第四話 余り者に福はなし
身勝手な男二人のせいで張り詰めている雰囲気をどうにか弛緩させたい。
同時に主導権も握りたいから、声は通るように、遮られない程度には速くを意識して。
「はーい! こんにちは! 遊鈴でーす! 好きな食べ物はしとぎ餅。趣味はトランプとかの対人戦ゲーム。いきなり召喚されてわけわかんないだろうけど、これから末永くよろしくねー!」
いきなりの自己紹介に欠片も反応を示さない一同。
流石のわぁでも無反応は少し堪える。
さっき盗賊らしき男に無造作に掴まれていた少女の姿を見て気分が沈んでいるのは百も承知。
しかし、ここで立ち止まっていては何も分からないまま、時間だけが過ぎていくことになる。
状況が分からない今、それは出来るだけ避けたい。
「男子諸君ー! 下を向いている場合じゃないよー。ここに豊富な肢体を惜しげも無く晒している女性がいるんだから、目に焼きつけるなら今がチャンス! 今ならなんと羞恥心付きだよー! さぁ買った買っふぁぁ……いたい」
「ユーレイぃ? なんで頬抓られてるか分かってるわよね? 良く伸びるから暫く抓っててもいいかしら?」
「ふぁめめふ。ほへんなひゃい」
泣いている少女を抱き留めながら、わぁの頬を引っ張るとは流石シャルちゃん。
わぁは赤くなった頬を擦りながらも、男子の目線がシャルちゃんに向いたことで、空気が弛緩したことを確信した。
わぁは男と思われてなくても、つるぺたすとーんな体型なのであまり視線は向けられない。
でも少し太腿付近に視線が集中しているのは嬉しいやら悲しいやら。
「疑問に思っとったんじゃが、何故お主ら貫頭衣を着とるんじゃ? 趣味か?」
「違うわよっ! 知らないところで気づいたらこの布を着てたの。タイミング悪くて服貸してもらいそびれたし」
見た目は十代前半で、ゆるふわなエメラルドの髪に、理知的な蒼の瞳。そして目を引くのは博士が着けてそうなモルタルボードとモノクルに、身長を優に超える魔法の杖。
一言で表すならば、聡明で達観した幼女だろうか。
そんなモノクル幼女の指摘にシャルちゃんは貫頭衣の裾を引っ張りつつ、欲望が垣間見得る目線に顔が真っ赤に染っていた。
「ユーレイとやらも貫頭衣のようじゃな。もしや白亜迷路を素通りしたのか。紙を持っておったら衣装部屋へもナビゲートしてくれるはずなんじゃが」
「だからかー。わぁ達、紙に気づいたの書物庫なんだー。さっきの英雄さんもそうだったけど、皆よく気づくよね」
「お主らも英雄じゃろうに。危機感が足りんと言われんか?」
「あははは……」
白亜迷路で思いつくのはあの白い場所。
あそこでは紙を取り出してなかったから、悠々と見過ごしてしまったわけか。
もしそこの衣装部屋の服が全て特別な物で作られているとしたら、他の英雄達にだいぶ遅れをとったかもしれない。
しかも、シャルちゃんとわぁ以外の英雄は頭も切れるようだし、敵にはならないように立ち回らなければ。
「あの時、ユーレイの変な行動に気を取られてなかったら……」
シャルちゃんの体から藍色のもやもやが溢れ出す。
いや、そこまで後悔しなくても。
「過ぎたことを気にしても何も変わらんぞ。それよりも宰相が我慢の限界のようだし、わしもグループメンバーを決めなければのう」
モノクル幼女が宰相を一瞥する。
確かに少し雑談が過ぎたか。
それにしてもまた赤いもやもやが出てるし、謁見からずっと怒りっぱなし。
何をそんなに焦っているのか。
「わしはヌテソユトテホ魔術学院学長……と言ってもピンとこんか。うむ。つまり、魔術において他の追従を許さない最強の魔術師がこのわし、アルテ=ソルセルリーじゃ。
少なくともわしについてくれば、初陣であっさり死ぬということもなかろうて。
しかも魔術を覚えれば遠くからでも敵を倒せるようになる。間近で敵と相見えることもないぞ。
どうじゃ? わしのグループに入りたいという強者はおらぬのか?」
モノクル幼女もといアルテは未だ状況についていけず戸惑っている高校生達に、命の危険はほぼないと好条件を提示して勧誘する。
高校生達からしてみれば、宰相から戦争に行けと命令されているような状態で、その案は喉から手が出るほど欲しいもののはずだ。
実際、アルテの勧誘を聞いて、一度は隣の友達をつつき合ったり、小声で相談している高校生が多かったが、次第にアルテに近づく姿が見え始めた。
「あの、アルテさん。僕、職業『魔法剣士』なんですけど、それでも選んでくれますか?」
「ふむ。職業とやらがなんであれ、まずわしのグループに勧誘して欲しい子が出揃ったところから選んでいくからのう。現時点では答えられんのじゃ」
「そうですか」
おずおずと自信のなさそうな少年が挙げた手を引っ込める。
アルテは恐らく『魔法剣士』がなんなのか理解していない。
というよりもわぁを含め誰も正確には理解していないのだろう。
しかし、アルテは自然と高校生達よりも自然と優位に立っている感じがするこの空気を壊さないように、誤魔化した。
絶対見た目通りの年齢ではない。
シャルちゃん以外、ビジネスパートナー以上の関係には慣れなさそうだなと溜め息をつきたいが、明るい子としてのイメージダウンを招きたくないので我慢する。
「なぁ、お前が凄いかどうかこっちからしたら判断しようがないんだが。大魔術師様なら出来るっていう魔法を見せてくれよ」
「それもそうじゃの。ほれ」
厨二君の言葉を受けたアルテは、身の丈を超える杖を軽く振る。
「冷たっ!」
厨二君がうなじに手をやると、豆サイズの氷が乗っかっていた。
厨二君はそれをまじまじと見た後、アルテに向かって思いっきりぶん投げる。
「危ないのう」
しかし、アルテに当たる直前に何かに弾かれるようにして、氷が地面に落ちた。
「口だけじゃないみたいだな。俺は『双剣士』。俺を取るかどうかはお前に任せる」
「元からそのつもりなんじゃが」
アルテの思惑通りかは不明だが、自身のみを守る魔法を目撃したからか、一歩距離を取っていた残りの高校生達もアルテの周りに集い始めた。
各々が自分を選んでくれるようにアピールするので必死になり、背の低いアルテが集団に埋もれる。
アルテは聖徳太子ではないのだから、そんなに一気に喋ったら聞き取れない……こともなさそうだな。
最強の魔術師は聖徳太子より格上らしい。
それに比べ、高校生達の保身に走る姿を見ると、普通の人間のように感じ、誰を選んでも大して違いがないように思えてくるから不思議である。
「ユーレイ。私達も誰か選ばないと優秀な人材が取られてしまうわよ」
「わぁは最後でいいや。余り物には福があるって言うでしょー?」
「それはくじ引きのような場合でしょうに。じゃあ、遠慮なく勧誘するから」
「その格好はもう慣れたんだ。男子がいっぱい釣れそうだねー」
「張り倒すわよ。そんな軽口たたけるなら気遣わなければよかった」
そう言ってシャルちゃんは、アルテを囲んでいる集団から溢れた高校生を個別に勧誘していく。
男子はもちろん、女子でさえシャルちゃんに話しかけられたら、暫くその姿を追って視線が移動する。
ただでさえ美人なシャルちゃんが、他の英雄と比べて断然気遣ってくれているというのだから、靡かないわけがない。
実際、男子からは桃色のもやもやが、女子からは黄緑色のもやもやが出てきている。
一方、アルテの方は様々な色や光度の光に包まれている高校生がおり、辺り一体が少し眩しい。
「――後、その眼鏡をかけている男子じゃな。この6人をわしのグループメンバーとする」
アルテがそう宣言すると、高校生を包んでいた光は消えた。
「ユーレイとシャルル=ブリュレフィアよ。先に失礼するぞ」
アルテはメイドに案内されながら、グループメンバーを引き連れて広間を出ていった。
シャルルの名前が分かったのは、勧誘最中の自己紹介を盗み聞きしていたのだろう。
あの煩い中よくもまあ。
「私も決まったわ。そこの侍女、案内お願い」
シャルちゃんも、軽く頭を下げたメイドについていく。
6人を引き連れて。
そうなると残るはわぁと余り者の6人の高校生。
何故か6人全員わぁに目を向けている。
なるほど、わぁが仕切れと。
「見事に余っちゃったねー。まあ余り者同士仲良くして――」
「俺はお前に従う義務もないし、仲良くするつもりもない。どうせ、1年も経たないうちに何人か死んでいるんだろうしな。こっちは好き勝手にやらせてもらう。おい、メイド。俺を書物が置いてあるところに案内しろ」
「勇者様それは困ります。一度、作戦会議室に案内した後でしたら、閲覧室にご案内しますから」
好き勝手言い出した厨二君に、控えていたメイドも困惑している。
「ちっ。幽霊早く行くぞ」
一応、人の言うことを全く聞かない訳では無いみたいである。
しかし、機嫌が損ねたのかわぁの腕を鷲掴みにして、広間の方へ引っ張る厨二君。
「今絶対お化けの方の発音でしょ。わぁの発言遮った上に、無理やり腕を引っ張るとか、自分勝手すぎるよー。自分のペースで歩かせてー! あ、残りの5人も来てねー」
わぁのグループが広間から出た瞬間、宰相と控えていたメイド達は別の場所へと散っていった。
広間の明かりも即消して。
ただ単に忙しいのか、それとも明かりの無駄遣いが出来ないほどこの国が困窮しているのか。
後者だと嫌だなと思いつつ、わぁはようやく離してもらった腕を摩りつつ、案内してくれているメイドについていく。
暫く歩くと、円卓とそれを囲むように十脚の椅子、そして隅に木製の長机が備えられている会議室にたどり着いた。
王座の間、さっきの広間、そしてこの会議室と、段々最上階から地上に降りてきている。
ここは窓から見える景色からして二階。
一階に降りた途端、戦場へ直行という予感を追い払いつつ、メイドの説明を聞く。
「ここは第五会議室になります。もう少ししましたら、兵士の方がこちらに参りますので少々お待ち下さい。ご用がある場合はそちらのベルを鳴らしてください。では、私はここで失礼させていただきます」
「おい、俺を閲覧室に案内してくれるんじゃないのか!」
メイドがドアを閉めようとしたところを、厨二君がドアの間に足を挟んで妨害する。
「……別行動は控えてください」
「さっきはお前の言うことを聞いた。なら次はこっちの番だ」
「二時間でこちらに戻っていただけるのであれば、ご案内いたしますが」
「それでいい」
「かしこまりました。ではこちらです」
メイドと厨二君が去り、ドアが静かに閉められた。
この第五会議室に残されたのはわぁと男子二人女子三人の計六人。
「芯がある子みたいだから一人でも大丈夫だよね。それよりも仲良くなるために自己紹介したいから、名前と職業とギフトを教えて欲しいなー」
手を合わせ、儚くも可愛い容姿を利用して、少しあざとく頼んでみる。
「藤下音苑。職業は商人。ギフトは[商品売買]だ」
「僕は山本育文です。職業は強化術師で、ギフトは[指定]です。よろしくお願いします」
「わ、私は……火野初衣、です。職業は、えっと、回復術師。ギフトは[継続回復]です。あの、その、よろしくお願いします」
「……山田霊螺。職業は死霊術師。ギフトは[骸骨生成]よ。よろしく、フフフ」
「水島咲々音です。職業は弓士で、ギフトは[必中]です。役に立てるか分かりませんが、精一杯頑張るので、これからよろしくお願いします」
わぁが仕切ることに文句もなく、正確に情報を与えてくれたこの子達は、根は真面目でいい子そうだ。
しかし、いい子だからといって職業が優遇される訳もない。
はっきり言って、前衛が一人もいない。
いや、厨二君は盗み聞きしたところ双剣士だったはずなので、いないことは無いが、厨二君がわぁのお願いに従ってくれるかどうかはグレーゾーン。
だから、基本はこの5人とわぁで兵力五千を率いて魔人類と戦わなければならないことになる。
どうしようか。
途方に暮れかけた時、ノックの音が聞こえた。
「失礼します。第六兵団所属、元五千人長のベルグ=アラガリスです。新しく所属される英雄殿と勇者殿に対する兵団の概要及び戦地への案内を任されました」
「どうぞ」
失礼しますと言いながら入ってきたのは、眼光鋭い初老の男性。
顔に傷があり、体は筋骨隆々。纏うオーラは歴戦の戦士。
しかも、元五千人長。
つまり、わぁが召喚されたせいで団長の座から引きずり降ろされた人ってわけだ。
当然、わぁ達に良い感情を持っているはずもなく、もやもやは紫色。嫌悪である。
序盤から波乱万丈になりそうで、胃がキリキリしてきた。
「では現状を説明します」
この会議室の中に良い感情を持つ者がいない中、ベルグによる説明が始まった。