第 57 夜 『問題はサクッとね』
語り部 : 長尾伊吹
お相手 : 木部英太
盛立役 : 山屋明日見
戸羽優子
生まれて初めての告白だった。
自分からお願いした事はあったけど、男の人の方から、それも校内でも有名な美男子からなんて。
「いいかな?」
「私でよければ喜んで」
第 57 夜
『問題はサクッとね』
あの時は考えもなしに即答しすぎた。
あいつは思いも寄らない外道だって、最初から知ってたらなぁ。
「なぁ、なんで俺の気持ちに答えてくれないんだよ。最初は喜んでくれたじゃないかよぉ」
「うるさい、ついて来んな!」
大きな声を上げてついてくるから、私まで目立ってしょうがないでしょうが。
「分かった。もう一回、最初からやり直そう。そうすれば……」
「いらないし! 絶対何度だって返事は決まってるし、そもそも最初のが気の迷いだっただけだから」
「なんでだよぉ~」
そんなの自分の胸に手を当てて考えろっての。
こいつ、木部英太はトンでもない悪党だった。
私に告白したあの時、こいつは同時に7人もの女の子と交際をしていた。
「だからあの子達とは円満離別してるんだからさ」
私がOKしたことで、他の女の子の事を整理したってことなんだけど。
「大体、そのつもりだったんなら、最初から別れてから来なさいよ」
「いやぁ~、もし断られたらって思ったらさ。ちょっとだけ順番逆転させただけだろ?」
「じゃあ私も逆転、あんたなんてごめんだから、またその子達と仲良くやってね。さようなら」
「だって、一度でもOKくれたってのは脈があったって事だろ? それを聞いたらやっぱり本命を諦めるなんてできないだろ」
これだ。これが私が気に入らない、一番の理由だ。
生まれてこの方、一度だって男の子にもてた事もない私に夢を見させて、いい返事をもらったからって、私には自分を想う気持ちがあると分かると押せ押せになる。
私はあの後すぐにこいつの本性を聞いて、もの凄く後悔したわよ。
「ねぇ、伊吹ちゃん」
「気安く名前で呼ばないでくれる、木部くん」
「えぇ~、俺の事も英太でいいからさ、伊吹ちゃん」
「さようなら」
「あ、ま、待ってよ長尾さん!」
「ふぅ、……全くしつこいんだから」
「ああ、やっと待ってくれた」
このままだと女子トイレでも入ってきかねないからね。
「それじゃあちょっとだけ話を聞いてあげる。それで理解できなかったら潔く退いてね」
逃げ回り続けて早3日、これ以上つきまとわれたくないし、ここいらで白黒つけようじゃないか。
私たちは場所を、図書室横の談話室に移した。
昼休み終了まで10分、サクッと話しなさい。
「なんで私なの? 本命って言ってたけど、なんか理由あるの?」
「俺、自慢じゃあないけど、結構どんな子にでもウケがよくてさ。女の子が相手だと割といろんな面で優遇されてきたんだ」
十分自慢じゃないか。
「その分、男からのアタリが強かったりするんだけど、そんなの日常茶飯事だからさ、親父にケンカ仕込んでもらっていて、それなりに自信もあるんだよ」
一体何の話なのよ。全く見えてこないんですけど? 残り7分。
「先月の事だけど覚えてる? 俺、3人組に絡まれてて」
「ああ、そこに風紀委員の私が、たまたま通りかかった時の事ね」
立候補者がいなかったので推薦で決められた委員の仕事。
校内を巡回していたときのこと、派手な容姿でよく目立つ木部くんと、素行に問題有りとして報告されている三人の生徒が、連れだって歩いていた。
行き先はグラウンドを抜けた先にあるプールの裏側。
校内には普段立ち寄る人のいない場所が何カ所かあって、ここもそのうちの一つ。
「お前、優子の告白受けたんだってな?」
「ああ、別に友達としてつき合う分にはって言っただけさ。もし俺に好きな子ができたらそこまでね。っていうのにも理解してくれたし」
どうやら男女問題のいざこざのようだ。
それで彼らの一人の反感を買ったと言ったところだ。
それは呼び出された木部くんにも非があるようだけど、この場合どっちかというと三人組の方が筋を通していない。
とは言え、お互いが納得しないと、こういう問題は解決しないんだろうな。
「はぁ~い、そこまでにしてぇ~」
「なんだ? ……風紀委かよ。ほっとけよ。個人の問題だ」
「そうして上げてもいいけど、その前にあなた達の話を聞いていて気になったんだけど。あなた、その優子さんに自分の気持ち伝えたの? その人の事好きだから、彼に絡んでるんでしょ?」
「そ、そんなのお前には関係ないだろ!?」
「全く、自分は何もしてないくせに、彼女が彼を好きになったからって報復しようだなんて。筋の通らない事しておいて、それで言うことはそれ? 最低ね」
「うっせぇーよ!」
私も言い方が悪かった事は認めるけど、ちょっと言ったくらいで手を挙げるなんて。
「女の子に手を挙げてんじゃないわよ。ちょっとその辺、もう一度ちゃんと考えなさい」
彼が拳を振り下ろす前に、平手一発入れて動きを止めて、それから傍にあった用具箱の箒を取り出した。
「おい、まずいよ。こいつあの長尾だぜ」
「って、剣道部の? 県大会までいったやつか?」
説明ありがとう。最後に威しを込めて箒を構える。
三人組はオドオドとしながら去っていった。
って、そんな事があったんだっけか。
「あの時の事? まさか助けられたからって言う気?」
「半分正解、と言うか、獲物のないうちから、素手でも全く腰も引けてなかっただろ? あれ、格好良いなぁと思って」
なんか褒められている気がしない。
けどなるほど、そう言う始まりも確かにあるのかもしれないな。
「確かに筋は通ってるみたいね。それじゃあ返事ね。ごめんなさい。サヨナラ」
「え、え、なんで?」
「なんでって、私、筋の通らない事って嫌いなの。あなたにはまだ一人残ってるでしょ?」
「それは向こうが勝手に食い下がってきてるだけだよ」
「その原因を作ったのはあなたでしょ、だったら無関係とは言えないじゃない」
問題は一つ一つ解決していかないとね。
「分かったわ。それじゃあ今日の放課後、一緒に行ってあげるから、ね」
一度話を聞くって決めたんだから、最後までつき合ってあげましょう。
放課後、掃除当番の私を待っていた所為か、問題の彼女は既に下校していた。
しょうがないからまた後日。と言う事になったんだけど、その帰り道、とある現場を目撃する事となる。
「あれ? 明日見じゃん」
木部くんが見つけたのは例の彼女だった。
でもあれって腕組んで歩いている。あの人、家族とかじゃないよね。
なに、これって向こうは向こうで、二股かけているってこと?
「えらい現場目撃しちゃったな。って、お、おい伊吹ちゃん、どうする気だよ」
「どうするも何も確かめるのよ。このままじゃあ納得できないでしょ?」
止めようとする彼の手をふりほどいて、私は彼女の前に立ちはだかった。
「なに? あなた長尾さん、それに英太!?」
すごく驚いている。
見られてはならないところを見られたって所か?
「なんで? あなた達の家は反対方向でしょ?」
私のことも知ってるなら好都合。
「私がこっちに用事があって、彼は勝手に付いてきたのよ」
「明日見、こいつらなに?」
彼女が手を組んでいる彼が聞いてくる。
さて、彼女はどう答えるの?
「タダのクラスメイトよ。なんでもないわ」
こっちが本命か、それじゃあなんで木部くんにこだわってたんだろう?
「あの、ちょっとだけいいかしら? 彼女と二人で、すぐに済むから」
私は明日見さんと二人になり、木部くんの事について聞いてみた。
「私の目に狂いがなければ、さっきの彼があなたの本当の恋人よね」
「そ、そうよ。だからなに?」
もう完全に開き直ってるなぁ。それなら……。
「木部くんの事はどうしたいの?」
「ああ、もういいわよ。彼見た目はいいから、友達に自慢するのによかったけど、それだけだもの」
彼の何を知っているのか知らないけど、最低の捨てゼリフね。
「分かった。もういいよ。ごめんね、そっちの何番目かの本命さん」
「あ、あんた!?」
「なに?」
まだ何か言いたそうだったけど、本命さんがいきりだしたから、これから修羅場ね。
筋を通さない相手には、こういうのもしょうがないでしょ。
一つの解決は見られた事だし、もういいや。
もちろん木部くんが、どう思うかは別だけど。
「もしかしてショックだった?」
「うん? ああ、いやそうでもない。と言うかたぶん彼女だけじゃないから。俺、今まで俺らしさを見せた子って、一人もいないから」
「一人も?」
「そうだな、今回の事で一人だけ特別に俺らしさを見せた子ができたけど、今までは一人もいなかった」
今まで彼の周りには、彼の整った容姿にしか興味を持たない人ばかりしかいなかった。
そう言う意味で言えば、確かに私は彼の内面を見ようとしていたのかもしれない。
「君といればいるほどに、俺は飾らない俺でいられる。
最初はハッキリとした物言い、物腰に興味を抱いたけど、本当にここ数日はずっと楽しかった。君の事を少しでも知るたびに嬉しくなった。
筋を通すのって難しいけど、深く考えなければ簡単な事なんだってのも分かった。すごく貴重な毎日だったよ」
初めてだった。
彼の本心をやっと聞けたような気がした。
なんだろう、こんなに気になるなんて、もっとこの人を知りたいと思っている。私は。
「俺、今まで自分から告白した事なかったから、他の子達の存在を利用していたんだと思う。
背中を支えられているって気になって、少しだけ大きな気持ちになれた。
でもそれって君の言う筋を通せていないって事だよね」
そうか、それであんな行動とったのか、なんだ筋は通ってるじゃない。ちょっと道は外しちゃってたけど。
「それで、木部くんはどうしたいの?」
「えっ? お、俺はやっぱり君の事が気になってしょうがない。できたら俺とつき合って欲しい」
「うん、これで私が納得できなかった筋はみんな通ったわね。後は私の中に生まれた、あなたへの興味をどう納めるかだけね」
「それって、……じゃあ」
こんな性格だから今まで男の子にもてた事なんてなかった私。
こんな私でもいいって言ってくれる彼。
これからどんな道が続いていくのかは分からないけど、あなたと一緒なら筋の通らない結果にはならないと思えるから。
「これからよろしくね」