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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
74/102

第 74 夜   『未来の扉』

語り部 : 神道美智子シンドウミチコ

お相手 : 野田征志朗ノダセイシロウ


盛立役 : 大槻賢吾オオツキケンゴ

      木葉里沙子コノハリサコ

 結婚まで考えていた男は、私を置いて行ってしまった。


 会社の人事によるものなのだが、3年すれば本社に帰ってきて、昇進も出来ていると言う話だった。


 休みの日には戻ってきてくれる彼の優しさを噛みしめて、ちょっと長いけど我慢すると決めていた。


 だけど次第に帰ってこなくなる彼、聞くと仕事が忙しくて休みが特定できず、なかなか戻ってくるまでは、出来ないというのだった。


 ならば私からと彼の転勤先まで赴いた。


 サプライズにと黙って行って、彼のマンションの前で待っていると、彼が帰ってきた。


 彼の隣には知らない女。


 腕を絡めて肩に頭をのせるほどの密着。


 間違いなく浮気現場だった。


 その場はもう修羅場、聞けば最近向こうに帰ってこないのも、その女と会う時間を優先してのことだった。


 涙に曇る視界で、彼の表情をしっかりと焼き付けながら絶縁状を突きつけて、宿泊の用意までしていたカバンを持って、とんぼ返りで帰ってきた。



   第 74 夜

    『未来の扉』


 彼との付き合いは学生の頃からだった。だからもう7年?


 彼が転勤を言い渡された時、私は彼に付いていく決心までつけて、彼からのプロボーズを待っていた。


 けれど彼の口から出てきたのは。


「俺は必ず本社に戻ってくるから、昇進して安定してから、迎えたいから」


 その言葉を信じて、待っていたのに。


「もう男なんて信用できない。……なんてよくあるよね、薄っぺらいドラマとかだとさ。でも実感なんだよねぇ」


 ここのところ仕事以外に外に出ることがなくなっていた。


 腹が立つから、さっさと新しい男見つけようとも思うのだけれど、それよりももしまた裏切られたら、と言う恐怖の方が先に立ってしまう。


 今日もどこかに出かけるでもなく、音楽を聴きながら雑誌を読んでいた。


「誰か来た?」


 インターホンが鳴って、来客を知らせる。


 モニターで確認すると、学生の頃からの友人が立っていた。


 オートロックを解除し、面倒なのでその足で玄関の鍵を開けて、最近の定位置のソファーに戻った。


 いつものことなので、遠慮無く入ってきた木葉里沙子は!開口一番こんな事を言った。


「こんなに天気がいいのに、引き籠もりなんて健康に悪いわよ」

 いや、引き籠もってないし。


「どうしたの、今日は? ……って、誰?」


 里沙子の後ろに、見たこともない男の子が立っていた。


「ああ、彼? 私の後輩。今年入社してきたばかりなの」


「ふーん、でなんでここにいるの?」


 他に連れがいるんなら、インターホンの段階で言っときなさいよ。


 という言葉は飲み込んで聞いた。


「はじめまして野田征志朗と言います」


「ああ、えーっと、神道美智子です」


 なんか流れで名告ってしまった。


 まぁ、どうせ里沙子から聞いてるだろうから別にいいけど。


「あんた座ったまんまで!」

「あぁ、あぁ、気にしないでください」


 母親みたいな事を言われて、彼がフォローを入れて、私はどうでも良かった。


「それでなんなの?」


「あんたに頼みがあるの。彼とってもいい子なんだけどね。ちょっと世間知らずなのよ」


 世間知らず? ああ、いいところのボンボンか。


「しばらくでいいから、彼に色々と教えてあげてよ」

「なんで私が!?」


 そんな面倒なことに巻き込まれなければならないのよ。


「お願いするわ。私って人を指導するとか、面倒見るとかに向いてないからね」


「だから、あんたがダメでも会社の仲間なんでしょ? 社内で適格者を見つけて任せればいいじゃない」


「それがねぇ、彼、見ての通りのおぼっちゃまなのは分かるでしょ? つまりうちの会社の次期社長って訳なの」


 つまり何かを教えるにしても、社内の人間では、どうしても遠慮が出てしまうということだ。


「それで、私にメリットは?」


「親友の頼みに、代償を求めるの?」


「求める。と言うか何を企んでいるのかをまず教えなさい」


「本当にそんなのないって。それで、引き受けてくれるの?」


 企んでいないはずがないよ。


 里沙子は彼を私に預けることで、私が外に出るようにし向けてくれているんだな。


「分かったわよ。けど私は一切お金出さないわよ。必要経費はそっち持ち」


 なんか厄介なことになってきたなぁ。


 里沙子は用は済んだとばかりにさっさと帰ってしまい、私は私の前で立ちつくしている彼を見上げた。


「そんなところに立ってないで座ったら?」


「あ、はい、ありがとうございます」


 私に言われて腰を下ろす彼が、緊張しているのは明らか。


「ふー、えーっとこれから暇な時間は、一緒に過ごすことになるんだけど、まずその堅っ苦しいのを何とかしてくれない?」


「あ、はい……、えーっと具体的にはどうすれば?」


「リラックスしろって言うの。それと敬語はやめとかない? 私の方が年上なのかもしれないけど、対等にいきましょう」


「えーっと、うん、これでいいのかな?」


「上出来」


 本当に素直な子だなぁ。


 こんなんで組織のトップになると考えれば、確かに心配にもなるか。


「それじゃあ野田くん、あなたは何がしたい? 外行く? 家で何かする?」


「いや、あのぉ……」


「それともまだ明るいけど、エッチでもする?」


「そ、そそそ、そんな……」

「冗談よ」


 面白い子だなぁ。


 こんな子、本当にいたんだ、マンガみたいな世間知らず。


「あの、すみません。僕はずっと勉強ばっかりしてきて、会社に入っても覚えることばっかりで、遊ぶと言うことが本当に苦手なんです」


 不憫なもんだなぁ。


 将来食いっぱぐれすることはないのかもしれないけれど、人生の楽しみ方を見つけていない。って言うのは勿体なさすぎる。


「それじゃあ二人で、君が本当に楽しめることを探そうか」






 野田くんは本当に素直で、従順な子だった。


 私がチョイスしたレジャーになんでも真剣に取り組んで、スポーツでは、その事如くを私よりも好成績を残していった。


「美智子さん、すごいよここ、180キロまで出せるんだって」


 前回のゴルフの打ちっ放し、パッティング対決は見事に負けた。


 今日は速度は自由、ホームラン賞を打った方が勝ち。のバッティングセンターでの勝負。


 ホームラン賞が出なかったとしたら、前に飛んだボールの数で勝敗を決しようと言うルール。


 その実私は、子供の頃リトルリーグに在籍していた。


 小学生の間だけだったけれど、それなりに試合にも使ってもらったことがある。


 だけど……。


 結果は彼の勝利に終わった。


「まさか最後の最後にホームランを打つとわね」


「ああ、いえいえ、だけど前に飛ばした数なら、美智子さんに完全に負けてたよ」


「でもルールはルールよ。それじゃあ今回も私の奢りだね」


 最初、お金は出さないと宣言したものの、対等のつき合いをしようと言ったから、遊びを刺激的にするためにも取り入れた勝負システム。


 ここのところ全戦全敗なんだけど、これはこれで楽しいんだな。


「ねぇ、美智子さん、やっぱりここは僕が」


「何言ってんのよ。確かに私はいつもゲーム費用は出してるけど、その後の夕飯代はみんな野田くんが出してくれてるんじゃない」


 結果としては私より、たくさんお金を出していることになっているのだから、ゲームはゲーム。ちゃんとルールに沿ってもらわないと面白くない。


「今度は私が勝つからね」


 ここ数週間の余暇は本当に楽しかった。


 イヤなことも忘れられるし、体を動かしているから、何かと調子がいい。


「それじゃあ、もう一回!」


 結局この次も私は、一発のホームランに泣いた。






 彼から指輪をもらった。


 それをはめる場所は左手の薬指。


 ずっと友達感覚でいた彼のことは、最近一人の男性として見るようになっていた。


 だけどまだこれを指にはめるほどではない。


 決定的な何かがないのだ。


「長いこと大槻くんとしかつき合ってこなかったもんね」


「もう里沙子、あいつの名前は出さないで。ようやく顔も思い出さなくなってきたところなのに」


 今日は休日出勤だという征志朗くんに代わって、里沙子と買い物をしに街へと繰り出してきた。


「だけどいいんじゃないの玉の輿だし」


 そこは、その……考えたことがないって言うことはないんだけど、やっぱりそこではなく、征志朗くんが征志朗くんとして、私とウマが合うから一緒にいたいのだ。


「だったら何をいつまでも悩んでるの?」


「だって早くない? プロポーズだよ。まだ出会って間もないのに」


「結婚を前提に、って交際したいって言われたんでしょ? よくある話じゃない」


「それは……そうだけど」


 私は自分を裏切った男の顔を思い浮かべた。


 憶病になっているのだ私は、気持ちを一歩でも前に進むことが。


 後何か、何か一つあれば心も動く、そう思える。


 電話? 征志朗くんからだ。


「もしもし、うん、うん、それじゃあ今からでも会えるんだね? うん分かった。じゃあ今から向かいます」


「野田くん?」


「うん、里沙子も一緒に来る?」


「遠慮しとく」


 と言う里沙子と別れて、彼との待ち合わせ場所に。


 彼の会社から待ち合わせ場所までは、簡単に計算したら、私の方が先に着くはず。


 たどり着いた駅前公園、やっぱり私の方が先だ。


「あ、また電話。もしかして遅くなるとか? ……って賢吾?」


 私を裏切って、騙した男からの電話。出る? 出ない?


「……もしもし」


「ああ美智子。俺」


「うん」


 懐かしく感じる声。


 なんだかこの声を聞いているだけで、心が落ち着く。


「会えないかな? 昔の部屋に帰ってきてるんだ。話したいことがある」

「は、話ならこのまま聞く」


 本当は心のどこかで会いたいと思っている自分がいる。


 だけどそれを認めるわけにはいかない。


「……俺達、やり直せないか? 来月、本社に栄転が決まったんだ。君のいるこの町に戻れるんだ」


 それは彼が転属前に描いていたヴィジョンだった。


 その未来設計の中に本当なら私も入っているはずだった。


「勝手なこと言うようだけど、やっぱり俺、お前がいないとダメなんだ。そう気付いたんだ」


 胸がキュンとした。


 一度は裏切ったかもしれないけれど、彼は私を必要だと言ってくれる。


「ちょっとごめん」


「へっ、征志朗くん!?」


 突然携帯電話を奪われて、征志朗くんは賢吾に話しかけた。


「僕、先日彼女にプロポーズをした野田と言います」


「プロポーズ? なんだよそれ? いいから美智子に替われよ」


「あなたが美智子さんを必要というのが聞こえてきました。けれど僕にも彼女が必要なんです。最後は美智子さんに任せますけど、僕はあなたに負ける気はありませんから」


 そこまで言うと、征志朗くんは電話を切った。


「勝手をしてごめんなさい。だけど僕にはもう、あなたしか見えないんだ。出来ればこの思いを貫きたい」


 なんて綺麗な目をする人なんだろう。なんだか引き込まれてしまいそうになる。


「ま、まだ出会ってそんなに経ってないのに、結婚って前提としたってヤツでしょ」


「それでもいいと思ってたよ。けど今ので決意は固まったんだ。あなたを失いたくない。時間は関係なかったみたいだ」


 また胸が高鳴った。


 征志朗くんに感じていた足りない物を埋めてくれた。そんな気がした。


 私は今、確実に二人の男を天秤にかけている。


 私がもっとも軽蔑していた好意を、自らが犯している。


「ご、ごめんなさい。今すぐ答えを出すことは出来ません。自分勝手かもしれませんが、時間をむらってもいいですか?」


「そ、そう、そうだよね。恋はフェアじゃないといけないよね。うん分かった。それじゃあ僕は、あなたがこちらを向いてくれることを信じて待っています」


 心の中でありがとうと言って、私は彼と別れた。


 手に持ったままだった携帯のアドレス帳を呼び出した。






 今日は待ちに待った結婚式、ウエディングドレスに身をまとい、式の開始を待っている。


「しかしまぁ、最後の最後までいろいろあったね」


 友人代表でスピーチをお願いしている里沙子が、緊張している私に紅茶の差し入れをしてくれた。


「いろいろなんてないわよ。結局あいつって、そう言うヤツだったってだけでしょ?」


 私を巡る男達の争いはその後、あっけなく幕を落とした。


 賢吾は私に復縁を申し出てきたが、私がその時征志朗くんとつき合っていることを知り、自分には脈がないと思い込んで、転勤先でつき合っていた女に電話して、こっちに呼び寄せようとしていた。


 あの復縁の電話をかけてきた時点では、まだあの女とちゃんと切れてはいなかったのだ。


 結局電話連絡を入れないままに、彼が元住んでいたマンションに行き、以前もらっていた合い鍵で入ろうとした時、部屋の中から大声で浮気相手だった女と話している彼の声が聞こえてきた。


 それは私が一度も聞いたこともないような猫なで声だった。


 もう一気に気分が萎えてしまった私は、再び征志朗くんの元に戻っていった。


「それじゃあ式を始めたいと思います」


 式場の担当者が呼びに来て、私はヴァージンロードに立った。白いタキシードに身を包んだ彼の元へ。


 一歩一歩これからのヴィジョンを思い浮かべながら歩み寄った。

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