第 6 夜 『ビート・ホイッスル』
語り部 : 岸田武史
お相手 : 荻野ジュン
盛立役 : 江住達郎
「先輩、卒業おめでとうございます」
卒業式の後、部活の後輩女子に呼び止められ、男子バスケ部部室へと引っ張ってこられた。
「ああ、ありがとう」
女子バスケ部二年、現主将荻野ジュン。前男子部部長の僕に何か聞きたいことでもあるのだろう。
「ずっと好きでした。卒業しても私と会ってくれませんか?」
それは思いもしない一言だった。
第 6 夜
『ビート・ホイッスル』
「ごめん、俺つき合っている子がいるから」
そう言って、返事をしたその日、今となっては取り返すことも出来ないあの時間。
「やっぱり毎日会わないとダメだね」
そう言って、高校生活開始一月目に彼女にフラれて2週間。
彼女とは別の学校になってしまい、3月の間はまだよかったけど、お互いクラブ活動があったり、新入生イベントがあったりですれ違い始めて、気付いたときには向こうに新しい彼氏が出来ていた。
俺は自分の学力でいける最上位にあった男子校に行き、彼女は俺がどんなに逆立ちしてもいけないような共学校に行った。
我が母校は山の上にあり、近隣に学校もなく、新たな出会いを求めようにも周りは男ばかり。
「こんな簡単にダメになるのなら、荻野の告白にOK出してても良かったのかもな」
こんな最低なことを言って、自分を慰めるしか、このやるせなさを埋めることが出来ない。
「いいさ、高校3年間、バスケに打ち込めばさ」
虚しさには蓋をして、俺は放課後の体育館へと足を向けた。
「え、練習試合?」
久しぶりに中学の時のチームメイトから電話があり、そいつは後輩達相手に試合をしようと言ってきている。
在学中はよく二チームに分かれて、試合形式の練習をしてきた、俺が部を任されていた時の3年生スタメン組を集めているのだという。
『俺、近くの高校に行ったから、時間あったら、ちょくちょく中学にも顔出してるんだよ。そんで先生に頼まれて声かけてんだけどな』
俺達の代の副将だった江住の号令で次の日曜、久しぶりの母校での練習試合が決まった。
「女子部員にも声かけてるのかぁ」
『まぁ、ついでにな』
って事は、間違いなく彼女も来るだろうな。まぁ試合なくても出てくるだろうけどさ。
今更改めて「お願いします」って言おうか?
でも軽いヤツだって思われるのもなんだしな、噂で聞いた話では、現男子部部長と仲良くやってるらしいし、軽く参加をOKしたけど、考えるとかなり顔を合わせにくい気がする。
朝から湿気ムンムンの体育館。
アップを兼ねて練習で肩慣らし。
少し見なかっただけなのに、新三年生と二年生はかなりレベルアップをしていた。
一年生の部員もそこそこ入っていて、俺達の時代と同じくらいに活気づいた部活となっている。
「へぇー、それじゃあ先輩、もう高校デビューの試合が決まってるんですか?」
「と言っても、交代メンバーとしてベンチ入りできるだけだけどな」
「それでも凄いですよ。一年生でメンバー入りできるなんて」
OB選抜と現スタメンの試合とあって、ギャラリーも大勢集まっている。前宣伝は十分だったと言うことだ。
「それじゃあ始めようか」
顧問教師が集合をかける。
試合はまず女子部から。
暖まった体を冷やさないように俺達も大きな声で応援し、結果は中学組の勝利と終わった。
OGは半数が高校ではバスケを続けていないらしく、結果として善戦したものの、現役チームに、当然の如く敵わなかった。
「よし、今度は俺達だ、中坊には負けらんねぇぞ」
ちょっと前まで自分たちだって中学生だったのに、えらそうに高校生ぶって、妙なテンションで気合いを入れてコートに入った。
観覧席には他の運動部の生徒がかなり入っている。
割と本番に近い雰囲気でやれそうだ。
今度の試合の予行も兼ねて、全力でプレーしてやろう。
応援する声に耳を傾ける。
「先輩、頑張って!」
大勢の声援の中から、彼女の声を聞き分けることが出来た。
俺は首がもげそうな勢いでそちらを向く。
(あの先輩っての、俺になら良いけど)
あの時OKの返事をしていたら、この声援はきっと俺に向けられていたんだろう。
今更言っても仕方ないが、一度気になりだしたらどうにも集中力が欠けてしまい、試合開始のホイッスルにも気付かず、ボケッと突っ立っていた。
「岸田! 何やってんだ。始まってるぞ!」
江住に声をかけられて我に返り、慌ててボールを追いかける。
だけどまだ集中できておらずミスを連発してしまう。
前半はもうボロボロだった。
いや、ボロボロだったのは俺だけで、ゲームは37-25でOB優勢、交代メンバーがいないからこのまま後半も出られるが、本番なら間違いなくベンチに引っ込められてしまうだろう体たらく。
「なんかあったのか?」
「いや、わりー、後半はちゃんとするから」
後半開始まではまだ時間がある。
俺は水を飲みに体育館を出た。
「先輩!」
外履きに履き替えているときに、荻野から声をかけられた。
「よう、久しぶり」
「お久しぶりです」
「なんか、気恥ずかしいな。前半は格好悪いとこ見せてるし、余計に」
「あ、えーっと、それで気になって来たんですけど、先輩もしかして私のこと気になってます?」
ホイッスル前に俺が一瞬荻野を凝視した事に気付いていたらしく、それが原因で、俺の動きが悪いのではないのかって気にしてくれたようだ。全くその通りなのだが……。
「私が告白してフラれたこと、もしかして気にしちゃってます?」
「ああ、いや、俺偉そうに彼女いるからとか言っておきながら、高校入ってすぐにフラれちゃってさ、だからって事じゃないけど、荻野のことがちょっと気になってて」
「えっ、そうなんですか?」
なんか俺スッゲーかっこ悪りぃな。前カノにフラれたことより、荻野に彼氏出来たって事の方に、ショック受けたり未練たらたらで。
「じゃあじゃあ、私改めて立候補していいですか?」
もうそろそろ後半だなと、上履きに履き替える俺に、荻野が手を挙げて言った。
「何に?」
「もう、だからもう一回告白しても言いですか? って言ってるんですよ」
「え、だって、つき合ってるヤツいるんじゃあ……」
噂の発信源は江住、ちょくちょく中学の部活にも顔出してるヤツの情報だから間違いはないはず。
「誰から聞いたんですか? 私そんなに尻軽じゃあないですよ」
本気で怒ってる? じゃあ本当に?
「ああ、ごめん、そうなんだ。何か嬉しいな。あっ、でもそれで俺が簡単になびいたら、今度は俺の方がチャラいヤツになっちゃうな」
「軟派なのはパスですけど、先輩ならOKです!」
「じゃあ後半、俺絶対活躍してみせるよ。それを誠意って事にして、また試合の後に話しよう!」
後半戦開始の集合がかかる。
俺はタオルを彼女に預かってもらい、コートの中に入っていった。