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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
8/102

第 8 夜   『アルコール・パニック』

語り部 : 弓薙貴之ユミナギタカユキ

お相手 : 増永麻紀マスナガマキ

「それじゃあ、これで」


「はいお疲れ様でした。弓薙さんはこの後、会社に戻られるんですか?」


「ええ、直帰したいところなんですが、資料を一度会社に戻しておかないといけないんで」


 お得意先の担当さんとの打ち合わせを終えて、今日の業務は一応終了した。


「それはそうと、今日は増永さんはどうされてます?」


 もう一人の担当さんの名前を出した途端、ちょっと彼の表情が曇ったような気がしたが、まぁいい。


 彼女は今日は資材部の監督の仕事を任されているらしい。


「凄いですね彼女。本当にいつも、色々勉強させてもらえて、助かってますよ」


「はは、そうですか。でも彼女にも弱点ってあるんですよ」


 聞いてもないのに、なんでそんな話を?


「気になります?」


「ああ、いえ、そう言うのは失礼ですし」


「そうですね。これはちょっと調子に乗っちゃいましたね」



   第 8 夜

    『アルコール・パニック』


 一度会社には戻ったけど、別に仕事が残っているわけではない。


 資料を上司に渡してすぐ同僚と退出。


「どこか飲みに行くか?」

「そうだな、メシ食えるところで飲もうか」


 明日は祝日で休み、晩飯を兼ねて男二人、飲みに行くことにした。


 どこにしようかと町中を散策中、思いがけない人を、あるお店の中に見つけた。


 別に合流して一緒に、と言うわけではないが、一緒の空間でなに気に時間を共有するのも悪くない。


 我ながらかなりキモイこと考えてるなと思いながらも、そこにすることにした。


 向こうも同じ会社の同僚二人と飲食中。


 さりげなく相手の様子が覗える場所に座り、まずはガッツリ食事を済ませる。


 その後おつまみとビールを頼み、他愛ない話を魚に、酔いを深めていく。


 俺は時々向こうの席を気にしていたが、同僚は気付いていない。

 だから急に立ち上がる俺を見て、かなり驚いたこいつは、椅子ごとひっくり返りそうになっていた。


 俺はそんな同僚には構わず、急いで一つのテーブルに向かった。


「大丈夫ですか?」


 俺が声を掛けたのは、昼間行った取引先の総務部の女性、もう一人も確か同じ会社だったと思うが、あまりに突然割り込んだもんで、二人とも面食らっている。


「えっ、ああ、えーっと、弓薙さんですよね。お疲れ様です」

「ああ、お疲れ様です。そんな事より」


 そんな二人には構わず、その二人に挟まれて、テーブルに突っ伏している一人を気に掛ける。


「大丈夫です。いつもの事なんです。って言っても、ここからが大変なんですけど、この子こうなったらなかなか起きなくて」


 なんだ寝てるだけか。急に突っ伏したように見えたから、何かあったのかと思った。


「そう、何ともないのなら」

「あ、あの、こんな事お願いするのも失礼なんですけど……」


 彼女たちはそろそろ店を後にしたいらしい。


 だけど彼女を置いて出て行くわけにはいかず、いつもなら仕方なく起きるまでこのまま粘るらしいのだが、俺が良ければ面倒を見てもらえないかという。


「そうですね。お店にも迷惑ですし、僕で良ければ」


 会計を済ませ、取り敢えずいったん外へ、俺は耳元に届く健やかな寝息に、微笑ましさを感じる。


 取引先のよく知った相手と判って、安心して任せようとしているのだが、女性を男に預けてまさか帰ってしまうとは……。


 と言うか、こっちの連れが彼女たちを連れて行っちゃったんだが、俺はどうしようもなく、酔い覚ましがてら河原を歩くことにした。


 川辺の風はちょっと肌寒かったが、背中に人肌があるから、割と平気だった。


「う、うーん……」

「あ、目覚めました?」


「えっ、弓薙さん!? なんで?」


 ほどよく冷たい風を浴びて、目を覚ました増永さんは、どこでどうなって俺の背中に乗っているのかが、理解できずに軽くパニックを起こした。


「あ、あの……もう平気なので下ろしてください」


 一気に酔いまで覚めたようで、慌てて降りようとする。


「はいはい、よっと、……おっと、あぶない」


 足下がまだ覚束ないのか、ふらつく彼女の肩に手をかける。


「ああ、スミマセン。……でもなんであなたが?」

「いや、さっきのお店で僕も飲んでたんですよ」


 見かけたのは偶然だが、それで店を選んだ事は、まぁ、言う必要もないだろう。


「あなたが酔い潰れているところに居合わせまして、同席していた彼女たちにお願いされたんですよ」


「……本当にごめんなさい」

「いやいや、同じ仕事をする仲間じゃないですか、それになんだか得した気分です」


 今日のあの担当者の言っていた弱点って言うのは、多分この事だったのだろう。


 彼は増永さんの事を普段から、あまり快く思っていないように見えていたから、俺にこの事を教えて、ほくそ笑みたかったのかもしれない。


 だけど俺は、尊敬すらできる彼女の、ちょっと弱い部分を知ることができて、とても嬉しく思えた。


「お恥ずかしいです」


「いや、俺こそ申し訳ない。人が気にしている部分を見て、得したなんて言って」


「私、別にお酒が好きって訳じゃないんですけど、嫌なことがあると、飲まなくちゃ、いられなくなっちゃって」


 川沿いの散歩道にあるベンチに腰を下ろす。

 辺りにはあまり人影もない。


「嫌なこと、ですか」


「……私は今の仕事が本当に好きなんです」

「ええ、見ていればよく分かりますよ。お陰でいろいろと助けられています」


「ありがとうございます。そう言ってくださる方も、確かにいらっしゃるんですけど、同じ会社で仕事をしていると、やっぱり女だてらに、っていうのが気になる男性社員はいて、嫌な思いをすることはもう、日常茶飯事なんです」


 嫌な思いをする、例えばセクハラのような行為を受けても、今の会社で、今の仕事を続けていくためには、多少の事は我慢もしないといけない。


「だからそれを、一時でも忘れられるように飲むんですけど、私いつまで経ってもお酒に弱くって」


 確かに彼女たちも、「いつものことなんです」と言っていた。


 気持ちが弱った時、彼女たちにできるのは、憂さ晴らしのお酒に付き合う事くらい。


 それでいいのだろうけど、だったら捌け口は色々あった方がいい。


「増永さん、もしよろしかったら、今後は僕がお付き合いしますよ」


 きっと社内でも探せば、他にも彼女を応援する人はいるだろう。

 でも俺みたいに、少し距離のある人間の方が、声に出して言いやすい事もある。


 もっとプライベートなことを語り合って、お互いのいろんな事を知るのもいい気がする。


「そうですね。愚痴をこぼすなら、あの子達より言いやすいかも」

「ええ、ドンドンこぼしてください」


 ようやく笑顔が戻ってきた彼女は、仕事中にはない、自然な表情を見せてくれる。


「やっぱり弓薙さんっていい人だなぁ。知ってました? 私、結構前から好意を抱いてたんですよ」


「……増永さん、やっぱりまだ酔ってます?」


 いたずらっぽく微笑んだかと思えば、彼女は急に近寄ってきた。


「ふふ、そうですね。酔ってるみたいです」


 まさかのキスに驚きながらも、笑みがこぼれてしまう。


「それじゃあどこかに飲みに行きましょうか? もちろん酔い潰れないように気をつけて」

「遠慮なんてしませんよ。あなたがいてくれれば、安心して眠れます」


 夜風に冷えた体を温めるように、体を寄せ合い、夜の街へと向かうことにした。

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