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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
68/102

第 68 夜   『オーバーラップ』

語り部 : 足柄金太郎アシガラキンタロウ

お相手 : 高橋瑞穂タカハシミズホ

 小学校3年生まで過ごしていた町。


 父親の仕事の都合で引っ越すこととなり、家は父さんの弟、つまり俺の叔父さん夫婦が使ってくれることになった。


 時は流れて今年の春、俺は高校生になった。


 高校入学前に引っ越しが決まった。元住んでいた家に帰るのだ。


 叔父夫婦が待望のマイホームを手に入れて引っ越すことになり、家には単身赴任となった親父を残して、俺とお袋、妹とが帰ることになった。



   第 68 夜

    『オーバーラップ』


 まだこの町に住んでいた頃、俺は同い年の女の子に、よくいじめられていた。


 いじめと言っても小学2年生のすること、暴力を振るうと言うよりは小突く程度のこと。


 だからダメージは精神的なものの方が大きかった記憶がある。


 ただ俺はそんな目に遭わせらながらも、その女の子のことが本当に好きだった。


 帰ってきて最初に会いたいと思ったのも、やっぱりその子だった。


 彼女は俺が合格した学校の女子の制服が可愛いと、昔はよく言ってた。


 だからそこにいけば必ず会えると思っていた。


 だけどその願いは叶わなかった。


 彼女はこの学校には入学していない。いや、彼女は高校生になっていないのだ。


 その訃報を聞いたのは、高校入学の日。


 昔、この辺りに住んでいた頃、遊んでいた友達が同級生にいて、こっちも向こうもお互いを認識できたから、直ぐにまた友達になって、早速彼女のことを聞いてみたんだ。


「死んだ……、って、おいおい、いきなり何、トンでもないことぬかしてんだ?」


「本当なんだ。……交通事故だよ。中一の夏にな。ニュースにもなったけど、あんまり大々的には持ち上がらなかったからな。あの時って政治家のヤミ献金か何かの話が、一面を占めていたからさ」


 飲酒運転による暴走事故だったそうだ。


 巻き込まれたのは3人、他の二人は骨を折る重傷は負ったけど、命の別状はなかった。


 あの子だけが、打ち所が悪く、そのまま目を開けなかったらしい。


 そんなやり取りも、もう随分と前の話。


 今は春に選出された学園祭実行委員の仕事の最中。


 学園祭委員なら、年に一度、ちらっと仕事をすればお役ご免なのだと思って、自らやることにしたけど、意外と年中通して、雑用があったりする。


 今日も学祭に向けて必要な書類の整理。


 女子委員の高橋瑞穂さんと放課後の教室にいる。


「足柄くん、そっちの書類に予算の計算表載ってない?」

「あるよ。はい」


 明日生徒会議会で提出する書類の作成だ。


 俺はこういった事務仕事とかが本当に苦手で、こういった作業はいつも彼女がやってくれている。


「さぁて、今日は何を奢ってもらおうかな?」


「何をって、ジュースだろ? 約束は一本」


 仕事を丸投げしているささやかな報酬である。


「本番の力仕事は、一手に引き受けるからさ」


「はいはい、だからジュース一本で妥協してあげたでしょ」


 俺は書類に必要事項を書き込んでいる彼女の顔を眺めた。

 本当に似ている……。


 小学生の頃のあの子の面影しかない俺だったけど、高橋さんを見た時の衝撃は半端な物ではなかった。


 一瞬、事故のことを教えてくれたあいつに化かされただけで、本当は彼女は生きていたのかと思った。


 後で見せてもらった、事故にあったあの子の中学生の時の写真を思い出す。


 やっぱり似ている。うり二つだ。


 出会ってからこっち、俺はこうしてよく、彼女のことを眺めていることがある。


「なに? また見てる。足柄くんってそんなに私のことが好きなの?」


「えっ、いや、あははは……」


 そりゃあ気付かれるよな。こんなに正面から見てたら。

 だけど本当のことは言えない。


 高橋さんを通してあの子のことを見ているなんて。






 美術館のチケットなんてもらっても、俺には美術鑑賞なんて趣味はない。


 母さんからは友達にあげてもいいよと言われたけど、美術部の友達もいないしなぁ。


「足柄くん、おはよう」

「ああ、おはよう高橋さん」


 教室の座席が隣の高橋さんが声を掛けてくれる。


「なに見てるの?」


「うん? ああこれ? 美術館のチケットなんだけどさ。どうしようかと」


「二枚……、ねぇ、それ私もらったらダメかな?」


「えっ? 別にいいけど、はい」


 もらってくれるって言うのなら、無駄にならないってもんだ。


「ああ、一枚ずつ持っていようよ。当日何があるか分からないし」


 って、あれ? 俺と行くって言うことなのか?


「それじゃあ朝の11時からでいいかな? ここの美術館って中庭で飲食していもいいんだよ。私、お弁当作っていくね」


 ああ、もう俺行くこと決定みたいです。


「でも高橋さん、美術品とか絵画とかに興味あったんだね?」


「自分で作ったり描いたりはできないけど、見るのは好きだよ」


 そう言えば高橋さんは選択授業美術選考してたっけ。


 俺、割と楽だからって聞いてたから音楽にしてるけど。


「週末が待ち遠しいよ」


 笑い顔が一番似てるんだよな……。






 日曜日は満点青空、室内よりも外で何かしたくなるいい日より。


「お待たせぇ~、服がなかなか決まらなくて、遅くなっちゃった。ごめんね」


 おおー、高橋さんの私服姿って新鮮だな。


「淡い緑のワンピースがよく合ってるね」


「へへっ、ありがとう。それじゃあ行こう」

「ああ」


 彼女のカバンを預かり、美術館の方向に歩き出す。


 目的地が同じ人がちらほらと。


 確か有名な画家の展覧イベントがあって、このチケットもそのイベントに会わせて出された物って言ってたな。


 俺のイメージだと、美術館なんてそんな多くの人が来るところではなかったんだけど、しかし今回は特別なのだろう、意外と多くの人が門を潜っている。


 普段全く接点のない美術館だけど、こうしてジックリと絵画などを眺めてみると、美術鑑賞というのも意外と悪くない。


 俺なんかの数倍の集中力で絵を見ている高橋さん。好きだと言うだけのことはあるな。


「本当に今日はありがとう。もの凄く楽しいよ」


 お昼を回り、俺達は美術館の中庭にレジャーシートを敷いて、彼女が作ってきてくれたお弁当を広げた。


「おお! すごいなぁ。これ全部自分で作ったの?」


「むっ、若干失礼な聞き方だけど、まぁいいでしょう。これはそのほとんどが、……お母さんに手伝ってもらったの。私まだ花嫁修業も始めたばかりだから」


 そう言えばあの子は料理が好きで、小学3年生にして、自分で自分の弁当を作って、遠足に参加していたっけ。


 いくつかおかず交換して、食べさせてもらった覚えがある。






 午後からは彫刻を見て回り、まだまだ日の高い暑い時間に、俺達は美術館を後にした。


 近くにある喫茶店に入って、さっきの絵画展のパンフレットを開く。


「学校から美術館に行ったりしても、ちゃんとマジメに見なかったりするけど、こうして自分たちだけで来ると、しっかり一つ一つ見るからか、結構楽しいな」


 絵にさほど興味のない俺でもこうなのだから、見たがっていた人はその数倍。


「今日はありがとうね。本当に来てよかったよ」


「ああ、いやいや、俺なんかより、絵が好きな友達と一緒に来てたら、もっと楽しかったんだろうけどさ」


「そんな、私は足柄くんと来たかったの。あなたとだから楽しかったの。本当だよ」


 あれ? 今の口ぶりはもしかして?


 いやそんな嬉しい展開そうそうあるもんじゃあないぞ。


「あのね。実はちょっと相談があるの」


 あれ? 急に話が変わったぞ。さっきの話の最後が気になるんだけど……。


「えっと、何?」


 自分から話を戻すのも恥ずかしくって、とにかく話の流れに逆らわない事にした。


「私、一昨日のことなんだけど、他のクラスの男の子から告白を受けたの」


「へ、へぇ……」


 なんだろう、なんだか一気にイヤなムードに包まれたぞ。


「美術選考の授業で一緒になる人なんだけど、割とよくお喋りする人で、その私としてはどちらの返事をしてもいいって言うか……」


「もしかして高橋さん、他に好きな人とかいるの?」


 そうでないと今みたいな言い方はしないはずだ。


 案の定、彼女は首を縦に振った。


「だけど、その人には他に想っている人がいるみたいなの。良く目が合うんだけど、その人の目には私が映ってない気がするの」


 うーん、そうなるとあんまり脈があるわけじゃあないのか、だったら無理に冒険しなくても、告白してくれた彼の気持ちに応えてあげるのも、一つの道であるようにも思える。


「そっか、そうだね。うん、ありがとう。参考にするね」


 もしここで俺も君のことが気になっているって言ったら、やっぱり迷惑だろうか。


 二人から選ぶのにも悩んでいるようなのに、これ以上ややこしくするのも気の毒だ。


 俺の想いはまだ漠然としている状態だ。ここは俺のことより、彼女の気持ちを最優先すべきだろう。






 美術館に行った日の夜。


 俺は喫茶店で話した事が頭から離れないでいた。


 結局俺自身の気持ちを打ち明けることはなかったけど、なんでだろう? 帰ってきてからずっとその事を後悔しているような、モヤモヤした気分がかき消せない。


 この気持ちはきっと間違いない。


 俺は彼女のことが、本当は好きなんだ。


 最初はあの子のことを重ねて見ていた。


 もの凄く印象が被るもんだから、つい眺めることが多くなった。


 だけど次第に俺は彼女自身を目で追いかけるようになっていた。


 今日は楽しかったな。


 彼女もそう言ってくれた。


 他のことをしても、たぶん一緒なら何をやっても楽しいはずだ。


 俺は徐に携帯を手にして、彼女の番号を無意識にコールしていた。


「あ、ゴメン夜遅くに。今日はありがとうね。楽しかったよ。……うん、いやそう言ってもらえると嬉しいよ」


 さっきまで会っていたのに、なぜか彼女の声が懐かしいものに感じる。


「ああ、うんいや、わざわざ電話したのには事情があって……、その喫茶店での話なんだけど、その……もう相手に返事とかした? えっ、まだ? そう……、あ、いやえーっと、実はちょっと、聞いて欲しいことがあって」


 俺は思いの丈を彼女にぶつけた。






 月曜日の朝、いつもより30分早く登校した。


 まだ教室には誰もいない。


 カバンの中と机の中を整理していると彼女が登校してきた。


「おはよう」


「あ、おはよう、悪いね。早くに来てもらって」


「うぅうん、昨日の電話での話、本当に嘘じゃあないよね。勢いで言ったとかじゃあないよね」


「そんなことないって、俺、本当に君のことが好きなんだ。だから君が気になっているヤツってのが俺だって聞かされた時、思わず誰もいない部屋の中で!ガッツポーズとか取っちゃたんだぜ」


「だけど、その、よく視線を感じるから足柄くんも私のことをって思うことはあったけど、いつも私を見ながら、私じゃない誰かを見ているように感じたから、なんだか好きだって言ってくれた事が夢みたいで……」


 俺は正直にあの子のことを話した。


 失礼なのは承知の上。


 切っ掛けは彼女と高橋さんをダブらせていた事だけど、好きになったのは高橋さんが高橋さんだったからだ。


「なんだか回りくどいこと言って、気分悪いかもしれないけど、よかったらまた俺と一緒に遊んでよ。これからもずっと、いろんなことを」


「うん、私も足柄くんがいい」


 俺の中であの子のことはいい思い出になっている。


 もちろん忘れることはないけど、もう彼女に被せて思い出したりはしないだろう。

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