第 77 夜 『鉄の女』
語り部 : 町戸正登
お相手 : 里中礼子
盛立役 : 筒井陽大
今つき合っている人とかいますか?
いないけど。
じゃあ好きな人は?
生憎それもいないわね。
それじゃあ俺とつき合って下さい。
えっ?
ああ、NOの言葉は聞きませんよ。今フリーなんでしょ?
だったらお試し期間と言うことで。
第 77 夜
『鉄の女』
今日の放課後迎えに行きます。
そう言って別れて自分の教室へ。
「お前、本当に里中礼子に告ってきたの?」
「おう、言いたいことだけ言って、押し切ってきた」
「よくやるよ。しかしお前のマゾっ気って本物だったんだな? あの里中を選ぶなんて」
「みんな誤解してるだけだよ。彼女は絶対にいい女なんだって」
貴重な昼休みを使って、一大決心して言ったんだ。このチャンス、絶対ものにしてみせる。
とは言え、果たして里中さん相手に、一体何をすればいいのか。
彼女とはクラスも違うし、選択授業も違う。
おそらく向こうは、俺のことをほとんど知らないだろう。
彼女は“鉄面皮”という、女の子に当てるなんてどれだけ失礼なんだ。というあだ名が付いている。
鬼の風紀委員長。
理論的に言葉を選んで相手を追い込む。
素行の悪い生徒も、彼女の前では口ごもってしまう。
先生達の信頼も厚く、成績も高めの彼女は、校内一の有名人と言えるだろう。
授業中だというのに、彼女とのデートのことばかり考えてしまう。
「よし! とりあえずは、そこから切り出していくか」
「なにをだ? 町戸」
教師にもお約束の突っ込みを受けて、いざいざ放課後です。
なのですが、生憎の掃除当番。
やばい! 言ってないぞ。
もしかして先に帰ってしまわれたか。
「あ、いたいた。お待たせぇ」
「あっ、う、うん」
教室の自分の机に着いて、ちゃんと待っていてくれた。
「遅くなってゴメンね。もしかしたら先に帰っちゃったかもって、少し焦ったよ」
「なぜ? 約束したんだから、先に帰ったりなんてしないわよ」
確かにそう言うイメージだよな。
「それじゃあ帰ろう」
「あ、あのそれなんだけど、町戸くん」
「正登でいいよ」
「え、そんないきなり……」
「俺はそう呼んで欲しいんだよ」
「そっ? それじゃあ正登くん、なんで私なの?」
メガネの奥の瞳は胡乱とし、いつもの毅然とした彼女の表情しか知らない者から見れば、本当に新鮮に見えるだろう。
「それについては歩きながら……、俺ん家、結構君の家に近いの知ってた?」
「えっ? あ、う、うん。そうだよね」
おお、俺のことを知ってくれている?
なんか嬉しいじゃないか。
「俺も君のことを名前の方で呼んでもいい?」
「あ、はい、正登くんがそうしたいのなら」
「じゃあ礼ちゃんって呼ぶね」
やっぱり思った通り、彼女は素直そのものだ。
みんなが思っているような、堅物ではないんだよ。
さて帰り道。
俺は彼女に俺のことをどれくらい知っているのかを聞いてみた。
「2年6組、出席番号24番、成績は常に上位、部活動への参加はなし。けれどスポーツは決して苦手ではなく、去年の球技大会ではバスケに参加、クラスの準優勝に貢献した。ってことくらいかな」
知っていてくれたんなら尚のこと、俺が告白してから調べたのだとしても、現状これだけ知ってくれているってだけで、もう満足だ。
「あの、そろそろ私の質問にも答えてもらってもいいかな?」
「ところで礼ちゃんって、なんでオールバックなの? びんびんに引っ張ってるよね」
後頭部で一本に縛って、肩胛骨くらいまで伸びてるかな? 束にして垂らしている。
「もう少し括る位置高くしてポニーテールにすればいいのに」
「私、見て分かると思うんだけど、天然のウェーブが強くて、しっかり引っ張っておかないとすごいことになるの。引っ張って括るにはこの位置が一番楽なの」
ほぅ、なるほどね。
「それじゃあそのメガネは? 似合ってない訳じゃあないけど、縁取りの太いメガネって、きつい印象与えない?」
「わ、私、実は対人赤面症で、その、今みたいにジッと見られたら動けなくなっちゃうの」
彼女が作り出した鉄のような無表情は、身を守るための物のようだ。
「あの、そろそろ私の質問……」
「ああ、ごめんごめん、答える為に聞いてたんだけど。思った通りの答えをくれた事に、先ずは一安心だよ」
キョトンとしてしまっている彼女。
「えっとね、俺の勝手なイメージなんだけど、みんなが言うような冷たい印象って、きっと理由があって、ちゃんと話をすれば馴染みやすいだろうって、そんなことを考え出したら、色々と気になりだして、礼ちゃんと仲良くなりたいと、色々知りたいと思ったんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「あのさ、明後日の休み、どこか行こうよ」
これからが本題だ。
とにかく今は攻めに攻めて、彼女に俺を認めさせないと。
「どこか行きたいところある?」
「あの、えーっと、それじゃあ動物園とか」
「お、いいね。オッケーオッケー、それじゃあ明後日、そうだなぁ……朝の10時くらいでいい?」
「あ、はい」
よし、初デートにこぎ着けたぞ。気合い入れていこう。
いい天気だ。
は、いいけど、やばい。遅れた。
彼女、今時まだ携帯も持ってないって言うし、出る時に家に電話したらもう出た後だって言うし。
一応俺の携帯番号は教えておいたけど。とにかく急げ!
急いでるんだよこれでも、だけどどうにも言い訳がきく遅刻じゃないな。20分も遅れるなんて。
待ち合わせ場所。
息せき切ってたどり着くと、彼女の姿が見あたらない。
怒って帰っちゃったかな?
「おはよう、正登くん」
「えっ? ああおはよ……、おお!」
声を掛けられて、そちらを向いた俺は驚いた。
彼女は花柄のワンピースにソフィアハットだっけ? つばの広い帽子がよく似合っている。
それよりもだ。
「メガネなくて大丈夫なの?」
「あ、コンタクトレンズ入れてるから」
ああ、なるほど。それと髪の毛、全部下ろして前髪だけ髪留めで揃えている。
この前に言っていたとおり、彼女の髪の毛はウェーブが強く、もの凄く髪の量が多く感じる。
「見違えるもんだねぇ」
「へ、変かな?」
「変じゃないよ。いつもの十倍増しにかわいいよ。いつもの凛々しい姿もいいけどね」
「ま、正登くんって口が上手いからなぁ。信用していいのか、いまいち分かんないよ」
「何気に酷い事言うよね」
「ああ、ごめんなさい」
「おっと誤らない誤らない。俺、嬉しいんだから。っと、それより遅れてゴメンね」
さて行きますか。
「お、町戸じゃん、どっか行くの? って、その子誰? お前の彼女? かわいい子連れてんじゃん」
「おお、筒井か」
駅の改札前でクラスメイトに会い、軽く質問を受ける。
「お前って里中とつき合うとか言ってなかったか? いきなり二叉かよ。まぁいいか、この事は黙っててやるよ」
俺は何とも答えていないのに、勝手に思い込んで、結論づけて筒井は去っていった。
「ねっ、かわいいって言ってただろ?」
礼ちゃんは耳まで真っ赤にして俯いていた。
一分一秒、一緒にいるだけでいろんな彼女を発見できる。楽しいな。
朝、登校すると筒井の周りにヤロー共が固まっていた。
「おっす」
「おー、来た来た。町戸ぉ、昨日のことなんだけど」
数人が沸き立っているのは、筒井が携帯で撮った、昨日の礼ちゃんの写真。いつの間に……。
謎の美少女についての検証だそうだ。
さてどうしよう。
彼女はあのメガネと髪型でバリアーを張っているんだよな。
「おーい、町戸、お客さん」
別の方向から呼ばれた。
「はいはぁーい」
とりあえず時間を置いて、どう説明するか考えよう。
「おはよう正登くん」
「おはよう礼ちゃん、って今日もコンタクトなんだ。なんか嬉しいな」
昨日「俺個人的にはメガネじゃあない方が好きかな」って言ったからかな?
「ああー! まさか」
筒井の声? こっちに指向けている。あっ、もしかして気付いたか?
「だろだろ?」
「えっ、しかし本当に里中なのか?」
ばれたな。
まだ始業まで10分あるな。
「礼ちゃんちょっと」
教室内がざわめき立ってるけど、そっちは後回し、とりあえずこの状況を彼女にも把握しておいてもらわないと。
「えーっとこれ、昨日言ってた参考書、まだ家の近所の本屋さんに残ってたから」
「それはわざわざありがとう」
ってそれどころじゃあないな。
おれは彼女の耳元で囁き掛ける。
「ええっ? それは困ります」
だよね。礼ちゃんは極度の人見知りを隠すためにカモフラージュしてきたんだもんね。
「大丈夫だよ。俺がフォローするから。っていうか、みんなに本当の君を知ってもらうチャンスだとは思うんだけど。って俺まだ君の正式な恋人になった訳じゃあないけど」
「困る」
「えっ? ああ大丈夫ってのは軽はずみすぎたかな。上手い手を考えないとね」
「そうじゃない、今さら恋人じゃあないなんて言われても、私困る」
「それって……」
「責任、とって下さい。今回のことも、……私の心を奪ったことも」
そうだね。
俺、きっとこれは本当にみんなに知ってもらうチャンスだと思う。
二人で頑張ろう。恋も、人間関係も。