第 79 夜 『ゲーセンファイター』
語り部 : 大津和正
お相手 : 渡辺薫
盛立役 : 高井戸信護
股木章久
榎本康真
太田佳枝
教室の俺の机の中、一通の手紙、宛名は間違いなく俺への物。
差出人は渡辺薫さん、……接点がない。
第 79 夜
『ゲーセンファイター』
手紙の内容を読んでみた。
俺と友達の高井戸信護、股木章久、そして榎本康真。
4人で遊びに行ったゲームショウ。
その場所に渡辺さんも来ていたんだとか。
「やっぱり接点ないよな」
俺達とは会っていない。
とにもかくにも。
「さて、そろそろ指定の時間か……」
早めに指定場所にやってきて、待つこと12分。彼女が現れた。
「あれ? えっと、もしかして待たせちゃった?」
「ああ、気にしないで、早めに来ただけだから、待たせても悪いし」
「そうなんだ、ありがとう」
小柄な彼女は、俺の肩よりも低い位置にある目線を、真上に向けないといけないくらいの距離まで近づいてくる。
「な、なに?」
「うーん、思っていたより背、高くないね」
「君に言われても……」
仲間内でも低い方、学年男子の平均よりも少しだけ低い俺より、ずっと低いからね。
同い年と言われても、俄には受け入れられない。
「コホン、大津くん、いや和正くん、うぅうん師匠!」
おいおい、なんだいきなりのこのノリは?
と言うか、師匠ってなんだ?
「名字でも名前でもいいけど、師匠はやめれ」
「じゃあ、和正くんって、ずっとあの名前でゲーム登録しているの? SLASHっての」
ゲームショウに行くくらいゲーム好きなら、知っていても不思議じゃあないか。
粋がって、それっぽい名前付けたヤツだからな。人に言われるとかなり恥ずかしい。
後で辞書引いて「言葉の切れ目……」とかって読んだ時は、改名も悩んだけど、その頃にはNET内でもちょっと浸透しちゃってたからな。
「この間のゲームショウで、メーカーブースにあった新ゲームで、飛び込み参加の対戦大会やってたでしょ?
そこで名前確認したの。もうゲーム好きの間じゃあ、結構有名な名前だからね。そんな名前本人しか使わないでしょ?」
いや、意味調べたら、使わないでしょ。
ただそれだけじゃあないの?
「まぁいいや、それで何? 師匠ってどういう事?」
「いやぁ、私ゲームがもの凄く好きなんだけど、もの凄く下手でね。下手の横好きなんて情けないから、上手くなりたいんだよね。そう思っていたら、身近にお手本になってくれそうな人がいるじゃない?」
それで俺ですか。
「それで得意ジャンルは?」
「落ち物パズルとシューティング」
パズルはいいけど、シューティングのアドバイスって難しいな。
「それじゃあ落ち物パズルから……」
「そうじゃなくって、私が教えて欲しいのは対戦格闘!」
なんで? 新境地開拓?
「どうしても勝ちたい相手がいるんです!」
どうでもいいけど、この子無駄に熱いな。
「その相手って?」
「兄です。昔っから背の伸びない私を、ずっと苛めてきたヤツに、どうしても勝ちたくて」
「でもゲームは好きでも苦手なんだろ? 他に勝てることないの?」
「ヤツは頭が良いんです。そして私は運動オンチなんです」
そこは力説するところではないのでは?
「お願いします」
「それはまぁ、いいけど……、じゃあゲーセン行くか?」
「はい、コーチ!」
だからそれはやめれ……。
思いの外、敵は手強い。
いや、あまりに弱い。
「好きだって言うんなら、せめて必殺技くらいはスムーズに出せるようでないと」
「えへへ、ねぇ、やって見せて」
彼女がこれならやれる。
と聞いて選んだゲームをやらせたんだけど、好きだと言いながら、得意なキャラが決まってないんだもんな。
そりゃあ上手くならないよ。
技は簡単にできて当然、まくりやキャンセルや投げ技の間合いなどは、指で覚えるしかない。
あとやっぱり可能な限りコンボを続けられるように、やっぱりキャラは固定した方が上達しやすい。
「先ずは操作法、しっかり覚え込んで、それから他のキャラも、ちゃんとどんな技を持っているのかも、覚えておかないと」
ようはやり込み。
「ねっ!」
「すごい、ほとんどパーフェクトでクリアしちゃった」
相手がCPUだったからね。
トリッキーな動きはあまり見せないから。
「よぉ、乱入していいか?」
「ああ、お手柔らかに」
行きつけのゲームセンターだから、知り合いもそこそこいる。
彼はGREENHORN、未熟者なんて呼べない強さの、ここいらでは一番の俺のライバル。
「ねぇ、ねぇ、録ってもいい?」
携帯を取り出して、ムービー撮影を始める。
「別にいいよ。いいよね?」
「あん、なんだよ彼女連れか? やりにくいな。まぁ、いいよ」
お互い一番得意のキャラでスタート。
悪いんだけど、彼の手口は読めてるんだよね。
「くそー、そこで待つかよフツー」
「へへ、けど実際焦ったよ。いつもと戦術変えてきたんだな」
「今までにない手だろ? それでも勝てなかったのは、かなりショックだけどな」
「ふっふーん、一昨日来なさい」
それから3回ほど対戦を重ね、今日の僕は絶好調。
危ない場面もそこそこに完勝。
「ちっ、今日は調子悪いや」
「姑息なこと考えてくるからだよ。また今度、全力で」
「そうだな」
お互い本名を名告ってはいないし、実際の年も知らない。
お互い制服で、どこの学校かは分かっているけど、別にそれ以上何かを知りたいとも思わない。
「じゃあな」
「おー、またな」
彼は帰っていった。
「お待たせ、ゴメンね放ったらかしにして」
すっかり忘れてた。
まだ携帯を構えているよ。
「渡辺さん?」
「す、っごーい! ちゃんとハイビジョンで録画したかったよ」
まぁ、本番を見るって言うのも、勉強になるもんね。
それからしばらく、数回彼女はプレーしたものの、やっぱりキャラを使いこなせていないから、これ以上は何をやっても進化はないと踏んで、俺達はネットカフェに行くことにした。
「攻略サイトを見て、ちゃんと技とキャラ特性は覚えないといけない。君が今日選んだキャラは、これだけ技があるんだ」
「結構いろんな技あったんだね。へぇ~、知らなかった」
それでよくやれると言ったもんだ。
一通り確認してお店を出て、そこで解散した。
またつき合ってね。と言うと彼女は、飛び跳ねるように走り去った。
あれからしばらく、渡辺さんは俺の元に来ることはなかった。
もしかして特訓でもしているのかもしれないけど、最初の一回だけでレクチャーは終わり、そうは思えないんだけどな。
ちょっと気になっていると、廊下で当人に遭遇。
「やあ、ゲームやってる?」
「えっ、ああ大津くん、おはよう」
「なんか元気ないね。なかなか上手くなれない?」
「ゲームの話なんてしないで……」
もしかして伸び悩んでいるのかな?
「もうゲームしないからいいの。ゴメンね。いろいろ聞いてもらったのに」
冷たく言い捨てられて、彼女は去っていった。
参ったな、とりつく島もない感じだ。
「あのぉ」
渡辺さんを見送ったところを、別の誰かに呼び止められた。
「少しいいですか?」
「君は?」
「太田佳枝といいます。薫の友達です」
友達登場? 渡辺さんに何かあったって事か?
もうすぐチャイムが鳴る。
この場では話を聞けず、次の休憩時間に。
「それで?」
「はい、先ずは謝らないといけないことがあります」
「ああ、敬語はいらないよ」
「えっ? うん、それじゃあえーっと、あの子の元彼なんですけど、かなりのゲーマーだったそうで」
「はい?」
唐突な話だな。
「かいつまんで言いますね」
その内容とはこうだ。
その彼氏はご当地チャンピオンと呼べるほどのゲーマーで、毎日相当やり混んでいたらしい。
ただそれは渡辺さんといる時も一緒で、彼女がいるのに彼は、ゲームに没頭して相手をしてくれなかったそうだ。
結果、渡辺さんから、別れ話を切り出したのだった。
因みに俺の登録ネームも、その彼から聞いていたから知っていたのだとか。
だけどその後も彼女は、自分が勝てなかったゲームという存在に興味を抱いて、イベントに出向いたり、そこで同じ学校のゲームが上手そうな人間を見つけて、そのおもしろさを教えてもらおうと考えたとか。
「ゲーム好きだと、嘘をついていたって事か」
「正直に謝ればいいのに、あの子」
そう言うことだったんだな。
別にそれで攻めたり何かしないのに。
ちょっと後ろめたくてあんな態度を取っちゃったのかな?
「うーん、よし! 放課後、話がしたいって伝えてもらっていいかな?」
「うん、分かった。私も立ち合う?」
「渡辺さんと話して決めて」
「はい」
とにかく話を聞かなくちゃな。
渡辺さんは太田さんに連れ添われて、最初に二人で待ち合わせをした、あの場所にやってきた。
「大津くん……」
「やぁ、渡辺さん。わざわざゴメンね」
「こちらの方こそごめんなさい。気分悪くしたよね。だけど、どう謝っていいか分からなくて」
彼女は見た目以上にマジメなんだろうね。
深々と頭を下げた謝罪を受けちゃった。
「渡辺さん、ゲーセン行こ、太田さんもいいよね」
「え、だから私はもう、ゲームは」
「無理にやったってゲームのおもしろさなんて分からないよ。いいから行こう」
途惑い首を横に振る渡辺さんを、強引に引っ張ってゲームセンターに着いた俺は、大型筐体の体感ゲームを中心に二人と遊んだ。
「どう?」
「うん、こういうの好き」
レースゲームで勝負した。
勝ったのはもちろん俺、二位は渡辺さん、三位は太田さんとなった。
「彼氏とはこういうのしなかったの?」
「うん、ずっとビデオゲームばっかり、私は見てるだけだった」
「俺、こう言うのも割と好きだよ」
自分が好きな物を、知り合いになった彼女にも嫌いになって欲しくない。
俺は普段しない、この手のゲームを久しぶりに全力でプレーした。
「もしよかったら友達にならない? 俺ゲーム以外に特技もないけどよかったら」
「へっ? 怒ってないの? 私、大津くんのこと、身勝手に振り回したのに」
「あんなの気にすることないじゃん。だって俺、あの日楽しかったし」
大体渡辺さんが何を気にしているのかが分からないよ。
俺に実害なんて何もなかったし。
「それを言ったら俺の方が謝らないと、友達と対戦している間、君のこと忘れてたし。君が彼氏に怒っちゃったのって、ああ言うことだろ?」
「そんな、あの時は本当に感動してたし、大体あいつの場合はもっと酷かったし。ゲームに熱中しすぎて、先に帰らされたこともあったし」
「ああ、それは酷いね。どう太田さんは?」
「ああ、ごめん、私はやっぱりゲームって無理」
「そう、それは残念。何ならよかった?」
「からおけ~」
「じゃあ、今度はそれで! 渡辺さんはもう一回、このゲームで対決しよう。手加減してあげるから」
「ああ、なんかムカツクぅ~、絶対に本気にさせるからね」
少しはゲーム嫌いも、改善してもらえたかな?
「それじゃあ、もう一戦いくよ?」
「いいよ。これならアイテム次第で勝てそう」
おお、燃えてきたな。
自分はもういいという太田さんはギャラリーに。
俺の側に寄ってきて、こう耳打ちした。
「この子、かなり惚れっぽいの。あの顔、たぶんもう本気だよ」
「どうする?」と聞く彼女は、少し性悪な顔をしている。
「それもいいんじゃない?」
「あれま」
満点笑顔で返してくれる。
「なに話してるの? 始まるよ」
「よし渡辺さん賭けしよう。君が勝ったら、何でも言うこと聞いてあげる」
「本当? 腹立つくらい強気よね。じゃあ私が負けたら?」
「俺の彼女になってよ」
カウントダウンが始まった。彼女は呆けてこちらを向いている。
「ほら、スタートだよ」
「OK! その賭け乗った。負けないわよぉ」
出遅れた彼女はどことなく本気とは思えない走りを続けたのだった。
そんなレーサーに負ける俺ではなかった。