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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
60/102

第 60 夜   『ホップ ステップ』

語り部 : 大下忠久オオシタタダヒサ

お相手 : 香川杏奈カガワアンナ


盛立役 : 高橋聡馬タカハシソウマ

 高校生の頃、受験勉強には人並み以上に時間を割いてきた。


 その甲斐あって、名前の通った大学に合格もできた。


 サークルに入るのもいいし、彼女でも作って楽しいキャンパスライフを謳歌するのもいい。


 しかしそれもこれも先ずは、懐を潤してから、俺は無理なくできる、時間に融通の利くバイトを探す事にした。



   第 60 夜

    『ホップ ステップ』


「よう、大下! 今日はバイトか?」


「うん? 高橋か。そうバイト、週3回だけどな。小遣い程度に稼げればいいから、軽くな」


 俺が始めたのは家庭教師。


 教え子は中学3年生の受験生。


「相手、女の子なんだろ? 間違い起こすなよ。って、相手が中学生じゃあ、そうはならないか?」


「たとえ高校生でもそうはならないよ。俺は今は女よりも金の方が大事だからな」


 それも嘘だけど、お金よりももめ事に発展するのだけは勘弁して欲しいから、間違いなんてあってはならない事なんだ。


「でも女子中学生か、可愛い盛りじゃね? 彼女ってのは無理でも妹キャラみたいな」


「キャラってなんだよ? まぁ、あれなんだけどな。その子、初めてあった時に俺、お姉さんか誰かが出てきたのかと思ってさ、高校生か、もしかしたら大学生かも? ってくらいでさ」


 本当に大人びた表情を浮かべる少女で、俺があまり女性に免疫がある方じゃないのを考慮に入れても、あの子は女子中学生としては、かなり成熟度が高いと思う。


「やっぱり間違いあるかもしれないじゃんよ」


 ねぇよ。


「そんなことより、今度の合コンどうすんだよ?」


「ああ、悪りぃ。今度の給料もう使う予定あんだよ。他に振ってくんない?」


「お前またそんな事言って、終いに誰からも声かけられなくなるぞ」


「本当に悪いな、これからも懲りずに声だけはかけてくれ」


 高橋といつまでも遊んでいる場合じゃない。


「じゃあな、俺バイトに行くわ」


 バイトの時間まであと30分、ちょっと走らないと間に合わないぞ。


 とにかく遅刻だけは避けないといけない。


 あの子にまた何を要求されるか分かったもんじゃない。


 前回、うっかりして5分遅れた時にも、お姫様だっこ30分とかってやらされた。


 もうあんな事はしたくないもんな。ダッシュあるのみ。






 はぁ、はぁ、はぁ、……間に合った。


 大急ぎで走ってきたおかげで、どうにか罰ゲームは免れた。


「こんにちはぁ」


「あらあら、大下さんいらっしゃい。なんだか汗だくね。大丈夫」


「ああ、平気です。それより杏奈ちゃんは?」


「ごめんなさいね。もうすぐ先生が来るからって言ったのに、先生が来るからこそ汗流しておきたいからって、今シャワー浴びてるのよ。悪いんだけど、先にあの子の部屋に行っておいてもらえます?」


「分かりました……」


 これって、ここまで走らなくてもよかったって事か? まぁいいか。


 さて今日は数学と英語か。


 杏奈ちゃんの目指すのは名門と言われる女子高等学校。今の彼女の成績では、ほんのちょっと難しい難関。


 今からだと塾では間に合わないだろうと言う事で、家庭教師を雇う事にしたそうだ。


「先生、ゴメンね。待たせちゃった?」


 お風呂上がりの杏奈ちゃんはほんのり頬を朱に染めて、まだ乾かしていない髪の毛をバスタオルで拭いながら入ってきた。


「って、なんて格好してんの?」


 タンクトップとホットパンツ、部屋着なんだろうけど、それは家庭教師を交えての勉強のスタイルではない。


「これから勉強だよ。約束の時間に遅れたから、今日は杏奈ちゃんが罰ゲームだからね」


「えーっ!? だって私、先生が来る前にちゃんと帰ってたよ?」


「いや、予定の時間には、勉強が始められる体制を整えておかなきゃ」


「ぶーぶーぶー」


 受け答えをしながらも髪を乾かして、そのままはちょっとと言うと長めのシャツを被ってくれて、ようやく机に着き、教科書とノートを広げる。


「それで罰ゲームって?」


「うん、そうだね。それじゃあ、このドリルの38ページから46ページまでを、次回までにやっておく事。これが罰ゲームね」


「えー、そんなにぃ? ……じゃあさ、じゃあさ、それができたらご褒美くれる?」


 罰ゲームなのに達成したら僕が今度はなにかをするの?


 でもそうだな。


「それじゃあ次までに考えておいて、僕ができる事なんて些細なことだけどね」


 教え子のやる気を削いじゃあいけないもんな。ここは突っ込みなし。






 前回から2日、割と無理な量をふっかけたのに、杏奈ちゃんは完璧に終わらせていた。


「すごいね。それも正答率90%、頑張ったね」


「へへ、やったね」


 一緒に勉強するようになって、彼女の成績は、劇的な成長を遂げている。


 先日受けに行ったという模試では、志望校合格率も78%になったと言って喜んでいた。


「じゃあ約束覚えてる?」


 ああ、忘れてなかったんだ。


「本当に俺にできる範囲で考えてくれた? 事によっては俺泣いちゃうよ」


「大丈夫、先生にしかできない事だから」


 俺にしかできない? また肉体労働系かな?


「うんとねぇ、私が志望校に合格したらね、叶えて欲しいお願いがあるの?」


 彼女のご褒美とは、今日何かをしろというものではなかった。


 更に風呂敷を広げて、合格祝いにに何かをしろと言っている。


「なんだか益々聞くのが怖くなってきたなぁ。ま、まず聞かせて貰っていいかな?」


「うん、えーっとね。もし志望校に合格できたら、私を忠久さんの彼女にして下さい」


 予想を遙かに超えた衝撃のお願い事に、動きが止まる。


「ダメ?」


「えーっと、本当に俺でいいの? 杏奈ちゃんって、どんな人が理想なの? 学校の友達とかにいないんだ、好きな男の子」


「なんだか困ってるってかんじ? やっぱり私がまだ中学生だからなの?」


 なんだかもう泣きそうな顔になっちゃってる。


「そうじゃないよ。だけど俺、恥ずかしい話だけど、流行り事とか全く知らないし、あんまり体使った遊びとかもやんないよ」


「別に遊んで欲しくて恋人にして! って言ってるんじゃあないもん。忠久さんって、私の理想のタイプまんまなんだよ。クラスの男の子なんて全くダメね!」


 そう直球でぶつけられると、正直嬉しいんだけど、どう返したものか……。


「返事は合格発表の日でいいよ。すぐには答え出せないでしょ?」


 確かに今すぐ答えなんて出せない。だけどこれだけは言っておかないと。


「俺とつき合うって言うんなら、ご両親にも話しておかないとね。俺はお二人とも知ってるんだし、黙ってって言うわけにはいかないから。俺が返事を考えるのは、その後でもいいかな?」


 先ずはご両親に振って、様子を伺う事にしよう。






 なんかもの凄く早い転回で、勉強以外の事も進んでいってるな。


 さて、俺は彼女からの告白をご両親に振る事で回避しちゃったけど、こうなった以上は、真剣に考えないといけない。


 実際に中学生とつき合うって言うのは、本当にアリなのかを考える。


 いや、彼女が合格してからの交際となるのなら、実質もう高校生みたいなもんだけど、果たして高校1年生もアリなのか?


「それはアリでもいいか。そこはお互いの気持ち一つだもんな」


 それじゃあ、俺は杏奈ちゃんをどう思っているのか?


「そんな風に見た事もないからなぁ」


 なら俺の理想の女性像って、どうなんだろう。


「キチンと将来を見据えた、落ち着いて物事を考える人……」


 それは俺がつき合いやすいタイプの人間であって、女性に求めている物じゃないな。


「でも、こうして考えたら……たぶん、ナシじゃあないんだよな」


 そんなこんなで、もうすぐバイトの時間。


 今日はまだ余裕があるからゆっくり歩いて向かう。






「って、杏奈ちゃんが飛び出していった?」


 香川家に到着した俺を出迎えたお母さんが俺に告げた。


「なにがあったんです?」


「あの子、あなたとお付き合いがしたいって言ったんですって?」


「ああ、はい。合格のご褒美と言って、ですけど僕も突然で、ご両親に振るような事を言って」


「それであの子、夫に真剣に自分の気持ちを説明したんですよ。そしたらお父さん、あの子がそれでやる気が出せるのならって、後は大下さんに任せるって言ったんです」


 やっぱりそうなったか、受験生のやる気を考えたら、不純な動機でもその気をそぐような事はできないもんね。


「で、なぜ杏奈ちゃんが?」


「それが……、本当にそれでよかったのって、私が夫に聞いたら、大下さんがまだ子供の杏奈を相手にする事はないだろう? って言ったのを聞かれたみたいで」


 それで杏奈ちゃんが飛び出していって、お父さんは探しに出て、今はお母さんしかいないのか。


「あの、僕も探しに……」


「ただいま」


 出ようとする俺の動きを制したのは、ちょうど帰宅したお父さんだった。


「どうでした?」


「すまない、あの子が行きそうな所に思い当たらなかった。大下くん、探しに行ってくれるのか? 悪いけど頼んでいいかい?」


「あ、はい、僕も自信はありませんが、ちょっとは心当たりもありますので」


「そうか、お願いするよ。……その前に一つ聞きたいんだが、君はあの子のことどう思っている?」


 それは俺に今、一つの答えを出せと言うことだ。


 俺は少しだけ考えて、今出せる答えをお二人に告げた。


「そうか……、それじゃあよろしく頼むよ」


 今のはなんに対する期待なのだろう?


 俺は扉を開けて外に飛び出した。






 見つけた。やっぱりここだったか。


「杏奈ちゃん」

 ここは初めてミニ試験をした時、軽々満点を取った彼女へのご褒美に教えた、俺のお気に入りの場所。


 この町を一望できる高台の公園。


 杏奈ちゃんはブランコに腰掛けていた。


「先生……」


 俺達は場所を移した。


 公園のベンチ、辺りには誰もいない。


「やっぱり先生も私のこと子供だと思ってる?」


 一頻り泣いたのかな? 頬に涙の後が付いている。


「この場しのぎの言葉は御法度だね。正直に言うと、俺も中学生は恋愛の対象だとは思っていなかった。だけど杏奈ちゃんは俺が思い描いていた中学生よりもずっと大人で、すごく自分も周りの人も大事にしているステキな女の子だって思った」


 なんか、遠回しな言い方してるな。


 これじゃあ、どうにか煙に巻こうとしているように聞こえるかもしれない。


「コホン、つまりその、杏奈ちゃんなら恋愛対象として考えることはできると思うよ。でももっとちゃんとお互いのことをもっと知って、もっといろんな事を頑張って、それから結果を出してもいいんじゃないかと思う」


 だからそれは今すぐじゃあない。


 今はとにかく勉強を頑張るのが最優先。


「お父さんがね、もし先生が中学生相手に惑わせるような人間なら、即刻辞めさせるって言ったの。それを聞いたら、思わず外に飛び出しちゃっていて」


 それが決めてか、お父さんが杏奈ちゃんを子供扱いしたからって、それでいきなり飛び出して行っちゃうなんて、さすがにおかしいと思ったよ。


「俺、ハッキリと言った。今すぐ答えは出せないけど、杏奈ちゃんが本気なのなら俺も本気で考えて、ジックリと時間を掛けて、答えを出したいと思うって」


 お父さんの目を見て真っ直ぐ逸らすことなく。


 たぶんあれで少しは俺のことを男として認めてくれたはずだ。


 だから杏奈ちゃんのことを任せてくれたんだと俺は思う。


「何はともあれ、まずは志望校合格、それができなかったらこの話は白紙に戻るからね」


「えー、厳しいよそれ」


「おいおい、その為の家庭教師なんだから」


 もしかしたら来春、俺には4歳年下の彼女ができるかもしれない。


 でも今は余計なことは考えず、ご両親も杏奈ちゃんも、俺自身も納得の交際をスタートできるように、二人で頑張っていこう。

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