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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
93/102

第 93 夜   『妹よ!』

語り部 : 遠鴇千種オントキチグサ

お相手 : 大沢義宗オオサワヨシムネ


盛立役 : 大沢美沙祢オオサワミサネ

 昨日までは気にもとめていなかった。


 今日だって、彼はいつも通り教室ではずっと本を読んでいて、誰とも接点を持とうとしない。


 放課後も誰よりも早く帰って行ってしまうので、学校では友達もいないんじゃあないのか? と思ってしまう。



   第 93 夜

    『妹よ!』


 欲しい本があって、近くの本屋に行ったけど見つからず、翌日にちょっと離れた大きめの書店にまで行き、ようやく目的の物をゲット!


「あれっ? あれって大沢くん? あのコーナーって児童書籍? なんだろう? なんだろう?」


 いつも学校では物静かにしている彼と、こんなところで会うなんて。


 児童向け? なんてミステリアスな光景だろう。


 私は興味本位で彼の背後に回った。


「お、お、さ、わ、君!」


「わぁあ!? ふ、むぐ……」


 よっぽど驚いたのか、店内に響く声で彼が軽く悲鳴を上げた。


 直ぐに周りの目線に気付いて、慌てて口を塞いだ。なかなか冷静だ。


「遠鴇さん……、ビックリしたよ」


「いやぁ~、意外なところで見かけたからさぁ。これはもう驚かすしかないかなぁと」


「お店の中だよ」


「うん、ファインプレーだったね」


 ほとんど初めて言葉を交わしたようなものなのに、意外と取っつきやすい印象が嬉しくて、私は笑顔を絶やせなかった。


「なに?」


「いや、何を買ってるのかなって?」


「え、これ? ああ年の離れた妹へのお土産」


「お土産? 妹さんいくつ?」


「6才だよ」


 私達と調度10個違いかぁ。


 それはそれは可愛いんだろうな。


「お土産って事は、誕生日とかではないって事だよね?」

「ああ、えっと……」


「あっ、話しにくいことだったらいいよ」


「いや、その……、もしよかったら妹に会ってもらえないかな? 今から会いに行くんだけど、あいつも退屈してるから、たまには違う人とコミュニケーションとるのもいいと思うんだ」


 会いに行く? 退屈してる? そしてお土産……。


「もしかして、病院?」


「あ、ああ、妹は生まれつき疾患があるんだ。成長に連れて大分良い方に向かってるらしいんだけど、まだ普通の生活は出来なくて」


「疾患ってどんな症状なの?」


「ああ、あんまりこんなところで話すことでもないし、移動しながらでもいいかな?」


「あ、ごめんなさい」


 大沢くんは2冊ほど本を買った。


 入院先は国立病院、ここからなら歩いていける距離だ。


「呼吸不全なんだけど、そんなに大げさなもんじゃないんだ。重篤な子はかなり辛い子もいるんだけど、妹のは酷い喘息がたまに、発作的に起こるんだ。普段は吸引したり、薬で抑えてるんだけど、酷い時は病院に入るんだ」


 入院していない時でも、あまり外出は出来ないので、大沢くんは学校が終わると早めに帰って、妹さん、美沙祢ちゃんの相手をしているのだそうだ。


「その病気って治らないの?」


「いや、小児喘息って言うのは、成長と共に良くなっていくらしくて、現に美沙祢は、もっと小さい頃よりずっと良くはなってきているから」


 それでもこうして、時々、入院をしないといけないんだから大変よね。


「ホントにわざわざゴメンな。アイツ幼稚園に行ってないから、同い年の友達いないし、俺も普段からあまり人と接してないから、男もなかなかだけど、女の子の友達は皆無だからね」


 こんなに話しやすい人なんだから、教室でもみんなに話しかければきっと、男の子も女の子もそれなりに友達はなれると思うんだけどな。


「美沙祢、大丈夫かぁ」


「わぁ、お兄ちゃん、お帰りなさぁ~い」


 元気そうな声が返ってくる。


 私達を出迎えてくれたのは、ピンクのパジャマの女の子。


「お邪魔します。初めまして、私は義宗くんのクラスメイトで遠鴇千種といいます。よろしくね」


 挨拶をする私を、美沙祢ちゃんは矢を射るような目で睨んでくる。


 もしかしてお兄ちゃんが女を連れてきたって、機嫌を損ねているとか?


「お姉ちゃんって……」

「な、なに?」


「もしかしてお兄ちゃんの恋人?」

 あれ? 笑顔?


「美沙祢!? いきなり何を聞いてるんだよ……」


「あのね、美沙祢ちゃん、お姉ちゃんはね。お兄ちゃんに恋してるんだけど、何度お願いしても恋人にしてもらえないの」


「お、遠鴇さん! 悪ノリしないで」


「って、うそうそ、実はね、ついさっきお友達になったばっかりなんだよ」


 こんな軽いジョークに動揺しまくるなんて、可愛い人だなぁ。


「なぁ~んだ、おかしいと思ったよ。お兄ちゃんにそんなカイショウあるはずないもんね」


「お、お前はまたそんな言葉を……」


「美沙祢ちゃんって、難しい言葉知ってるんだね」


「こいつ本ばっかり呼んでるから、読むだけなら、もう大人が読む本も読めるよ。意味までは理解してない言葉の方が多いけど」


 小学校に入る前から既にですか。


「ほれ、本買ってきたぞ」


「わーい、ありがとう」


 それでも年相応の本が嬉しいんだな。


「あのねあのね、美沙祢ね、もうすぐ退院してもいいんだって」


「ああ、最近酷く咳き込むこともないって、先生が言ってたもんな」


「よかったね」


 病気がちな子だと聞いていたから、ちょっと心配したけど、喘息出てない時は、普通の子達と全然変わりない。


 面会時間ギリギリまで美沙祢ちゃんは一人で喋り続け、私はずっと相槌を打っていた。






 無事退院となる日を明日に迎えて、美沙祢ちゃんのテンションは頂点まで高い。


「あんまり興奮しすぎるなよ。また咳出ちゃうぞ」


「はぁ~い、ねぇねぇお姉ちゃん、退院しても美沙祢に会いに来てくれる?」


「もちろん! って、お邪魔にならない?」


「平気、と言うか母さんが連れてこいって五月蝿くて」


 明日は調度休みだし、退院にもつき合うよって言うと、美沙祢ちゃんはまた興奮した。


「ゴメンな。なんか最近ずっとつき合わせちゃって」


「何言ってるの? 私が好きで来てるんだから気を遣わない使わない。男の子はドンッと構えてなさいって」


 美沙祢ちゃんのこの笑顔と、それを愛おしそうな目で眺める彼を見ているのが楽しいから、毎日だって来たくなる。


「ほら、晩ご飯だぞ。しっかり食べて体力付けるんだぞ」


 健康な体の私達には心許ない量の食事。


 それでも美沙祢ちゃんには、食べきるのに頑張る必要がある量。


 おっ、大沢くんのお腹の音?


「今日、母さん遅いらしいんだよ。帰りにどっかで食ってこいだってさ」


 顔を赤くしてる。フフフっ♪


「そうなんだ。共働きも大変だよね。うちもそうだけど……。私も一緒に食べよっかな?」


「そこまで気を遣ってくれなくていいよ」


 美沙祢ちゃんが食べてる間、集中できるように、私達は廊下に出て待っている。


「いいよ。私一人っ子だしね。いつも一人で食べてるの。出来たら誰かと食べる方が楽しいし」


 いつも一人で本ばっかり読んでるけど、お喋りが上手で聞くのも上手、妹さんの相手をしているからだね。


 話題も豊富だから飽きることがない。


 正直に言って、私は彼に惹かれ始めている。


「そろそろいいかな?」


 しっかり噛んで食べられるように、十分時間を置いてから中へ。


「ちゃんと食べたかぁ~、って美沙祢? おい、美沙祢どうした」


「美沙祢ちゃん!?」


 さっきまで元気だった美沙祢ちゃんが苦しそうにしている。


 一体何が!?






 鶏アレルギーの美沙祢ちゃんの食事に、入ってはいけない鶏肉が入っていた。


 それを口にして苦しそうにしていたんだけど、大事には至らなかった。


 大沢くんはお母さんに連絡を入れて、残業を切り上げてお母さんが駆けつけた時には、もう落ち着きを取り戻していて、今は横になって寝ている。


「なんだか、あなたにまで心配を掛けてしまって、ごめんなさいね」


 初めてお会いするお母さんは、大沢くんによく似ていた。


 優しそうな人だな。


「本当によかったです。退院も予定通りできるみだいですし」


 病院側の不手際でこんな事になってしまったけど、抗アレルギー剤もよく効いているし、血液検査の結果も問題なし。


「アレルギーが多いので、あまり精の付く食事が取れなくて、この子の喘息もなかなか良くならなくって、入院も多いんだけど、最近はあなたのおかげか、食欲もあって、少し体力も付いてきたから、あなたには本当に感謝しています」


 面と向かってお礼を言われると照れますね。


「明日は、あなたも一緒に来てもらえると聞いたんだけど」


「はい、もちろんです。美沙祢ちゃんは大切なお友達ですから」


「あら、義宗はどうかしら? 母親が言うのもなんなんだけど、いい男でしょ? ちょっと不器用かもしれないけど」


 不器用って点では、ちょっとというより、かなりだと思うけど、いい男って点なら、……ちょっと格好いいかな?


「もちろん大事なお友達ですよ」

「友達? それだけ?」


「か、母さん! なに言ってんだよ」


 赤くなっている彼が可愛い。


「ああ、えっと……。気になり始めているのは間違いないです。よ」


「あっ、そう! そうなんだって 、よっ君! もう一踏ん張りだよ」


「だからいいって、遠鴇さんもからかわないでいいから」


 別にからかってなんてないよ。


 だから全否定されると、傷つくんだけどなぁ。


「もういいよ。後は母さんが見ておくから、あなたは千種ちゃんを送ってきなさい」


 いつもよりかなり遅くなっている。


 緊張していたから忘れていたけど、もうお腹もペコペコ。


「本当に悪かったね、遅くなっちゃって」


「気にしなくていいよ。お母さんには連絡入れておいたし、ゆっくりしておいでって言ってたし。あ、そうそう家もね、大沢くんとできたら美沙祢ちゃんも、一度連れてきなさいって言ってた」


「ああいや、それはちょっと……」


「ねぇ、大沢くんって、私のことどう思ってる?」

「えっ?」


 ここ数日付き合いだけど、惹かれているのは本当。


 さっき彼のお母さんから聞かれて、更に意識するようになった。


「そう、だね。まだはっきりとはしないんだけど、もう特別な人になっているのは間違いない。今は友達でいて欲しいとしか言えないけど、たぶん近いうちに、はっきりとすると思う」


 そうだね。私達ならこういう緩い間柄って言うのが合ってるかな。


「けどいつまでもは待てないよ。がんばって答えを見つけようね」


 頑張りますと小声で言う彼の背中に、私は目を細めて、目一杯の平手を打った。

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