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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
67/102

第 67 夜   『思い出をいっぱいに』

語り部 : 松淵恵子マツブチケイコ

お相手 : 山重健ヤナシゲケン


盛立役 : 水走乎奈華ミズハイコナカ

 将来をしっかりと見据えている彼は、授業中以外の時間もずっと勉強している。


 私としては重要な高校二年生の、この一年をもっと大事にしたいのに、彼は今も勉強をしている。



   第 67 夜

    『思い出をいっぱいに』


「また約束破ったぁ!?」


 月曜日の朝、彼を見つけて詰め寄った。


「はい? 約束ってなんだ?」


 やっぱり覚えていない。


 いや、この場合は最初っから聞いていないんだ。


「昨日の日曜日、季節物のバーゲンがあるから、ショッピングに付き合ってって、金曜日にお願いしてたんだよ」


「……悪い、記憶にないや。でもそれだったら日曜日の朝にまた、電話くれればよかったのに」


「したよ。けど健ちゃん携帯家に置いて図書館に行ったでしょ? お家にも電話入れたんだよ」


 土曜日も電話したけど、やっぱり携帯持たずに本屋さんに行ったって、お母さんに言われた。


 日曜日の電話で、昨日の夜にも言っておいたんだけどね。と言われた。


「健ちゃんが国立狙ってるの知ってるけど、たまには私と遊んでよ」


「うん? うん、いいよ」


 今も私とお話ししていたはずなのに、もう参考書にどっぷり浸かってる。すでに人の話聞いてないよこの人。






「恵子って、山重くんとつき合ってるんだよね」


「その聞き方は傷つくなぁ。それにその質問何回目よ。いい加減にしてくれる?」


「だってさぁ、私だったらすぐにでも別れてるよ。あんな男」


 毒吐くのもいい加減にしろよ乎奈華! 拳で殴るよ。


「山重くんって、国立目指してるの?」


「将来の夢のためだよ」

「将来の夢って?」


「えっとねぇ、獣医になりたいんだって」

「獣医?」


 獣医学を学べる大学は、全国でも限られている。


 しかもその難易度は、かなり高いと言っていた。


「難しいんだ」


「赤本見せてもらったけど、私じゃあ絶対受からないね」


 そんなところを目指してるんだもん。多少のことはしょうがないよ。


「それで話戻るけど、なんで恵子はそんな彼とつき合おうと思ったの? 彼の勉強の虫って1年生の頃から有名だったでしょ?」


 そう、毎回の定期試験で、学年三位以内に入るくらいの勉強家である。


 そんな彼との出会いは、自習室でのことだった。


 成績は校内でも下の上と言ったランクの私は、善戦空しく補習を受ける事となって、ここにやってきていた。


 その時の補習組の中に、なぜ健ちゃんがいたのか、理由は知らない。聞いていない。


 そこで初めてお話しをして、彼の夢もその時知った。


 彼のお父さんは公務員で、市の職員をしている。


 地域課にいて、ペットの相談も請け負っている。


 お父さんに付いていって、仕事を見せてもらったことがあったそうだ。


 そこには捨て犬が多く入れられた檻があり、里親になってくれる飼い主を待っているのだと知った。


 しかしそこにいる犬の数は半端ではなく、その全てに里親を見つけるのはもちろん不可能。


 そこで執られる手段は、殺処分だった。


「そんな話を聞いて、まだ小学生の頃の話だったから、我慢できなくて、いっぱい泣いちゃったんだって」


「ふーん、その時の思い出から、動物を助ける仕事をしたくなったって言うのね」


 その話を聞いていた時、ちょうど西日が差し込んできて、私からは彼の横顔は逆行となり、陽の光のエフェクト効果もあったのかもしれないけど、私の目にはすごく輝いて見えた。


「もうほとんど一目惚れだったのね。っていうか、補習なのにそんだけガッツリ話し込んでるのって、よかったの?」


「ああ、……ずっと私から話しかけてたんだけどね。興味本位で。なのに監督の先生に一緒に怒られちゃった。そのお詫びに帰りに寄り道したんだよね」


 お詫びにって誘ったのに、そのお店はワリカンになった。


 そこで聞かせてもらった話も、私の知らないことばっかりで、すごく楽しかった事を覚えている。


「ふーん、いい思い出があるのは分かったけど、だからって今でもおつき合いしているのって、なんでなの? 人生一度っきりの高校二年生だよ。思い出いっぱい作って、受験地獄を乗り越える肥やしにしないといけない、大事な時期だよ」


 それはね。私だっていろんな事したいよ。


 健ちゃんって、もの凄くいろんなこと知ってるから、どこに行っても楽しく解説入れてくれるから、いっぱい楽しめそうだし。


 だけど私のわがままで、彼の夢の邪魔をしたくない。


「健気なのはいいけどさ、そうなったら大学だって、別々になっちゃうんでしょ? 将来なんて分からないのに、折角両想いになったんだから、今の内に思い出作らないと」


 そう、だよねぇ~、そうだよね!


「よし分かった。そんな親友のために出血大サービスをしちゃおう。これ、上げるよ」


 乎奈華が取り出したのはチケットが二枚。


「遊園地の入場券?」


「ただの入場券じゃあないよ。一日フリーチケット付き! 学生専用」


 商店街のくじ引きで当てたらしく、現在彼氏と冷戦中の乎奈華はその券を私にくれるというのだ。


「ありがとう親友」


「おう、その代わり、今度は私の悩み解決にも協力してよ」


 それって彼氏とのケンカの仲裁でもさせようと言うのか?


 このケンカの原因って、乎奈華が彼の大事にしているお宝を壊しちゃったからだよね。


 本人は「態とじゃないもん」と言ってたけど。


 何はともあれ、今度こそ聞いてなかったとは言わせないように、しっかりと約束しなくっちゃ。






 もしかしたら勉強があるからと言って、断られるかもと思ったけど、無理矢理「息抜きだから」とか言って連れ出そうと考えていたのに。


「うん、いいよ。たまには気晴らししないといけないしな。しかもあんまりお金使わずに遊べるって言うのがいいよね」


 よし、これだけしっかり喋っていて聞いてないとは言わないだろう。


 と思っていたけど、本当に当日までふあんでしょうがなかった。いや、顔観るまで分からないぞ。


 そんな不安もさることながら、どんな服装で行こうかと悩む、昨日の夜はもう大騒ぎしてしまった。


 眠るのも遅くなって、朝は早く起きて頑張ってお弁当作って、だから今はちょっと眠かったりする。


 彼が来るまでの時間、気が抜けるとついつい欠伸をしてしまう。


「おー、大きな欠伸だな」


「け、健ちゃん!? やだもう、恥ずかしいなぁ」


 人の死角から現れて、顔を覗き込むのは反則だよ。


 でも、ちゃんと来てくれた……。


「行こうか」

「うん……」


 朝の挨拶もそこそこに改札を潜る彼は、先先歩き始める。


 頑張ってオシャレしてきたのに、何も言ってくれないんだなぁ。


 私が意気消沈しているのにも気付かず、一人でゲートを過ぎていく彼の背中を見て、ここまで来て沈んでいたくもなくて、気分を切り替えて彼の隣に駆け寄った。


「何から乗ろうか?」


「あぁ、う~ん、なんでもいいけど、できたらスカっとするヤツがいいかな」


 と言う意見を採用して、先ずはループコースターに。


 それにしても今日の健ちゃん、どことなく雰囲気がおかしい気がするけど、何かあったのかな? って!?


「きゃーーーーーーーー!!!!!」


 最上部まで上がって、一気に急降下、その後左右に振られてグルグル回転。


 一つ目から喉カラッカラになっちゃた。


 でも……。


「楽しいぃ~」


 私からの告白で始まったおつき合いは、開始からのこの3週間、本当に何もなかったから、今日のこの日が待ち遠しかったことこの上ない。


「ほら次々」


 もう完全にスイッチの入った私は、広い園内を隅々と走り回った。


 お化け屋敷では、彼の腕にしがみついたりと、ちょっと大胆にもなれたし、これは絶対二人の仲はもっと深まったはずだ。


 私お手製のお弁当のウケも良く、今日の私ってもう完璧。


 なのに、このコーディネイトってあんまりパッとしてなかったのかな?


 とまぁ、ホンの少しの不満もあったけど、午後からも次々とアトラクションを乗りこなし、ちょっと息が切れてきた。


「はぁ~、いっぱい遊んだねぇ。ちょっとだけ休憩しよう。……観覧車、ねっ!」


 少しだけ待って乗り込む、私は見渡せる景色の中、一つ一つのアトラクションを指差して、今日を振り返った。


 もう随分と西に傾いている陽の光りに目を細めていると、ゴンドラは頂点に昇った。


 なんだか静かに何も話そうとしない健ちゃんのことを、少しだけ気にしながら、私はずっと遠くまで見える景色を楽しんでいた。


「わぁ、海が見えるよ。ホンの少しだけだけど、すっごいねぇ」

「あ、あのさ……」


 ジッと黙っていた健ちゃんがやっと口を開いた。


 でもなんだか固い表情だ。


「なに?」


「ちょっと話があってさ」


 なんだろう、この緊張した感じ。まさか! これって、別れ話?


 うそ、やだ、まだこれからなのに! 何も始まってないのに!! 


 もし勉強の邪魔だって言うのなら、もうわがまま言わないから、傍にいさせて。


 私の頭の中はもうパニック状態。何をどう伝えればいいのかもまとまらない。


「俺、たぶん勉強も忙しいから、なかなか時間も取れないと思うけど」


 考えがまとまらないうちに、彼のお話が始まった。


「もしこんな俺で良ければなんだけど」


 ああ、彼が何を言っているのか理解できない。


「お、俺と……」


 話は佳境に入っている。


 彼の様子を目にして、それだけは理解できた。


「俺とつき合ってくれないか!」


 とうとう打ち明けられた想い、彼がそんなことを想っていただなんて、さっきまでは露程にも思っていなかった。


「って、あれ?」


 今、一体なんて?


「いやかな?」

「いや……」


「そうなのか!?」


「ああ、イヤそうじゃなくって? 何でこのタイミングで告白?」


「え、あ、いやその朝からずっとタイミング探ってたんだけど、なかなか切り出せなくてさ」


 えーっと、何がどうなってるんだろう?


「ねぇ、健ちゃん。もしかしてなんだけど、3週間前の補習の時のこと覚えてない?」


「えっ、補修? ああ、覚えてるよ。と言うか、いやあんまり覚えていないかな? あの時ってまだ風邪が完全に治ってなくて、なんかボーっとしてたから」


 定期試験中はかなり症状が酷くて、テストも散々だったらしい。


 それでいつも上位の彼が補習を受けることになったのだという。


「もしかして、あの時お喋りしたことも覚えてないの?」


「ああ、どんな話したっけ? 俺、補習に身が入らなくって、ボーッとしてた気がするんだけど」


 それで優等生の彼が補習中にもかかわらず、私のお話に付き合ってくれたのか。


 私はあの時にした会話を、かいつまんで説明した。


 ゴンドラは下までたどり着き、私たちは降りて近くのベンチに腰掛けた。


「俺、君に夢の話をしたのかい? うわぁー恥ずかしい」


「そんなことないよ。その時の健ちゃんの横顔がまぶしくって、私いっぺんにあなたのこと好きになったんだもん」


「えっ、そうなの? それじゃあ俺からの告白……」


「っていうか、その分だと、私が告白したのも覚えてないんだね。私一人でずっと恋人気分でいたんだ。この3週間」


「そ、そうだったのか!? そんなことが……」


 だってそれまでは山重くんって呼んでたのに、本人の了承を得て健志郎くんのことを健ちゃんって呼ぶようになったのに。


「ああ、なるほど、なんか不思議だったんだけど、嬉しかったから何も言わなかったんだ」


「それじゃあ私って、あなたが勉強している横にお邪魔して、一人ではしゃいでいたってことになるのね」


 それはどことなく素っ気なくなるわよね。


「でも俺は君が最近声をかけてくれて、いろんなこと教えてくれて、いつの間にか気になるようになって、いつの間にか好きになっていて、なんだか不思議な気分だな」


「そうだね。でも良かったぁ~、もしかしたら別れ話をされるのかって、ドキドキしてたんだよ」


「そうなの? ってああ、そう言うことか。君の中では俺達つき合ってたことになってたんだもんね。ああ言う言い方したら、そう思うのもしかたないか」


 飛んだかけ間違えで、変な回り道をした私たちだけど、これで少しは思い出も作れそうだ。


「受験本番前に、できるだけいっぱいの思い出残そうね」


「うん、そうだね」


 これもみんな乎奈華のお陰だな。


 今度パフェのいっぱいくらい振る舞うこととしよう。


 後それと、彼との修復作業もしてあげないと。


「それじゃあ来週は」


「あ、ごめん来週は塾から全国模試に行くことになってるから……」


 ようやく心が通じ合った間柄になったけど、前途は多難なままのようです。

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