第 66 夜 『それが一番大事』
語り部 : 児塚通生
お相手 : 竹下愛夢
三神和葉
盛立役 : 秋本勝樹
いったい彼女が何を考えているのかが分からない。
とにかく、その真意を問いただす必要があるのは間違いない。
第 66 夜
『それが一番大事』
その起因を探して、頭の中を見て回ったけど、その理由が見えてこない。
「通生くん、一緒にご飯食べよ」
「ちょっとあなた、毎日毎日同じ事を言わせないでよね」
「ああ、和葉ちゃんいたんだ。一緒に食べる?」
「食べるわけないでしょ!」
「あ、そう、じゃあ通生くん」
「いや、俺もできたら和葉と二人で食べたいんだけど……」
この来訪者である同じ部活のクラブ員、竹下愛夢さんはここ数日、なぜか急に俺へのアプローチを始めた。
「そうかぁ、それじゃあ、またね」
「またなんてない。通生は私の彼氏なんだから、あんたが入り込む隙間なんてないの!?」
「和葉もムキにならないで! 竹下さんもそう言うことだから」
そう、俺の彼女は竹下さんではなく、この三神和葉なのである。
この二人のやり取りもここ数日同じ事を繰り返している。
「もう、あの子なんで急にこんな事するようになったの? たしか秋本くんの彼女よね」
それはそうなんだけど。
「あの二人別れたんだよ。確か、彼女の浮気だとかで」
秋本勝樹も同じ美術部員である。
二人が破局したと聞いたのが2週間前のこと、その後すぐだよな。ここに来るようになったの。
だからもうクラスのみんなも、今のやり取りにも馴れちゃって、もう誰も失笑すらしていない。
「あの子、どう言うつもりでこんな事するのかな?」
日に2回、昼休みと放課後にはここまで来て、部活中はしつこいくらいに声を掛けてくる。
しかし一度学校の敷地内から出ると、もう何もしてこない。
確かに変な行動と言えるんだよな。
「通生ってあの子と仲いいの?」
「特別仲が言い訳じゃないけど、同じ部活だからね、それなりには。ただもし本当に好意を寄せてくれているとしたら、理由が分からないよ。そんな素振りは、今まで見たことも見せたこともないから」
「それじゃあやっぱり、本人に聞くしかないんじゃない?」
そうだなぁ。もういい加減に原因の究明と、彼女の真意を確かめる必要があるな。
放課後部活中。
今日も竹下さんは自分の絵に集中せずに、俺の隣で俺のキャンパスに目を向けている。
「竹下さん、俺思うんだけどさ」
「なぁに?」
「俺のことに興味を抱いて、こうしてるんじゃないよね?」
「えっ? えーっと、そんなことないよ」
目を泳がせたな。
「ねぇ、部活後、時間ある?」
「うん……」
なんか問題を抱えているみたいだ。
とにかく話を聞いてみよう。
と言うことで、俺は自分の部活後、教室で待っている和葉を呼びに行き、場所を少し学校から離れたファーストフード店に移した。
「勝樹とのことだよね。何かあった?」
「……私が浮気をしているって話になって、その、……別れることになったの」
それは勝樹から聞いて知っている。
それでなんで俺のところに来るようになったかだ。
「私、浮気なんてしてないのに、勝樹くんは全然話を聞いてくれなくって、でもなんだか私のこと、今でも気にはしているみたいで」
それで俺をダシに使ってあいつの心理を確認しようとしていたのか。
あいつとは同じクラスだし、あの昼食時のやり取りも見てるしな。
なるほど、だから彼女は勝樹がいるところで、俺に言い寄ってきているフリをしていたのか。
「それならそうと……」
「言ったら上手く演技できた? 私だって、何も知らない通生くんと和葉ちゃんだったから、思い切って突っ込んでいけたと思うし」
芝居の経験のない者が、他人を騙すのは難しいって事か。
「それで、成果はあった?」
「いいえ、今のところは」
「それはそうとさぁ」
和葉が割って入ってきた。
「そもそもなんで浮気したなんて思われたの?」
ああ、そうだな。
火のないところに煙は立たない。
何かがあったはずだ。
「浮気相手だと思われているのは私の元彼なの。中学の頃付き合っていた人」
その元彼とは中学を卒業して、しばらくすると自然と会わなくなり、竹下さんの方からメールして決着をつけたそうだ。
だけどここ最近になって、寄りを戻そうと連絡を取ってきて、だけど今はもう新しい彼氏がいるし、元鞘に納まる気もないからと、キッパリと言ったらしいのだけれど、それを元彼は受け入れようとしなかった。
「毎日のように電話してきて、もうしつこいもんだから、携帯の電話番号変更して、そうしたら今度は、家電に掛かってくるようになって、最初は両親に心配させたくなくって、電話に出ていたの」
けれどお母さんに様子がおかしいことに気付かれて、素直に全てを打ち明けた。
今度はお父さんに出てもらい、もう迷惑だからと念入りに言ってもらったが、安心できず警察にも届け出た。
「それでも一向に修まらなくって、どうすればいいのかと悩んでいたら、今度は勝樹くんのことを突き止めた元彼が、昔の写真や出来事を使って、あたかも隠れて浮気をしているかのように語って」
その時の疑念を打ち消せなかった勝樹が、真偽を確かめようと詰め寄ってきたと言うことか。
「それじゃあ先ずは、その元彼をどうにかしないといけないな。写真とかある?」
「携帯で撮った写真なら、まだフォルダーに残してあるかも……、あっ、あった」
「その写真もらえる?」
写真データを送ってもらい、俺は相手の顔を確認する。
「写真なんてもらってどうするの?」
「俺の昔からの友達でさ、ちょっと素行は悪いんだけど、もの凄く真っ直ぐなヤツがいてさ。もっぱら腕っ節もいいんだ。そいつにちょっと注意してもらおうかと思って」
その元彼の写真付きのメールを送り、そいつに電話する。
「……うん、そう。悪いな、いつもこんなことばっかりで、今度埋め合わせするから。って、えっ? それは反則だろ。ああ、それじゃあまた」
これでこっちはどうにかなるだろう。
「それじゃあ次は勝樹のことだな。っておい、なんだよ二人ともその反応」
「ああ、いや通生のブラックな一面をいきなり見せられたから」
「通生くん格好いい……、私、分からず屋な彼なんて忘れて、本気で……」
「ダメに決まってるでしょ! 通生は私のものなんだから!」
大声は出さないでくれ。
目立つのは好きじゃあない。
「だって、私のためにここまでしてくれるなんて……」
「ちょっと待ったぁ!」
だから大きな声は! って、誰だ?
「し、勝樹? いつからいた?」
「学校からずっと。話もずっと聞いていたけど、愛夢の説明には間違いが一つだけあった。けどさいごまで俺は黙って聞くことにした」
なるほど竹下さんが言ってたとおり、本当にずっと気にしていたんだな。
「それでその間違いってなんだ。先ずは黙って聞くから話せ」
間違いというのは浮気の真偽についてのやり取り。
「俺はあの男の言っていることは本当かと聞いたんだ。そうしたら「そう思ってるの?」と返してきた。だからそれを確かめてるんだ! って言ったんだ」
お互いがお互いの言い分を歪曲させて聞いているから、そこからはもう堂々巡り。
売り言葉に買い言葉。支離滅裂の不毛なやり取りで、その時はもう解決できないと感じたそうだ。
しかし最後に竹下さんが「私がそんなに信用できないんなら終わりにしようよ」といったらしい。
そう言われて、勝樹はもう終わったと思った訳だ。
ただその言ったらしいというところに、反論し始めたのは彼女の方。
「ああ、はいはい、言った言わないは今さらどうにもならないから、もっと建設的に!」
とにかく今すぐに落ち着いて考えろと言っても、もう二人ともどうにもならなそうだ。
ここはいったん解散して、後から俺が二人の気持ちを確認するということにした。
「それじゃあ和葉、後で電話するから」
「……」
「どうした?」
「私、優しい通生のこと好きだけど、誰にでも優しいところは不満」
優しいと言ってくれるのは嬉しいけど、俺はそんな事を意識してやってる訳じゃないし、不満だと言われてもなぁ。
「もしそういう風に見えてるんだとしたら、きっとそれは和葉のお陰だよ。俺はいつも和葉に相応しい男でいたいと思って、行動してるだけだからさ」
さすがにキザすぎたかと、自分で自分に引いている俺に、和葉は頬に優しくキスをくれた。
「それじゃあ電話待ってる」
さぁ~てと、最後の一仕事だな。
先ずは勝樹がどうしたいのかの確認を取った。
「それじゃあ、お前は元の鞘に収まりたいと考えてるんだな? 分かったよ。それじゃあ今度は竹下さんに電話して聞いてみる。えっ? ああ、ちゃんと後から電話するから」
俺はややこしいことは一切聞かず、結局どうしたいのかだけを確認する。
そして竹下さんに電話をし、同じ事を聞く。
「えっ? 電話では、……ふん、ふん、そう、それじゃあ」
壁に掛けている時計を見る。今は午後八時前。
今からなら会うこともできるか。
「じゃあ30分後に、うん、うん」
電話では話しにくいという彼女と会う約束をし、俺は自転車を走らせた。
待ち合わせ場所には、彼女の方が先に来ていた。
「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃったね」
「あ、うぅうん。そんなには待ってないし」
「それじゃあ早速聞かせてもらってもいいかな?」
あまり遅くなるのも良くはない。
この後に和葉にも電話しないといけないし。
「あーっと、うん、えーっとね」
本当に話しにくそうだな。一体何を言おうとしているんだろう?
「私ね。あんまり尻の軽い女とは思われたくないんだけど、……うんとね。私、本当に本気で通生くんのことが好きになったみたい」
なっ!? まさかの展開。
あれって勝樹の気を引くための、ただのフェイクだったはずだよね。
「うん、勝樹くんのことは今でも好きだよ。だけど、巻き込んで迷惑かけた私のこと、私達のことに真剣になってくれる通生くんのことが、頭から離れないの。あなたのことを考えると胸がドキドキするの」
「だけど俺、君の気持ちには応えてあげられないよ」
「分かってる。ここで和葉ちゃんのことを忘れて、こっちを向いてくれるような人なら、好きになったりしない」
自分は何も望まない。
だけどこんな気持ちでは、勝樹ともつき合えないと言う。
「そっか、そう言うことらしいぞ」
「えっ? ……勝樹くん!?」
「ごめんね。君に直接会って話したいって言われて、こいつも呼んだんだ。直接聞いた方がいいと思って」
物陰から出てきた勝樹が、ゆっくり近づいてくる。
「どんな結果でも落ち着いて受け入れるって、約束で連れてきた」
「……、今のが私の気持ちなの。嘘偽りない本当の気持ち」
「そんなやり場のない想いを、一体どうするつもりなんだ? 二人の間に割り込むつもりか?」
竹下さんは勝樹の顔を見ようとしない。
「しないよ、そんなこと。私は通生くんも和葉ちゃんも好きだから」
「バカだよな」
「ふふっ、そうだね」
「それじゃあ、そんなバカなヤツを勝手に好きでいる俺のことも、お前は否定できないよな?」
「えっ?」
二人はしばらく見つめ合った。
そして。
「それは、……本当だね。私にあなたを否定することはできないね。だけど勝樹くんも、私と同じくらいバカってことだよね」
もう大丈夫かな。
俺は少し離れて、様子を覗っていたのだが、頃合いを見計らって再び近づいていき、先に帰るからと二人に告げた。
「いろいろと悪かったな」
ああ、構わないよ。
「通生くん、ありがとうね。何もかも」
本当に良かったと思うよ。
今日一日で色々あったけど、終わりよければ全てよしだよな。
さぁ、後は和葉に電話しないとならないんだけど、素直に話すのもなんか勿体ないなぁ。
ちょっと脚色して話してやろう。
話を聞いた和葉がどんな反応をするのかが楽しみだ。