第 59 夜 『夢の中でも会いたくて』
語り部 : 堂前まどか
お相手 : 関屋拓
盛立役 : 王寺真紀
坂本直武
私もいいなって思っていた男の子から交際の申し込みを受けた。
もちろん私の返事は可!
人を好きになるのってなんだかワクワクでドッキドキで、夜眠るのも惜しくって、夢の中でも会いたくて。
でも恋って、もちろんの事なんだけど、いい事ばかりでもなくって……。
第 59 夜
『夢の中でも会いたくて』
「真紀ちゃん真紀ちゃん! あれ、あれ見て!?」
「なに? ああ、関屋くんじゃん! よく見つけられるね? あんなの」
カタカナのコの字型をした校舎の、いま私達がいる反対側に見つける愛おしい人、その姿を私の傍にいる友人にも教える。
「隣にいるのって、確か他の組の子だよね」
「あんたよく見えるわね、本当に」
楽しそうにお喋りなんかしちゃって、手に持ってるのってプリント?
手伝ってあげるよとか言って!
「落ち着きなさいよ。みんな見てるし恥ずかしいよ」
これが落ち着いてなんていられますか!?
私以外の女の子と、あんなに仲睦まじく。
「どう見たってただの友達でしょ? 普通にしか見えないよ」
真紀ちゃんが言っているのは、二人の距離が、ただのクラスメイトの距離を超えていないっていうんだけど……、まぁ確かにそうだけど。
「だからってあんなに笑顔振りまく必要ないよね」
「だから普通だって」
二人の行く先が気になって、ずっと目で追いかけていたけど、昼休み終了の予鈴が鳴って、どうしよう、授業をさぼってって訳にはいかないし……。
って、思っていたら。
「自習って……」
担当の先生も、代理の先生もいない英語の授業は突然自習となり、監督の先生も出て行ってしまい、教室内は無法状態。
「なに、何か言った?」
「ねぇ、私ってそんなにずれてるのかな?」
「ずれてるって? ああ、関屋くんの事か、まぁ気持ちは分からなくもないけどね。あんまり五月蝿くしてると愛想つかれたりしない?」
「えっ!? そうなの?」
配られたプリントを目の前に置いて、こんな風にずっとお喋りしていたら、ガラリと扉が開いて、また監督の先生が入ってきて、「残り時間は今のプリントの小テストです」と言われて、教室中がブーイング。
当然の事ながら、私のテストは散々たる結果でした。
学年の違う彼とは校舎が違い、休み時間毎に会うのは、ちょっと努力が必要で、でも時間は不十分で、放送部員の私はシフトによっては、お昼もあまり暇はない。
特に今日は4限目が体育だった彼とは、お弁当すら一緒できなかった。
「年下の彼だと、従順でかわいいでしょ?」
「従順って、ペットみたいに言わないで、まぁかわいいのは当たってるけど」
「はいはい、ごちそうさま。それよりダメだよ。お昼休みの事、あんな程度で怒ったりダダこねたら、本当に煩がられるよ」
靴箱まで一緒した真紀ちゃんと別れて、まだ来ていない彼を待つ。
そうだよね、もう手遅れかもしれないけど、今からでも少し自重した方がいいのかな。
「ごめんごめん、ちょっと遅くなっちゃった。まどかさん待たせちゃったかな?」
「あ、うぅうん、そんなに待ってないよ。拓くんは今週掃除当番だもんね。それに私が放送部のシフトで放課後残らないといけない時は、いつも待っててもらってるんだもん、お昼休みも今日はもしかして日直だったの? プリントいっぱい抱えてたけど」
お昼のシフトが回ってきて、放送室にいた私が帰りに見かけたのは、女の子と連れ立っていた姿だったけど、そこには触れないで聞いてみる。
「ああ、えーっと見てたんだ? でもあれはたまたまなんだよ」
私が言おうとしている事に気付いたみたい。
「担任に呼ばれて職員室に行ったんだ。その用事を済ませて教室に帰ろうとした時に、彼女が他の先生にプリント運ぶように頼まれていて、職員室出るの一緒だったから俺が」
本当に優しいんだこの人は、そこも私が彼を好きになった理由の一つなんだけど……。
「ああ、そう言う事だったんだ」
私は彼女とは仲がいいのか?
普段からよく話をするのか?
彼女には特定の彼氏がいるのか?
など聞きたかったんだけど、でもここは真紀ちゃんの助言を参考に、心を穏やかにしてみる事にした。
「あれ?」
「なに?」
「ああ、いやなんでもないです。こっちの話。それよりまどかさん、もしよかったらこれから……」
「関屋くん!」
話の途中で横槍。誰?
声のする方に目をやれば、走ってくるのはお昼休みのあの女の子。
「坂本さん? なに?」
「あ、えーっと、時間あったら、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
この子、明らかにこっちを意識している。
「手伝いってなに?」
「うん、先生に頼まれて、資料を移動させないといけないんだけど、うちのクラスの学級委員の男子、もう帰っちゃってて、私親しい男の子って、関屋くん以外いないから」
確かにこういった用事を嫌う男子はいっぱいいるし、拓くんならこういった頼み事なら快く受けてくれるだろう。
でも彼みたいな性格の男の子は、各教室に2、3人いると思うんだけどな。
「えーっと、まどかさん、ちょっとだけいいかな?」
いつもの私なら決してOKを出さない。
周りからいくら理不尽と言われても、最悪同行して邪魔をする。
この場合も私が一緒に行っても別にいいんだろうけど、私は彼が他の子とお話ししているだけで我慢できなくなるから、了承するならここで待つのがベストとなる。
「うん、事情が事情だし、行ってきて。私はここで待ってるから」
いつもにない物わかりの良さで彼を送り出した私だったけど、ダメだ、もうすでに彼の事が気になってしょうがない。
「……、このままここで待っていたら、戻ってきた拓くんにあれこれ聞いちゃいそう。……顔見る前にいなくなる方が簡単そう」
私は彼の携帯にメールを送って先に帰った。
携帯の電源はオフにしてある。
いつものこの時間なら、彼とおしゃべりしている時間だけど、まだ気持ちの整理がついていない。
真紀ちゃん苦しいよぉ~。
その日の夜、私は夢の中で拓くんに会う事ができた。
普段は見たくても見られない彼の夢を、今日はちょっとダウンした気分で過ごしたから、夢の中で拓くんに会えた事は、本当に嬉しかった。
嬉しかったんだけど、夢の中の彼は思わしくない表情をしている。
これは私の心がそう感じているからなのか、いろんな場面に転回していくけれど、ずっと彼は寂しそうな顔を続けていた。
目覚めは最悪、私はいつもの一段くらい酷い寝起き顔を鏡に映して、このままじゃあいけないと、自分の両の頬を強めに叩いた。
ササッと朝の支度を終え、ちょっと早いけど家を出る。
学校最寄りの駅、改札を出たところで、夢の中と同じ表情の彼の待ち伏せにあった。
「昨日、なんで先に帰ったの? なんで電話しても繋がらなかったの?」
そこまで気にしていたんなら、家電にかけてくればいいのに、って、そう言う問題じゃないよね。
この顔は怒っているんだよ、ね?
「何があったの? 昨日から変だよ。俺、何かしでかしたのかな? 謝る事に思い当たらないんだけど、なんでも言ってみて」
通勤通学の通行人の視線がイタイ。
とにかく学校に行ってからと、場所を移して話の続き。
移動中は無言のままだった。
私は昨日の真紀ちゃんとの会話の、一部始終を包み隠さずに言った。
「俺そんなことで、まどかさんの事あきれたりしないよ。
と言うか、いつもまどかさんが詰め寄ってくれるのは、愛情の表れだって思って、嬉しいって思えるんだけど……、
なんか俺、危ない事を口走ってるな……」
ふふっ、そうだったんだ。
そうだよね、今さら態度替えたらおかしいって思っちゃうよね。
畜生! 真紀のヤツがあんなこと言うから。
「だけど、そうか、これからは今までより押さえてくれるって言うんなら、それはそれでいいのかな?」
「えー、やだ! 拓くんがそう言ってくれるんなら、私もう絶対我慢なんてしないから! ……そ、そりゃあ少しは場の空気とかには、気を遣うようにするからさ」
「はははっ、うん! 何事も加減よくやっていこうよ。俺はずっとまどかさんと一緒にいたいから」
うん、そうだね。
「ところであの子、もしかして拓くんの事?」
「ああ、やっぱり分かった? 俺、昨日彼女に告られた。そんで即断った。その報告もあったから、電話したのに繋がらなかったんだ」
昨日の夢では曇り空だったけど、今日の夢はきっと快晴に違いない。
「ごめんね」
また夢の中でも彼に会えるように、私は私らしく、でも少しは成長して、もっともっと彼が私を好きになってくれるように頑張ろう。