第 56 夜 『点と線と二人の距離と』
語り部 : 大江美奈代
お相手 : 安城真樹
盛立役 : 松本千秋
藤堂虎助
神谷泰士
小森鈴香
長い間友達でいると、二人の距離感って言うのが、特には気にならないようになる。
でも周囲の人たちはどうしても私たちのことを誤解していて、当人達を抜きにして、公認のカップルと呼ばれるようになっていた。
第 56 夜
『点と線と二人の距離と』
毎日他愛もないお喋りばかり、テレビの事や流行りの歌、服、スイーツなんかの話を繰り返すように。
明日になったら忘れていそうな何でもないような事、そんなくだらない事が楽しい日々。
「安城くんってソース派? しょうゆ派?」
「俺はソース、っていうかソースの味が好きなんだよな」
「ソースの味って言うのは分からないでもないけど、やっぱり玉子焼きにはしょうゆだよ」
本当にくだらない話なんですけど、内容なんてどうだっていいんです。
彼を含むいつもの仲良しグループと居るだけで楽しいんです。
「それじゃあ今日、帰りにラーメン屋にでもいくかぁ」
食の話題の締めくくりは、醤油ラーメンと豚骨ラーメン、今はどっちが食べたいかだった。
私の豚骨に対して安城くんは醤油ラーメン。私たちのどっち派論争は、たいていが別れてしまう。
そこから展開されるプレゼンテーション。結果は出せず、放課後に実際、どっちがいいかの食論を展開する予定だ。
「本当に好きだよねあんた達」
「もう本当に私たちって相性最悪だよね。意見があった事なんてほとんどないもん」
「相性は最高なんじゃない? 意見は確かにかみ合わないけど」
「もう、ちーちゃんまで私たちをひっつけたい派なの?」
「派閥は関係ない」
松本千秋ちゃんとは安城くんと同じくらいの仲良し。
小学校の頃からよく同じクラスになり、同じ塾にも通っている。
昔からいろんな相談やお願いをしてきた親友だ。
「虎助と泰士も言ってるよ。っていうか、あんた達だけが認めてないんだって」
本人達が否定してるんだから、勝手に周りで、盛り上がったりしないで欲しい。
こんな話はどうでもいいの、早く掃除終わらせて、寄り道するんだから。
「あれ、真樹は?」
掃除を終えて教室に戻ったら、藤堂虎助くんと神谷泰士くんが私たちを待っていてくれました。
でも本当、安城真樹くんどこ行ったんだろ?
「あいつなら呼び出し、3組の女子」
「えー、またぁ? 私お腹空いてるのに」
「おー、スナック菓子ならあるぞ」
「ラーメン食べに行くのに、今それはいらないよ」
それにしても呼び出しかぁ。今度は同い年の子なんだ。
最近は下級生からばっかりだったんだけどな。
「もう、あんたらが寝ぼけた事ばっかり言ってるから、そいうマヌケが出てくるんだよ」
えー、そんな事言っても、それは私たちがって事とは、ちょっと違う気が……。
「それにしても、まだ同学年にそんな無謀な奴がいるとはな」
「もうあいつ置いていこうぜ。俺もう我慢できないぜ」
「もう少し待ってよう、藤堂くん」
いつもの通りなら、さっさと済ませて、とっとと帰ってくるはずだもん。
「もしあいつがOKしたらどうする?」
「泰士ぃ、それはないない、真樹は美奈のこと一筋だもんよ」
「そうだな、美奈代ちゃんが素っ気ない対応すると、あいつこの世の物とは思えない、狼狽えぶりを見せるもんな」
ちーちゃんはもう、神谷くんまで……。
「もしもってことは、あるんじゃないの?」
「藤堂くんまで……、もしもが合ったとしても、それは個人の自由だから、別に私がいう事はないよ」
「ね、この子の真樹への信頼はちょっとやそっとの事では、揺るがないから」
千秋! 私の言ってた事ちゃんと聞いてたのか!?
周りがこんな事ばっかり言うから、誤解されるんだよ。
「おっ、真樹お帰りぃ! さぁ飯食いに行こうぜ。俺もう限界だよ」
「ああ、悪いんだけど、俺ちょっとパスするな」
えっ? だって今回の寄り道は私たち発信だよ。
「それからちょっと、五日間ほど俺一緒できないから」
「えっ、なんで?」
あれから五日が過ぎました。
いつものグループで、いつも通りの毎日を過ごしたけれど、安城くんが居ないだけで、なんだか物足りなさ120%増し。
楽しいのは、楽しいんだけどね。
「まさか真樹が他の女の子と交際を始めるなんて、冗談でしかないよな」
「今までどんな可愛い子に迫られても、全く靡かなかったのにな」
「それだけ美奈の事を愛していたって事でしょ? だけど今回に限っては……、ねっ!」
また好き勝手言ってる。
「だから期間限定のお付き合いだって言ってたでしょ?」
3組の小森鈴香さんは、明日引っ越しをする。
結構遠くの町に引っ越すことになり、その前にこの学校でいいなと思っていた、安城くんとの思い出が欲しくて、意を決して告白をしてきたのだという。
五日間という事で了承した彼は、毎日小森さんの思い出作りのために、一生懸命プランを練っていた。
今日が最後の日、この放課後にショッピングに行って終わり。
明日からはいつも通りに、私たちの輪の中に戻ってくるはずだ。
「はぁ……」
「近頃多いね。ため息」
「やっぱりほら、愛しの君が他の女の子と一緒なんだぜ」
「あんた達にはデリカシーってもんがないの? 美奈の事は今は放って起きなさい。この子ももう子供じゃないんだから、自分で考えるから」
あんたもね千秋。
「ただいまぁ」
「あれ、真樹? どったの?」
「いや、彼女も今日は明日の引っ越しの支度が残っているからって、帰っちゃたよ」
「と言う事はもう終了なのか?」
「まぁ、そう言う事になるね」
これで全て元通りかぁ。本当にそれでいいのかな?
私は自分で元通りがいいと願っていたはずなのに、安城くんのいつもの笑顔を見た途端に、なんだか変なもやもやが胸につかえた。
「そんじゃあ帰ろうか?」
「ああ、えっと、悪い。美奈代と二人にしてもらっていいかな」
「えっ、なになに? ようやく告白かぁ」
「こら、バカ泰士!」
ちーちゃん渾身の回し蹴り、お尻にヒット。
「そっか、そんじゃあ今日はこれで、じゃあな」
お尻を今さら庇う神谷くんを藤堂くんが支えて、3人が先に帰って行った。
私たちは二人っきりで校舎を後にする。
「話?」
「うん、その前にこれ」
「私に?」
差出人は小森さん。私宛?
内容としては安城くんを借りた事へのお詫びと、楽しい思い出がいっぱいだったという報告。
なんだか胸がチクリとする。なんでこんな手紙を?
「小森さん、美奈代の事、俺の彼女だと思っていたらしいんだ。だから悪い事したからって」
「そう、なんだ」
どうして誰も彼もが、誰と誰がつき合っているとか話したがるんだろう。
それってそんなに大事な事なのかな?
「ちょっと長くなるけど、聞いてくれるかな?」
「あ、うん」
安城くんはこの数日間、小森さんとどう過ごしたかを細かく教えてくれた。
その内容はいつも私たちとやっていることばかり。
安城くんが思いつく限りの事を振る舞ったのだと分かる。
「ものすごく喜んでくれたよ。すげぇ突っ込まれもした。俺、ちゃんと気配りしていたつもりだったんだけど、ついついお前といる気になってたらしいんだ」
向こうは私たちがつき合っていると思い込んでいるから、変に不自然に見られた訳じゃないけど、やっぱり気の悪い思い出になったかもと、彼は気にしている。
「俺、今回の事で色々考えてみた。今までの俺達は、それはそれで別に問題ないと思うし、それって俺達がどう思うか、どんな位置関係にいるかってことだろ?
だから俺は今はいつもの五人でいいと思ってる」
私もそうだ。
「でもな、こうしてあのメンバー以外の人といて思ったんだ。どんな位置関係にいても変わらないんなら、俺達恋人同士でもいいんじゃあないのかって」
曖昧な気持ちでいたから、今回みたいな事で甘い考えで了解して、結果として少なからず、相手を傷つけたかもしれない行動を取ってしまった。
「なんか不純なのかもしれないけど、俺、美奈代の事が誰よりも大事なのは、間違いないからさ」
「わ、私もね。事情があると知っていても、安城くんのいない数日、とってもつまんなかった。もしかしてこういう気持ちが特別って事なのかなって。
交際を宣言することって、自分の気持ちを誤魔化さないためにも必要なのかなって」
まだどこか曖昧なまんまだけど、私たちが自分から恋人宣言をすれば、きっと心も付いてくる。
お互いがお互いを、もっともっと大切な存在に思えるようになる。
だけど今まで通り五人で、時には二人で、私たちは歩みが遅かろうと、なるべく今までのまんまでちょっとでも成長していこう。
「ねぇ、小森さんの引っ越し先の住所って聞いた?」
「う、うん、教えてくれた」
先ずは彼女にお手紙しよう。
そして今度はちーちゃんと藤堂くんと神谷くんに。
そう、できる事から少しずつ。