第 82 夜 『想い、伝えて』
語り部 : 桟橋桜世
お相手 : 松田楓
盛立役 : 安西春香
鞍馬雄大
小学生の頃からずっと友達だった。
俺とあいつと、あの子と俺、何をするにも3人はほとんど一緒だった。
「桜世の事、ずっと好きだったけど、今は雄大のことが好きだから」
それは俺の初恋が終わった瞬間だった。
第 82 夜
『想い、伝えて』
俺と雄大は紳士同盟的な決まり事を約束していた。
俺とあいつは一人の女の子を同時に好きになった。
安西春香は際だった美人というわけではなかったが、俺達には誰よりも輝いて見えるマドンナだった。
俺もあいつも春香に想いを告げて、特別な関係になりたいという願望を持っていたが、同じくらいに大事にしている3人の友情、それを壊さないために、今はまだ打ち明けるのは止しておこうと決めたのだった。
ある日突然、春香から雄大とつき合うことになったと聞かされ、ショックを隠して、春香が決めたことなら仕方がないと諦めた。
それでも、一緒にいられる時間が少なくなったとしても、俺達の友情を守れるのなら、それでいいと思っていた。
しかし真相はそうではなかった。
あの誓いを裏切ったのは雄大だった。
春香と二人っきりになった放課後、ひょんな事から二人の始まりを聞かされることになる。
春香は「本当はずっと桜世のことが好きだったんだよ私」と言った。
突然のことに衝撃が大きく、俺は黙って聞いているしかなかった。
「けど、桜世はいつまで経っても気持ちを打ち明けてくれないし、直接気持ちを聞くのは怖かったから、雄大に相談したんだ」
誓い合った約束の中には、俺達に関わる春香との会話は、必ず共有すると言うのもあった。
しかしそんな相談事が合ったことを俺は知らない。
いや、紳士同盟を組んでいるから、春香が俺を好きだったという事を、教えるわけにはいかなかったのだろう。
きっとそうだったのだと思うことにした。
だけど実際はそうではなかった。
「雄大から桜世は私のことを女の子として見ることはない。って聞かされた時は、正直ショックだったんだ。けどずっと友達してきたんだもんね。異性として見られなくても仕方ないよね」
そう、雄大の裏切り行為は明白だった。
「それでね、涙が止まらなくなった私を慰めてくれたんだ。嬉しかったよ。って、桜世のことを責めているんじゃないよ。ただ雄大は私のことをちゃんと、女の子として見てくれていたの」
もう疑いようがない。
俺には脈はないように思わせ、雄大の方からアプローチをかけて、結果として、二人はつき合うこととなった。
「へへ、別にどうとも思ってない桜世に言ってもしょうがないよね」
そう、今さらしょうがないのだ。
「おお、待たせたな、帰ろうぜ」
もちろんそんな時に雄大の顔を見れば、俺の心は穏やかにしておくことも出来ない。
顔を見るなり飛びかかり、俺は「なんでだよ!?」と怒鳴りつけていた。
俺の様子を見て、一瞬で全てを悟ったのだろう。
雄大は俺から目線を逸らした。
その態度に俺の心の箍は外れるのに、なんの躊躇もなかった。
椅子も机もケリ散らかす俺の様子を見て驚いている春香は、直ぐに我に返って俺を後ろから羽交い締めにする。
「どうしたの桜世!? ちょ、ちょっと、やめて!! きゃっ!?」
勢い余って俺が振り回した腕に弾かれて、春香は尻もちをついた。
倒れ込む春香の姿を見て、俺は暴れるのを止めた。
一気に血の気が下がっていく。
なぜこういう事になったのか、俺達は春香に説明した。
「桜世の気持ちは分かったよ。すごく嬉しいって思う。けど、言葉にしてくれたのは雄大だったから、勝手な判断かもしれないけど、私には雄大の気持ちの方が大きいように見えるから」
春香は最終的にも雄大を選んだ。
それから数日間、頭を冷やす必要は合ったが、俺はどうにか雄大とも春香とも、元のようには戻れなくとも、友達として今まで通りにやっていけないかと考えた。
俺も恋人を見つければ、自然に友情を回復できるのではないか。そう考えた。
そこで先ずは、彼女になってくれそうな子を探そうと考えた。
実行に移した。
とりあえず、少しでも仲のいい女友達に手当たり次第アタックした。
念入りに相手がいないことを確認して、少しでも俺に好意を持ってくれている子を選んだ。
けれど、どの子もシックリくることはなく、次々と相手を変えていった。
それでも決めることは出来ず、悪名だけが轟いた。
俺はその日、天地がひっくり返るほどの衝撃を覚えた。
何気ない朝の風景、園芸部の花壇のある辺りを通りかかった時だ。
他には誰もいなかった。
その子だけが汗だくになり、服や顔が土に汚れることも気にすることなく、花の世話に没頭していた。
「おはよう、精が出るね」
親父くさい声のかけ方をしてしまった。
「あ、おはようございます。もう今の時期は大変で、本当に手の掛かる子達ですから」
「へぇ、そうなんだ。そんなに大変なのに、なんだか嬉しそうだね」
「そりゃあそうですよ。花壇を作ることも楽しいですし、なによりこれから花や実を付ける枝葉のことを思えば、ウキウキが止まらないじゃあないですか」
なんて生き生きとした笑顔を蓄えた子なんだ。
そう、それはまさに一目惚れだった。
その日の放課後。
いつもなら相手のことを調べてから行動に移すのだけれども。けど今回は。
「ダメかな?」
彼女の名前は松田楓さん。今分かっているのは名前と学年が1年生、所属は園芸部と、この程度だけ。
「えーっと、お気持ちは嬉しいんですけど」
告白して断られることは珍しい事じゃあない。
そんな時は今までなら食い下がることなく、直ぐに身を引くのだけれど。
「理由、聞かせてもらえるかな?」
「え、えーっと先輩って桟橋桜世さんですよね。その、女の子のこと取っ替え引っ替え弄んでいるって、有名な」
遠慮のない子だな……。
しかしこう言う時、弁解のしようがないというのも困りもんだ。
完全に警戒されてしまっている。
「それは誤解なんだけどな。でも自業自得だしね。分かったよ。……だけど一つだけ質問。つき合ってる人いるの?」
「え、いませんいません。好きな人はいますけど」
そうか、好きな人がいるのか、それじゃあ、これ以上無理かな。
「質問一つって言っちゃったけどもう一つ、その人に告白した?」
「……いいえ、まだです」
この子、俺のこと警戒しているように言ったけど、どうやら人の言葉を疑わず受け入れて、何かを言われると簡単に流されちゃうタイプだな。
「告白する気は?」
「えーっと、今のところはないです」
「そっか、君は後悔をしないようにね」
「えっ? それってどういう」
俺は彼女に俺の体験談を語った。
あまり人に聞かせられる話ではないけど、なんだか彼女にだけは俺と同じ目にあって欲しくない。
そう思った。
「そんなことが……」
「うん、だけど俺は、あの二人が上手くやっていけるんなら、言うことはなにもないんだ。けど、たぶんあいつらは俺が独り身でいるうちは、前みたいに接してくれないと思う。だから彼女を作ろうと思ってさ」
でもそれはとても失礼なことだよな。
特に好きになったわけでもないのに、こっちから交際を申し込んで、結果として振り回すだけ振り回して、傷つけて。
「だから言い訳はしないよ。それに好きな人がいたり、恋人がいる人には、無理につき合ってもらう気もない」
「あの、さっきはごめんなさい」
「ああ、いいよいいよ。俺も唐突だったし。それより、もしよかったら手伝えないかな? 君に少しでもその気があるなら、やっぱり想いは伝えた方がいいと思うし」
俺の申し出は、彼女の心をかき乱した。
相手は松田さんと同じクラスで、サッカー部所属の1年生。
春の体育祭で、運動が苦手な自分を見捨てることなくつき合ってくれて、結果は散々たるものだったけど、最後まで頑張ったと褒めてくれた時の笑顔が、忘れられないのだそうだ。
「それでその彼には、彼女はいないんだよね」
「その、はずです」
その、はずです。か……。
俺は、自分のために今までやってきた情報収集の能力を遺憾なく発揮し、そいつにはつき合っている子も、好きな子もいないことを確認した。
彼女には想いの丈を伝える文面を用意するように薦めた。
彼女の性格では面と向かってと言うのは、難しいと思ったから。
彼女が書いてきた手紙、チェックをして欲しいとお願いされたので、気は引けたけど読ませてもらった。
もし俺がそれをもらったら、感動するのは間違いない。
正直に思ったままを彼女に告げた。
準備は整った。
俺はお節介ついでに、もう一つ助言した。
「面と向かって言葉にするのは無理でも、これを渡すのは直接の方がいいよ」
そうすれば効果は上がる。
より強い気持ちが伝わる。
俺はそう思っていると。
準備も整い彼を呼び出して、手紙を手渡した。
そして、彼女の恋は終わった。
「ごめんな。無理矢理終わらせちゃって」
「ああ、いいんです。本当に。スッキリしました。と言うか目が覚めました。私も初恋だったんですけど、本当にこれが恋だったのかどうかも、今はもう分かんないんですけど」
後悔がないなら、それはそれでいいか。
「それじゃあ……」
俺もまた自分のために、新しい恋を探さないとな。
「あ、あの!」
「なに?」
「私の初恋は終わりました。その、今は好きな人もいないんですけど……」
それはつまり。
「え、でもそんな、今終わったばかりなのに」
「そ、そうですよね。私だって桜世さんに対して、あんな失礼なこと言ったのに、こんな前の恋が終わったから直ぐに次みたいな」
これ以上赤くなったら倒れてしまうんじゃあないかと言うほど、耳の先まで真っ赤になって、目を泳がせている。
「彼のことは好きでした。それは間違いありません。でもそれが本当に恋だったのかどうかは、本当に分かんないんです」
なんか同じようなことを繰り返しだしたな。
もういっぱいいっぱいなんだろう。
「ふっ、それじゃあ俺の気持ち、受け入れてくれますか?」
「え、あ、その……はい。よろしくお願いします」
彼女は深くため息を吐いて、体の力を抜いた。
後から聞いた話だ。
結局、楓ちゃんは例の彼にラブレターを渡さなかったらしい。
呼び出しておいてごめんなさいなんて、正直に全てを打ち明けて、理解してもらったとか。
彼女はラブレターが出来上がった時点で、もう気持ちはこちらに向いていて、だけど俺が真剣に応援しているもんだから、とりあえず呼び出すまでは、俺に従うことにしたそうだ。
今日はこれから楓ちゃんとデートだ。
彼女と出会った後、雄大と春香とも合流し、一緒に遊びに行く予定だ。