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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
70/102

第 70 夜   『思いを込めて!』

語り部 : 風見康成カザミコウセイ

お相手 : 浅宮萌美アサミヤメグミ


盛立役 : 瀬下セシタみさき

      大貫鷹オオヌキヨウ

 小学四年生の頃、大好きな女の子に自分の気持ちを打ち明けたことがある。


 その子は心から「嬉しい」と言ってくれた。


 僕はずっとその気持ちを色褪せさせることなく、高校も彼女と同じ学校を選んで、見事二人とも合格した。


 頑張って入った高校での生活は、唐突に真っ暗闇に包まれた気分に陥った。


 彼女は同じクラスの野球部員と交際を始めた。


 確かに俺は彼女に告白したことはある。


 だけどよく考えてみれば、一度として彼女から好きだと言ってもらったことはない。



   第 70 夜

    『思いを込めて!』


 いつの間にこんなに勉強が好きになったのかは覚えていない。


 と言うかクラブに入る気にもならなかったので、放課後などに図書館に入り浸る癖ができてしまったのだ。


 ここの静かな空間が落ち着くってのもあるけど、家にいるより勉強がはかどるので、時間いっぱいまで利用することにしている。


「あ、いたいた。風見くん」

「浅宮さん……」


 同じクラスの浅宮萌美さんは学年でもトップクラスの優等生。


 彼女は医学部を目指しているとかで、毎日勉学にいそしんでいる図書室の常連だ。


「なに?」


「うぅ~ん、強いて言えばあなたに会うのが目的だし、建前で言えば勉強見てもらおうかと」


 普通そこは建前を先に言わないか? それよりも。


「浅宮さんくらい勉強できれば、俺が教える事なんてないでしょ?」


 確かに全教科を合わせた試験結果なんかでは、俺の方が上だったりするけど、化学や数学なんかは彼女の方が成績がいい。


「ここの問題なんだけど」


 進学科の共通問題集にある一問、数学の問題か、数学なら彼女の方が得意だろうに。


「ああ、これかぁ、俺も苦戦したんだけど……」


 答えを見ればどこが問題の鍵となるか、彼女なら分かるんじゃあないかと思いながらも説明した。


「あ、そうかそうか、私ここに気付かなかったよ。なるほどね」


 確かにこの問題のここがキモなのは間違いないけど……。


「浅宮さん、この問題って、自分で解けてたでしょ?」


「えっ、……えへへへへっ」


 彼女のこの顔を、俺は真っ直ぐに見ることができない。


 それは2ヶ月前のことだ。






 その日は図書館を利用することができず、教室で勉強をしていた。


「あれ? 風見くん、何してるの?」


「うん、ああ浅宮さん? えーっと俺は勉強中。図書館のエアコンが壊れたとかで、業者が来てるからここで」


「ふぅん、勉強好きなの? 変わってるね」


「好きって言うんじゃあないよ。ただ他に取り柄とかないから、とりあえずね」


 問題を解くことや、色んな事の知識を記憶するのは確かに面白い。


 だけどそれで好きかどうかってなると、なんか違う気がするしな。


「風見くんってすごいよね。全教科全てで、80点以上だったもんね」


「それなら浅宮さんだって、100点満点取ってたじゃない」


「2教科だけだけどね」


「医者になりたいんだよね。将来」


「うん、家がそうだから、っていうお約束な理由でね」


 だからって、しっかり勉強を続けているなんて大したもんだよ。


「一人で勉強って言うのも味気ないからさぁ。これからは一緒に勉強してもいいかな? 私も」


「それは構わないけど……」

「本当?」


 確かに勉強していて、行き詰まってしまうと、誰かに聞きたくなるもんな。


 彼女なら俺のペースで勉強もはかどるだろうし。


 こうして二人だけの勉強会が始まった。


「ところで風見くんはなんでこんなに勉強してるの? 何かやりたいことでもあるの?」


「ないよ。そんなの。ただこの国の教育制度を考えたら、しておくに越したことはないから」


 本当にそれだけなんだよな。なんて俺は薄っぺらいんだ。


“康成も新しい事を始めた方がいいよ。見聞を拡げるの”


 みさきの声がフラッシュバックする。


“私、野球部に入るの。マネージャー! すっごい格好いい人がいるの。同じ1年生なのに、入部して直ぐにレギュラー入りしたんだよ。中学生の頃から活躍してたんだって”


 あいつが憧れて追いかけたのは野球部期待の新人、大貫鷹。


 1年の女子の間で話題のスター、そんなヤツ相手に挑んで見事射止めるあたり、さすがは俺が惚れた女ってもんだ。


 結局あいつにとって、俺という存在がなんだったのか、思い返せば何も手応えのある思い出がない。


 言葉だってもらったことがない。


 だから俺にはフラれたという実感もないのだけれど、あの二人が付き合っているという噂だけは、事実なのだ。


「俺って無価値で無意味な人生送ってるやつなんだよ」


「そんなに自分を卑下しなくても……、これから何かを見つけられるんなら、それからでも遅くないよ。第一これだけ勉強できたら、何でもかんでも選り取り見取りだよ」


 そう言うもんかな?


「ねぇねぇ。この後ちょっと寄り道しない?」


「寄り道? どこに?」


 彼女が行きたがったのはアイスクリーム店。


 頭を使うには甘い物をと言うことらしい。


 アイスクリームなんて、スーパーマーケットで売ってるカップアイスしか買ったことない俺は、浅宮さんに全部任せて席を確保した。


 しばらくして、買ってきてもらったアイスを受け取りかぶりつく。


「おお、意外とあっさり目でしつこくないな」


「気に入ってくれた?」


「うん、おいしいよ」


 みさき以外の女の子とこんなところに来るなんて、なんかおかしな感じだけど、今までしたことのない事をできるのって、悪くない。


「あ、あのね。これからもこんな風に、二人で勉強して寄り道して、お休みの日に出かけたりってできないかな?」


 急に口調が柔らかくなり、浅宮さんは頬を赤く染めながら、そんなことを言った。


「……浅宮さん、俺、他に好きな子が」


「瀬下さんでしょ? 有名だもん。知ってるよ」


 入学当初からあいつにピッタリ突っついて回っていた俺は、割と早い頃から、校内でも注目される存在になっていた。


 そこに追い打ちをかけてきたのは、みさきからの告白を教室で聞かされたこと。


 好きな人ができたから、これからはあまり周りをうろついたりしないように。と言われたのだ。


「今でもやっぱり瀬下さんがいいの?」

「うん」


 思わず即答してしまった。


 今のは相手への配慮が、あまりにも欠落している。


 心配して彼女の顔を見ると、なぜか満面の笑み。


「あ~あ、フラれたかぁ」


 そう言って彼女は、自分のアイスの最後の一口を頬張った。






 俺、彼女のことをフッちゃったんだよな。


 ああ、でも俺、別に彼女からちゃんとした告白を受けたわけでもないし、分かりやすい言葉にしてもらったわけでもない。


 女の子って皆、こんな風にはぐらかした言い方するんだろうか?


 男の方からはっきりした意思表示しないから?


 でもみさき相手には、ちゃんと告白もしたはずだぞ。


「おう、康成! 久しぶり」

「みさき?」


 たぶんあいつと一緒なんだろうけど、帰り道は俺の方が最後まで一緒にいられるから。


 だから野球部の練習が終わるまで、こうして図書室でねばってきたんだ。


 普段は会いたくても会えないのに、他の女の子のこと考えている時に会うなんて。


「あれ? 一人なの?」


「ああ、うんそう、鷹くんは先輩と今度の練習試合の相手校への挨拶に行ったから」


「へぇ、そうなんだ……」


 なんか久しぶりなのに話すことがない。と言うか気になることがあって、他の話題が浮かんでこない。


「なぁ、みさき、ちょっと聞きたいんだけど」

「なに?」


「お前って、俺のことどう思ってたんだ?」


 あまり回りくどく言っても伝わらない虞がある。ここはストレートに。


「どうって、友達でしょ?」


 そう、なんだ……。


「そりゃあね、いつも私の傍にいるから、もしかして私のこと気になってるのかなって、思ったこともあるよ」


 なに?


「だけど、結局一度も告白も愛の言葉も言ってもらわないままだったから、高校に入ったんだし、彼氏くらいは欲しかったしね。でもあんたは私のこと友達としか見てないみたいだったから、どうせなら思い切ってハードルを高くしてみたんだよ」


 それが実って、あいつとつき合うこととなったのか。


「って、あれ? 告白なら俺、したぞ。小学生の頃、覚えてないのか?」

「あんなの……、子供の頃のお友達宣言でしょ?」


 えっ、えっ、そう言うものなのか?


「まぁ、あんな風に大きくなっても言ってくれてたら、コロッといってたと思うけどね」


 つまりみさきにとって俺は、ずっとただの友達でしかなかったと言うことだったのか。


「も、もし今から告白したら?」


「え、なにそれ、ウケるぅ~。けどそうね、もし本気でも今さらだよね。今の私は幸せいっぱいだもん」


 完全に終わった。俺の初恋。


 でもそうか、物事はちゃんとはっきりと意思表示しないといけないのか。






 俺は一人、図書館で勉強をしていた。


 今日も委員会で遅くなっているけど、こうしていたら、直ぐに彼女が来るはずだ。


「風見君♪」


「ああ、浅宮さんお疲れ様」


「ありがとう。風紀委員会なんて、書類提出だけなんだし、毎日しなくてもいいのにね。それより、ねぇ、今日も甘い物食べに行かない?」


 いいのか風紀委員……。しかしやっぱりこういうのって、ちゃんと伝わるように言わないといけないんだな。


「ねぇ、浅宮さん、ちょっと真剣な話があるんだけど」


「あっ……、もしかして私があなたを好きって言った事の返事?」


 やっぱりそうか、他の男とつき合っている子を好きだって言ったからって、浅宮さんのことは考えられないなんて、答えではないということだ。


「俺、まだ君のことをどう思っているのかは分からない。こんないい加減な気持ちで一緒にいるのもどうかなと思うんだ」


「で、でもそれは……」


 彼女は思い耽るように目を細める。


「だけど、……それでも、そんな中途半端な気持ちでもいいのなら、君ともっと親睦を深めたい」


 よし言った。


「えーっと、つまりそれは、ちゃんと交際をしてもらえると言うことでいいのかな?」


 ああ、やっぱりちゃんとは伝わっていない。これじゃあダメだって事だな。


「俺、君のことがたぶん好きだ。特別なつき合いをして欲しい。……これでいいかな?」


 浅宮さんの動きが止まっている。もしかしてこれでもダメなのか?


 間をおいてから、彼女は満面の笑みで気持ちを表現してくれた。


「ありがとう、嬉しいよ」


 よし、伝わった。


 これからも意思表示は的確に、ちゃんと伝わっているのかの確認も忘れずに。

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