第 83 夜 『情報最前線』
語り部 : 岸野武登
お相手 : 魚住梓
盛立役 : 大和田結香
鳴伴元気
あんなに全身で感情表現する子に、好意を寄せられるのは悪い気はしない。
だけど彼女がはしゃげば、はしゃぐだけ心が痛くなる。
だって俺は彼女に何度も何度も「ごめんなさい」と言ってきているのだから。
第 83 夜
『情報最前線』
キッカケはなんだったのかは分からない。
彼女に聞いたら笑顔で「ないしょ」と言われたことがある。
「どうかした? 武登くん?」
「あ、いや、そろそろ現れるんじゃあないかって」
彼女とのデートの最中、これはもう癖になってしまっている。
辺りを探るような行動。
「たっけと君♪」
「魚住さん、やっぱり今日も来たんだね」
「あったり前でしょ。武登くんが今度の彼女との初デートだよ。黙って待ってられないもの」
いや、これは俺とこっちの彼女とのデートであって、君には関係ないんだからさ。
前の彼女の時も毎回現れて、最終的には、彼女にこの子が何かを言って、どうもそれが原因で、破局となった経緯がある。
「あなたが魚住梓さん? 初めまして、私、岸野武登くんとお付き合いしている大和田結香です」
「初めましてぇ。ねぇ今日は映画を見に行くんだよね」
「なんでそれを、どこで?」
「世の中情報が命だよ。なんちゃって、昨日の教室で、二人で楽しそうに喋ってたでしょ」
それを聞いていたのか。
油断も隙もないもんだ。
って、その話していた時に魚住さん側にいたかな?
「それっじゃ行こうか?」
「って、君とは行かないって」
さも当たり前のように言われても、誰も首を縦に振ったりしないよ。
「一緒に行くなんて言ってないよ。たまたま目的地が一緒になるだけだから」
それって付いてくるって事でしょうに。
「勘弁してよ」
「いいんじゃない? 別に映画見るくらい。でも見終わったら素直に帰ってね」
そんな余裕見せていていいの?
だって彼女の情報網って、舐めていると痛い目に。
「そうそう、大和田さん、4組の鳴伴くんの事なんだけどさ」
「えっ? ああ、ちょっと魚住さん、ちょっとだけ向こう行かない?」
ほら、なんか地雷踏んだでしょ?
二人は俺を置いて、物陰に行ってしまった。
しばらくして帰ってきたのは魚住さんだけ。
もう彼女との付き合いは始まってもないのに、これで終わりかな?
「彼女帰っちゃった。じゃあ映画行こうか?」
「だから行かないって。なんでいつもこういうことするの?」
「だって、大和田さん武登くんと鳴伴くんの二股かけてたんだよ」
それをちらつかせて、退散させたってわけだ。
でもそれで帰ってしまうくらいだから、俺には脈はないな。
「ねぇ、どうせだから行こうよぉ」
「魚住さん、いつも言ってるように、君とつき合うつもりは俺にはないよ」
「いいよ、今はそれでも、でもいつかきっと、こっち向かせるんだもん」
と言っても、俺は第一印象でかなり引いてしまっているから、なかなか靡くというのは難しいと思う。
と言うか、今もあまり言葉を交わしていたくないと思っている。
彼女の情報網は、本当に正確で早い。
将来報道の仕事に就きたいと言うのだが、だからと言って、他人の個人情報にまで踏み込んでくるのはどうかと思う。
そんな風に感じるようになったのには訳があり、それは今年の春のこと、入学早々声を掛けられて、振り返ったそこには魚住さんが満面の笑みで立っていた。
割と好みのタイプだったのでドキドキしたけど、俺が周りには伏せている事に、いきなり触れてきた時は驚いた。
小学生の頃、事故にあって左足を複雑骨折した俺は、長期のリハビリで回復して、普通の生活をするのには、支障がないようにはなったものの、本格的にスポーツをやることは出来ず、その事故までは毎日のようにやっていたサッカーも出来なくなっていた。
学校の授業ではお茶を濁せても、部活に出られるほどには治ることはなかった。
その事故についても実のところ、あまりちゃんと覚えていない俺に、彼女は本当に事細かく説明してくれた。
それで俺は怖くなったのだ。
彼女に関わると全て丸裸にされてしまうような、そんな錯覚に襲われて。
とにかく彼女によって、終わりを向かえたのはこれで二人目。
断っても断っても言い寄ってくる彼女に対処しようと、別の彼女を作ったのだが、二人とも瞬殺されてしまって、どうしたものか……。
それにしてもなんであの子は、出会って間もない俺のことを、好きだと言えたのだろうか。
本人に確認してもナイショとしか言わないし、ここは目には目をと言うことで、彼女のことを探ってみるのもいいかもしれない。
この辺りだよな、彼女の家。
魚住さんは先生に呼ばれて職員室に行った。
その隙に下校したのだが、それで今の俺は、彼女の家の前に立っている。
「はい、どちら様?」
出てきたのは彼女のお母さんだ。
先ずは家の人に魚住さんと、仲のいい友達のことを聞いてみようと思ったのだが。
「あれ、もしかしてあなた、岸野武登くん? へぇ、梓から聞いてたけど、本当に同じ学校になったのね」
これまた途惑い。
俺は一体どこで彼女のお母さんと会ったのだろうか?
それについて詳しく聞こうとしたところに、魚住さんが帰宅してきた。
「なにしてるの、こんなところで?」
「梓お帰りなさい。なんだか懐かしいわね、もっと早く連れてきてくれればよかったのに。さあさあ上がって上がって」
俺は遠慮無く中へ。
魚住さんが着替えてくるまで、お母さんと話し込んだ。
話題は昔話。
俺達が小学生の頃の話だ。
「武登くん……」
彼女が着替えを終えた。
「ちょっといい?」
場所を彼女の部屋に移す。
「話、聞いたよね」
「うん、おそらく君が俺のことを好意に思ってくれる、理由なのだろうと思う話を」
俺達は小学生の頃に、一度だけ会っていた。
夕方の公園、俺は友達とその日も飽きずにサッカーをしていたその帰り道。
なんだか危ない走りをする、一台の乗用車。
歩道には俺達以外にも多くの人がいた。
暴走する車にいち早く気付いた俺の友達が、大きな声を上げたから、その周囲にいた人たちは、蜘蛛の子を散らすように飛び退いた。
ただ一人、女の子が少し遅れて、突っ込んでくる車を避けることが出来なかった。
咄嗟だった。
反射的に体が勝手に動いたんだ。
女の子を突き飛ばした俺は車と接触、辛うじて触れる程度だったので、命に別状はなかったものの足を骨折。
ただそれも最悪なことに、足の骨が皮膚を破って出てくるほどの、見るからに重症の複雑骨折。
長い間の治療と、リハビリを余儀なくされた。
せめてもの救いは、俺が突き飛ばした女の子が無傷だと教えてたこと。
「けど、本当は無傷ではなかったんだよね。左手首だって? 動かせなくなったの」
「う、うん。けど痛みがある訳じゃあないから、手を使う競技以外は体育の授業も問題ないんだよ。曲げられなくなっただけだから」
俺達をはね飛ばした車を運転していたのは、当時有名だった代議士の息子、酒気帯び運転をしていたらしい。
ただその事件は公には、別の人間が事故を起こした事になっていた。
噂は噂を呼んで、大きく報道はされたけど真相は闇の中。
「私がジャーナリズムの世界を目指すようになったのは、その時の報道を見てからなの」
本当のことが知りたい。
そう言った思いから進路を定めて、独自の勉強と訓練を行っている。
「そうか、それで俺の過去を知っていたんだな。なんだ、俺はてっきり、俺のこともその勉強の一環で調べられたのかと」
「え、そんな事しないよ。人のプライベートに無闇にくちばし突っ込んだりしない」
「だけど俺とつき合ってた彼女達のことは?」
「ああ、それは武登くんとつき合うのに相応しい子かどうか、検証してただけだよ。いくらこっちを振り向いて欲しいからって、自分から嫌われるようなことしないよ」
それならそうと、はっきり言っておいてもらわないと、俺、その嫌う方向性で君のこと見てたよ。
そうか、それで魚住さんは俺のこと、最初から知ってたんだな。入学式で見かけて、名前を確認して俺だと分かり、声を掛けてきたのだ。
全ては誤解から始まって、ずっと警戒してきた。
今まで悪いことをしてきたな。
「なんか恥ずかしいね。改めて話すと」
「いや、俺は今日来てよかったよ。本当に」
でもだからって、直ぐにこの子のことを好きになったり出来ないし、おそらくしばらくは逃げ回ることしかできないだろう。
けど、状況は変わった。
もしかしたら俺の隣に魚住さんが並んで、いつか一緒に街を歩く日が来るかもしれない。
そんな思いが心に生まれたことは本当だ。