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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
51/102

第 51 夜   『トリックダウト』

語り部 : 塩田シオタかすみ

お相手 : 高宮隼人タカミヤハヤト


盛立役 : 牧瀬光輝マキセコウキ

      伊尻聖子イジリセイコ

 最低のタイミング。


 物事を進めるのに、一番大切なのはタイミングだと思う。


 なのにあの男は、こっちの気分なんてお構いなしに……。


 最悪の気分にさせてくれたあいつを、さてどうしてやろうか?



   第 51 夜

    『トリックダウト』


 私はあの日、6年も付き合っていた彼から引導を渡された。


 他に好きな女ができたですって!?


 あの日までは何も変わらない、うぅうん、より一層の愛情を感じる毎日だったのに、なんでいきなりそうなったのか理解ができなかった。


 失意のどん底にいた私の目の前に現れた男、牧瀬光輝!


 あいつ私に対して、一夜にして闇の果てに追いやられた私に、愛の言葉を囁きやがった。


「君がフリーになるのを待っていたよ」


 人の不幸を喜んでくれちゃって、もし本当に本気だったんだとしても、言い方ってもんがあるでしょうに!


「でもそうやって言ってくれる人がいるだけいいじゃない。私なんて事務だし、あんま趣味らしい物もないから出会いもないし、もういろんな合コンに参加したりして、大変なんだよ」


 私だって事務だっての。


 趣味どころか、合コンもあまり行ってないつうの。


 牧瀬さんは我が社営業部のエース。


 業績は毎月トップクラスで、あんな空気の読めない事をする人では無いはず。


 フラれた例の彼は大学生の頃から付き合いだして、就職後も交際は続いて、彼は仕事を覚えて、順調に昇給して、きっと近いうちにプロポーズをしてくれるはず、とまで思っていた。


 もう頭の中ぐちゃぐちゃだ。


 彼の別れの言葉の重さよりも、牧瀬さんが何を考えているのかが、分からない事の方が落ち着かない。


 あの絶縁宣言について、もっとジックリ考えたいのに、もう! イライラする。


 気が気じゃなくても仕事はこなさないといけない。


 悶々としながらの仕事は一分一秒が長く、思いっきり何かにぶつかりたい衝動にかられる。


「塩田さん」

「はい!?」


 げっ、牧瀬!?

「な、なんですか牧瀬さん」


「あの資料見つかったかな? お客さんとの打ち合わせで使いたいからって、頼んでおいた」


「あ、はいこれです」

「ありがとう」


 私の手から資料を受け取ると、さっさと事務所から出て行った。


 なに、あの態度?


 仕事中だから自制してるの?


 でもせめて目配せくらいあってもいいんじゃあないの?


 もしかして私、悪い夢でも見てたのかしら? それともからかわれた?


 どうせなら彼からフラれた事の方が、夢ならいいのに。


 長い就業時間もようやく終わり、今日は残業も無し。


 楽しい週末のアフター5を迎えたというのに、今は全く楽しくない。


 一緒に過ごす相手もいないし、真っ直ぐ帰ろう。


「お疲れ塩田さん」

「牧瀬さん……お疲れ様です」


「この後の予定ないでしょ? 伊尻さんとそう話してたし。だから俺とご飯行こう」


 聖子にフラれちゃった仕事中の雑談をどこかで聞いていたんだな。


 やっぱりあの悪夢は続いているんだ。


 仕事終わって職場から離れて、一対一で声を掛けてきている。


 セクハラではないって事か。ということは断るのもありだよね。


 だけど断る前に。


「一体どういう事なんですか? だいたい何で牧瀬さんが、私が彼にフラれたことを知っていたんです?」


 ずっと別れるのを待っていたみたいに言っていた。


 それってもしかしてストーキングでもしていたって事だろうか?


「細かい事はいいじゃない。何が食べたい? 今日なら少しくらい無理言われても叶えてあげられるよ」


 人の言う事に、聞く耳持ってないなこの人。


「それじゃあお寿司、カウンター越しに職人さんが握ってくれるところ」


 こうなったら思いっきり贅沢してやる。


 私は当てつけに、高級食材にばかり食らいつき、レジを見るのも怖いくらいに食べた。


 先輩はイヤな顔一つ見せず、先に私を店外に出してから、お勘定を済ませた。


「ごちそうさまでした」


「うん、おいしかったよね」


 先輩、巻物ばっかり食べてましたよ。私が贅沢しいている横で、当てつけとはいえ、すごく良心が痛みました。


「牧瀬さん、ちょっとだけ飲みに付き合ってもらっていいですか? 今度は私が出しますから」


「そうだね。それじゃあ焼き鳥でも、食べに行こうか?」


「先輩まだ食べ足りてなさそうですもんね」


「あ、やっぱりばれてた?」


 最初のアプローチがおかしかったんだけど、牧瀬さんは紳士的で、気配りの仕方も心地いい。


 私の財布を気遣って、入ったのは大衆焼き鳥店。


 先ずはビールを頼んで、いきなりご飯系の注文をした。


 やっぱりお腹いっぱいにはなってなかったみたいだ。


「ごめんなさい。牧瀬さんの告白が私的にとっても最悪だったから、今日は困らせてやろうと思って」


「こっちもごめんね。君が交際していた彼って、付き合い長かったんでしょ? その分ショックも大きいだろうって思って、それじゃあ俺としてはまずインパクト重視で売り込む事で、まず頭の中を俺一色にしようと思ってさ」


 なるほどね、そう言う事なら完全に術中にはまった形になりますね。


 女は傷心で弱っている時が押し時なんて、馬鹿げた持論を唱える男もいるって聞くけど、あまり人を見下さないで欲しい。


 本気でそう思っている私だからこそ、完全に引っかかったという事だ。


 話せば話すほど、先輩の人となりが見えてくる。


「私、本当に失礼な態度もいっぱい取っちゃたんですけど、牧瀬さんとはいい関係でいたいって思い始めています。もう一度仕切り直しって、お願い出来ますか?」


 まだお付き合いをしていくと言う所まではいかなくても、これからもっとこの人の事を知りたい。


 そしてそのうち気持ちも絆されるかもしれない。


 それもいいかと思っている自分がいた。


「塩田さん、この後もう一件だけ付き合ってもらってもいいかな?」

「あ、はい」


 牧瀬さんはここの支払いを割り勘にしてくれた。


 食事兼だったので、自分の方が割合高かったからと言って。


 場所を移すとして、歩いて向かったのは駅前。


「屋台ですか?」


「うん、ちょっと変わったお店でね。ファーストフードの屋台でスイーツなんかも出すんだよ」


 ハンバーガーやホットドック、たこ焼きに鯛焼き、クレープやソフトクリームを扱っているとか。


 開店して日数も経ってないと言う事だけど、飲み歩くサラリーマンやOLに割と人気なのだとか。


「へぇ……、あっ! 確かにお腹いっぱいでも、こう言うのなら入りますもんね」

「なんならビールとかも置いてるからね」


 物珍しさだけではないだろう賑わいに、期待が高まる。


 順番に並び、メニューを確認する。


 ちょっとお酒も入って火照っているから、私は濃厚牛乳ソフトクリームでも頼もうかしら。


「いらっしゃい!」


 順番が回ってきて、応対してくれる屋台のお店の人に見覚えが……。


「隼人!?」


 その店員さんを見て驚いた私は、大きな声で、その店員の名前を呼んでしまった。


「かすみ……、それと牧瀬さん、あなた一体?」


 高宮隼人、私をフッた男がなぜここに?


 しかも牧瀬さんを知っている?


「もうすぐ閉店時間だよね。少し話そうか」


 牧瀬さんはたこ焼きとビールを、私は予定通りソフトクリームを買って、屋台の閉店を待った。


「これはどういう事ですか? なんでかすみを連れてきたんです? 約束が違いますよ」


 屋台に使っているミニバンの片づけもそこそこに、駆け寄ってきた隼人は私にではなく、まず牧瀬さんに詰め寄っていった。


「俺は元々こうするつもりで、君の話を聞いていたからね。苦情は受け付けるけど、先ずは落ち着いてくれないか」


 少し落ち着けと言われて、隼人は店じまいを完全に終わらせるために、車に戻った。


「私も、早く聞きたいんですけど?」


「うーん、そうだな。それじゃあ先ず、俺と彼との接点からだよね」


 牧瀬さんと隼人は、仕事で繋がっていた。


 3年ほど前、私たちが社会人になった時の事、うちの会社と取引のあるお得意さんの更に取引先。


 その取引先の新人の中に隼人はいて、その頃から牧瀬さんとの面識があったそうだ。


「彼は社会人になったものの、会社勤めっていうのが、あまり肌に合わなかったみたいでね。独立して何かお店をしたかったようなんだ」


 そんな話聞いた事無い。


「彼はね、本当に君の事を大事に思っていてね。だから自分が冒険をする姿を見せて、心配かけるのもいやだったそうなんだ」


 もしその事を正直に相談すれば、私を何らかの形で巻き込むかもしれない。


 それでどうしたらいいのかを、牧瀬さんに相談していたそうだ。


「彼は自分に3年の期限を設けてね。その間に成功して屋台を軌道に乗せる、可能なら小さくてもいいから、自分のお店を持とうと頑張っているんだ」


 その時成功を遂げていたら、もう一度私の前に現れて、元の鞘に収まりたいと考えていて、その間守ってくれる人として、牧瀬さんを選んだ。


「もしそれで、君が俺を選ぶ未来があったとしても、俺なら諦めもつくとか言ってさ」


「あいつ、そんな自分勝手な事を」


 でもそれは自分のわがままを通すためと、私の事を思ってを、両立させるための苦肉の選択だったのだろう。


「君をこちらに向かわせて、他の虫が付かないように色々考えてね。だけど俺はやっぱり君たちは、一緒にやっていくべきだと思ってさ」


 きっと私が少し牧瀬さんに傾き始めたから、それと屋台ならいつか自分でこの場にたどり着き、辺りを憚らずケンカを始めてしまわないように。


 私、牧瀬さんの事を、本当にひどい色眼鏡で見ていたのに。


「牧瀬さん」


「やぁ高宮くん、片づいたかい?」


「ああ、はい」


「それじゃあ大体の概要は話しておいたし、後は二人での方がいいだろう。苦情は後日聞くから」


 牧瀬さんはそう言って、駅のホームへと向かった。


「その、なんだ……」


「なんでこんな大事な事、黙ってやってたの?」


「だって、お前の性格じゃあ、俺の事を気にして、あれこれと面倒見ようとして、苦労しそうだったから。できたら不幸には巻き込みたくないから」


「私が幸せか不幸かなんて、隼人が分かるはずないでしょ。私はいつだって、あんたと一緒にいれば幸せでいられるのに、勝手に決めつけて結論付けて、あんなに人のいい牧瀬さんまで巻き込んで」


 本当に最低で、一生忘れられない思い出ができた。


「じゃあ俺はどうすればいい?」


 そんな事自分で決めてよ。……なんて、こういう人だからこうなっちゃんだもんね。


「そうね、罰として私と結婚しなさい。そうして二人で一緒に将来の事を考えていく事。でないと牧瀬さんに悪いでしょ?」


「分かった。本当にごめん。俺、頑張ってこの仕事絶対に成功させるから、サポートを頼むよ。そしていずれ牧瀬さんに、二人で結婚の報告に行けるように頑張ろう」


 こうして最低のプロポーズは、最高の思い出となった。


 今度お給料をもらったら、牧瀬さんにお寿司をご馳走しよう。


 たぶん回るお寿司になると思うけど……。

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