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血奇譚  作者: 留龍隆
3/3

三日月


 大鎌サイスというのは武器ではない。

 あくまで農具であり、緊急時に仕方なくその用途に付き合わされることはあれど、好んで使用する者などいない品だ。


 ――携帯に不便なほどの長さと重さ。

 ――振るえば切り返すにも難儀する巨大な刃先。

 ――長柄の先端にどこまでも傾いた重心。


 どの特徴も、武器としての扱いづらさを示している。

 しかし。


「……環境がひとを育てる、ってぇやつですかね」


 地方騎士団の会計査察官である彼、クライヌ・ハーリッシュは、年末恒例の抜き打ち会計査察に訪れた山深い農村でため息をついていた。

 そう、農村……農具としての大鎌が、じつに身近な場である。


 ゆえに。

 頑丈な下草や、畑荒らす獣たちとの戦いという日常の中で錬磨されてきたのであろう技が、いまクライヌの前に顕現しようとしていた。

 日も暮れかけた時間帯である。誰そ彼と問うか否かという距離の先には、二メートル近い長柄の先端にこれまた一メートル近い刃を取り付けた、大鎌が存在する。

 長いこのブレードを左半身にて身体の後ろに隠し、石突いしづきをこちらへ槍のように差し出すのは、痩身のクライヌより一回り大柄な男。

 禿頭の彼の左肩からはくるぶしまでを覆うマントが垂れ下がっており、大鎌扱う手の内の動きと、足先の歩みを読みづらくしている。


「こいつぁ、骨が折れそうだ……」


 鞘を払ったクライヌは、愛用の長剣を構えた。

 右半身、切っ先を相手に向けながら刃を地と水平に。

 顔の左横に十字鍔が来るように柄握る両こぶしを高く掲げ、逆に腰は低く落とした。

 切っ先をつのに喩えたこの構えは、牡牛の型(オクスフォーム)と呼ばれる返し技の型だ。まずはこれで観察にうつる。


「多少の刃傷沙汰は覚悟してましたが、しかし、まさか大鎌を相手にすることになるとは……人生初体験だ」

「それはよかったな」


 大鎌の男が無表情に言った。クライヌは舌打ちして返す。


「よかありませんよ。今度こそ年末休暇を楽しもうと思ってたってぇのに、またこういう騒ぎに巻き込まれるとは」

「巻き込まれるとはなんだ。お前が、村の隠し帳簿を見つけなければ済んだだけのことだろう」

「はぁ。どうして犯罪者ってのはこう、みんな共通してツラの皮ぁ分厚いんですかね……」


 堂々とした態度で開き直る男に辟易しながら、クライヌは彼の向こうにある倉庫を見やった。

 昨日見つけてしまった、脱税の隠し帳簿があるのは二階の隠し小部屋だ。走ればたどり着くことはできるだろうが、この男に仲間を呼ばれると囲まれる。

 少なくとも身動きはできないよう、痛めつけるしかない。


「やれやれだ」


 ため息で顔の横の刀身を曇らせながら、クライヌは己の意識を査察役としてのそれから剣士としてのそれへ切り替えた。


 間合いは四メートルほど。

 足下は踏み固められたあぜ道。砂を蹴り上げられるほどの柔さはない。

 傾斜はなく平地。

 風は右手から吹く。

 たなびく、大鎌の男の左肩にあるマント……動きが重い。おそらくは部分的に鎖を仕込んだ反撃用防具だ。

 刺突剣レイピアを用いるナトリスとかいう流派でも、あのような防具を使い弱手側(剣を持たない側の手)を攻めさせ、鎖仕込みの部分でもって絡め取るという技があるのを聞いたことがある。

 下手な攻めは逆効果というわけだ。


(となれば)


 進み出る先は、むしろ相手の右。

 刃の襲い来る場所にこそ、活路はある。

 ――風はまだ吹き続けていた。

 眼球が乾かぬよう互い細めていたまぶたの間。互いが互いを観る時間が、ゆっくりと流れる。


 と。


 風が途切れた瞬間、

 クライヌは目を見張り、おどし、踏み込みと同時に一挙動で構えを下段に変えた。

 愚者の型(アルバー)。右半身を相手に見せつけるようにし、切っ先で地面を指したこの構えに移りつつ突っ込む。

 大鎌の男はこの変化を見て、下段への脛斬り(草刈り)が剣の位置取りによって封じられたと直感したようだった。

 男の握りが強まり、振るいはじめた大鎌の軌道が上へずれこむ。中段への横薙ぎに切り替え、駆け込むクライヌの胴を狙っていた。


 ……大鎌の厄介な点は、やはりこの横薙ぎだ。そうクライヌは見ていた。

 切っ先が自身に突き刺さるまでに刃先を上に弾いて前進しても、相手はそのまま振り抜くことで刃の腹や長い柄でぶん殴ることができる。それで動きが止まれば後ろから首を引き刈られて終了だ。

 かといって、当たる寸前でうまくブレーキをかけ、バックステップで避けても――


ふんッ――」


 裂ぱくの気合いと共に、男は振り抜きかけた大鎌をビタリと途中で止め、突き込んできた。

 剣のように刃を返しての切り上げは、その長大な刃がために不可能だが。しかし途中で動きを止めて、突きに移行することは可能なようだった。

 後ろに飛びのく動きの勢いがまだ残っていたクライヌは、下から真上へ瀧昇るような斬撃でこの突きを弾き飛ばす。

 すると刃先に乗っていた重さがためか、大鎌の切っ先が天空を向いた。分厚い刃元エッジエンドがクライヌめがけて振りかざされる。


「――ッッ!」


 次いで、打ち下ろし。手の内を石突の方へと滑らせることにより間合いを伸ばし、斧のごとき薪割り(チョップダウン)が地面を爆砕した。

 ぎりぎりのところで横に転がり避けていたクライヌは、膝立ちになってまたも舌打ちした。そこへ低く這う草刈りが襲い来る。中空へ跳びかわす。

 否。

 飛び掛かる。


「ココでとどめと思ったか、振り抜きましたねぇあんた」


 ここまで追撃させるのもクライヌの誘い。

 転がり避けたあと膝立ちになったのは、動きづらくなったと思わせて草刈りを撃たせるためだった。大振りの技を撃たせ、慣性という魔力で男を縛るためだった。

 罠にかけた獲物を襲うクライヌの跳躍。

 それはさながら、くさむらを踏み躙る獣がごとし。

 座した状態から飛ぶ彼は、三歩の間合いをひと呼吸に詰めてその牙をむいた。

 しかし、男は。


「悪いが、農の者(われら)は獣との争いも日常だ」


 低く低く振り抜いた草刈りで、わずかに弧を描き、切っ先を地面に送り込んだ。

 踏みしめられたあぜ道にしかと深々と突き立つのは、日々研ぎ澄まされた鋭利な切っ先がゆえだろう。

 そして突き立った刃は打杭ペグのごとく固定され。

 男の身体の自由を奪っていた、慣性という魔力を停止させる。

 力が流れた直後という無防備を――脱する。


「打ッッ」


 突き立った大鎌の柄を両手でつかむ支え棒として、男の左足が跳ねあがった。

 叩き込まれた蹴りはそれこそ大鎌のスイングを思わせる鋭さで、空中にいたクライヌを打ち飛ばす。

 一転、二転、三転四転五転。

 小気味よく地を疾走する回転草タンブルウィードの気持ちになったクライヌは、けれど気持ち悪くなって吐きかけた。


「あっ、つつ……どういう脚力してんだ、あんた」


 とっさに剣で防いでいなければ、右腕を折られていただろう。じんじんとしびれる肘をさすりつつ、クライヌは立ち上がる。

 向こうもさすがに鉄の塊を蹴り飛ばしては無事でいられなかったらしい。顔をしかめて、左足を引いた。右半身にスイッチして構える。

 両者、手負い。

 手持ちのカードが減った。

 さらした札が、残りの札を推測させる。鉄火場の熱とレートは上がる一方だ。


「やれやれ。これでもう、手加減の札はなくなっちまいましたよ」

「元よりこちらは殺す気だ」

「さいですか」


 しびれる右を捨て置き、左手のみで剣を握る。中段に切っ先を置き、右半身を後ろへ大きく引いた。

 このクライヌの動きに呼応して、男も右足で地面を確かめる。

 互いの死地が重なり合っていく。


「いきますよ、大鎌使い」

「来い」


 獣の疾駆。

 守人の狩業。

 左足を痛めた男には踏ん張りを要する全霊の横薙ぎは撃てず、選択された技は――差し向けた石突による刺突。

 きと呼ばれる、前にした手の内を柔らかく握り、手の内につくった空洞を後ろの手による突きで抜く技。突く途中で前手の握りを強めることで軌道に変化を加えられることが強みの、追い技。クライヌの左右への転身、身の躱しを追うつもりの技。

 けれどクライヌは、握りのやわらかさからこの選択を見切っていた。

 右へ踏み込んで避ける。追わせる。

 その上で――踏み込んだ右足一本で力強く跳躍し、突きを躱す。

 身を地面と水平にまで傾け、右足から得た力を腰のひねりに転化し、左へと高速で旋を描く。眼下を突きぬいていく大鎌の柄。

 それを見やりながら一回転し、一瞬相手に完全に背を向け――天高く振り上げて落とした剣先の感触が、視認より先に結末を彼に伝えた。


「……国の、犬めが」

「すいませんね。今日は、獣の勝ちだ」


 着地と同時に納剣し、クライヌは振り返った。

 男が倒れた向こうで、森の上には夜が訪れようとしていた。

 白く宙天に浮かぶ三日月は、地面におちた大鎌と瓜二つに見えた。



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