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第五話 みーてぃんぐ

「まずはこれを見ていただきたい。これは何十年か前に作られた世界地図です。勿論貴重な物であるため、簡易に書き写した代物ですが」


 わぁ達が囲んでいる円卓の上に、海と陸の境界線だけ書かれた地図が広げられる。

 ベルグ=アラガリスは地図の端に載っている、陸とかろうじて陸続きになっている島を指差す。

 円卓よりも大きい地図で、その島は小指程度の大きさ。


「この陸繋島が我々人類の最後の土地、カリタギラです」

「「「「はっ?」」」」

 思わず聞き返さずにはいられない人類の絶望的な状況。

 水島咲々音がおずおずと手を挙げる。


「すみません。質問なんですけど、魔人類の領地はどの辺になるのですか?」

「現在判明しておりません。確認しようがありませんから。しかし、結構な頻度でゴブリンやコボルトがこちらに来ることから、大陸全土を占めていると言っても過言にはならないと思います」

「勝てるのでしょうか?」

「少なくとも英雄殿と勇者殿が召喚される前までは、魔人類に押し込まれないよう戦線を維持するのが精一杯でしたので、勝つ以前の問題です。ここから人類が盛り返すのも絶滅するのも英雄殿と勇者殿にかかっています。むしろ勝てるのかは私が聞きたいですね」

「……そうですか。ありがとうございます」


 全員の空気が重くなる。

 はっきり言ってわぁ達がどうこうして解決するような次元の話とは思えない。

 そんな中、恐らく最終手段として召喚された英雄と勇者にかかる期待は人類の存亡というとてつもなく重いもの。

 嘆いて自殺しても許されるレベルである。


「その魔人類と和解とか、せめて不可侵条約的なものを結べないのか?」

「逆に聞きますが、好んで人間を食べる魔人類と仲良くしたいですか?」

「それは嫌だ。しかし、魔人類側からすれば人間滅ぼしたら、食に困りそんなもんだけどな」

「あくまで好みが人間であって、基本は雑食です。それに、ここを攻めてきている連中は好みを後回しにするという判断ができるほど知能は発達していません」

「……まじか。最初から選択肢は戦う一択しかねえってか」

「ですからお呼びしたのです」


 藤下音苑による提案もばっさりと切り捨てるベルグさん。

 全員から青緑色のもやもやが纒わり付いている。

 しかし、絶望していても事態は変わらない。

 だからこそ、身近な事態を変えるために、現状わぁが一番困惑していることをぶちまけさせてもらおう。


「ベルグさん。宰相様から五千の兵を渡すとか言われたんだけど、わぁは一度も兵を率いたことがないんだよねー。どうすればいいかな?」

「その件で私からもお話があります。率直に言わせていただくと、英雄殿にはお飾りになってもらいます。無闇に指示を出されると迷惑なので。基本、私が指示を出します。それと、立場上部下なので、私のことはベルグで結構です」

「いえっさー」


 なんと刺々しいお言葉だろうか。

 喧嘩売られているのかと勘違いしそうにもなるが、提案自体はそんなに悪くない。

 むしろ、兵法なんて欠片も知らないわぁが率いるよりはだいぶマシだ。


「んー。いいけど、ベルグさ……ベルグが失敗したらわぁの責任になるよね」

「そうですが、逆も然りです。それに責任とはいえ英雄殿を左遷させるほどの余裕はございません。文字通り殉職するまで五千人長をお勤めください」

「うわぁ。ブラック企業も真っ青なやりがい溢れる職場だねー」

「給料は一般兵士の五倍は出ます。勇者殿は英雄殿の采配によりますが」


 そもそも一般兵士がどのくらい貰っているのかも理解出来ていないから、五倍と言われてもよく分からない。

 まあ、それは給料日というものが来た時まで生きていたらまた考えよう。


「他に言っておきたいことはある?」

「基本、英雄殿と勇者殿で1つの兵団と捉えてもらえれば。言ってしまえば遊軍ですね。そちらはそちらで魔人類を仕留めてください。互いに力を把握していない今、分けた方が効率が良いでしょう。後は戦場に移動しながら説明します」

「わぁもそちらの方が気が楽かも。了解です。質問する人いないー?」


「……いないようですので、私は人力車を手配してまいります。準備出来次第また参ります。では失礼します」

 ベルグさんは地図を丸めて颯爽と会議室から出ていった。


 パタンとドアが閉められた後、空間を支配するのは沈黙。

 絶望しているというのもあるのだろうけど、それ以上に積極的に話がしたいっていう子がいないのだ。


 音苑はいつの間にか持ち込んでいた携帯ゲームを真剣にやりこんでいるし、眼鏡を掛けている育文も文庫本を読んでいる。


 前髪で目が隠れている初衣は俯いたまま動かないし、髪の手入れを放置気味な霊螺はボソボソと何かを呟いていた。


 唯一、咲々音だけがわぁと目線を合わせようとしてくれている。


「あの、遊鈴さんって、もしかして青森県出身だったりします?」


 日本出身ですかとは聞かれるかと思っていたけど、何故県名まで特定されているのだろうか。


「そーだけど、なんで分かったの?」

「いえ、一ヶ月前の夏休みに青森に行った友達が『超絶美人の男の娘と写真撮ってもらった』と言ってまして、その写真を見させて貰ったんですけど、ツーショットの片方が遊鈴さんに似ていて」

「あー、やたらしつこく、わぁとのツーショットを撮りたがってた女の子いたねー。勢いに押されて撮った記憶があるよ」

「それでその、失礼かもしれないですけど、遊鈴さんって本当に男性の方なんですか? 後、出来れば年齢の方も教えて欲しいです」


 気づけば全員ちらちらとこちらを気にする素振りを見せている。

 そんなにわぁの性別が気になるのか。


「いいよー。歳は19。性別は……触って確かめてみる? わぁ今なにも履いてないから、触ればわかるよ」


 貫頭衣を少し捲り、軽く煽る。

 それだけで、咲々音の顔に朱が混じる。


初心うぶだねー。まあ、知っての通りわぁは男だよ。うーん、女の子の生着替えを直接拝めなくなっちゃった」

「何考えているんですか!? えっちはダメですよ!」

「そういうのに興味が湧くお年頃だから。そうだよねー、そこの少年諸君?」


「ここでこっちに振らないでくださいよ!」

「ふん」


 育文はズレたメガネを直しながら、慌てた様子で必死に弁明している傍らで、音苑は鼻息一つで相手にせず。

 行動ひとつとっても性格の違いが表れるから面白い。

 ただ、「男だったのか」と呟くように言うのは辞めてほしい。


「確かに骨格は男ね。でも撫で肩とか二の腕の柔らかさとかは女性から見ても別格よ。フフフ」

「ひょわっ! 急に触られるとビビるよ」


 気づけば座っていたはずの霊螺が後ろにいる。

 触られた時の手の冷たさといい、一瞬幽霊がいるのかと思った。

 心臓に悪いからやめて欲しい。


「本当に男性なんですね。それに歳も私達と近くて安心しました。ところでその、着替えなくて大丈夫なんですか?」

「まだいいよ。咲々音ちゃんの初心な姿をもうちょっと見ときたいし」

「すぐ着替えてください! 外で男性の方に見られでもしたら、遊鈴さんがそういう方だって思われますよ!」


 勢いで立ち上がり、わぁの方に前のめりになっている咲々音は感情をあらわにしていた。

 しかし、咲々音がわぁを心配してのことだということが見える・・・から、嬉しかったりする。

 なかなか正面からわぁの行動を注意する人がいなかったからね。


「んー、しょうがないなぁもう」


 円卓の脚に掛けられていたベルでメイドを呼ぶ。


「ご要件はなんでございましょうか?」

「わぁに似合う服を持ってきて欲しいなー。ちょっとこの服は頼りなくて」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 呼んでからドアを閉めるまで1分もたっていない。

 これが王城に住まうメイドの能力か。


「手馴れてますね。実は家がお金持ちだったりしますか?」

「わぁ個人はそこそこ持ってる方だったかな。でも流石にメイドさんは雇ってないなー」

「遊鈴さんって自分で稼いでいたんですね。凄いです!」

「あー、うん。ソーダネ」


 知らない人からの貢ぎ物を換金して、賭け金にしてからギャンブルで稼ぐのにハマってたとは言えない。

 人の感情が見えるお陰で、ほとんど負けないから調子に乗ってしまっていたのだ。

 見た目通りの純粋無垢で儚げな深窓のご令息だから、油断してくれていたし。


「私も自分で稼いで、初任給でプレゼント買って両親に少しでも恩返ししたかったのに」


 今まで明るく振舞っていた咲々音も両親に会えないと改めて実感したのか、頬に涙が伝う。


「……私も、早く家に帰りたぃ」


 俯いているままの初衣の掠れるような声。

 多から少なかれここにいる全員が思っていることだろうが、それを声に出したら再び暗い雰囲気に陥ってしまう。


 わぁは男を手玉に取るのは出来るけど、女の子の涙を拭う方法は知らないのだ。


「ね、ねえ! 僕達、職業とかギフトとか使えるようになったみたいだけど、どんなことができるのか確認してみようよ!」


 育文が本から顔を上げて、空中を指差す。

 女の子の泣き姿を気まずく思った育文が精一杯考えて出した答えが、話題を逸らすことなのだろう。

 早々諦めていたわぁに比べれば、だいぶ上等である。


 それにしても、育文が読んでいた本は逆さまだし、読み始めてからもページ数は全く進んでない。

 しかも、タイトルからしてライトノベルだということは胸にしまっておこう。


「僕の『指定』は、仲間の力を底上げすることが出来るらしい。

 普通、人間の筋力のリミッターって20~30%って言われてるけど、僕の『指定』は仲間に上限無しに引き上げることが出来る。100%でも1000%でも。

 やり過ぎると身体が引きちぎれるみたいだから、やるとしたら基本80~90%あたりだろうね。

 多少筋繊維がズタズタになるかもしれないけど、火野さんが回復術師だし、上手く使い合わせれば怪力集団が出来上がると思う。

 だから、少しは役に立てると思います。……はい」


 尻すぼみになっていった声。

 育文は本を立てて、顔を隠した。


「指定するのはバフつける味方じゃなく、筋力のリミッターってことか。色々使い道がありそうだな」


 音苑は携帯ゲーム機で遊びながらも、耳は傾けていたようだ。


「……ひ、引きちぎられる」

「火野さん!? そこまであからさまに怖がられると傷つくんだけど! 流石に味方に引きちぎれるような制限設けるつもりは無いから!」

「お前は回復術師だからむしろ引きちぎれた部位を治す役割だろ」

「……血、どばー、治す。……無、理」


 初衣は身体がふらふら揺れた後、机に額がぶつかった。


「初衣ちゃん!?」

「あ、気絶した」

「過度のストレスと血に対する恐怖心が引き金になったのかしら?」

「そこに横になれる所があるから、藤下君は初衣ちゃんを運んでくれないかな?」

「はいはい」


 咲々音の指示で、音苑が初衣を会議室の角に設置されている長机に仰向けに寝かせる。


「実際に血を見る前からこうなると初衣ちゃんをどうするか少し考える必要があるかもねー」

「遊鈴さん! 見捨てるのはなしですよ!」

「見捨てないってばー。それにわぁ達も実際に戦争の現場に行ったらどうなるか分かったもんじゃないし、人のこと言えないよー」


 回復術師を見捨てるほど、今の戦力に余裕はない。

 しかし、初衣ちゃんをこのまま連れて行っても役に立つかどうか。

 ギフトがないわぁが偉そうに言えたことではないけど。


 ノックが聞こえた。


「失礼します。衣服をお持ち致しました」

「ありがとう」


 メイドは、わぁに服を渡した後、即座に退出する。


 わぁは左手で持っていた筒に入っている水銀もどきのメルキュテルムを円卓に置き、受け取った服を広げ、着替えようと腰に巻いてある紐を解こうとして、ふと視線に気づく。


「見たいなら、見てもいいよー?」

「出ていきますから!」


 全員がぞろぞろと会議室を出ていく。


 見た目美少女の生着替えシーンだぞ?

 ついているとはいえ、見てみたいものではあるだろう。


「まあ、気遣ってもらったのはありがたいけどねー」


 ボール型武器のタイヴェールもポケットから移し替え、ようやく着心地の悪い貫頭衣からまともな服に着替えることが出来た。


 しかし、若干女性用寄りの服だ。

 ショートパンツはズボンではあるが、男性が履くにしては結構短い。

 客観的に見てみたいが、鏡がない。

 似合っているかどうかは持ってきてくれたメイドのセンスを信じるとしよう。


「入ってもいいよー」

「では、失礼します。人力車の準備が整いましたので、お呼びに参りました」

「あー、ベルグありがとう。一人、閲覧室に行った子がいるから、その子も呼んできてくれない?」

「女中に行かせてますからご心配なく」


 ベルグの後ろからそろりそろりと音苑が初衣のもとへ行き、初衣を背負ってから再び会議室を出ていくのが目に入る。


「只今、シャルル=ブリュレフィア様も人力車にお向かいになられていますので、後続する英雄殿もお急ぎください」

「分かった、すぐ行くー。後、わぁのことも遊鈴でいいよ」

「英雄殿、ご案内いたします」

「……お願いするよ」


 会議室のあった二階から一階へ移動する途中で、厨二君と合流。

 約束と違うと不平不満を言っていたが、咲々音が注意すると大人しくなった。

 音苑が初衣を背負っていたが途中で音を上げ、育文と交代。

 わぁは会話することもなく、王城の内装をぼんやりと眺めていた。


 そろそろ育文も音を上げそうになったところで、王城の入口付近までやって来ていた人力車の待機場所に辿り着く。

 潮の香りが鼻に届いた。

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