第 96 夜 『いけない気持ちを抱いたなら』
語り部 : 尾畑朋香
お相手 : 南城海士
盛立役 : 草野芳美
長尾満彦
気にならないなんて言えない。
うぅうん、気にならない。気にしちゃダメなんだ。
だってそれが友情のためなんだから。
第 96 夜
『いけない気持ちを抱いたなら』
あの日はもう朝からうだるように暑くて、だからプールに行こうと誘われた時は大いに喜んだ。
「他にも友達呼ぶけどいい?」
「いいよ、大勢の方が楽しいし」
その時の私は、彼女が呼んでくるのは、やっぱり女の子なんだと思っていた。
「初めまして」
集合場所に現れたのは、親友の草野芳美と、彼女の中学時代の友達だという男の子と、さらにその男の子の友達の男の子。
「初めまして、長尾満彦です」
「南城海士とです。よろしく」
南城くんって、確か前に芳美のアルバムで見たことがある。
確か二人はつき合っているはず。
「初めまして尾畑朋香です。よろしくお願いします」
「南城くんは知ってるよね。彼とは中学が同じで、私とつき合って……」
「知ってるよ。そう言う事じゃあなくて、なんで男の子連れ?」
今日はプールに行こうというのに、男の子と一緒は緊張するし。
「いいじゃん、どうせプールに着いたら、他にもいっぱい男の子はいるんだし」
知っている人かどうかっていうのは、かなり重要なファクターですよ。
「ナンパ防止ってのがあるでしょ」
ナンパされるの前提ですか?
私にはそんな自信はありませんよ。
「それじゃあ行こうか」
ナンパ対策はいいけど、本当に先に言って欲しかった。
今日の水着、女同士だと思って、ちょっとだけだけど、露出多めのやつにしちゃった。
上からシャツ着るとしても、何かと気を使いそうだ。
着替えを終えて、先に更衣室から出てきていた男の子達と合流。
「ああ、いいね。ちょっとシャツの中身が気になるところだけど、それを想像するのもまた何とも……」
長尾くんのリアクションは返しに困る。
シャツの上から中身を妄想して、興奮するのは止めていただきたい。
「本当だな」
南城くんもですか、男の子ってヤツは……。
これは益々シャツを脱げないな。
と言いたいけど、ここのプールは遊泳中は、水着以外NGなルール。
ウエットスーツはOKみたいなんだけど、そんなの持ってないし、ビキニになんて、着るんじゃあなかった。
でもここまで来て水に入らないなんてあり得ない。
ここは意を決して!
「おお!」
歓声まで上げる男子二人、うぅ~……。
「ほらほらそんなにマジマジ見ない」
芳美の一括で、それ以上茶化したりはしてこなかったけど、やっぱビキニになんて、着るんじゃあなかったな。
「かわいいよそれ」
芳美が小声で言った。
「よ、芳美も新しいのでしょ? 可愛いの買ったね」
女の子同士のこのノリのために買ったんだもの。
気を利かせてくれた芳美のおかげで、少しだけ気分を盛り上げられた。
「いこ!」
お腹の辺りまでの水位の波の出るプールでボール遊び、さすがの天候にプールは混み合っているけど、4人程度で輪を作って遊ぶ分には、十分なスペースがある。
しばらくするとプールから上げられ、ちょっとだけ休憩。
「飲み物買ってきて」
軽いゲームをして、負けた私が買い出しに。
うう、4人分のカップって、割と重い。
トレーを借りてカップジュースを運んでいた。
「ね、かぁのじょ♪」
このノリで寄ってくる見知らぬ男。これって……。
「重そうだね。手伝ってあげようか? 4人分って事は友達と来てるのかな? よかったら俺達と遊ばない。こっちも男4人でむさ苦しいと思ってたんだ。人数多い方が楽しいっしょ」
よくべらべら喋る男だな。ここはキッパリ断って!
みたんだけど、なかなかひるまない。
このままみんなのところに行けば、こっちも男の子がいるし、どうにかなるかなと無視することにしたら、今度は前に回り込んできて、通せんぼをしてきた。
「ちょ、ちょっと止めてください」
「ねぇ、いいじゃん、ねぇ」
「尾畑さん」
ナンパ男の向こう、聞き覚えのある声がする。
「南城くん」
「あぁ~ん、男ぉ? なんだよ男連れかよ。……まぁいいや、だったら君だけでもいいよ。俺と遊ぼうよ」
なおも食い下がってくるナンパヤロー、しつこい。
「あんまりちょっかい出さないでくれないか? 分かるだろ。うちの連れなんだ」
「男にゃ用はネェよ。すっこんでろよ」
南城くんに凄味をきかせる男。
「こんなところで揉め事はよそうよ」
柔らかい口調だけど、目が真剣そのもの。しばらくにらみ合いが続いて。
「ちっ、男連れじゃあしゃ~ネェか。そんじゃあね、尾畑さん、またどっかで遊ぼうね」
ようやくナンパ君は引き下がっていった。
名前覚えてんじゃねぇよ!
どうせすぐ忘れるんだろうけど。
「あ、ありがとう」
「ああ、いや、一人で四人分は大変かなと思って、様子見に来てよかったよ」
そうだったんだ。助かったよぉ。
それにかっこうよかった。胸がキュンとした。
「そんじゃあ、ここからは俺が運ぶよ」
あっ、なんだか胸がドキドキする。
ダメだよそんな、だって彼は芳美の……。
あれから日を改めること数回、私は秘密のデートを重ねている。
もちろん誘ってくるのは南城くんから。
彼女がいるのにいいの?
と思いながらも、断りもせず会っているのは私。
最初のトキメキから数回、いけないことをしていると思っている緊張感も相まって、彼への想いは急加速する。
このままじゃあいけない。
このままだと、私は本気になってしまう。
いけない、ダメだよと思うたびに更に想いは募るばかり。
「とぉもか、おはよう」
「お、おはよう芳美」
「あれ、どうしたの? なんか元気なくない?」
「なんでもないよ、なんでも……」
南城くん達とは学校が違うからまだよかった。
3人で話したりしたら、絶対ばれてしまう。
「ところでさぁ、今度また遊びに行こうよって話が出てるんだ。南城くん達と」
「えっ?」
「それで今度の土曜日空いてる? 日曜日でもいいけど、ボーリング行こうって」
ダメだよダメ、断らなきゃ。
でもなんて?
理由がない。言えない。
「うん、空いてるよ」
ダメだって! 絶対にばれちゃうよ。
だって彼もその気になってきてるみたいなんだし、絶対にばれて私か芳美、どちらかがフラれちゃう。
最悪二人とも、少なくとも友達ではいられなくなる可能性が高い。
「それじゃあ決まりだね」
上機嫌で手帳に印を入れる芳美、このままでいいはずがない。
「あ、あの……」
「なに?」
私が南城くんを諦めればいいんだ。
だけどそれが出来るくらいなら?こんなに悩んだりしない。
今言わなきゃ、そうすれば被害は今の時点で、最低に押さえられる。
「た、楽しみだね」
私にはそんな意気地はなかった。
でもやっぱり、このままでいいはずがない。
私は決心を固めて、芳美の家に行った。
明日はボーリングに行く約束の日だ。
「いらっしゃい、上がって」
事前に連絡を入れていた、名目上は明日着ていく服を選ぶこと。
「どの服とどの服で迷ってるの?」
あまり遅くなってもいけないので早速と、芳美は自分の洋服は既にセッティング済み。
私も自分の服をカバンから出して並べる。
だけどその前に、言わないと……。
「芳美……」
「なに? おっ、これ可愛いじゃない。色も綺麗ぇ」
「私ね」
「うん」
「南城くんのこと好きになっちゃったの」
ここで黙りをしたら、また言えなくなっちゃう。
私は勢いを付けて告白した。
「本当?」
思い通りの反応……。
「やっとかぁ~」
えっ? 思いがけない反応?
「もう! もう少し早く気付いてくれていれば、明日のボーリングの設定もしなくて済んだのに。まぁ、たまにはみんなで遊ぶのも悪くないし、別にいいんだけどね」
はい? これは一体どういう事?
「い、いいの?」
「なにが?」
「だって、南城くんって、芳美の彼氏でしょ?」
「はぁ? ちょっと、それは中学生の頃の話でしょ? 朋香にはちゃんと言ったじゃん。覚えてないの?」
えっ!? あれ、そんなこといつ?
「中学卒業の時に、お互いの性格の不一致で別れたって、随分前だよ。もしかしてそれで、彼のこと好きだって認められなかったの?」
「あ、いや、彼を好きになったのはずいぶん前、ただいけないことだって思って、ずっと言えなかった。えー、なんだそうだったの?」
「それはこっちの台詞だよ。大体私の今の彼は長尾くんの方、南城くんに紹介してもらってね。今じゃあ南城くんとはマブダチだからね」
そうだったんだぁ~。
「そいで、そのお礼にあんたと会わせてあげたの。前に写真見せた時!気にいってたから、あんたに彼の写真見せた時も満更でもなかったし」
私、南城くんのこと好きになって良かったんだ。
そうとも知らずに悩んだりして。
「だけど、そのドキドキがまたたまんなかったりしたんでしょ?」
「もう、芳美ったら止めてよ。さ、早く明日の服決めちゃいましょ」
昔からよく、人の話をちゃんと聞きましょうと言われる。
今度のことで身につまされた。
これを機に、本当に人の言葉にちゃんと耳を傾けるようにしよう。
よーし、明日は後顧の憂いなく遊ぶぞぉ!!