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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
63/102

第 63 夜   『ポーカーフェイサー』

語り部 : 柴浦椎菜シバウラシイナ

お相手 : 勅使河原篤武テシガワラアツム


盛立役 : 鳥羽睦美トバムツミ

      杵築世良キヅキセラ

 無表情、無感情、そんな風に言われるようになったのは、幼稚園の頃からだった。


 タダ少しだけ人より感情が表情に出すのが下手なだけなのに。



   第 63 夜

    『ポーカーフェイサー』


 黙って立っているだけでも絵になるなんて、この上ない光栄な賛称を受けてはいるけれど、人を噂だけで決めつけるのだけは止めて欲しい。


「しかし本当に取っ替え引っ替え、って感じね」


 誰も好きこのんで、そんな面倒くさいことをしている訳じゃあない。


「向こうから言い寄ってきて、それじゃあ友達から。そう言って始めるのに、向こうから終わりにしようって言うだけよ。私の所為じゃないわ」


「それはそうなんだろうけどさ、それが面白くないって、言う奴もいるからね」


 ご忠告はありがたいけれど、私にはどうすることもできないんだよね。


 勝手に周りがイメージを押しつけてきてるだけなんだから。


「あんたのこと知ってれば、相手の態度も変わるんじゃないの? なんで教えてやんないの?」


「いいよ、別に。私のこと上部でしか見てない人の事なんて」


「おーい、椎菜ぁ~」


 むっちゃんと話をしていた私に声が掛かる。


「なに、杵築さん?」


「これ、あなたに渡してって」


 メモ? って、ああ彼からだ。


「ありがとう」

「何?」


今彼いまかれからの呼び出し。たぶんこのタイミングなら……」

「ああ、もうそんなになるんだ。残念ね」


 特に残念なんて思ったこともないけど、ただ面倒くさい。


「だったらいちいち、告白されても受け入れなきゃいいのに」


「だって、折角の高校生活だもん。彼氏くらい欲しいじゃない」


「ならあんたの事情……」


「それはもういいって」


「そう、だね。それじゃあ気をつけて」

「うん」


 私はメモにある、指定の場所に移動した。






 生まれた時、私は呼吸をしていなかったらしい。


 もしかしたらそのまま息をしないまま、最短の一生を終わっていたかもしれない。でもその担当の先生達が頑張ってくれたお陰で甦生し、その後もほとんど後遺症もなく、健康に育つことができた。


 ただ問題も残っていた。


 原因は未だ判明していないんだけど、その時の後遺症としか言い様のないもので、私は感情を表現することができなくなっていた。


 意識的に顔を作らないと、眉も口角も感情には反応してくれない。


 だからっていちいち意識するのも難しいから、それでよく人からの誤解を受けることがある。


 特に恋愛ごとになると……。


「もう終わりにしようか……」


 やっぱりこういう用件でしたか。


「噂通りだな。別れを切り出しても、眉一つ動かさないなんて」


 ここで事情を説明すれば分かってくれるかもしれない。けど……。


「今まで一緒にいてもずっとそうだったもんな。何をやっても楽しくないんなら、一緒にいてもしょうがないしな」


 私をうわべの表情だけで決めつける人に、わざわざ説明するほどでもない。


「あのー……」


 男子生徒? 裏庭に一般の生徒はあまりうろつかない。


 こんな場面で声を掛けられるなんて思っていなかったから、ちょっとビックリした。


「なんだよヘラヘラしやがって。こっちは取り込み中なんだぜ」


「それは見てれば分かるけど……」


 なんなのこの空気読めない人?


 人の修羅場をなんだと思ってるの?


「言いたいことは分かるけど、そこ、花壇に踏み込むの止めてくれないか? そっちのあんたもそんなに怒ってないで、先ずは外に出てくれ」


 えっ?


「見れば分かるだろ?」


「あ、ああ、そう言うことか……。悪かったな」


「それと、俺は別にヘラヘラしているわけじゃなくって、元々こういう顔なんだよ」


 細いタレ目は確かに気を悪くしていても、どこか笑っているように見える。この人もある意味では表情が読み取りにくい顔立ちのようだ。


「ほら、そっちのあんたも」


 言われてみれば、確かに私たちが立っていたのは、園芸部が野菜を育てている花壇の中だった。


「あ、スミマセン。すぐに出ますから」


 慌てて花壇から飛び出した。


 靴に付いた土を落として顔を上げると、たった今私をフッた男は背中を見せて歩き去っていくところだった。


「いいのか、追いかけなくて」


「えぇ、もう用事は済んだから。それよりあなた?」


「ああ、俺? 俺は、1年5組の勅使河原篤武っていうんだ」


「あ、えーっと、私は2組の柴浦椎菜です」


「知ってるよ。学年1の美人の名前くらいわさ」


「それはどうも、ところであなた、さっき私が怒っているって、言ったけど?」


「あん? ああ、あれってやっぱり俺に対してだった? あんな雰囲気の時に声掛けたからな。だからって、いつまでもあの場に立たれているのも困るんでな」


 やっぱりこの人、私がちょっと怒っていたこと分かったんだ。


「どうして私が怒ってるって思ったの?」

「えっ? ああ、そんなの、目を見れば分かるじゃないか」


 確かによく目は口ほどにものを言うとは言うけど。


「そう言えばあんた、確かに表情読みにくいな。けどまぁ、そう言う人もいるだろうしな」

 衝撃的だった。


 私と初対面でこんなこと言ってくれる人が、学校の中にいたなんて。


「あ、あの、唐突なんだけど、今度の日曜日って予定ありますか?」


 いきなり過ぎて変な子と思われるかもしれないけど、私はこの人をもっと知りたい、生まれて初めて男の人のことが気になった。


「まぁ早朝でなければ空いてるけど」

「早朝?」


「あ、いやここの花壇の世話、朝はそれがあるから」

「そうなんだ。園芸部なの?」


「ああ、家が花屋なんだ。その影響って言うか、花の世話が好きでさ」


 なるほど。


「それじゃあ、その後! 私に会ってもらえませんか?」

「会って何するの?」


「動物園。デートして下さい」


 自分からデートのお願いをしたことは、人生でこれが初めて。


 い、勢いで言っちゃった。


「ああ、俺なんかでよかったら別にいいよ」


 週末が楽しみだ。






 ここ数ヶ月で何度目になるか分からない動物園。


 だけど動物が好きな私には、何度来ても楽しめる場所だった。


 でも今日はそんな事よりも気になる存在が隣に。


 勅使河原くんは今日会ってからずっと、私に話しかけ続けてくれている。


 相づちが苦手な私の反応に、もしかしたら印象を悪くしているかもしれないけど、ずっと語りかけてくれる。


「はぁ、動物園なんて何年ぶりだろうな? さすがに男同士で来るような所じゃないしなぁ」


「彼女とかはいないの?」


「いないいない。こういう顔で真剣な話しても、本気に取ってもらえなくて」


「じゃあ、告白とかはしたことあるんだ」


「あ、いやゴメン。告白もしたことない」


 本当におかしな人だ。


 勅使河原くんは私の事、目を見れば何を思っているか分かるって言ってくれたけど、正直この人の目ってよく見ても、いまいち開いているのかすら分かりづらい。


「あの、さ。もし気に触ったら悪いんだけど」

「なに?」


「君ってなんでそんなに目力強いのに、眉や口元に表れないんだ? 動物見て和んでいるのは分かったけど、遠くからだと分かりづらくて、もしかしたら楽しんでないのかって、思っちまう時があって」


 やっぱりこの人なら、私の事を分かってくれる。


 そう私は確信した。


 手近のベンチに腰掛けて、私は自分の人体的欠陥について語った。


「そんなことがあるんだ」


「すごく稀なことみたいなんだけど、子供の頃は訓練も受けたんだけどね」


「大変だね。でもまぁ、そのくらいの後遺症でよかったってのが先か」


 心の中で何かが弾けた。


 人を好きになるって、こういう事なんだ。


「あの、勅使河原くん!」

「はい?」


「その、これからも私といろんな事をしてもらえませんか? お休みの日とか放課後とか……」

「えっ? それって……」


「わ、私と……」

「ちょっと待って」


 私が何を言おうとしているのかは、彼ならもう分かっているはず、なのにここで制止させられたって事は。


「ああ、勘違いしないで。ただ俺はこういう事は男から言うべきかなと思って」


 彼の表情が変わった。


 相変わらず分かり難いけど明らかに変わった。


「君といると楽しいんだ。目を見ていないと気持ちを見逃しそうな緊張感も、少し分かり難いからこそ、読み取れた時に、倍の幸せを感じられるところも」


 彼の言葉の一つ一つが心に染み込んでいく。


 もう一度訓練してみよう。自分のために、彼のために。


 誰かのために何かをしようとする自分、新しい世界が開けそうな予感がします。

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