?」
「人型だったら最悪だな」
「人を食う魔物と、魔物を食う人か」
咲々音は観客に軽く手を振っており、育文は何故かぺこぺことお辞儀をしている。音苑は座りながらゲーム。十六夜は足を組みながら咲々音の横顔をじっと見ていた。
観客の歓声に耳を澄ますと内容が聞こえてくる。
「英雄様ー!」
「勇者様ー!」
「人類をお救い下さい!」
「敵をいっぱいやっつけてー!」
「人類に栄光を!」
「こっち向いて!」
「英雄様達は美男美女揃いだな!」
「先頭の方から凄いオーラを感じるぞ!」
盛り上がり具合が凄い。
これいつまで続くのだろうか。
視点を切り替え、タイヴェールから見る限り、今後わぁ達が拠点とする貴防壁まで続いている。
流石に、長時間立ちっぱなしで手を振り続けるのは骨が折れそうだ。
人々の歓声を聞く度に、わぁ達が人類最後の希望であるということを実感した。
貴防壁の手前まで来た頃には、時々跳ねる人力車の上でバランスをとるのに、筋肉を使い、疲労していた。さらに、人の期待による重圧で精神も疲れきっていた。
流石に反発心旺盛な十六夜も座席にもたれかかって動かない。
わぁは手を振り続けていたこともあって、手も足ももう動かせない。
「お疲れ様でした。人々に希望が宿ったことだと思われます。このあとの日程は特にございませんので、兵舎でゆっくりお休みになられてください」
ベルグの言葉でそれぞれがのろのろと動き出そうとする。
しかし、あの大歓声の中も目を覚まさなかった初衣を背負おうとした音苑は足が限界なのか背負ったまま動かない。
それに見兼ねたベルグが代わる。
初衣が米俵を担ぐように持たれた。
「もう少し鍛えて欲しいのですが。こちらです」
見えてきたのは二階建ての石材を用いた屋敷。
兵舎というには少し小さい気もする。
周りを見渡せば、そこら中に似たような兵舎が建っているので、兵士が寝泊まりする場所を数で補っているようだ。
「この建物の二階が英雄殿と勇者殿と副官である私の部屋となります」
階段を使い、二階へ上がったわぁ達にベルグが早口で説明する。
「私はこの部屋ですので、ご用がある時はこちらに来てください。余っている部屋はご自由にお使いになられて構いません。詳しい話は後で部下にやらせます。では失礼します。あとは頼むぞ」
初衣を音苑に預け、ついてきていたスリマールに命令した後、東側の一番奥の部屋に入っていった。
「はい。お疲れでしょうから、ひとまずお部屋でお休みになった後、夕食の支度が御座いますので、出来たら呼びに行きます。」
引き継いだスリマールも現時点で用がないからか、お辞儀をとるのにした後、去ってった。
さて、余っている部屋が西側に五つ、東側に四つあるわけだけど、誰をどの部屋にするべきか。
「まず、初衣ちゃんの部屋を決めようー」
「俺はこの部屋だな」
「御厨。なんでお前が勝手に決める」
「はっ? こんなの早いもん勝ちだろ」
「御厨君。他の人の意見もちゃんと聞かなきゃ」
「ちっ。……ここ使いたいやついるのか?」
それぞれ顔を見合わせるが誰も候補にしない。
「やっぱり勝手に決めても問題なかったじゃねえか。俺は寝る。夕飯になったら起こせ」
十六夜は東側の部屋へ。ベルグから一部屋空けた部屋だ。
十六夜の身勝手な行動に育文の機嫌が悪くなる。
「勝手なやつ。遊鈴さんもそう思いません?」
「今は大丈夫だけど、ずっとあのままだったらなにか考えないといけないかもねー」
立場的にわぁが十六夜よりも上になるだから、最低限の命令すら聞いてくれないようでは、集団で危機に陥るかもしれない。
迷惑かけない単独行動は歓迎するけれど。
「御厨君は確かに自分勝手かもしれないですけど、悪い人でもないです」
咲々音は割と十六夜のことを庇っている。まあ、恋愛感情ではなく、クラスメイトとしてだろう。十六夜も報われない。
「もう御厨のやつなんてどうでもいいから、とっとと火野の部屋を決めてくれ。いい加減重い」
初衣を背負っていた音苑が何度目かの音を上げる。
しかし、初衣を重いと表現したことで女性の反感をかったようだ。
「火野さんが寝てて良かったわね」
「初衣ちゃんがショックを受けちゃうでしょ」
「わかった。わかったから早く決めてくれ」
「じゃあ、十六夜君の部屋側を男子が使うことにして、反対側は女子が使うことにするー?」
「いいと思います。山田さんはどこか部屋の希望はある?」
「奥の方がいいわ。何か出そうだもの。フフフ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、初衣ちゃんはこの部屋で。藤下君、あの部屋まで頼めるかな」
「わかってる。なんでゲーマーの俺がこん中で一番力が強いんだ」
「それはごめん」
「ごめんねー。その代わりどこの部屋がいいかは選ばせてあげるよー」
初衣を部屋に放り込んできた音苑は、十六夜の部屋と一部屋空けた一番手前の部屋に入ってった。
「遊鈴さん。僕、あの部屋でいいですか? ベルグさんと御厨の間の部屋には行きたくなくて」
「いいよー。わぁが立場上一番ベルグと話すことが多いだろうし」
「ありがとうございます。なんか押し付けたみたいでごめんなさい」
「宿舎で、精神疲労されたら困るからねー」
育文は音苑の隣の部屋へ。霊螺はいなくなっていた。
部屋に入ったのだろうけど、いつの間に。
「気を使ってくれてありがとうございます。私、グループのリーダーが遊鈴さんで良かったです。他のグループのリーダーは怖そうだったり、恐れ多かったりしたので。これからもよろしくお願いします」
「こっちとしても、十六夜君の行動を唯一止められる人がこっちに来てくれて良かったよ。長い付き合いになるだろうから、気楽によろしくー。じゃあまた夕食の時に」
「はい」
気遣いができる咲々音が西側の部屋に入るのを見た後、わぁも暫く自分の生活空間となる部屋へ、ドアを開けて踏み入る。
ベッドがあり、机があり、椅子があり、観音開きの木製の窓がある。逆に言えばそれだけ。
窓を開けて、飛ばしていたタイヴェールを戻す。
メルキュテルムはパレードが始まってからは、操作する余裕がなくなり筒にしまっていた。
改めて取り出して見ても、武器には見えない。
粘土みたいに変形できるとはいえ、念入りに作っているように構築までの速度が非常に遅い。
高速化しないと実践では使えないような気がする。
それに分裂させることもできるけど、このふたつを違う形にしようとするのは難しい。
左右の手で違う絵を書く感じだ。
今のところこの水銀もどきの特徴は、変形できる。宙にも動かせる。硬い。頭を使うのは変形時と動かす時。
これを実践する時までに、なんとか使えるレベルまでにしておきたい。
とはいえ、こちとら都会生まれ田舎育ちの戦闘経験皆無のひ弱美少女風男の娘だ。
ここで練習したところで本番ビビって、何も出来ないということが十分有り得る。
しかし、召喚された英雄がそんな姿を見せるのはさすがにまずい。
国民に示しがつかないし、高校生達にも今後信頼されなくなる恐れがある。
ひとまず、夕食まで時間があるから練習しておこう。
わぁがベッドの上に寝転がりながら、タイヴェール視点で、床にばら撒いたメルキュテルムを、遠隔で一箇所に集めるという練習をしていた途中で、スリマールが夕食であると呼びに来た。
わぁがいる兵舎には食堂がないらしく、街まで戻って外食をとるか、兵士用の大食堂でお腹を膨らませるらしい。
わぁ達は一年間の衣食住の保証ということで、大食堂の料理は無料。
当然、そこで食べたわけだけど、わぁ達は食べ過ぎた。
無料というのもあったものの、日本でいうところのアメリカンサイズのボリュームで出され、加減を間違えてしまったのだ。
後は寝るだけだったので助かった。
結局、この日は召喚されて食べて寝て終わったのだった。