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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
62/102

第 62 夜   『飛びます!』

語り部 : 士船政浩シセンマサヒロ

      ←灘岡政浩ナダオカマサヒロ

       ←千石政浩センセキマサヒロ

お相手 : 桟橋千麻サンバシチマ


盛立役 : 士船翔子シセンショウコ

      士船有紗シセンアリサ

「とりゃーーーーー!!」


 大きな声を上げて、そいつは飛んでくる。


 小学生とは思えないくらいの綺麗なフォームで。



   第 62 夜

    『飛びます!』


「とりゃーーーーー!!」


 大きな声を上げて、そいつは飛んでくる。


 全く、高校生にもなって、いつまでこんな事を続けるつもりだ、こいつは?


「いい加減にしろっての」


 俺の上半身向けての奇襲のタイミングはバッチリだ。


 だけど必ず奇声を上げてから飛んでくるから、そんなキックに当たるヤツはいないわな。


「いったぁ~い!? こらー! よけるな!!」


「いや、だからもういい加減やめろよ、人にドロップキックかますの」


 地面にぶつけたのか、腰の辺りをさすっているこいつを見下ろして、俺はため息をこぼす。


「ほら、立てよ」


 いつまでも座り込んで腰をさすっているこいつに手を差し伸べる。


「千麻ぁ、もういい加減に止めろよ。こう言うの。しかもお前スカートでさ」


 なぜかこいつのドロップキックは堂に入っていて、綺麗な放物線で飛んでくる。


 器用にスカートがめくれ上がらないように手で押さえてはいるが、見えるんだよ、俺の角度からは中が。


「これはもう私の挨拶みたいなもんだから、今さら止めらんないんだよ」


「だったらせめて、体操着くらい履いてろよ」


 中に履いているパンツ、見せパンですらないから困るんだよ。目のやりどころが。


 攻撃を避けないといけないから目線を外すわけにもいかないし。


「なになに、もしかして欲情しちゃってるの?」

「あほか」


 こいつがこんな奇矯に走るようになったのには理由がある。


 少し思い出したくない記憶なのだが、俺は幼い頃、実の父親から事ある毎に虐待を受けていた。


 被害者は俺だけではない。母さんもまた、酷いDVに悩まされていた。


 ある日のこと、俺は躾と称した鉄槌で頭部陥没の大けがを負い、父親は傷害の疑いで逮捕された。


 それを気に離婚することとなり、その際に自宅を手に入れる権利を父親から奪った母さんは、したたかだったと言えるだろう。


 これで一件落着と思われた。


 ところが俺は、明くる日から千石政浩から灘岡政浩に変わったことや、父親が逮捕された事から、クラスメイトからの冷やかしの対象にされ、次第にいじめにまで発展していった。


 もちろん先生達は、俺の味方をしてくれたけど、先生の目が届かないところで起きる事を、止めることはできなかった。


 そんな毎日を替えてくれたのが千麻のドロップキックだった。


 こいつのキックはいつも大声からスタートするので、分かっていれば食らうことはないが、本当に初めての時はマジで何が起こったのかすら分からなかった。


 千麻の全体重をかけたキックは俺の背中にヒットして、俺は綺麗に吹っ飛ばされて、顔から地面にダイビングしてしまった。


 まだ乳歯だったからよかったものの、上の前歯二本とも折れてしまったんだよな。


 千麻は先生達からこってりと説教を受けた。


 しかしその後、あまりに見事なやられっぷり、無惨な傷に、今まで俺を虐めてきた奴らも毒気を抜かれたのか、それ以来ちょっかいを出してくるヤツはいなくなった。


「ほら、いつまで座り込んでるんだよ」


「ありがとう、って隙有り!」


 俺の右腕を取って、腕挫十字固の体制に入ろうとする。だから見えるって!


 さっと手を引っ込めると、勢い余って千麻は前のめりに倒れそうになる。


「危ないっ!?」


 咄嗟に出した手は、あろうことか胸の膨らみに。


「政浩のエッチ」

「事故だろ事故! いいから早く立てよ」


 一体何をしたいのか分からないこいつの行動だが、端からは俺達はじゃれ合っているように見えているようだ。


「お前らって、いつからのつき合いなんだ?」


「……、そのつき合いってのはどういう分類で聞いてるんだ? 友人としてなら小学生の頃からだが、男女関係ってのは一切ないからな」


「おうおう、キッパリ言い切ったなぁ。あんだけ仲睦まじくしておいて、お前知ってんの? 桟橋って意外と男ウケいいんだぜ」


「へぇ、そうなんだ。だったらあいつも俺なんかに構ってないで、いい男でも見つければいいのに」


「お前、それ本気で言ってんの?」


 それ以外に何があるって言うんだよ?






 その日の放課後、千麻は姉貴に用があるとかで俺ん家に来ていた。


 千麻は二人の姉、翔子と有紗と仲がよく、しょっちゅうやってきては女3人、やたらと盛り上がっている。


 ところで、俺と二人の姉とは血は繋がっていない。


 実父が捕まって2年、母は二人の連れ子がいる男性と再婚した。


 新しい家族は俺を無償の愛情で可愛がってくれる。


 俺があの頃一番欲しかったものを、しっかりくれる人たちだった。


 ただ上の姉とは一回り、下の姉とも10歳違う俺は、あの人達と絡むとただオモチャにされるだけだから、どんだけ盛り上がっていても顔を出したりはしない。


「まぁーくん、ちょっと」


 こっちが敬遠していても、向こうから呼ばれたら、無視するわけにはいかないからな。


「なに? 有ネェ」


「あんた明日予定とかある?」


「いや、特にないよ。なに? 用事?」


「そうそう! それじゃあ明日夕方4時には家にいてね」


 土曜日は二人とも会社休みなんだっけ?


 千麻もまだいて、翔子ネェと談笑を続けている。


 もう陽もすっかり落ちたのに、いいのか? いつまでもいて。


 と心配していたら、明日は休みだから、そのまま泊まっていく事になったようだ。


 と言うことは……。


「やっぱり俺がここか……」


 俺の今夜の寝床はリビングのソファーの上。


 千麻は俺の部屋の、俺のベッドを使っている。


 嫌じゃないのかな? クラスメイトの男の部屋なんて。


 姉二人は一つの部屋を共有していて寝床は二段ベッド、だから千麻が寝るスペースが無いって言うのもあるけど。






「はい、あんたはこれ着なさい」


 そう言って渡されたのは父さんのスーツ。


 体格ほぼ一緒だから問題ないけど、なぜこんなものを着ないといけないんだ?


 まだ何をするのかを聞かされていないのだが、逆らう理由が見つからないから、とりあえず着ることにしよう。


「有ネェ、着たけど何があるんだ? まだ何をするのか聞いてないんだけど」


「ああ、えっとね。前々から千麻ちゃんと約束してたジャズ・クラシックコンサートなんだけど、私も姉さんも急用が入っていけなくなったのよ。だからあんたが私たちの代わりに千麻ちゃんのエスコート役、しっかり果たしてね」


 なんだそう言うことか。


「けどなんでこんな格好に? 制服でもいいんじゃないの?」


「折角なんだからしっかりめかしこんで行きなさい。あ、千麻ちゃんの準備もできたみたいね」


「政浩、お待たせ」


 姉さん達の部屋の扉が開いた。


 中から出てきた千麻は、翔子ネェの自慢のドレスに袖を通していた。


「ほら、感想は?」


「え、ああ、いや、その、綺麗だな」


 白のドレスに淡い緑のショールがよく合っている。


 いつもは二本に分けた髪を巻き上げて髪留めでまとめている。


「ま、まぶしいな。よく似合ってるよ」


 俺の言葉に白い肌の頬を赤らめるから、より一層にまぶしく映える。


「ほらほら、いつまで見とれてるの? それじゃあ頼んだからね。ちゃんとエスコートするのよ」


 場所は野外音楽堂。


 今日は一日中天気が崩れることもないようだし、突然の事態だけど一気にテンション上がってきた。






 普段こういう音楽を耳にすることはないけど、この生音の迫力は感動させられる。


「千麻ってこう言うの好きだったんだな」


「って言うか、翔子姉さんと有紗姉さんが教えてくれたの、なかなかのもんでしょ」


「そうだな」


 最初ジャズ・クラシックと聞いていかなものかと考えもしたが、こう言うのに填まるというのも、何となくだけど肯ける。


 最後まで飽きることなく、来てみてよかったと思えた。


「帰りどうする? 姉さん達が食事してこいって、小遣いくれたけど」


「じゃあ、普段私たちじゃあ、まだまだ行けそうにないような、とびきりオシャレなところ。実はもう予約してあるんだ」


 予約を入れてあるのは、駅前のホテルの最上階にあるお店。


 確かに俺達じゃあ、間違いなく行けない所だ。


「まだ少しだけ時間あるし、歩いていこうよ」


 正直言って、千麻と二人でこんな格好で、並んで歩く日が来るとは思っていなかった。


 それにしてもなんだ、今日一日で知らなかったこいつの一面をいくつも見た感じだな。


「なぁ、なんで今も俺に対してドロップキック仕掛けてくるんだ?」


 特に今どうしても聞かないといけないのか? って言う話なんだけど、何となく前から気になっていたので、この際にと思って聞いてみた。


「うぅ、なんでこれだけ着飾っている時に、そう言う話題になるの?」


「ああ、いや別に深い意味がある訳じゃないけど、ずっと気になっていたから」


「……、その質問に答えるにあたって、一つだけ先に答えて欲しいんだけど」


「なに?」


「……政浩って、私のことどう思ってるの?」


「どうって?」


「その、女の子として」


「へっ? 女の子として……? そう、だな。元気で活発で、話しやすい子かな?」


 たぶん今は女子の中では、一番仲のいい友達といえるはずだ。


「だーっ! 本当に朴念仁なんだから!?」


「ぼくね……なんだそれ?」


 急に怒り出したけど、俺、何か気に障ること言ったか?


「お姉さん達に言われてたけど、本当にあんたには真っ直ぐぶつけるしかないわね」


 って、何を姉さん達に言われたか知らんが、まさかその格好で飛んだりしないだろうな。


 何となく身構える俺の首に両手を絡めてくる。


 まさかここから膝蹴りか?


「お、……!?」


 突然唇を奪われた。


 しばらくそのまま。少しして千麻は離れる。


「ずっとこうしたかった。あなたに好きですって言いたかった。だけど恋の駆け引きで、女からアピールするのは負けに繋がるって、お姉さん達に言われて、気を引こうとして、ずっと変わらない私を見せたくて、頑張って飛び跳ねてきたんだからね」


 これはかなりの想定外の答えだぞ。


 ちょっと待ってくれ、気持ちを整理する時間を俺にくれ。


「今日は勝負だからって、本当はお姉さん達二人で行くつもりだったコンサートのチケットもくれて、私にチャンスをくれたの。だからお願い、政浩の気持ちを教えて」


 今にも泣き出しそうな顔、こんな千麻の顔は初めてだ。


「ああ、えーっとだな。なんと言っていいのか整理が付かないんだが……、つまり俺はどうすればいいんだ?」


「……もう、そんなことは自分で考えて! 政浩にとって私はどんな女の子なの?」


 俺にとって?


「たぶん今は女子の中で一番仲のいい子だ。その仲って言うのは正直に言って友達だった。けど、なんだろう、どう言ったらいいんだろう? その、これは間違いなくタダの友達とかじゃあなくって」


「だー、イライラする!」


 その声は、並んで歩く俺達の後ろから聞こえた。


「あ、有ネェ!」


「いい、あんたのその、今まで知らなかった感覚ってのが、なんなのか教えてあげる。それはね。恋よ! それが恋って言うのよ!!」


 道ばたで大きな声で恥ずかしいよ。


「いつからいたの?」


 姉さん達は俺達に負けないくらいにしっかりコーディネイトしている。


「会場であなた達を見つけて、それからずっとよ。あんたの気持ちを知りたいって言う、千麻ちゃんのお手伝いをしようとしてね」


 翔子ネェは最初からそのつもりで、4人分のチケットを用意し、今回の計画を実行に移したのだ。


「さぁ、はっきりしなさい。あんた男でしょ」


「ああ、えっとだな。……そう、だな。俺きっと千麻のことが誰よりも一番好きなんだと思う。って、ゴメンなはっきりっと言ってやれなくて」


「うぅうん、それで十分だよ。これでもう私、政浩に向かって飛ぶ必要なくなるね」


 そう断言されるとちょっと寂しいが、それが一番。


 これでもうあのドロップキックに悩まされることはなくなるだろう。


 折角だからと姉二人も一緒に、俺達は駅前のホテルに向かった。

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