第 88 夜 『二人の時間』
語り部 : 鈴屋深雪
お相手 : 湯川誠志郎
厳格な父の教育を受け、成績も生活態度も、学校の評価は全て優か良の典型的な優等生。
それが当たり前のように育ってきたから、学校の友達からも一目を置かれるようになっていた。
第 88 夜
『二人(?)の時間』
そんな女ですから、男の子達からも少し距離を置いたような目線を向けられ、影では鉄面皮とかって呼ばれている。
だけど私は小説に見るような、淡い恋模様というのに憧れもあるのに、生まれて16年、そんな恋の相手にも恵まれず、気付けば高校生になっていた。
「……なんで私なんですか?」
そんな私の前に現れたのは隣のクラスの、名前は確か……湯川誠志郎くん。
「なんでって、僕が君と仲良くなりたいからで、それ以上もそれ以下もないんだけど」
「だからなんで私なんですか?」
こう言う時にもう少し顔を赤らめて、上目遣いでもじもじでもすれば、男の子を魅了させることも出来るんでしょうけど、表情一つ作ることも出来ないこんな私にこの人はなぜ、「好きです。つき合って下さい」なんて言えたのだろう。
「鈴屋さんって、斜に構えてるけど、こう言うの苦手? さっきからずっと手に力入りっぱなしだけど」
緊張しすぎて開くことの出来ない手を見る。
確かに不自然に握り拳を作ってしまっている。
「みんなの前では毅然とした態度を心がけているみたいだけど、一人の時って結構柔らかい、今よりもずっと可愛い顔するよね」
え、いつ? どこでそんなところを見たというの?
「少し前に仔猫が校庭に迷い込んできたことあったでしょ? 女子が見つけて大騒ぎしていた」
覚えている。きつね色した生まれたばかりの小さな猫。
「あれ、最初に見つけたの鈴屋さんでしょ? まだ誰もいないグラウンドの片隅で相手してた」
あの時のこと!?
まさか見られていただなんて。
普段誰にも見せない私の裏の顔、まさかの目撃者。
「あの時の笑顔が忘れられなくてさ。どうしても友達以上になりたいって思ったんだ。もう一度君の笑顔が見たい。それが出来るようになったら、いつでも笑顔でいる君の隣にいたいって」
うわっ、歯が浮く。
でも……うれしい。
「それにあれもいいよね。放課後一人になるとボーッと空見上げて口開けてる顔」
って、この人は、どこで見てるんだ!? そんな恥ずかしいところ。
それじゃあ友達からってことで返事させられた。
させられたって言うのは、その言葉通りって言うこと。
私は即答で断った。
男の人とつき合うなんて、どうしていいか分からないし、折角私に好意を抱いてくれている人に、一緒にいたら、やっぱり違っていたとか言われてフラれるのも怖い。
「そんな理由ならNGは却下、OKって事でいいよね」
この人、すごく強引だ。
「ああ、いやいや、強要しようって言うんじゃあないよ。でも俺のこと分かってもらわないうちにフラれるのって納得いかないでしょ? だから友達でもいいから、恋人候補としてさ」
そうまで言われて、断るというのは、父の教えに背いているようにも思えて、再度NGを出すことはできなかった。
それから初デートは動物園。その後も水族館、牧場、野鳥園、植物園へもいった。
私が小動物が好きだと言ったからだけど、結構私達の街にも、そう言った施設があるもんなんだなと感心した。
彼がそう言った場所をチョイスするのには理由がある。
私があの猫と戯れていた時に見せた表情、あの顔をまた見たいというのが狙いのようだ。
でも私は、父の教えで、人前であまり取り乱した態度は、取らないようにとずっと言われてきた。
だから辺りに人がいる時は破顔しないのは、意識しているのではなく、体が自然にそうなってしまうのだ。
今日もこれから緑地公園をお散歩デート。
「気持ちいいねぇ。いい天気になって良かったよ」
「そうね」
「今日の服も可愛いね。嬉しいな」
「ありがとう。ってなにが?」
今日は公園を歩き回ると言うことで動きやすさより、少しだけかわいさをアピールしているのは確かだ。
だけど嬉しいってどういう事?
私はいつも通り、普通を装った無表情をしているのに。
「だって、今日のコーディネイトも、俺との時間のために選んでくれたって事でしょ?」
良く臆面もなく、こんな事言えるなぁ。
「普段からいろんな子に、こんな事言ってるの?」
「まさか、俺はただ単に感じたままを言葉にしているだけだよ。君だから包み隠さず。確かに恥ずかしいこと口にしてるなって気もするけどね」
本当に恥ずかしくなるなぁ。
「最初の頃は分かり難かったけど、深雪ちゃんって、いつもホンの少しだけ顔に出るよね。この頃はそれを見逃さないように、見つめているのも楽しみなんだ」
これが素なのだとすると、この人はかなりの天然ってことになるけど、なんて私にとって心地いい言葉ばかり、紡いでくれるのだろう。
「ごめんね。もっと分かりやすく出来ればいいんだけど、私は尊敬する父の教育方針を守るように心がけてきたから、こんな子になっちゃって」
「でもそのお陰で、俺は君とこうしていられるんだって思ったら、むしろ感謝しないとね。君と君のお父さんに」
「……どういう事?」
私の性格のお陰っていったい?
「だって、君が他の子達みたいに誰にでも人懐っこい笑顔を見せる子なら、俺みたいなパッとしないヤツなんて、相手にされないくらいにモテまくってただろうし」
私にはこの人の笑顔が、なんで今まで、他の女の子の心を鷲掴みにしてこなかったのかが不思議だ。
今さらだけど、なんで私みたいな子を選んでくれたんだろう。
こうして色んなお話をすればするほどに、私の中の戸惑う心が成長していく。
もう止められない。
私、本気でこの人が好きになってる。
「山の方、行ってみようか」
この緑地公園は丘陵にあって、山というのは大げさだけど、街を見下ろす程度には、高い位置まで登れるようになっている。
って、あそこって、あまり人が来ないところなんだよね。
「だ、だめ!」
「えっ?」
「ああ、いや、えーっと今日は上まで行く気分じゃあないんだ」
「そうなの? それじゃあ池の周り歩こうか」
やばいやばい、今のこの胸の高鳴りのままで、人の来ないところに行くのはよくない。
私のあれは、きっと引かれる。
彼との関係はまだまだこれから深まっていくところ、今は絶対に嫌われたくない。
「それにしても今日は人の数少ないね。ちょっと暑いからかな? でもそれなら池の周りには人が寄ってきててもよさそうなもんなのに」
そう言われてみれば、確かに人の姿は数えるほどしかいない。
って言うか、私達の会話が聞こえる距離には誰もいない。
だ、ダメだよミユキ、出てきちゃダメ。
「あれ? 深雪ちゃん、どうかした?」
「ふふん♪ 誠志郎くん! いつもいつもありがとうね。色んなところで気を遣ってもらって」
「って、深雪、ちゃん?」
「誠志郎くん! だぁ~い好き」
やっちゃった。
心では押さえようとしているのに、彼にしがみついたワタシは、しっぽを振る犬のようにじゃれついてしまう。
「ちょっ、ちょっと深雪ちゃん?」
ダメだ、嫌われる。
普段の私を見て好きだと言ってくれた彼に、ワタシの行動は絶対受け入れてもらえない。
だけど体を抑えることが出来ない。ミユキ、もう止めて。
あれからしばらく、彼にしがみついたまま離れようとしなかったワタシだったけど、ジョギングをしている男の人が近づいてきて、私は抱きつくのを止めた。
その後、少し途惑い気味の彼にお願いして、繁華街のオープンカフェに場所を移した。
「実は私、二重人格なの」
「二重人格?」
私の中には、人前では落ち着いた行動を心がける自分の他にもう一人、周りに誰もいないところでは、特別な存在に甘えてしまう自分がいる。
「父はね、本当に自分に厳しく、辺りとの協調性を重視する人で、私も兄も本当によく叱られていたの」
けれど母が言うには、私が生まれた時に、誰よりも喜んだのが父で、その証拠に父は他に誰もいないところでは、無茶苦茶に構ってくれて甘えさせてくれたんだけど。
「大人はね。表裏を使い分けたりも出来たんでしょうけど、子供の私は、まだまだ甘えていたい盛りの私は、人前ではなぜ甘えてはいけないのかが理解できなかった」
でもそうしなければ父に怒られる。
その矛盾を悟るには幼すぎた私。
心が壊れないように取った手段が、心を二つに分けることだった。
「こんな風にばれてしまうくらいなら、もっと前から話しておけばよかったね」
誠志郎くんは、なんだかあきれたような顔をしている。
いやだいやだ、大好きだと気付いたばかりなのに、別れないといけないなんて、酷すぎる。
「なんか本当に嬉しいサプライズをいっぱいくれるね。深雪ちゃんは」
って、今度のはいったいどういう意味だろう?
「だって、君の中のもう一人のキミが出てきてくれたって事は、俺は君たちの中で、特別になれたって事だろう?」
それはそうだけど。
「それに一度で二度おいしいなんて最高じゃない?」
顔に出すのは苦手でも、全く無表情って訳ではない私と。
心の念じるままに素直に行動を起こす私。
その二つを味わえると言って、喜んでくれているのだ。
「こんな言い方したら怒る? だったらゴメンね」
別に怒ってないけど……。
「そうだ。今度家においでよ。そうしたらもっといっぱいスキンシップできるよね。うん、それがいい!」
「誠志郎くん! ……もう、私これでも悩んでるんだよ。二重人格だなんて、やっぱりまともじゃあないもの」
「ふむ、そうか。でもそれも無理矢理無くすんじゃあなくてさ、慌てずにゆっくり自然に振る舞えるように頑張ろうよ。これからは一人じゃあなく、二人なんだからさ」
そうだね。
どちらの私も本当の私だもの、心強い味方も出来たことだし、頑張ってみようかな。
「だから先ずは俺ん家で!」
「もう誠志郎くんのエッチ!?」
そう言いながらも、私達は次のお休み、彼の部屋で遊ぶ約束をした。