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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
73/102

第 73 夜   『秘密の共有』

語り部 : 香倉倫弘コウクラミチヒロ

お相手 : 睦瀬茜ムツセアカネ


盛立役 : 諏訪米杏里スワゴメアンリ

「こんにちはぁ~、突然ですがアンケートでぇ~す」


 電話に出た相手の確認もしない、自分の名前も名告らないで何がアンケートだ。


「あなたは諏訪米杏里のことを、どう思いますか?」


 諏訪米って、俺達のクラスメイトの女の子の名前だな。どう思うかってどういう事だ?



   第 73 夜

    『秘密の共有』


 昨日の迷惑電話の犯人を捕まえて問いただした。


「おお、よく私だって分かったわね」


 口の中のおかずを一生懸命噛みしめながら、僕の問いに答える茜はお茶を飲んで、口の中を空にした。


「全く、言いたいことだけ言って切っちまうんだからさ。わざわざ着信履歴で電話番号を確認して、さらに名簿で確認して、大変だったんだぞ」


 番号を登録していない家電にかけてきたから、名前が出てこなかったんだよな。


 とまぁ、そいつは嘘で。


 つき合いの長い茜の声なら、名前を聞かなくても、すぐ聞き分けることが出来たんだけどな。


「それで結局あれは、一体なんだったんだよ」


 食後、場所を踊り場に移してさっきの続き。


「うーん、だから杏里ちゃんがあんたのこと気にしてるって聞いたからさ。どうかなと思って」


「どうかなってなんだよ。大体彼女には彼氏がいるだろう? 確か」


「あれー、そうだっけ?」


 そんなことはどうでもいいんだ。


「なぁ、いい加減止めないか? 僕はこんな茶番に付き合う気はないんだよ」


 いつもいつも、なぜか茜が紹介してくる子は、僕と接点が全くなくて最初から興味がないか、相手がいるなどの理由で、つき合ったり出来ない子ばかり。


「確かにそうだけど、本当に杏里ちゃんたら、あんたの事気にしてたんだよ」


「それは光栄だけど、そう言う事じゃあないだろ?」


 茜は確かに僕のことを心配してくれているんだろうけど、それは自分の自己満足を満たすついででしかない。


「今日はなんだか強気じゃない? 倫弘のくせに」


 ああ、またこれか。


「そんな顔しないの、誰にも言わないって、いつも言ってるでしょ?」


 高校1年、香倉倫弘は、どうにかこいつ睦瀬茜との腐れ縁を断ち切るべく、猛勉強の末にこの難関進学校に合格したというのに。まさかこいつもこんなに頭がいいとは思わなかった。


 こいつは僕の消し去りたい記憶を共有しているから、どうにか逃げようと思っていたのに。






 僕は小学生の頃は体が弱く、よく病気にかかる子供だった。


 特にお腹が弱くて、冷たい物などを口にすると、直ぐに痛くなった。


 たまに何もしないのにお腹が痛くなって、お腹を押さえながら家路を急ぐこともあった。


 その日はとても暑い日で、クラスのみんなは授業でプールがあるのを大喜びしていた。


 だけど僕はプールに入ると割と高い確率で体調を崩すから、あまり好きにはなれなかった。


 決して泳げないからではない。


 その日もやっぱり、プールに入った途端に、お腹がおかしくなって痛くなった。


 僕は保健室のお世話になり、放課後少しマシになったので、一人で大丈夫だと言って、送ってくれるという先生に挨拶して、ゆっくり歩いて帰った。


「あれぇ、香倉くんじゃん。まだ学校にいたんだ」


「睦瀬さん……」


 もう下校の時刻はとっくに過ぎている。


 まだランドセルを背負って歩いている僕は、居残りをしていたか寄り道をしていたように見えるだろう。


「何してたの?」


「保健室、さっきまで横になってたんだ」


「そうなんだ。そう言えばよく保健室に行ってるもんね。大丈夫?」


 実はこの時あまり大丈夫ではなかった。


 学校を出てからすぐに、またお腹が痛くなって、さっきからグルグルいっていて、我慢するのも辛かった。


 出来れば彼女には、すぐにどこかに行ってもらいたかったけど、辛そうにしている僕を見て、心配してくれて送ってくれようとした。


 ここはどうしても我慢しなくちゃという緊張が、更にお腹を痛くした。


 ダメだ。もう我慢できない。


 お尻がもそもそしてきて、抗おうとすればするほどに、緊張が高まっていく。


「……!」


 緊張の糸が切れる時というのは、本当に何かが切れる音がするような感じがする。


 盛り上がるお尻、お腹の痛みは引いていくけど、それに反比例して情けなさが増していく。


 僕は茜の顔を見た。


 一目見れば分かる。彼女は気付いていた。


 僕は涙を流して無言で泣いていた。


「大丈夫だよ。もうすぐお家だよ」


 彼女は周りから少しでも分かり難くするために、横に並んで少し身を寄せてくれた。






 あの頃から彼女の、僕に対する口癖が出来た。「大丈夫、誰にも言わないよ」と。


 あれから程なく時間を置くことなく、僕は彼女の下僕と化した。


 下僕と言っても別に使いっ走りをやらされたり、財布代わりにされたりしたことがあるわけではない。


 彼女の些細なお願いを問答無用に押しつけられる程度の、そのぉ、下僕以上友達未満と言うヤツだ。


 僕の体も成長するに連れ、徐々に丈夫になり、中学生になると普通に部活動で運動も出来るようになったし、他の友達に負けないくらいに大食いにもなれた。


 これはもう茜と決別することで、新しい自分になるしかないと思えたが、結果として高校でもクラスメイトをしている。


「もう、お互いいい年なんだからそう言うのは止めようよ」


 彼女の悪癖は僕をいびることだけではない。


 なぜかは知らないけれど、彼女はスキンシップが好きだった。


 他の男子にしているところは見たことないけど、これもまた下僕の悲しさと言うところか。


「何言ってるの!? これもそれも倫弘のためでしょ。いつまでも女の子に慣れないとか、触れないなんて情けないこと言ってるからでしょ」


 いや、だからってチョークスリーパーはないだろう。


 触れるにしても、もっと自然な格好って言うのがあるだろうに。


「全身で女を感じな。そうすれば倫弘にも彼女の一人や二人、簡単にもできるから」


 そんなもの望んだ覚えもないのに、こいつのお節介はどこまで続くんだ。


 それに僕は彼女が欲しいなんてお願いしたこともないぞ。


 彼女になって欲しいと望んだことはあるけど。


 そう、僕はこいつが好きになっていた。


 それも中学2年生のことだ。


 それでも別の学校に行きたいと思ったのは、距離を置けば告白する決意というのも、ひょっとして生まれるかもと思ったからなんだけど。


 なのに今も昔のまんまの腐れ縁では、何となく行動に移せない。


 しかしこいつは僕に彼女をとかいいながら、四六時中一緒にいて人をオモチャにして、もしかしたらこいつも僕を? ……それだけはないな。


 いつまでも小学生ではないんだから、好きな子にちょっかい掛けるなんて、ありえないもんな。


「そうそう、帰りにちょっとつき合ってもらいたいところがあるんだけど」


「って、僕は今日も部活あるよ」


 サッカーを始めたのは中学生になってから、体も丈夫になって、何かをスタートさせたくて始めた。


「うん、その後でいいよ。イヤだとは言わないよね」


 イヤだとは言わせないんだろ?


「分かったよ。それじゃあ部活後に」


 と言って僕は部室に向かった。


 今日はレギュラーを選出する紅白戦がある。


 僕のポジションはディフェンダー、争っている部員は5人。競争率はそれなりに高い。






 結果、頑張ったんだけど、僕は今度の試合はベンチ要員と言うことで収まった。


 まぁ、まだ1年生だしな。


 これからこれから。


 さぁ、気持ちを切り替えて、これから茜との約束だ。


 あまり待たせてもよくないし、だけど後片付けは1年の仕事、僕は気合いを入れて、担当箇所をさっさと片付け終えて、先に着替えさせてもらうことにした。


 ダッシュで片付けてダッシュで着替え終わった僕は、なんと先輩達よりも早く部室を後にすることになった。


「それではお先に失礼します」


 まだ無駄話を部室内で続けている先輩達に挨拶して外に出る。


「あれ? 諏訪米さん」


 部室の前に立っていた。


「ああ、香倉くん、待ってたの」


 え、僕?


「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」


「えーっと、長くなりそう? これからちょっと約束があるんだけど」


「あ、うぅうん、そんなに時間取らせないよ」


「それじゃあ校舎まで歩きながら、ってのでもいい?」

「う、うん」


 僕たちは二人で連れ立って歩いた。


 部室棟から教室棟までにはグラウンドがある。


 目をやると、まだサッカーグラウンドには片づけをする者がいた。


 僕は後ろ髪を引かれる思いで、諏訪米さんに目線を合わせた。


「それで、僕に用事って何?」


「あの、私ね。先週に前の彼氏と別れたの」


 そんな話を何で僕に?


「別れ話は私から切り出したの。他に好きな人が出来たからって」


 それはなんとも冒険的な。


「それで? その好きになった人には言ったの? まだなら頑張ってね。折角決意して動いたのに、ダメだったら可哀相だし」


「こ、告白は今からするつもりなの」


「へぇー、そう? ……って、あれ?」


 この話の流れってもしかして?


「香倉くん、私、あなたのことが好きになったんです。どうかお願いします」


 それは思いも寄らない言葉だった。






 答えは決まっていた。


 だけど、一大決心をして行動を起こした彼女に、あっさりと断りを入れるのも気が引けて、僕は「少し時間をもらってもいいかな?」と言った。


 僕の恋は叶う見込みが少ない。


 それを分かっていて玉砕するか?


 それとも最初から諦めて諏訪米さんの告白に答えるか……。


「倫弘……」

「お、おう茜!」


「それじゃあね。香倉くん、またね睦瀬さん」


 走り去る諏訪米さんを見送って、僕は茜に声をかける。


「さて、どこに行くんだって?」


 部活の後はさすがに疲れている。なるべく早く終わらせて帰りたい。


「どうした?」


「諏訪米さんとなに話してたの?」


 なんかいつもと雰囲気が違うぞ。


 というか、部活前までは普通だったのにな。


「なに話してたの?」


「なにって、この間の電話で言っていたことだよ。彼女に告白された」


 そう言った瞬間、茜の目の色が変わった。


「そ、それで?」


 心の動揺を隠そうと懸命に平静を装うが、その態度はかえって不自然だった。


「なんでそこまで言わないといけないんだよ」


 さすがにそれは恥ずかしくて、口にはしたくない。


 たぶん時間をもらったと言ったら、なんでそんなこと言うのとか言われそうだし。


「言いなさいよ!?」


「僕にだって言いたくないことの、一つや二つあるさ」


「なによ、倫弘のくせに」


 これは普通じゃあない。


 茜に何があったのかは分からないけど、この取り乱しようは尋常ではない。


「私に逆らうんじゃないわよ。あの事みんなにばらすわよ!!」

 なに?


「いま、なんて言った?」


「なに、耳までおかしくなった? じゃあもう一回言ってやるわよ。あんたの恥ずかしい過去をみんなに言って回るわよ! って言ってんのよ」


 何をこのバカ増長してんだ?


「……いいよ。そうしたいんならそうすればいい。だけど僕は今のお前には合わせてやれない。好きなようにすればいい。それじゃあな」


 僕の記憶にはない、今にも泣き出しそうな顔、ああ、いやもう泣いている。


「やだよ……」


 消え入りそうな小さな声。


「やだよ……」


 俯いてしまった茜の顔が見えない。


「やだよ、行かないでよぉ。お願いだから怒らないで」


 やばいどうしよう。

 僕が原因で泣き出している茜の顔を見て、「こいつ可愛いな」と思ってしまっている。


「ふぅ、……とにかくまず顔拭け、みっともないぞ」


「ごめんなさい、ごめんなさい。私を一人にしないで」


 こんな茜、見たことない。


「えっと、分かったからさ。泣きやめよ」


 しばらくベンチに腰を降ろして、落ち着かせて、涙が収まったところで話を聞くことにした。


「私、小学生の頃から倫弘のこと好きだったの」


 それは本当に驚きだった。


 全く考えたことがないわけではなかったけど、それだけはないとも思っていたから。


「小学生の時のあの事があった後、ひょっとしたら気にして距離置かれちゃうかなと思ったけど、頑張って普通を装っていたでしょ? その時に、この子強い子だなって思って、なんとなく興味持つようになって」


 気が付いたら苛めていたんだな。


「でもそれならなんで、僕に色んな子の話、持ってきてたんだ?」


「だって、倫弘って、私がどれだけくっついても、女として見てくれなくて、落ち込んで、だからまず倫弘が好きな女の子が、どんなタイプなのかって知りたくて」


 それで可能性の薄い子を選んでは、突っついてきていたのか。


 なるほどなぁ。こいつはこいつで思うところがあったんだな。


「それで……、杏里ちゃんへの返事って、どうするの?」


「断るよ。だって僕もようやく答えが見つかったんだし」

「……なんのこと?」


「僕もさ、好きだったんだ。気付いたのは中2の頃だけど。やっぱり茜といる時が一番楽しいからね」


「えっ? えーっと、……それって?」

「うん、好きだよ茜」


 さて、それからの僕たちなんだけど。


 その翌日、僕は諏訪米さんに正直に話して、理解してもらった。


 その後で聞いた話によると、彼と復縁できたそうだ。


 そして晴れて恋人同士となった僕と茜の関係も、より近い物となった。


 なったのだけれど、そんなに大きく変わった。ということはなく。


 そうだな、今は下僕以上友達未満で恋人同士って感じかな。


 そんな劇的な変化なんて起こるもんじゃない。


 僕の下僕生活ももうしばらくは続くだろう。

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