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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
89/102

第 89 夜   『後悔返上!』

語り部 : 野田友治ノダトモハル

お相手 : 伊藤叶香イトウキョウカ


盛立役 : 枝丘織恵エダオカオリエ

 小学生の頃、恋とは気付かずに好きだった女の子に、いらぬちょっかいを出す。


 その行為に満足し、相手がどう思っているかなんてのは、関係なかった。


 まだ低学年である頃はよかった。お互いの力も均衡していて、ケガを負わせる心配もなかった。


 しかし俺は男だった。


 5年生6年生になると、男は男らしく、女は女らしく体が変化していく。


 いつものようにいつもの感覚で、手を挙げた俺はいつも通りに、あの子が追いかけてきて仕返しをしてくる。そう思っていた。


 だけどその日はいつもと違った。


 俺の平手はあの子の背中に、辺りに大きな音を響かせるほどの勢いで打ち付けられた。


 一瞬、自分が出した音にビックリもしたが、速く逃げないと直ぐに捕まってしまう。


 俺は懸命に廊下を走って逃げた。


 なんでだろう、いつまで経っても追いかけてこない。


 気になって戻った俺は、そこで自分のしでかしたことの大きさにやっと気付いた。


 あの子は大きな声を上げながら泣いていた。


 痛みに涙を溢れさせ、先生にしがみついていた。



   第 89 夜

    『後悔返上!』


 あの後、彼女は俺を許してくれることはなかった。


 いいさ、時間ならまだある。


 そう思っていたが、気が付いたら六年生も最後、卒業式を迎えていた。


 それでもまだ安心はあった。


 義務教育は続く、中学に上がれば俺だって、もっと上手く謝ることが出来るようになる。


 とにかく謝らないといけない。そう思っていた。


 だけど彼女は、俺と一緒の中学には入学しなかった。


 彼女は近くの私立女子中学校に入学した。


 今俺は中学2年生、もう一年以上彼女に会っていない。






 帰宅後シャワーを浴びる前に、部屋に荷物を置きに入った俺は、机の上に一通の手紙を見つける。


「誰からだ? 伊藤叶香……、ってあの子じゃないか」


 彼女との思い出で一番に浮かぶのは、やはりあの時の涙。


 楽しく笑いあった記憶の、全てをぬぐい去る泣き顔。


 俺は緊張して手紙の封を開けた。


 見覚えのある字だ。変わってない。


 内容は小学生の頃の思い出話と、あの時の行為に対する謝罪を一切聞こうとしなかったことを、今は悔やんでいるといった内容が書き綴られていて、最後に会って話がしたいと書いてあった。


 その指定日は……。


「今日じゃないか。午後6時に公園でって、もうすぐだぞ」


 俺は慌てて自転車にまたがり、指定の場所へと向かった。


 公園にはもう遊んでいる子供の姿はなかった。


 辺りはまだ明るいからいいとして、それでもこんな人気のないところで、女の子が一人でいるのはいいはずがない。


 とにかく俺は急いだ。


 6時を5分ほど過ぎた頃に、俺はようやく公園にたどり着いた。


 そんなに広い公園じゃあない、一体どこに?


「やっと来たぁ~!?」


 背後からの声に驚いて振り返る。


 1年と数ヶ月、成長期の少女は面影はもちろんあるけど、記憶とは大きく変わっていた。


「遅刻!」


「あ、いや、俺この手紙読んだのついさっきなんだ、どうもお袋が忘れていたみたいで」


 数日分の手紙を整理している時に見つけて、俺の机の上に置いてくれたんだ。


「ふぅーん、まぁ、いいわ。久しぶりね。もう声変わりしちゃったの?」


「今その最中、大きな声出すと喉が痛い」


 本当に久しぶりって感じだ。


 会うのは卒業式以来だけど、言葉を交わしたのはもっと前。


「それで、なに? 急に呼び出しなんて、電話でもよかったのに」


「会いたかったのよ。野田に」


「えっ?」


「電話じゃあ、言いにくいお願いがあってね」


 ……ああ、そうか、……そう、だよな。そんなもんだ。


「で、どんなこと?」


「えっとね、私の彼氏になって欲しいの」


 い、いきなりの告白!?


「ああ、えっと違う違う、彼氏のフリをして、会って欲しい子がいるの」


 それは学校の友達で、彼女とはなにかとぶつかることが多く、色んな事で競っているらしい。


「枝丘織恵、いいところのお嬢様でね、何かと自慢しぃで」


「なんでそんな子とやりあってんの?」


「私、入試で一番の成績で入学して、学年総代に選ばれたんだけど、入学式でいきなり脚光を浴びた私が鼻についたみたいなの。それからことある事に突っ掛かってきて」


 お嬢様は目立ちたがり。っていうことか。


「その彼女に、私の彼氏を見せてやるってか?」


「もういつもの如く売り言葉に買い言葉って感じで、引っ込みがつかなくって、うちの学校は女子校だし、こんなこと頼めるの野田以外に思いつかなくて」


 それは光栄なことだけど、面倒な話だな。


「それじゃあ、俺のメリットは?」


「えっ? 見返り求めるの? ……私まだあの時の心の傷、癒えていないのに」


 うっ、こいつはこの場面で、それを出してくるか。


「確かにもう一度、ちゃんと謝ろうと思ってたけど、今の感じで傷が残っているようには見えないぞ」


「本当だよ。見てみる?」


 そう言ってシャツのボタンを上から外していきやがる。


「ばっ!? 分かったからやめれ!! つか、見た目の傷なんてなかっただろ。当時から!」


 舌を出して手を止めたから、本気ではなかったんだろうけど、俺の角度からだとほんの一瞬、シャツの下のインナーが見えたぞ。


「……見返りってなに? 私に出来ることなら聞いてあげてもいいわよ」


 そうまで言うからには、よっぽど負けたくないんだな。


「成功報酬でいいよ。上手くいったら教える」


 とにかく今度の土曜日に、相手に会わされることとなった。






 お昼ご飯の後、再びあの公園へ、そこで伊藤と落ち合う。


「おーい、友治ぅ」


「えっ、名前で?」


「だって恋人同士だもん。その方が自然でしょ? 野田も、じゃなかった友治も私のこと呼んでみて」


「伊藤でいいんじゃね?」


「だめ、絶対ダメ!」


「分かったよ。叶香、これでいいか?」


「うん、それじゃあ行こ! 駅前のバーガーショップで待ち合わせだから」


 そう言って伊藤は、じゃあないや、叶香は俺の左腕に自分の腕を絡めてきた。


 女の子と(男ともないが)腕を組んでの初歩きです。


 しかし午後になって、日差しは益々強くなる。


 俺達はどちらからともなく、離れて歩くこととなる。


 待ち合わせ場所には、向こうの方が先に来ていた。


「織恵、待たせたわね」


 確かに親しい友達に対するのとは、違うトゲを感じる挨拶。


「あら、伊藤さん遅かったでは、ありませんか? 土壇場で逃げ出したかと思ってましたわ」


 今の喋り方……、確かに世間知らずのお嬢らしいな。


「とにかくお座り下さいまし」


 って、居心地悪い。


 俺はなぜか、二人に挟まれる位置に座らされる。


「お二人は小学生の頃から、お付き合いをなさっているんですってね」


 そう、小学生の頃に俺から告白して、それからずっと仲良くやっている。


 学校が違うのと、伊藤達の学校は課題も多いので、普段はなかなか会えないけど、毎日電話だけは欠かしたことがないとか、そう言う設定になっている。


 細かい設定資料を渡されたのは2日前、頭に完全に入っているか不安だったけど、話題は俺個人のことに切り替わり、質問会は続いた。


「まぁ、バスケットボールを? それでそんなに身長が高いのですの?」


 別にバスケットボールがしたくて身長を伸ばした訳じゃあない。


 無駄に高くなった身長を活かすために、とりあえず部活動に参加しているだけだ。


 この後もいろんな質問に責められる。


 いや待てよ? この子、質問している俺の事なんてなにも見てないぞ。


 ……ああ、伊藤のことを意識してるのか。


 その為に俺を間に置いたんだな。


 話は尽きることもなく、ジュースとポテトだけで、いつまでも居座っているのも気が引ける。


 俺達は場所をカラオケ店に移した。


 そこでは歌うのかと思いきや、最初っからお喋りタイム。


 ここでも俺のことを根掘り葉掘りと……。なにがしたいんだ?


「もうよろしいですわ。大体分かりましたから」


 えっ?


「あなた達、お知り合いには間違いありませんけど、お付き合いはしてらっしゃいませんね」


 なんで?


「あなたはなかなかアクティブな方のようですのね。なのに伊藤さんは学校でもあなたの事を、全く話題に上げていらっしゃいません。おかしいですわよね」


 そうか、例えばバスケットの大会でブロック第4位になった。とか言う話題が俺達の間であったなら、学校の友達に話すのが普通だ。


 それすらないということは……という推理か。


 するどい。


「そ、そんなことないわよ」


「無理なさらなくて、よろしいですわよ」


「だからそんなことない!? 友治!」


 俺を振り向かせて、俺の両方の頬を手で押さえると、突然キスをしてきた。


 おお、おい! 勢いに任せてなにを、手、震えてるぞ。


「わ、私達はもう、こういう関係だから」


 涙目になってなにを、肩も怒ってるし、説得力ないぞ。


「ふふ、そうですね。今のあなたの勇気を讃えて、今日はそう言うことにしておきましょう」


「だ、だからそう言うんじゃあ……」


「もういい!」


 俺は二人のやりとりをもう見ていられなくて、立ち上がって二人を見下ろした。


「君の言うとおり、俺達はにわかカップルだよ。けど、俺が伊藤のことを、ずっと昔から好きだったのは本当だ。君らがなにで競い合おうと勝手だけど、もうこう言うのはよそう。競うならもっと有意義なことでさ」


 そこでインターフォンが鳴り、ちょうど終了の時間も来た。


「もういいだろ? 帰るよ俺」


 今日はこれでお開き、俺は帰路についた。






「友治~」


 伊藤が追いかけてきた。


 まぁ、そうなるよな。


「悪かったな、最後までつき合ってやれなくて、なんかもうあれでも見抜かれてただろうし、そうなったら追い込まれたお前がなにしでかすか、ちょっと怖かったからさ」


「うぅうん、それはいいの。やっぱり無理があったんだね、最初から。そんなことより確かめたいことがあって」


 確かめたいこと? ……ああ。


「俺が君のことずっと好きだったのは本当、この1年ちょっと会えなかった間も、ずっと気になっていた」


 小学生の間は思っていても言えなかった一言を、ちょっと大きくなっただけの今なら、はっきり言える。


「……野田の見返りって、なにを言うつもりだったの? ここまでつき合ってくれたお礼に、聞いてあげる」


「えっ、あぁ、いいよ。本当に」


「じゃあ、じゃあ、言うだけ言って」


「ああ、うぅ、うーん」


 どうしよう。言っちゃってもいいんだけど、なんか空々しくならないかな。


「ねぇ、ねぇ」


「分かった分かった。言う言う、……一度しか言わないからな」


「うんうん」


「さっきも言ったけど、俺は今でも伊藤のことが好きなんだ。だから、……演技じゃあなく、本当に彼女になって欲しい。って言おうと考えていたんだ」


 言った後、俺は真上の青空を見上げた。


 なんかムッチャ恥ずかしい。


「なぁ~んだ」


 なんだ? 思いも寄らない返しだぞ。


「そんなの、お願いされるまでもないじゃん。私のファーストキス奪っておいて、責任取らないなんて許されないよ」


 ファーストキス奪ったのはお前だろ。って。


「い、いいのか?」


「イヤっていう要素が見つからない。それじゃあ、これからよろしくね」


 あの後悔の日から、今まで蟠りを残してきた胸のしこりは消えた。


 これからもよろしく、今度は俺の方から、彼女のキスを奪ってやった。


 調子に乗るなと殴られたけど、最高の気分だ。

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