第 95 夜 『新世界』
語り部 : 西森真子
盛立役 : 田所護
日高賢二
明日、明日になればあの人がやって来る。
メールのやり取りで日程を聞いてから、この日をずっと待っていた。
私の人生に関わるかもしれない、重大なイベントなんです。
第 95 夜
『新世界』
約束の時間までまだ30分もある。
早く来すぎたみたい。
写真に写る彼の姿は、私の理想のタイプまんま。
気合いを入れて着飾ってきたんだし、今日は勝負決めなきゃ。
私の今までの人生は、本を読むことに明け暮れる日々だった。
なかでもライトノベルの購読量は、ちょっと自慢出来るくらい読んでいる。
学生時代はずっとそんな感じだったから、友達はそこそこいてもみんな女の子、男の子とは必要以上に喋ったこともない。
気が付いたら社会人、そろそろ男の人との関係も持たないといけない。
そう思ってNETで知り合った彼と、親睦を深めていった。
同じ地方に住んでいながら、なかなか会う話までは出来ていなかったけど、私が彼の趣味に興味を示したら、よかったら俺の買い物につき合ってくれないかと言ってきた。
待ち合わせ場所で迷わないようにと、お互いの写真を交換した。
一応携帯電話の番号も聞いてあるから、出会えないって事はないと思うけど、念のためにと何度も何度も目に焼き付けた写真。
だけどその中の笑顔は、この後なんの役にも立たなかった。
「西森さん? ですよね」
「はい? あなたは?」
「僕は田所護と言います。日高賢二の友人です」
「日高さんの? そうですか私は西森真子です」
「あの、それでですね。日高は今日、急に仕事が入りまして、早朝から職場に入ってしまって、もう電話は通じないんですけど、仕事の前に僕に電話があったんです。僕はあいつが仕事に行く時間には、もう起きてますから」
写真の彼、日高さんとは正反対な、でも如何にも日高さんの趣味にあった友達かな? かなりオタクっぽい。
「それで失礼を承知でお願いしたいんですけど、今日一日、日高の代わりに僕に案内させてもらえないでしょうか? あいつにあなたの写真を渡してやりたいので」
「ああ、えっと、そうですね。あなたが良ければ私は」
気合い入れてコーディネートしてきたのに、見てもらえないのは勿体ない。
もし写真だけでも見てもらえるのなら、それも悪くない。
私達はまず、ホビーショップに行った。
「うわぁー、人形でいっぱい」
「フィギュアですよ。アニメやラノベなんかの登場キャラクターを、立体化した造形物です」
そう言われてよく見てみれば、知っている名前の入った箱の中に、挿絵に見たような顔を持ったお人形、フィギュア? が入っている。
「これ買ってどうするんです?」
「飾るんですよ。まぁほとんどは飾りきれずに、箱に収めたまま保管してあるんですけど、マメな人だと、整理を付けるついでにショーケース内を入れ替えたりもしてますけど」
「ショーケース?」
「ああ、ガラスケースですよ。その中に並べてフタをする。ホコリから守るんです」
つまりはヌイグルミを並べる女の子の気分みたいなものなのかな?
ケースに入れたりはしないけど。
普段はこれらの箱を紙袋で両手いっぱいにして持ち歩くそうだんだけど、今日は私に気を遣ってなのかな? 一切買い物をしない。
「他にはなにが見たいですか? 分かる範囲でって事になりますけど、案内しますよ」
「そう、ですか? それじゃあ年齢制限のあるパソコンゲームとか、あるんですよね」
「はい?」
そこで聞き直すの止めて欲しい。二度と口にしたくない。
でも今のは私が悪い。
恥ずかしがって、小声になりすぎたんだから。
「ですから……ゴニョゴニョゴニョ」
「えっ!? えーっと、ああそうですか、それならここのお店で別のフロアに行けば置いてますよ」
話には聞いたことがあるけど、どう言ったものなのかを見たことがない。
興味本位で希望したんだけど、日高さんじゃあなくてよかった。
たぶん彼だったら、お願いすら出来なかったと思う。
「ここです」
「ここって、こんなに?」
「そうですよ」
男の人って……。
「ああ、それじゃあ映画なんかのDVDソフトとかもありますか?」
「え、ええありますよ、行きますか?」
「お願いします」
結局ゲームソフトには、目も通さずに別のフロアへ、その後もDVDやマンガに小説を見て、家庭用ゲームのフロアを覗いてお店を後にした。
「どうですか?」
「なんだか、いろいろ圧倒されました」
「はははっ、でも西森さんが好きな、あの小説なんかも、アニメ化してDVDにもなってるんですよ」
「ええ、そうなんですか? ってあれ? なんで田所さんがそんなこと知ってるんですか?」
「えっ、ああえっと、ほら、日高と喋っている時に、その、あなたの話、よく出てくるんですよ」
そうなんだ。
本当にこの人、日高さんと仲良いんだ。
でもいくら仲が良いからって、そんな話になるもんなのかな?
その後はこれも楽しみにしていたメイド喫茶へ。
「田所さんはよく、こういったところに来るんですか?」
「いえ、僕はあまり来ませんよ。こういったところって、気分を楽しむもんなんですけど、僕は飲み物を堪能したい方ですから、落ち着いてゆっくりと普通のお店で」
「確かに、値段は思ってたほど高くはありませんけど、量は少なめですもんね」
「他のお店も一緒なのかは、知りませんけどね」
私は面白がってオムライスを注文し、玉子の上にケチャップでネコを描いてもらった。
私は割と楽しいんだけどね。
メイドさんのコスチュームも可愛いし。
「そう言えば西森さんは、ネコ派でしたっけ?」
「ええ、今も雌ネコを飼ってます」
ってまただ、さっきのは趣味の話だから話題に上がるのも分からなくもない。
だけど、こんな世間話を男友達同士でしたりするのかな?
ちょっと混み合ってきた喫茶店を出て、今度はパソコンショップへ、ここもまた田所さんの行きつけのお店。
「やぁ、日高くん、いらっしゃい」
「ああ、わぁーあ、て、店長さん。こんにちは ってあれ? 今日はお休みのはずじゃあ?」
「今日は田所くんと一緒じゃないんだね。綺麗な人連れて、ってもしかして例の、NETで知り合ったって子かい?」
「あは、あははは、えっとまた来ます」
田所さんはなにか酷く動揺してお店を出て行く。
「田所さん?」
「ああ、えっとスミマセン。あの人はあのお店の店長さんなんですけど、普段はなかなかお店にいないし、今日は休みのはずだったんですよ」
「そんなことよりさっきの会話、あなたが日高さんだって……」
私の耳はおかしくない。
間違いなくあの店長さんは、そう言っていた。
「あの、その、……スミマセン。別に悪気があったわけではないんです」
「はい、最後まで聞いていますので話して下さい」
彼の本名は日高賢二さん、私のメールの相手だ。
彼が成りすました田所護さんは、日高さんの友達で、私がもらった写真に写った人。
私と二人で出歩く約束をしたものの、私の写真を見て、自分には不釣り合いだと思って、急遽思いついて友達の仲でも、一番綺麗な容姿の田所さんを代役に立てた。
本来は田所さんに今日の代役もお願いしたのだけれど、土壇場になってキャンセルされて、仕方なくこんなお芝居をすることにした。
今日のルートは、前から私が興味があるとメールに認めていたお店ばかりで、さっきのパソコンショップもその一つだった。
だからリスクが高いと感じていたあのお店にも、行かざるを得なかったのだという。
「僕はご覧の通りの見てくれですから、あなたのような美人には不釣り合いではないかと感じて、だけど責めて一度だけでも、一緒に歩けないものかと思い、こんな姑息な手を用いてしまいました」
「ご自身に自信を持っていらっしゃらないんですか」
「えーっとあのその、その通りです。運動もダメだし頭もよくない、アニメオタクって言うジャンルがなければ、取り柄の一つも残せないダメなヤツなんです」
自信がないから自分にまで嘘をついて、一度でいいからデートがしたいだなんて。
「日高さん、顔を上げてください。私も謝らないといけないことはあります。だからそんな顔しないで、聴いてもらえます?」
「……はいどうぞ」
「私の年令分かります?」
「あ、はい、24才ですよね?」
「本当の私は28才なんです」
我ながらよくも、4才もサバを読んだもんだよな。
23才だという彼とは五つ違い。
「そう、だったんですか?」
彼の嘘は確かに私を混乱させたけど、私の実年齢話だって、かなり動揺を誘うはずだ。
「年なんて関係ありませんよ。僕はあなたに会う前からずっと恋をして、初めて会った今日、気持ちを確信に変えることが出来ました」
なんて嬉しいことを言ってくれる人だろう。
「今日一日、本当に楽しかったです」
「あ、いえこちらこそ、そ、それじゃあ僕はこれで、今日は本当に楽しかったです」
そう言って立ち去ろうとする彼の腕に、私は思いきってしがみついた。
「また遊んでくれませんか。良かったら、たまにでもいいので」
彼は「そんなことならお休み毎に、手を上げますよ」そう言ってくれた。
私は改めてお願いした。
人生発の彼氏がようやくできた。
今度、写真の田所さんのことも紹介してもらって、彼からこの日高さんの良いところも、悪いところも全部聞き出してやろう。