第 75 夜 『にゃんこいパーティー』
語り部 : 坂上央太
お相手 : 金城愛知華
学校の近くにある空き地は雑草が生い茂っていて、外からだと何があるか分からない場所だった。
誰もそんなところには近づきたがらない。
俺だってそうだったのだが、聞こえてしまったその声に、恐る恐る足を踏み入れる。
「お前達か、今の声は」
ニーニーミーミーと賑やかな声は、それもそのはずだ。
5匹もいる。
みんな同じ柄だ。たぶん兄弟なんだな。
第 75 夜
『にゃんこいパーティー』
「今度の日曜日?」
「はい、ぜひお越し頂きたいのです」
誕生会ねぇ~。そう言うのは小学生の頃以来か。
「これが招待状です」
「へぇ、名前入りかぁ。俺宛てってわけね」
金城愛知華さんは、全国的にも有名な会社のご令嬢である。
この招待状を手に入れたいヤツは、この学校だけでも山ほどいるだろう。
「それじゃあ、お呼ばれします」
これはもう周りを憚らず喜ぶしかないでしょう。
って、そんな事したらこの大事な招待状を、誰かに奪われてしまうか。
いや、日頃からそれなりに仲良くしておくもんだな。
しかし一つだけ、手放しで喜んではいられない問題もある。
さて、そのようなお嬢様に、どんな物をプレゼントすればいいものか。
とりあえず約束は日曜日だし、土曜日にでも買いに行くか。
って、他に誰が来るのか聞いておけばよかったかな? プレゼント被るのもなんだし。
「……ま、いっか」
とにかく重要なのは、気持ちがこもっているかどうかだよな。
初めて訪れたお屋敷は、想像を遙かに超えていた。
門扉でインターホンを押すと、金城さんがモニターに顔を出してくれた。
「今すぐ開けまぁ~す」
と、誰もいないのに門が開いた。
中に入ると、後ろでまた独りでに扉は閉じて、……これからどうすればいいんだ?
「いらっしゃーい」
って、家の中で車? プロ野球のリリーフカーみたいなカートに乗って、彼女が迎えに来てくれる。
「なんかすごいね。これないとやっぱり大変?」
「そうでもないんだけど、あると便利なのは確かだよ」
それはそうだろうね。
「私の部屋でいいかな? ホールは急なお客様で使えなくなったの」
ホールって、そんな物まであるんだこの家?
ってあってもおかしくないか。庭だけでもどれだけの面積があるんだか……。
「ところで他の人はもう来てるの?」
「えっ?」
「えっ? へっ?」
少し運転が乱れてガタつくカートを上手く制御して、彼女がこちらを向いた。
「あ、えーっと、あの……、今日は本当は私の誕生日ではなくて、本当は次の金曜日で、本当のパーティーは来週の日曜日にあるの」
「へぇー、今度の金曜日か、だったら今日お祝いしてもいいよね。だけどパーティーが来週なのなら、この招待状は?」
もしかして日にちを聞き間違えていたのかもしれないと、脳内を検索してみるが、どれだけ思い返しても、呼ばれたのは今日に違いない気がする。
「ちょ、ちょっとここで待っててね」
彼女はカートを了いにいった。
それにしてもでっかい家、それにでっかい玄関だなぁ。
正に映画の世界だよ。
「お待たせ、どうぞ」
中も相当なもんだ。
「なー」
なー? って足下から何か音? いや声がした。
「猫?」
「うん、この子はガーネットって言うの」
ふーんって、また他の猫が現れた。
「こっちの子がトパーズね」
そこからの連続攻撃は、本当に驚かされた。
「いったい何匹いるの?」
「今は12匹かな」
「そんなのに?」
「うん、先月に5匹が仲間入りしたから、12匹」
正に猫屋敷だな。
「ここが私の部屋」
おお、思春期を迎えてから初めての、同年代の女の子の部屋だ。
「そんなに緊張しないでよ。私まで緊張しちゃうよ」
開け放たれた扉の向こうは!
「……広っ」
社宅住まいの俺んちに子供部屋は一つ。
妹がいつもぶー垂れているが、俺が大学に行って、一人暮らしをするにしてもまだ先のことだ。
「やっぱりなんか緊張しちゃうなぁ。家族以外の男の人入れるのって初めてだから」
「そ、そうなんだ」
はっ、いかんいかん、こんなところでフリーズしている場合じゃあないな
「なー」
お、ここにも猫が……。
「って、お前?」
「気が付いた? あの空き地にいた子達。
増えた5匹って、こいつらのことだったのかぁ。
「って、あれ? もしかして金城さん?」
「うん! 坂上くんが可愛がってた子達だよ」
まさかここで再会できるとは。
俺の家は母親が猫アレルギーであると言うことと、親父の勤める会社の社宅住まいであることから、猫を飼うことは出来ない。
もし飼えたとしても、5匹は無理だけどな。
「坂上くんって!猫好きなんだよね」
「家じゃあ飼えないけどね。だけど野良猫なんかに、本当はダメなんだけど、餌やっちゃったりしちゃってる」
この猫たちにも数日間だけだったけど、猫缶とミルクを与えていた。
あれ? 見覚えのある物が机の上に……。
「俺がこいつらにやってたのと同じ缶だ。今もこれ上げてるの?」
「あ、えーっと、実はその缶、坂本くんがこの子達に上げてた時のなの」
なぜそんなことを?
「そ、そんなことより、お食事用意してあるの」
出されてきた料理は目にも鮮やかなご馳走ばかり、なんだかお祝いに来てるのにお呼ばれして、これは恐縮してしまいますね。
「ところでさっきも少し聞いたんだけど、他の人はまだ来ないのかな?」
「あ、あのね。今日は二人だけなの。お友達には来週、パーティーの時に来てもらうことになってるの」
「えっ、なんで?」
「……私ね。ずっと猫の話が出来るお友達が欲しかったの。だけど私の友達には、猫を飼っている子も猫が大好きって子もいなくて」
「もしかして、俺があの5匹と戯れていたところも見てた?」
「もうばっちり」
ああ、なるほどね。
あの姿を見たら誰だって、俺が無類の猫好きだって事には気付くか。
「そう言うことなら、これから俺達は猫友達だな」
「うん♪」
ここの猫たちはみんな懐っこい。
その中でもやっぱりあの5匹は、俺のことを覚えてくれていて、我先にと俺に構ってくる。
「本当に猫に好かれてるんだね。いいなぁ~」
「金城さんだってそうだろ?」
猫まみれになってる人に言われてもさ。
「あ、そうそう、これ! プレゼント。安物だけど」
「うわぁ、ありがとう」
今月はまだ小遣いをもらったばっかりだし、少しはこマシな物をと考えたのだけれど、入ったファンシーショップにあったそれに、なぜか惹かれてプレゼントにと選んだ。
「かわいい~、ブローチだね。わぁ、ネコネコだぁ」
座った猫の形をしたブローチ、正直予定していた以上に、安価な物にしてしまったのは悪い気もするけど、なぜか彼女に似合うと思ってチョイスした。
「ありがとうね。すっごくうれしいよ」
俺もすごく嬉しいよ。
俺の感性がピピッときたものに、大喜びしてもらって。
「どうかな?」
「うん、似合ってるよ。って俺が言うのもなんだけど」
「ね、ねぇ、来週のパーティーも来てくれたら嬉しいな」
「ええ、今プレゼントしたのに、また欲しいの?」
「そ、そんなんじゃあ!?」
「嘘だって、でも本当にいいの? またお呼ばれしちゃって」
「うん、もちろん」
今日の料理もすごかった。
来週はパーティーだというし、今日以上に見たこともない料理が並ぶのかな?
さて、もう一度お呼ばれすることとなったのだが、やっぱりプレゼントを用意しないわけにはいかないよな。
今度は何を上げようかと悩んでいる俺の元へ、朝一番に金城さんが現れた。
「おはよう、金城さん」
「おはよう……」
あれ? 元気ないな?
「どうかした? もしかして猫が元気ないとか?]
「そんなことないよ。みんな元気いっぱい」
なら本当にどうしたんだろう?
「あ、あのね。わ、私の父に会って欲しいの」
「えっ? って、ええーっ!?」
なんでいきなりそうなる。
詳しくは放課後にと言われて、俺的にはどうしていいか分からず、今日の授業は何を学んだのか、全く一つとして思い出せない。
そして放課後、彼女と机を挟んで向かい合って座った。
もうすでに教室には俺達だけ、これで思う存分に話を聞ける。
「私ね。父からお見合いを薦められてるの。父は早く孫の顔がみたいらしくって、けど大学を出るまではそこまでさせる気はないけど、早々に結婚相手だけでも、決めてしまいたいらしいの」
なんか先時代的な話だなぁ。
名家のお嬢様だから政略結婚とかあるのかな?
「それで私、お慕い申し上げている殿方がいますって答えたの」
本当に時代掛かったるなぁ。
そんな口調、テレビの中でしか聞いたことないよ。
うん? あれ、まてよ?
この話の流れで、俺にお父さんと会えと言うことは?
「えっ?」
俺は自分を指さした。
「うん……、ごめんなさいね。こんな形の告白になっちゃって」
「ああ、いや、そこはいいんだけど、本当に俺でいいの? 家は社宅住まいの絵に描いたような一般庶民だけど」
「えっ、う、うん。父は私に早く結婚して欲しいだけみたいだし、相手は私が気に入った人をエラべって言ってくれているから」
だからって、いきなりお父さんと会うというのは……。
第一俺はどうなんだ? 金城さんのことそこまで好きなのか?
実際そんなこと考えたこともないしな。
「お父さんに会うのは構わないよ。だけど俺はまだ……」
「そう、だよね。坂上くんの気持ちも考えないで、ご、ごめんね先走っちゃって」
「ああ、いやいや、そうじゃないんだ。俺だってきっと金城さんのこと好きなんだ。だけどまだその実感がうっすらしてるし、大体なんで俺なんかが金城さんに選んでもらえたのかが不思議で、だって二人でお喋りしたのって、この前の日曜日がほとんど初めてだったでしょ。」
それまでも仲はいい方、程度の認識しかなかった。
「あの5匹の猫たち、あの子たちをあの雑草の中で可愛がっているあなたを見て、きっとあなたとなら楽しい時間を過ごせると思って、それで二人でお話ししたら、やっぱりもの凄く楽しくって。だから……」
そうだ。確かに彼女と話をしていると、時間が経つのも忘れてしまう。
それが恋なのだとすれば、俺は正に彼女に恋していることとなる。
「俺、真剣に君との将来を考えるよ。だから、その、愛知華さん、俺と正式につき合って下さい」
俺の一言で涙を流す彼女、泣き笑いの表情にすごくそそられる。
「それじゃあ先ずは、父に会って下さい。交際を宣言しないとね」
「えっ?」
やっぱり会わないといけないのか?
俺は今度の日曜日の彼女へのプレゼントとともに、親父さんに会いに行く手土産も考えなければならなくなった。