第 78 夜 『夢の中では』
語り部 : 大橋椿
お相手 : 立石誠蔵
盛立役 : 多々良明夫
尾藤一樹
新前珠紀
常盤昌美
ここ数日同じ夢を見ている。
正確には同じではないけど、その終わりの場面はほとんど同じ、場所、相手、シチュエーション。
その夢を見るまでは、特にそうでもなかった彼のことが、どうしようもなく気になってしまう。
うぅうん、違う。
気になっていたから、夢に見るようになったんだ。
夢を見ることで、無自覚から意識する対象に替わっただけだ。
第 78 夜
『夢の中では』
意識しだしたことが、良いのか悪いのかは分からない。
だけど自覚したことでまずいことが一つ発生した。
「やっぱり立石くんの事が好きだったんだ」
彼は仲の良いグループの中の一人で、グループ内の男女間では、私と一番仲が良いとみんなに言われている。
「うーん、確かに誠蔵くんといると楽しいのは本当だよ。だけど特別に感じた事なんてなかったのに、夢で見るようになるまでは本当に」
そうそう、その問題なんですけど。
「あ、おはよう多々良くん、立石くん」
「おはよう二人とも、今日もかわいいね」
「多々良くん、朝から絶好調だね」
「おはよう、新前さん」
「おはよう立石くん」
珠紀ちゃんが二人に挨拶する後ろから顔を出す。
「おっす椿ちゃん」
「お、おは、よう」
ダメだぁ、誠蔵くんの顔が直視できない。
「どうかしたの?」
「う、うぅうん、大丈夫だよ。なんでもない、なんでもない」
笑って誤魔化すしかないよ、ここは。
ちょっと珠紀ちゃんは多々良くんに何を話してるのかな?
多々良くんの顔を見れば分かるぞ。
おかしな私の態度を気にしながらも、追求はせずに誠蔵くんは話題を変えてくれて、その場は難を逃れることが出来たけど、このままじゃあダメだよね。
「ふーん、やっと認めたのね。本当にやっと」
グループ内のもう一人の女の子、今年は別のクラスになっちゃった、常磐昌美ちゃんにも報告。
昼食はいつもこの3人だけ、男子3人、多々良くんと誠蔵くん、別のクラスになっちゃった最後の一人、尾藤くんは食堂に行っていてここにはいない。
「それより珠紀ちゃん、多々良くんにも話しちゃったでしょ?」
「うん、一樹にも言っておいてねって」
嬉しい友情だよ。本当に。
「それでどうするの? ちゃんと告白するの?」
それなんですよ。昌美ちゃん。
「この子ね。立石くんの顔見た途端に固まっちゃったんだよ。あんなに軽口叩いてた子が借りてきた猫状態」
「へぇ」
ああ、この後の展開が手に取るように分かる。
「よし、後のことは私たちに任せなさい」
そうなるよね。
去年、多々良くんと昌美ちゃんをくっつけた時みたいにね。
「もういっそ尾藤くんともまとまっちゃたら?」
「ないよ、それは。一樹って子供の頃からゲームにしか興味ないし、今だって女の子に興味示さないでしょ?」
「確かに」
そんなことより、本当にやるの?
私たちが昌美ちゃんの時に取った手段は、季節が季節だったので非常に稚拙で単純だったけど、夜の森の中で行った肝試し。
人一倍恐がりな昌美ちゃんは泣き出しちゃったけど、その姿に多々良くんは完全に落ちちゃったんだよね。
まぁ、元々惹かれあっていた二人だったから、あの時は私たちが勝手に判断して、適当に行動しただけなのに、結果として二人は結ばれたんだよね。
「誰もお願いも相談もしてないのに、勝手しちゃってさ」
「じゃあ余計なお節介だった?」
「……感謝してるわよ。だから! 今度は恩返し」
絶対に面白がってるって、その目は。
でも私はその結果というのに、ちょっと不安を抱いていた。
「だからそれって本気だからでしょ? 本気だから不安になる。大丈夫だって、絶対に誠蔵くんなら椿を受け止めてくれるよ」
「昌美ちゃん……、そんな嬉しいことを、そんな面白そうな目で言わないでよ」
私がよく見る夢は、いつも違うのに結末だけが同じ、私は誠蔵くんに告白をして、そしてフラれる。
支離滅裂で繋がりもない場面の展開、でも最後にはいつも学校の屋上、夕日が空を真っ赤に染めて、そして一言「今まで通り、俺達は友達のままでいよう」そう言われる。
「だから考えすぎだって。とにかく椿は腹をくくって、待ってればいいの」
「うん、後のことは任せておいて椿ちゃん。私と昌美ちゃんで、きっと二人をくっつけてあげる」
「それなんだけどさぁ」
うおっ!? ビックリした。多々良くん! いつの間に?
「とりあえず誠にそれとなく探り入れたんだけど、あいつ、難しい顔して何か考え込んじゃっててさ。ド直球は避けて、ちょっと手を考えた方がいいぜ」
私の後ろから登場した多々良くんは、ちょっと難しい顔で悩んでいる。
「ところで立石くんは?」
「あいつなら一が相手してる。新しいゲーム手に入れたとかで、ポータブル機片手にはしゃいでいた。教師に見つかって、没収されなけりゃいいけどな」
「またあいつは、そんな物を持ってきて!」
珠紀ちゃんは本当に尾藤くんの良きお姉さんなのよね。
幼馴染みだからって、フラグが立つなんて、それこそ尾藤くんが好きなゲームや、昌美ちゃんの好きなラノベの世界でなきゃなかなか……。
「うーん、何か考え込んでかぁ~、ちょっと明夫くん、いいかな?」
昼食を済ませて、多々良くんと昌美ちゃんは教室を出て行った。
「ふー……、ねぇ珠紀ちゃん」
「なに? 椿ちゃん」
「私、たぶん誠蔵くんと彼氏彼女になれたら嬉しいと思うよ。だけど変な事言って、今の関係すら失うようなことになったら、……それが怖いの」
「うん、だから今度は慎重に行動する。約束するよ。だから安心して」
「……うん、分かった」
確かに今のままじゃあ、彼の顔もまともに見れないもんね。そんなのイヤだもん。
あれから10日が過ぎた。
最近は誠蔵くんと二人でお弁当を食べることが多い。
多々良くんと昌美ちゃん、尾藤くんと珠紀ちゃんは別々に、なんだかよく分からない用事を作って、他の教室に行っている。
先ずは私が意識しすぎて、誠蔵くんとの間に壁を作っていることを、どうにかしようと言う話なんだけど。
これって逆効果だよ。
誠蔵くんは詮索もしないで、ずっと黙ってお箸を動かすだけ。
ちっとも楽しそうな顔をしていない。
このツーショットを作られるようになって五日、最初は饒舌に話しかけてくれていたんだけど、私が愛想笑いのような相槌しか出来ていないから、もう今はそれも諦めたといった感じ。
食後も誠蔵くんはどこかに行ったりはしないけど、特に話題を作ってくれることもない。私の前で小説を読んでいる。
「ちょっと、トイレ行ってくるわ」
こう言って目の前からいなくなって、私の緊張は緩和されて大きく息をはき出す始末。
「いつまで続けるの?」
他の教室に行っているはずの昌美ちゃんに話しかけられる。
「って言うか、いつまで緊張状態が解けないの?」
私は長く伸ばした髪の毛を括ることなく流しているから、耳にイヤホンマイクをはめていてもばれたりしない。
携帯電話越しに指示をくれているんだけど、どうしても行動に移せない。
こんな事、本当にいつまで続けるのかしら?
って、全て自分がチキンな所為なんだけど、いい加減このままだと、本当に愛想つかれそう。
「うーん、これは思いのほか手強いわね。ショック療法を取れば意外と腹も括れると思ったけど、もしかしてあんた椿の偽物?」
昌美ちゃんって、やっぱりどこか楽しんでるよね。
「こうなったら作戦変更!」
今度は一体何を目論んでいるのか……。
こ、これが作戦ですか?
いきなり校庭の片隅に呼び出して、直接告白ですか?
場所が屋上でなければ夢なんて気にすることないなんて……。
そこを気にしてくれるんなら、夕方のこんなに空が赤く染まる時間も、避けて欲しかったよ。
「おーい、椿ちゃん、お待たせ。何? こんなところで話って」
私のフリして手紙送って、こんなところで決着付けろって? 任せておけって言ってたのは、どうしたんだ!?
「ああ、あの、えっとね」
そうだ! ここで思い切って言っちゃえば、この緊張からも解かれるんだ。
正直、自分の心の弱さにうんざりだ。いけぇー!
「誠蔵くん、私ね。……、その、えっと、別になにかが変わって欲しいとか、そう言うんじゃあないけど、私の気持ち、その、知っていて欲しくて」
誠蔵くんは何も言わない。
ジッと黙って私の話を聞いてくれている。
「あの、その、えーっと、ね。その、私……、私! あなたのことが好きなんです。特別なんです。友達以上なんです、もっともっとなんです。だから」
「今まで通り、友達のままじゃあダメかな?」
「えっ?」
それは正に夢の通りだった。
やだ、泣いちゃう! 我慢できない!!
「って、言ったんだって?」
「……?」
「夢の中の俺?」
なんで誠蔵くんがその事を知ってるの?
「まったく、あいつらはさ」
あいつらって……、昌美ちゃん達?
「ごめんな。最初からみんな聞いていたのにさ。どうせなら椿ちゃんの口から気持ちを聞きたいだろ。って言われててさ」
申し訳なさげに頬を右人差し指でかいている。
困ったことがある時に取る行動だ。
「って、俺もその話にのっかっちゃったんだから、あいつらのこと言えないよな」
誠蔵くんの視線を追うと、そこには昌美ちゃん達がいた。
「だけどおもしろ半分ばっかじゃあないんだぜ。何かあると直ぐに萎縮しちゃう椿ちゃんに、ちょっと刺激を与えようって言うのも、本当にあったらしいぜ。もっともただの綺麗事だけどね」
昌美ちゃんの性格なら、確かにそれも理解できるかな。
「さてと、俺の本当の返事だよな。……俺さ、正直言ってずっと椿ちゃんのこと、新前さんや常磐さんと同じように思っていた。いや、気付いていなかったのかな?」
そうか、だから友達のままでいようって……。
「今回の話を聞かされて、初めて考えたんだ。初めて考えて、俺は君のことが好きなんだって認識した」
えっ?
「自分の事なのに、他人事みたいに言うのはナンセンスだな。……君のことが好きだ。きっとずっと好きだったと思う。だから」
私の体は無意識に動いていた。
彼の胸に飛び込んで一頻り泣いた。
この後、涙のかれた目はきっと腫れ上がって真っ赤になって、酷い有様だと思う。
だけど真っ赤な夕日はきっと、赤い目もまだ火照っている頬の赤さも隠してくれている。
良い仲間と大好きな人、私たちの高校生活はまだ一年以上残っている。
その後、別々の道を歩むことになったとしても、私たちの友情はずっと続いていく。
私たちの恋もずっと……。
さぁ、残るは一組だ。